後編
「ふっふっふっふ……」
「何だよ」
万事屋までずっと手を繋いで来てしまった。その手は玄関を入ってなお離れない。履物はなく
明かりも消えており、留守だというのは明らかだ。何故か不敵な笑みを漏らす野郎に身構えずには
いられない。
思えば茶屋に来た時から変だった。
いつになくヘラヘラと締まりがなく、万年金欠のくせに奢るとまで言いやがる。大勢に俺達の
関係を吹聴したのも不可解だ。
きっと何かある――俺は警戒を強めた。
「トリックオアトリートぉぉぉぉぉ!!」
「……は?」
至近距離で叫ばれて、内容を理解するまでに時間を要した。いきなり何だ?
繋いだ手を振り振り万事屋は同じ言葉を繰り返す。
「トリックオアトリート!」
そうか、今日はハロウィンか……ちょうど良かったと、かぼちゃプリンの袋を渡してやれば
また叫ばれた。
「えええええええっ!?」
いい加減、耳が痛いので手を離して距離を取らせてもらう。人肌に温まっていた左手が急激に
冷やされる。今日はこんなに寒かったか……?
「何で!?あ、これ美味いんだよねー……じゃなくて!」
プリンを手に一人コントを始めたので放置して草履を脱げば、万事屋も慌ててブーツを脱ぎ捨てた。
袋ごとプリンを冷蔵庫に突っ込んでから居間に入った万事屋。一足先に腰を下ろした俺の右側へ。
「プリン、ありがと」
「……不満そうだな?」
「嬉しい!すっごく嬉しい!いや〜、やっぱりプリンは甘味界のプリンスだよな!プリンだけに」
「…………」
どう見ても無理している。あのプリンが嫌いなはずはないが、今はほしくなかったということか?
自称・糖分王のコイツが甘い物より優先するものなんてあんのか?
「あ……」
「なっ何?」
わざわざ玄関扉を閉めてから「あの台詞」を放った理由に当たりが付いた。くだらねぇことだが
付き合ってやるか。
「トリックオアトリート」
「……へ?」
アホ面下げてる野郎に、イタズラでも何でも好きにしろと言ってやった。
つまり、コイツの目的は「トリック」の方。
菓子がほしいなら表で言った方が買いに行かせるのも容易だろう。なのに家に着いてから言った。
普段、菓子など持ち歩いてない俺にイタズラするつもりだったのだ。
この場合のイタズラっつーのはアレだろ?ったくコイツは昼間から……
「あの……土方くん?」
「何だ?」
「俺がしちゃって、いいの?」
「プリンよりイタズラだったんだろ?」
「あ、うん。イタズラっつーか、土方くんを驚かせるっつーか……今日に合わせたわけじゃねぇん
だけど、偶然、店から連絡が来てね……」
ん?アレじゃねーのか?何か買ったのか?茶屋の時といい、何処からそんな金が?
疑問は一つも解決されぬまま、万事屋に目を閉じてと言われ、とりあえず言われたとおりに瞑る。
よっと声を出してテーブルを動かしているらしい音がする。
足元に万事屋が座った気配の後、左手を取られた。じとっとした手に野郎の緊張が伝わる。
恭しく持ち上げられて指先に冷たいものが……まさかコイツ――
「えっ……」
「えっ……」
思わず目を開けると、顔を上げた万事屋と視線が搗ち合う。そのまましばし無言。「イタズラ」を
仕掛けたはずの野郎も突然のことに固まっている。
「あー、そのー……」
すまないと謝れば万事屋の時も動き出した。弾かれたように立ち上がり、例のブツはまだ万事屋の
右手に握られている。
「目、開けるなよ!」
「だから謝ったじゃねーか」
「ごめんで済めば警察いらねぇんだよォォォォ!」
うちひしがれた万事屋が詰め寄ってくる。
「見えた?見えたよな?見えたんだろ?正直に吐けコノヤロー!」
「……何が?」
「この手に入ってるものだよ!」
震えるほど握り締めた右の拳を突き出して、白状しろとまるで罪人扱いだ。
「見えた。指「わあああああああ〜!」
正直に白状したが途中で遮られた。何がしたいんだコイツ?手の中のそれ、寄越すならさっさと
しろよ……って俺が言うわけにもいかねーし、どうすんだこれ。というか本気なのか?イタズラの
範疇を超え過ぎてるぞ?俺はどんな顔していればいいんだ?
「ああもうっ!!」
隣の俺が揺れるくらい、万事屋は元の位置にどっかと腰を下ろした。
斜めになったテーブルに足を投げ出し、左腕を背もたれへ回し天井を仰ぐ。
「競馬で一発当てたんだよ。けど、溜め込んだ家賃とかツケとか払ったら無くなる額で……」
ツッコミたいのをぐっと堪え、黙って最後まで聞くことにした。覚悟を決めようとしている男の、
その雰囲気に飲まれてしまったのもある。俺も、決心が必要らしい。
「せっかくの大金、マイナスをゼロにして終わりじゃ勿体ないと思って、新八達にも美味いもん
食わせてやろうかなとか、土方くんにもご馳走したいなーとか、いっそのことホームパーチー的な
ことしちゃう?とか……まあそんなんでデパート寄ったら真っ先に宝石売り場が見えて……」
「…………」
足を下ろし首を起こし右手を左手で覆い、万事屋は誰もいない正面を見詰めた。
「形の残る物もいいかもしれないな、なんて思って……でも俺が持ってると、そのうち質草に
なりかねないし……だったら、しっかりしてる人に管理してもらうのがいいかなーなんて……
土方くんはしっかり者だなーって……たっ頼み込めば、ずっと、持っててもらえるかなーって……
でもサイズとか分からねぇし……そしたら偶々、次の日会う約束してたから……偶々、泊まり
だったから……偶々、土方くんが先に寝ちゃったから……結果的にね、内緒でサイズ測る感じに
なっちゃって……またデパート行って……あの、土方くんは大丈夫だと思うけど、万が一ね、
落としたりした時のために名前掘ってもいいかなー……とか……貴重品だからね。だから、
だから…………」
これだけ長々と話しても肝心なことは言えない。そんなコイツを可愛いと思えるほどには俺の
頭も沸いていた。だから、
「分かったから寄越せ」
左の掌を下にして万事屋の前に差し出す。視線は、向けられなかった。大それたことを仕出か
そうとしている野郎を前に、どんな顔をすればいいのか未だに答えが出ない。
だが俺以上に万事屋も戸惑っている。そろそろと右手を開き、中の物を左手で摘み俺の手と
交互に見遣っていた。そして、
「土方っ!」
万事屋の右手に下から手首を掴まれる。俺を呼び捨てする時はシリアスパートの合図。
いよいよか――俺は全神経を一本の指に集中させた。
「えっと、えーっと…………はいどうぞ!」
何とも間の抜けた台詞と共に、左の薬指へ銀色の輪が納まった。
「はいどーぞって……プッ」
「笑うな!気の利いた台詞なんて用意してなかったんだよ!お前が目ェ瞑ってる隙にささっと
嵌めて『まあビックリ!』みたいな予定だったんだからな!なのに途中で目ェ開けるから……」
「悪ィ悪ィ。けど……ありがとな」
自分でも驚くほどすんなりと感謝の言葉が出た。指輪が自分のものとなった瞬間、照れも羞恥も
不安も恐れも通り越し、とても穏やかな心持ちになったんだ。
コイツと共に生きるのだと、俺と共に生きてくれるのだと、頭より先に体が理解したようだ。
「何処のデパートだ?」
「えっ?」
「これ」
手の甲を見せながらひらひら振って、お前のも必要だろと訴える。なのに万事屋は喜ぶどころか
口籠もってしまった。
俺には縛らせねぇって了見か?どうせ自分が買いたかっただけだとか、俺の手は煩わせたくない
だとか、碌でもねぇこと考えてるに決まってる。お前が俺を思うのと同じくらいには、俺もお前を
思ってるというのに……
これからずっと一緒なんだ。そのへんの教育もきっちりしておく必要があるな。
「俺からは受け取れねぇのか?」
「そういうわけじゃ……。でも、土方くんは土方くんの好きな店で買ってよ」
「同じもんがいい」
「そっ、そんな可愛いこと言われちゃうと弱いなぁ……」
よく分からないがツボに入ったらしい。今しかない――俺は万事屋に抱き着き、耳元で囁いた。
「同じもの、着けてくれよ」
「っ……」
唇を寄せた耳が俄かに熱を持ってくる。愛しさが募り、回した腕に自然と力が入った。
万事屋の腕も俺の背に張り付く。
「値段バレるの、恥ずかしいんだけど……」
俺にとっては大した額でないはずだと万事屋は言う。そんなことを気にしていたのか。バカだな。
それなら例え俺が別のものを用意したとしても、こちらが高価なのではないかと気に病むだけだ。
それでもぐだぐだ往生際の悪い万事屋の耳にふっと息を吹き掛けて最後通告。店を教えなければ
指輪を返上すると告げて漸く観念した。
四越デパート――俺の肩に額を付けてゆっくりと呟いた万事屋。それから大きく息を吐いた。
「あーあ、何だか俺がイタズラされた気分」
「ならこれからヤればいいだろ」
「昼メシもまだなのに……土方くんのエッチ」
「そっちのイタズラとは言ってねぇ」
……そっちに聞こえるよう言いはしたがな。
万事屋の手が帯を解きにかかる。いつもの調子を取り戻したらしい。
「……新婚初夜だし布団に行こうか?」
「テメーだけ指輪渡して、それで満足か?」
「あっ、では婚約初夜ってことで」
「何だそれ」
そもそも今は夜じゃないし、法律上の結婚ができない俺達に「新婚初夜」は永久に訪れない。
だからどうした。コイツはコイツのルールで生きてるんだよ。
容易く染められそうでいて何色にも染まらず、それどころか周囲を悉く自分の色に染め上げる男。
左の手から銀色に染まっていく俺は、そんな男を何色に染められるのだろうか――
分かっているのは単なる恋人関係が今日で終わり、婚約者となったということ。
(13.11.06)
こうして二人は末長く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし、です^^ 結野アナの占いは的中してほしいと思っているのでこんな形になりました。
二人の「婚約初夜」の模様につきましては、いつも通り皆様のご想像にお任せします。
リクエスト下さったマト様、「とにかく土方が不安になってアワアワしてたらなんでもいいです」と締めくくられておりましたが、むしろ銀さんがアワアワしててすみません!
こんなものでよろしければマト様のみお持ち帰り可ですのでどうぞ。もしもサイトをお持ちで「載せてやってもいいよ」という時は拍手からでもお知らせください。飛んでいきます!
それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様ありがとうございました。ハッピーハロウィーン!
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