「っざけんなテメー!」
「そういう言い方はないだろ!?」
「るせェ!…帰る!」
「勝手にしろ!」
ガラガラバタバタドスンドスン…いくら眠らない町でも近所迷惑になる音を立て、土方十四郎は
恋人の家―万事屋銀ちゃん―を後にした。
こういったことは珍しくない。銀時と土方にとってはケンカもコミュニケーションの一つである。
傍から見ればどうでもよい理由で怒鳴り合い、土方が朝を待たずに帰ることも一度や二度ではない。
このような時には翌日の昼頃、銀時が屯所を訪ねていって先に頭を下げれば、土方も謝罪して
元通りになるのが常であった。きっと今回も…二人はケンカしながらも頭のどこかでそう思っていた。
坂田銀時VS山崎退
「えっ…」
翌朝、自室で目を覚ました土方は言葉を失った。
昨夜遅く、銀時とケンカして屯所へ戻ってきたのだから自室にいるのは当然である。
けれどこの状況は土方にとって受け入れがたいものであった。
(なんで、裸…)
土方は衣類を何一つ身に付けず布団に包まっていた。しかもそれだけではない。
(なんで、山崎が…)
同じ布団に直属の部下が寝ているのだ。
こちらを向いて寝ているその顔は幾度となく見たことのある顔だが、決してこのような状況下で
見たことのある顔ではなかった。土方はそっと上半身だけ抜け出して体を起こす。
そして恐る恐る布団を捲って確認すると、山崎は自分と異なり寝巻きを着ており、胸を撫で下ろす。
(だが…俺が裸の時点で充分マズイな…。ていうか、マジで何があった?)
土方は必死に記憶の糸を辿るが、銀時とケンカして帰ってきたことしか思い出せなかった。
「んっ…」
「っ!?」
山崎が身動ぎをしたことで土方は息を飲んだ。無駄だとは分かっていても「起きるな」と頭の中で
念じてしまう。そんな土方の願いも空しく、山崎はパチリと目を開けた。
「あっ副長、おはようございます。」
「お、おう…」
「あの…身体は大丈夫ですか?」
「かかかからだ!?ななな何言ってんだテメー…」
「もしかして…昨日のこと、覚えてませんか?」
「………」
「…覚えてないんですね?」
山崎の問いかけに土方はゆっくりと頷く。山崎は特に表情を変えることもなく「そうですか」と言い
布団から出て立ち上がった。土方は裸のため布団から出られず、座ったまま山崎を見上げて尋ねる。
「昨日…何があった?」
「…どの辺まで覚えてるんですか?」
「どの辺っつっても…」
「旦那とケンカして夜中に帰って来たことは覚えてます?」
「あ、ああ…」
恋人の話題になり、土方の胸がズキリと痛んだ。
「それじゃあその後、ここで一人で飲んでたことは?」
「…何となく。」
言われてみれば万事屋から屯所へ戻る際、コンビニに立ち寄って缶ビールやカップ酒を大量に買い込んだ
気がする。そして自室に帰ってから、ケンカのイライラを飲んで紛らわせようとしたような気もした。
「酔っぱらって、勤務明けの俺に絡んだことは?」
「そう、だったか…?」
確かに昨日、山崎は深夜までの勤務であった。けれど土方がどう頑張っても山崎と会ったことすら
思い出せなかった。
「…そこから覚えてないんじゃ、知らないままでいいと思いますよ。」
「は?何言って…」
「どうせ、信じてもらえないでしょうし…」
「いいから何があったか話せ!」
「…本当にいいんですか?」
山崎が真剣な顔付きで身を屈めて土方に近付くと、土方は答えることができなかった。
それを見て山崎フッと表情を緩める。
「このくらいの脅しで詰まるようなら、聞かない方がいいですよ。」
「だ、だから何があったんだよ…」
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから。…旦那には特に。」
「っ!!」
「それじゃあ俺、部屋に戻ります。」
「まっ待て!」
襖の前まで進んだ山崎を土方は布団の中から呼び止める。
「…何ですか?昨日のことなら言いませんよ。…副長が覚えてないなら、言ったって信じてもらえないと
思いますから。…それでは。」
部屋を出ていく山崎のことを、土方はそれ以上引き止めることができなかった。
山崎がいなくなると、土方は再び横になり頭からすっぽり布団を被った。
(…何があったんだ?状況から真っ先に考えられるのは…考えたくはねェが…アレだろ。山崎とヤっ…
いや、そうと決まったわけじゃねェ。でも、山崎は起きてすぐ俺の体の心配をした。…だが「昨夜は
飲み過ぎたけれど大丈夫か」って意味だったのかもしれねェ。服だって単に酔った勢いで脱いだのかも
しれねェし…そうだよ!酔って部下の前で醜態を晒したってことを俺が認めねェと思って、山崎は言葉を
濁したんだ!そうに違いない!)
僅かな希望が見え、土方はバッと起き上がる。しかし、すぐにまた布団に潜り込んだ。
(いやダメだ…。そもそもこんな格好で一緒に寝た時点でアウトだろ…。例え何もなかったとしても…。
だいたい、山崎が俺の言うことを聞かずに真実を言わなかったってことは、絶対に何かあったんだ。
酔い潰れて寝ただけじゃない何かが…。…何かってナニなのか?…体に違和感はねェが、だからって
ヤってない証明にはならねェな…。ヤられんのは銀時で慣れてる。もののはずみで一回ヤっちまった程度
なら翌朝まで引きずるようなことはない…と思う。だが、そっちと決まったわけでは…。山崎はフツーに
女が好き…なはずだ。いくら気に食わない上司だからってこんな嫌がらせをする奴じゃない…気がする。
だが、同じ布団で一夜を共にしたってのは事実だ。銀時とはこれっきり…それだけは確実だな…)
土方は大きく息を吐き、布団の中で体を丸めた。
* * * * *
山崎が土方の部屋を出て暫く後、銀時が屯所を訪れた。
「偶然」玄関近くにいた山崎がそれに気付いて銀時に声を掛ける。
「旦那…」
「ようジミー、土方くんいる?」
「部屋にいると思いますよ。随分飲んでたんで、まだ寝てるかもしれません」
「そっか…。じゃあ、お邪魔するね〜。」
「どうぞ。」
「あっ、それからジミー…昨日はお楽しみだった?」
「どういうことですか?」
「ココ、痕が付いてるよ。」
銀時はトントンと自分の首を人差指でノックした。山崎は慌てて自分の首を押さえる。
「えっ、本当ですか?…あっ、いや、これは違いますって!」
「別にいいんじゃねェの?制服じゃないってことは今日は休みなんだろ?だったら前の晩何したって…」
「そうですけど…。あっ、副長にはこのこと、言わないで下さいよ。」
「はいは〜い。」
ニヤニヤしながら土方の部屋に向かう銀時の後ろ姿に山崎は「絶対に内緒ですよ」と念を押して
密かにニッと口角を上げた。
「入るよー。」
「!?」
掛け声と同時に銀時は襖を開けて部屋の中へ入る。土方は反射的に布団の更に奥へと潜ったが
無駄な足掻きだと思い、顔だけを外に出した。
「おはよー。昨日はごめんね。随分飲んだんだって?ジミーに聞いたよ。」
「えっ、あ、ああ…」
挨拶と謝罪と質問を一度にされ、土方はどれに答えていいか分からず適当に相槌を打った。
けれど銀時はそれで満足したのか、布団の脇に座って話を続ける。
「ジミーといえばさァ…アイツ、いい人でもできた?」
「は?な、なんのことだ?」
銀時はまだ知らないと思いつつも、山崎の名が出たことで土方は内心の焦りを隠しきれない。
「ジミーの首のところに、キスマークらしいのが付いてたんだよねー。」
「キ!?(お、俺が付けたのか!?いや、まさかそんなはずは…)」
「…おーい、どうした?」
驚きに目を見開いて固まった土方の眼前で、銀時は手をひらひらと振った。
「い、いや、何でもねェ…。山崎のそれ、何かの見間違いじゃねーか?」
「なんか指摘したら慌ててたし、お前には内緒にしてくれって頼まれたし、絶対そうだって!」
「………(俺に内緒ってことは…)」
「そんなことより、いい加減出てきなよ。」
「うあっ!」
「えっ…」
「か、返せ!」
銀時に布団を剥がされ、土方は慌ててそれを取り返した。
「何で裸?」
「き、着替え中だったんだ!」
「寝巻きから着替えるのに全裸にはなんないでしょ?あっ、もしかしてお誘い?昨日は結局できなかった
もんねー。これからホテルにでも行こうかと思ってたんだけど、土方がその気ならここで…」
「や、やめっ…触んな!出てけ!!」
「はいはい…じゃあ、お着替え終わったらデートしようねー。」
土方の抵抗に銀時はあっさり引き下がり、障子を開けて縁側へ出た。
「フーッ…(諦めてくれてよかった。…こんな体、アイツにゃ触らせられねェ…)」
一息吐いてから、土方はのそのそと布団から出て箪笥に向かう。布団の傍には昨日着ていた服が畳んで
置いてあったものの、それに袖を通す気にはなれず新しいものを出した。
そして服を着ると布団を畳み、押し入れに片付ける。それが終わると銀時の影が映る障子を見詰めた。
(そういえば昨日は久々に銀時と会う日で、何となくそういう気分で万事屋へ行ったのに、今は全く
そんな気分にならねェ。何もせずに帰ってきたってのに…。やはり俺は昨夜、山崎と…?)
「まだ〜?」
「い、いいぞ。」
痺れを切らした銀時が障子を僅かに開けて中を覗き込む。土方は銀時を部屋の中に入れた。
「布団畳んでたから時間かかったのか…。じゃ、行こうか?」
「俺は、行けねェ。」
「もしかして急な仕事が入った?それならまた今度でもいいよ。」
「いや…もう、お前とは会えねェ…」
「えっ?」
悲しげな、それでいて覚悟を決めたような眼差しでこちらを見詰める土方に、銀時もこれまでの
緩い態度から一転して真剣に向き合う姿勢になる。
「どういうこと?」
「俺はっ…」
「…とりあえず、座ろうか?」
銀時に促され、土方はその場に腰を下ろす。銀時も後ろ手に障子を閉めて土方の向かいに座った。
土方は正座をして膝の上でキツく拳を握っており、銀時は胡坐をかいてその様子を見詰めている。
「それで?何があったの?」
「…っ……ぁ…その…」
土方は必死に言葉を発しようとするが、極度の緊張からか上手く言葉が出てこない。
「もしかしてさァ…その、首の痕と関係あったりする?」
普段から開いている土方の瞳孔が更に開いた。
「つ…ついてん、のか…?痕、が…」
「ああ、そうか…自分じゃ見えない位置だもんな。付いてるよ。今見える範囲だと、左の鎖骨の上辺りと
首の右側…制服だったらギリギリ隠れそうなところ。」
「そう、か…」
「…痕付けられた記憶ないの?」
「何も、覚えてねェんだ…。気付いたら、朝になってて…」
「詳しく話してくれる?」
「あ、ああ…」
銀時は口調こそ穏やかだが、その瞳は日頃土方に向けている愛しみの籠ったものではなく
まさに「死んだ魚」と形容するに相応しい、何の感情も温かみも感じられないものであった。
土方は握った拳に更に力を入れて口を開いた。
「き、昨日…あの後、帰ってきて酒を飲んで…それで、今朝…起きたら、裸で、布団に入ってて…」
「…一人だったの?」
「いや…」
「ここで飲んだってことは真選組のヤツだよな?もしかして…山崎?」
「っ!!」
「そうなんだ…」
「あ、ああ…。山崎は、普通に服着てて…でも、同じ布団で…。アイツの話では、酔った俺が
勤務明けのアイツに絡んだ、らしい…」
「らしいって…一緒に飲んでたんじゃねェの?」
「覚えてねェんだ…。帰って、一人で酒を飲んだまでは辛うじて…。だが、いつ山崎を呼んだかは…」
「山崎は何て?」
「何も…。言っても信じてもらえないから言わないって…」
「じゃあ何もなかったかもしれないわけ?」
銀時の瞳が次第に煌めいてきていることに、土方は気付く余裕がなかった。
「それはそう、だが…」
「キスマークっぽいのはあるけど、それ以外に身体の違和感とかは?」
「全然…」
「なら、本当にただ酔い潰れて寝たってだけじゃねェの?」
「だ、だが…同じ布団で…しかも、俺は、裸で…」
「まあねー…酔っ払った末の行動とはいえ、くっ付き過ぎだよね…」
「本当に、申し訳ないっ。」
土方はギュッと目を閉じ、深々と頭を下げた。その頭上に、土方の思いもよらない言葉が降ってくる。
「うん。じゃあ、次からは飲み過ぎないように気を付けてね。」
「…は?」
突き離されるような言葉が返ってくると思っていた土方は、咄嗟に言われた言葉の意味が分からず
顔を上げてポカンと口を開けた。
「は、じゃなくて…飲み過ぎないでねって言ったの。分かった?」
「あ、ああ…」
「じゃあ、行こうか?」
「ど、どこに?」
「ホテル行くって約束したじゃん。」
「だから俺は、もう…そんな資格は…」
「資格って…銀さんのこと嫌いになった?山崎の方が好きで、酔って本音が出た?」
「それは違う!山崎をそんな風に見たことは一度もない!」
「俺のこと、好き?」
「ああ…」
「なら問題ないじゃん。」
銀時はにっこりと土方に笑いかける。
「俺も土方のことが好きだよ。」
「で、でも俺は…」
「誰だって失敗くらいするだろ…。大事なのはお互いの気持ち!好きなんだからそれでいいじゃん。」
「だ、ダメだっ…。俺はもう、お前とは付き合えない…」
「全く…変なところで頑固だよね。俺はいいって言ってんのに…」
「お前の優しさに甘えるわけにはいかない。山崎とだって、何かあったかもしれないし…」
「あったとしても、今後するつもりがないならそれでいいよ。」
「そんなのはダメだ!」
「俺だって…土方以外とエッチしたことあるもん。土方だって俺が初めてってわけじゃなかったし…」
「それは、付き合う前の話だろ?昨日のことはそれとは違う。俺はお前と一緒にいちゃいけないんだ。」
「うーん…」
銀時は腕を組んで考え込んだ。
「(土方はこうと決めると意志が強いからなァ。だからって別れるのは嫌だし…土方の意見を尊重しつつ
別れないで済む方法は……そうだ!)よし、分かった。土方の言うとおり、ケジメを付けて別れよう。」
「ああ…本当に、すまなかった。それから…今まで、ありがとう。」
「それでね、土方くん…俺とお付き合いして下さい!」
「………は?」
今にも泣き出しそうだった土方は、突然の告白にどう反応していいか分からなかった。
「返事は?」
「返事?」
「聞いてた?俺、土方くんに交際を申し込んだんだけど…」
「いや、だって、別れるって…」
「うん。別れたよ。そんで、今から新たなお付き合いを始めようと思って。」
「だから俺は、お前と付き合うわけには…」
「それは、付き合ってる最中にジミーと色々あったっぽいからでしょ?」
「ああ。」
「だから別れたじゃん。で、今からお付き合いをするに当たって、昨日のことは交際『前』のことだから
銀さん、過去の経験までとやかく言う気はありませーん。…これでどう?」
銀時は笑顔でパチンと片目を瞑った。
土方の瞳から押さえきれなくなった雫がつっと頬を伝う。銀時は立て膝をつき、土方を自分の胸に
しっかりと抱き締めた。
「俺と…お付き合いしてくれる?」
「……っ!」
土方は言葉に出さない代わりに銀時の背中に腕を回して応えた。
こうして二人は今日、交際最終日と新たな交際初日を迎えたのだった。
(10.11.23)
かなり前になるのですが、ライバルあり銀土をシリアスで読みたいと言って下さった方がいて、いつもよりは真面目に書いてみました。いや、いつもだって真面目に
ふざけてるんですけどね(私はゾ○リか;)。ただ、リクエスト下さった方の本命ライバルは高杉なんですよね。でも高杉は書くのが難しいので、とりあえず山崎で(笑)。
それからこれ、前編です。このままじゃ「昨夜」の真相が分からず仕舞いですからね。ついでにこの後のデートの様子も…すみません。数日中にアップできると思いますので
少しだけお待ち下さいませ。
追記:続き書きました。18禁です。→★