出張の時間


出張先のホテルのバスルーム。シャワーを終えた烏間はバスタブの縁に腰掛けてふぅと息を吐いた。久しぶりの静かな夜。今日は穏やかに眠れそうだ。
超生物と恋人関係になってからというもの、一人の時間など無いに等しかった。
交際初日、不覚にも悪酔いしてしまった烏間は、介抱という名目で殺せんせーが泊まるのを許可してしまう。その日のうちに何処からか木材を調達してきた男は、マッハの速さで寝室にベッドをもう一つ作ったのだ。
それからは毎晩のようにそこを寝床にした。海外旅行に出掛けても寝るためだけに帰って来る始末。黙って寝ていてくれるならまだしも「もっと胸元の開いたパジャマを着てみませんか」だの「触手一本だけそちらのベッドで寝てもいいですか」だのと受け入れ難い提案ばかりをしてくるものだから無視できず、結果、怒鳴ってばかりの日常だった。

だからであろうか。身体の内からじわじわと滲み出てくるこの熱は。
最後にしたのはいつだったかと朧げな記憶を辿りながら、芯を持ち始めた陰茎を握った。
「ハァッ――」
地球存亡の危機にあってなお抑えきれぬ欲求。まだまだ修行が足りないと思う一方、こんな時だからこそ生殖本能が活発になるのかと冷静に分析する自分がいる。
「ふっ……」
とにもかくにも出せば終わり。烏間は軽く目を閉じ、手を動かしていった。
「んっ」
手の中のモノが膨らみぬめりを帯びていく。その感触で常より高揚していることを悟る――この程度で息を乱すとはやはり鍛錬不足だ。
「ん?」
だがふいに違和感を覚えた。一回り太くなっているのに表面が軟らかい。確かに触れているのに触れていないような、そうかと思えば竿全体を包み込まれているような不可思議な感覚。
何よりも今、手を止めたはずなのにぬるぬると扱かれている気がする。まさか……
「っ――!」
気のせいであってくれと祈りつつ目を開けてみれば、一物に巻き付く同じ色の物体。それは保護色により周りと同化しながら後方へと続いていた。
ドアの開く音はしていない。おそらく通気口から侵入したのだろう。だが武器なら常に手の届く範囲に置いてある。烏間は自身の中央から伸びる「管」目掛けて、特殊素材のナイフを振り下ろした。
「にゅやーっ!」
やはり聞こえた特徴的な悲鳴。本体から切り離された触手がぽとりとバスタブへ落下していく。バスタオルを腰に巻いて浴槽を出れば、観念したのか冷たい空気と共にピンク色の顔をした殺せんせーが姿を現した。
「ヌルフフフ……見付かってしまいましたか」
「……いつからいた?」
「五分くらい前ですかねぇ。烏間先生が一人で寂しくないかと会いに来たのですが、お取り込み中のようでしたのでお手伝いを」
「ふざけるな!」
ニヤニヤとしまりのない笑顔に殺意が増大する。だがタオル一枚でおいそれと近寄るのは危険窮まりない。ナイフを構えたまま烏間は問うた。
「学校はどうした?日本は今、朝だろ」
「私なら一時間もあれば戻れますよ。といっても、あと十分程で出ないといけませんが」
「ならとっとと行け」
「そうします」
「おい!」
先生が遅刻するわけにはいかないと言いながらも触手は烏間へ向かう。タオルを外しにかかるのをナイフで弾いていると、
「時間がないと言ってるじゃないですか」
「だから俺に構わず日本へ帰れ」
「いえいえ」
「あっ」
狭い浴室。入口を塞がれていては避け続けるのも困難で、あっと言う間に両手は触手で一纏めにされてしまった。ハンカチに包んでナイフを奪うと同時に別の触手が腰のタオルを剥ぐ。
「やめろ!離せ!」
「時間がないので大人しくしていて下さい」
今度は保護色など使う必要がない。黄色いままの触手が萎みつつあったモノにヌルヌルと絡み付いた。
「触るな!やめろ!」
「十分以内にイカせないとなりませんからねぇ……手加減なしです」
「ぐっ!」
刹那、突き落とされるような衝撃を受けて烏間は思わず膝を折る。両腕を持ち上げられていなければ崩れ落ちていたであろう。
それが股間の触手から与えられた快楽ゆえだと認識できた頃にはもう、下半身は引き返せない程に張り詰めていた。
「うっ、く……」
隙間なく巻かれた触手が上下に揺れる。経験したことのない刺激は、耐えようとして耐えられる類のものではなかった。
「烏間先生もヌルヌルしてきましたねぇ」
「言うなっ!」
「お揃いで嬉しいのですよ」
バスルームに響く卑猥な水音。耳を塞ぐことはできず、目の前の男のものだと思い込むことも許されない――僅か十分が果てしなく長く感じた。
「くぅっ……!」
「もっと声を上げていいのですよ」
「だ、れが……」
教師の役目を何より重んじる奴は必ず十分で日本へ戻る。付け入る隙はそこにあった。しかし、
「なっ!」
突如視界に飛び込んできた締まりのない丸い顔。こうして予想外の行動に出られるから我慢に集中しきれない。
「烏間先生の感じてる顔、よく見せて下さい」
「見るな!」
「快感に必死で耐えているところが堪らなくそそりますので……」
「やめっ……」
烏間の身体を新たな触手が這っていった。


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