敵に砂糖を送る
この日、真選組屯所ではとある新米隊士の話題で持ち切りだった。 というのも、初めての市中巡回で大物攘夷浪士を捕縛するという手柄を上げたからである。しかも、同行した先輩隊士が用足しのため離れた際の出来事だった。偶然だの運が良かっただけだのと本人は謙遜するが、居所を突き止めるのも困難なら捕らえるのも容易ではない相手。将来性抜群だと持て囃されるのも仕方のないことであろう。
さて、その攘夷浪士はというと、大型ルーキー属する十番隊の隊長による取り調べが始まったところである。 冷たい壁に囲まれた三畳程の空間には机と椅子のみ。椅子の一つに捕らえた者を括り付け、向かいに隊長の原田が腰を下ろす。部屋の隅には珍しく記録係として名乗り出た、一番隊隊長の姿もあった。
「名前は?」 「人に名を尋ねる時はまず己から名乗るものだ。これだから田舎侍は……」 「いいから答えろ桂ァ!」 「フッ……」
知っているではないか――原田の恫喝にも飄々とした態度を崩さないのは、桂小太郎その人である。
「貴様に用はない。土方を呼んでもらおうか」 「あぁ?」
取調官を選ぶ権利などないと睨みをきかせるも、桂は土方を呼べの一点張り。どうやら真選組副長に会うため態と捕まったらしい。 だからといって素直に従う道理はない。仲間の居場所、これまでのテロ行為についてなど尋問を続けた。
「お前らのアジトは何処だ?」 「土方を呼べ。話はそれからだ」 「俺の質問に答えたら呼んでやるよ」 「貴様と話すことなどない」 「……副長に何の用だ?」
折れるようで癪だが、一向に返答のない問いを繰り返すよりはマシだと判断した原田。危険を冒してまで会いに来る理由も、純粋に気になっていた。
「銀時のことだ」
桂が口にした名に取調官の眉がぴくりと動く。元より碌に記録などしていなかった沖田の手は完全に止まり、唇は弧を描いていた。 椅子に縛り付けられたまま桂はふんぞり返る。
「その反応……銀時と土方の関係は知っているようだな」 「何のことだか」
何が正解かは分からない。だが安易に「犯人」の言葉に同意するわけにはいかず、しらばっくれてみた。 しかし、
「土方さんと旦那がどんな関係だって?」
沖田は易々と職務を放棄してしまう。土方と銀時の関係など教わるまでもなく知っているけれど、彼にとって土方への嫌がらせは治安維持よりも優先すべきもの。 そして原田は自分が沖田の抑止力にならないことを充分に悟っていた。
「知らないのか?ヤツらは会えば夜通しにゃんにゃ――」 「のっ望み通り副長を呼んで来てやる!だから黙れ!一言でも発したら呼ばねーぞ!」 「チッ」
二人の関係は知っていても具体的な付き合い方までは知りたくない――桂の言葉を遮る原田に舌打ちをしたのは沖田であった。
部屋の外で待機していた隊士へ、桂が希望しているから副長を連れて来いと申し付け、原田は待ち人来たるまで、今やある意味で桂以上に厄介な存在となった沖田を見張る。 きっと今頃、使いに出した隊士が「言いなりになるとは何事だ」と副長に怒鳴られている頃。近頃かなりイラついていた副長。今日の機嫌は最悪のはず。 その辺りのお叱りもこちらで引き受けるから、とにかく早く来てくれと祈ることしか原田にはできなかった。
「取調べはいつから指名制になった?総悟、テメーがいながら情けねェ」
拷問でも何でもして吐かせてみせろと左手に刀を携えて、咥え煙草で鬼の副長のご登場。詫びて原田が席を譲るも土方は桂をぎろりと見下ろし座る気配はない。 張り詰めた空気の中を、唯一この場を楽しんでいる男の暢気な声が飛ぶ。
「俺ァ取調べを続けようとしたんですがね、土方さんが来るまで黙ってろって言われたんで仕方なく」 「原田テメー……」 「いやだって、万事屋のことで言いたいことがあると……」 「あん?」
恋人の名が出て来たことで全てを理解した。妙にあっさり捕まったものだと訝しんでいたものの、目の前の男は指名手配犯であると同時に銀時の旧友。友のため、自ら火中に飛び込んだというのか……敵ながら天晴れ。
土方は椅子に座り桂を正面から見据えた。
「お前らは出てろ」 「はい」 「嫌でィ」
勿論、土方の指示に従わなかったのは沖田。取調べに記録係は必須だなどと尤もらしいことを言い、隅の椅子をわざわざ桂の横に持って来た。 土方には気の毒だが、自身に被害が及ばぬよう、原田はそっと部屋を後にする。
「記録はいらねェし、そもそも記録席はそこじゃねェ」 「ここなら聞き漏らす心配もないんで」 「だからいらねェって言ってんだよ!」 「お前さえ来れば他は誰がいても構わん」
図らずも桂は沖田の味方となってしまう。大義名分を得た記録係は桂の隣で喜々として帳面を開いた。
「まずはさっき言いかけた二人の関係から説明してくれィ」 「銀時とこの男は夜通しにゃんにゃんする関係でな」 「おいぃぃぃぃぃ!何ってこと言ってんだテメェェェェェェ!!」 「まあまあ土方さん、素直に吐いてんだから……」
桂に掴み掛かろうとする土方を拷問には早いと沖田が止め、先を促す。
「俺にはこんな男の何処がいいのかさっぱり分からん」 「同感でさァ」 「記録係は黙ってろ!」 「へいへい……」
死ね土方と「記録」する沖田をいつものことと取り合わず、土方は桂に向かう。
「で?」 「ここ三ヶ月、まともに会っていないらしいな」 「だからどうした」
大物攘夷浪士が捕まったせいで今日も会えなくなったのだと、怨みの篭る土方の低声。
「泣いておったぞ」 「何ィ!?」
がたがたと机に手を付き、椅子を蹴飛ばして土方は立ち上がった。
「当然であろう。甚だ理解に苦しむが、銀時は最早お前なしでは生きられんのだ」 「…………」
誘うのはいつもこちらから。電話ですら、急な依頼で会えなくなったとか待ち合わせ場所を忘れたとか、用件が済めば終わり。恋人関係を続けているのだから、それなりに愛されてはいるのだと自分を励ますこともしばしば。
だが想像以上に愛されていたらしい。 感動のあまり言葉に詰まる土方に、桂の説教は続く。
「仕事を言い訳に会いにも来ない恋人など捨ててしまえと何度も諭した。だがヤツは決して首を縦には振らなかった。貴様に会えぬ寂しさで、日に日に窶れていく姿を見るに忍びなく俺は……」 「後は任せる」
そう言い捨てて土方は駆け出した。
仕事の合間に、もっと会おうとすれば会えたのに――顔を見るだけになってしまうからと会うのをやめた日々を後悔しながら、かぶき町へ向けてひた走る。
「銀時ィィィィィィ!!」 「あ、土方くん久しぶ……り?」
我が家のごとく上がり込み、声を聞き付け出て来た可愛い恋人を力強く抱き締めた。
「何だよいきなり……発情期ですかコノヤロー」 「ハァ、ハァ、銀時ィ……」 「おっおい、いくらご無沙汰だからって真昼間からやめろよ。新八と神楽もいるんだぞ」
全力疾走したせいで、呼吸困難一歩手前。息を荒げて抱き着く土方に、銀時が顔を真っ赤に染めて喚いていたところ、
「土方さん、神楽ちゃんと定春連れて出掛けて来ましょうか?」 「ドラマの再放送見るから一時間だけアルヨ。それ以上いちゃつきたいならそっちが動くネ」 「悪ィな」 「ちょっ……」
新八と神楽の方が気を利かせてしまう。そして銀時が反応するより早く、土方が子ども達から二人きりの時間を買い取っていた。
子ども達に小遣いをやって見送って、土方は再び銀時を抱き締める。ここはまだ玄関。せめて部屋に入るまで待てないのかと銀時は息を吐いた。
「何なんだよもー……」 「会えなくて、すまなかった」 「ああ、うん」
お前の仕事が忙しいのは分かっていると、銀時も土方の背に腕を回してやる。
「土方くんと会えないせいで、銀さん大変だったんだからな」 「すまなかった」
桂の言葉を想起して土方は腕に力を込めた。
「本当に分かってる?」 「ああ。もう二度と寂しい思いはさせない!」 「気持ちの問題じゃねーよ」 「……は?」
思わず脱力した土方の腕から抜け、銀時は足取り軽く台所へ向かった。とりあえず後を追う土方は状況が理解できずにいる。
照れ隠しとは明らかに異なる銀時の態度。鼻歌混じりに冷蔵庫を開け、イチゴ牛乳を取り出してパックに直接口を付けて飲みだした。
「ぷはっ……土方くんが来てくれたから心置きなく飲めるぜ」 「銀時、お前……」
満ち足りた表情で銀時は会えない間のことを語り始める。 ここのところ依頼が少なく、当然収入も少なかったこと。米も砂糖も底を尽きかけ、銀時は恋人に奢ってもらえるはずということで食事抜きにされたこと。土方を探して町をうろつくも会えなかったこと。 連絡を取ろうにも電話代が払えず止まってしまったこと。友人知人に頼んで何とか食いつないでいたこと――
「で、桂にも助けを求めたのか?」 「あれ?もしかしてアイツに会っちゃった?違うってェ。ヅラは話の途中で『俺に任せておけ』とか言って逃げちまったから。泣き落としも通用しなかったし」 「そういうことか……」
求められていたのは己の「財布」か――土方はがっくり肩を落とした。
「おーい土方くん?どうした?」
いや待てよ――土方は考える。銀時が求めたのは俺の財布。そう、「俺の」財布だ。他の誰でもない俺の――
「銀時っ!」 「おわっ!」
プラス思考で持ち直した土方は銀時に飛び付いた。
「何だよお前……情緒不安定か?銀さんに会えなくて寂しかったのか?」 「当然だ。お前は?」 「ああはいはい、銀さんも土方くんに会いたかったですよー」
イチゴ牛乳の空パックを転がして、銀時も土方を抱き締め返す。堅苦しい制服に染み入るタバコの匂い 。目頭が熱くなるのは絆されたからということで。 土方に体を預け、銀時はそっと目を閉じた。
ぐぅぅぅぅぅ……
何とも空気を読まない腹の虫。二人同時に吹き出して、けれど「飼い主」の銀時は気まずげに
「お前が手ぶらで来たせいだ」
と唇を尖らせれば、土方は「悪ィ」と笑いながら謝って、その唇に自身のそれで軽く触れる。
「メシ食いに行くか?……メガネとチャイナも一緒に」 「……肉がいい」 「ああ」
久方ぶりにありつける豪華な食事を思い描き、銀時の腹はまたぐぅと鳴いた。 愛しい人の鳴き声を耳にしながら土方は、ガセネタを掴まされた挙句、敵に甘い時間を贈ってしまった指名手配犯へ、心の中で礼を述べるのだった。
(15.01.21)
当サイトにリンクしてくださった「花鳥風月」の桜秋斗へ捧げるリンクお礼文です。リクエストは土方さんとヅラの絡みでした。 カップリング指定はありませんでしたが、あちらのサイト傾向に従って土銀にいたしました。 桜秋斗様、この度はありがとうございます。こんなものでよろしければ桜様に限りお持ち帰り可です。サイトへの掲載も不掲載もご自由にどうぞ^^ それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様、ありがとうございました!
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