中編


「あら珍しい」
「……どうも」

万事屋に着くと、出迎えたのはメガネの姉貴だった。

「依頼ですか?」
「いや……」

俺が来るのを知らないってことは電話の時にはいなかったようだ。だがここで正直に訪問理由を
話していいものか否か――コイツは俺達の関係を知っているのか?隠す相手でもないとは思うが、
話すなら俺より万事屋からだろう。

「ちょっと約束しててな。いないのか?」
「あっ土方さん、いらっしゃい」

水を流す音と共にメガネが出て来た。厠にいたのか……

「銀さん今出てて……すぐ戻るんで上がって待ってて下さい」
「悪ィな。これ、皆で食べてくれ」

草履を脱ぎながらプリンの入った袋を手渡せば、いつもすみませんと頭を下げられた。

居間に通され、メガネは茶を煎れてくると台所へ。チャイナと犬もいないから遊びに行っているの
だろうか。それとも万事屋と一緒か?もしかして急に依頼が来て、俺が来るから留守番を残して
出たとか?

「土方さん」
「何だ?」

向かいに座るメガネの姉貴が何故か凄みを利かせている。

「今日は一体、どのようなご用件で?」

こりゃ知らねーな。メガネが戻るまで何とかやり過ごせるか?

「だから約束したんだよ」
「どんな?」
「今日、会うっつー……」
「何のために?」
「そんな大した訳はなくて……」
「理由もなしにアナタがここを訪れますか?差し入れまで持って」
「だから……」

まだかメガネ。茶なんていいから姉貴を何とかしてくれ。
俺の祈りも虚しく、追求は続いていく。

「何か危険な依頼でもするおつもり?」
「そんなんじゃねーよ」
「なら何です?わざわざ手土産なんか持って来て」
「アンタが心配するようなことにはならねぇから安心しな」
「じゃあどうなるんです?」
「姉上、あの……」

救世主メガネ降臨。

「土方さんは大丈夫ですから」
「どういうこと?」
「結構銀さんと仲良くて……休みの日に出掛けたりしてるんですよ」

メガネも、付き合っているというのは万事屋本人から言わせたいんだな。もしくは万事屋から
口止めされてんのかもしれねぇ。

……何のために?

メガネに伝えて姉貴に伝えない理由……知られたくないとか?近藤さん……は、関係ないよな?
万事屋と俺がデキてても、近藤さんとコイツが付き合わなきゃならないわけじゃねぇし、万事屋と
コイツが婚約してるっつー嘘はとっくにバレてるし。
まさか万事屋に惚れてるなんてことは……ないと思うが、親しいのは確かだし、そんな男に男の
恋人がいるってのはショックを受けるか?
あとは、メガネくの一や吉原の女に知られないように、とか?アイツらは確実に万事屋のこと……
いや、だからこそ知らせるべきじゃないのか?それをしないのは俺が男だからか?やはり、俺との
付き合いは隠しておきたいこと、なのか……?

朝の占いが脳内で再生される。
こうなると全てを悪い方向に考えちまう。そんなことは有り得ないと否定しても、この関係が
始まってからずっと感じていた不安。

すぐケンカ別れになるかアイツが飽きるかだと高を括っていた――

約束をしたのにヤツがいないのも、この女が留守番してるのもそういうことなのか。
やたらと突っ掛かってくるのも、俺を怒らせて帰るよう仕向けているのかもしれねぇな。
そういうことなら長居は無用。

「さっきやったプリンは?台所か?」
「あ、はい。冷蔵庫に……」

メガネが言い終わらぬうちに席を立ち、台所へ向かう。訳も分からず、湯呑みを盆に乗せたまま
追いかけてくるメガネより一足先に台所へ入り冷蔵庫を開けた。
扉の裏には卵が二つと飲みかけのイチゴ牛乳、正面にはこれまた使いかけの味噌とケチャップと
マーガリン。空間ばかりの冷蔵庫の中で、六つのかぼちゃプリンだけが異彩を放っている。
俺は三つずつ積み重ねてプリンを取り出した。メガネはただ茫然と俺を見ている。

どのように取り繕っても、所詮俺はこのプリンのように余所者なのだ。訪れただけで怪しまれる。
こんな俺と付き合っているなど、信じてもらえるよう説明するだけで骨が折れる。メガネの姉貴が
ヤツを心配するのは何の不自然さもないというのに。

「邪魔したな」
「えっ!ちょっと……」

シンクの取っ手に引っ掛けたS字フックに下がる紙袋。その中にある三角形に折り畳まれた
ビニール袋を一枚広げてプリンを詰め、台所を後にする。盆を持ったまま狼狽えるメガネに
「悪ィ」と一言告げて湯呑みを空にした。

「あ、あのっ……銀さんなら、本当にもうすぐ……」
「いいんだ。約束してたわけじゃねぇし」
「でも、今朝……」
「あの電話でいきなりだったからな」

本心では、万事屋の顔を見るのが怖い。だが俺から会いに行くと言った手前、このまま本当に帰る
わけにもいかない。だがここに留まり続けて平静を保てる自信もない。
時間を潰して万事屋が帰ってきた頃にまた来ることにした。
戸惑うメガネに出直して来ると告げれば、後ろから姉貴がもう来なくていいと言い放つ。女房の
ようなその態度。迷惑そうにしつつもその隣にいる万事屋が容易に想像できて、また俺との違いに
胸が痛んだ。


*  *  *  *  *


「やぁっと見付けた」

万事屋から歩いて十分程の場所にある茶屋。みたらし団子を二串頼み、残りの団子が一つになった
ところでアイツは現れた。息を切らし、俺の茶を飲み干して向かいの席に着く。

「クリームあんみつね」

顔馴染みの店員に注文を済ませた万事屋はやたらと上機嫌だった。俺を探し回っただろうになぜ……

俺は携帯電話の電源を切っていた。出直すつもりであったが、独り寂しく団子を食っていると、
会えないままの方がいいような気がしてきたから。にもかかわらずかぶき町に留まっていたのは
見付けてほしいという身勝手な願望から。

「ケータイ故障中?」
「……すまねぇ、電源落ちてた」

今気付いたような猿芝居をうち電源を入れる。万事屋は相変わらず笑みを浮かべて、運ばれてきた
あんみつを食い始めた。普段と同じ……寧ろ、より穏やかな空気を纏っている。共にいるのが若い
女であったなら、周囲からも微笑ましく見えただろうに。
やはり俺は万事屋と今日限り――

「そうそう……」

甘味の魔力で忘れるところだったと、万事屋は匙を振りつつ言った。その暢気な声音で、
沈んでいた心が幾分か持ち上げられる。現金なモンだ……

「お妙のこと、悪かったな」
「…………」
「アイツ、俺達のこと知らなかったんだよ。よーく言い聞かせといたからもう大丈夫だぞ」
「お、おう」

万事屋はさらりと軽く言ってのけ、俺の中の蟠りをいとも容易く解消してくれた。
ソフトクリームを蜜豆と寒天に絡め、口に運ぶ万事屋。俺も一つ残った団子を串から横滑りに
外して食えば、先程までより美味く感じた。人の味覚とはかくも曖昧なものだったのか。

「新八が話してると思ったんだよ。そしたらアイツ『軽々しく口にするなって言ったの銀さん
ですから』とか言って……」

下唇を突き出してメガネの口調を真似る様子は、小馬鹿にしているようでいてコイツなりの
愛情表現だろう。

「でもお妙になら言っても大丈夫ってことくらい分かるだろ?なのにお妙まで『そういう大事な
ことは本人が言うべきですー』って庇い合っちゃってよー」
「そうだったのか」
「面倒だからもう、ここ来るまでに会った知り合い全員に言っといたから」
「……は?」

全員に言っといた?メガネと姉貴の話が何故そうなる?
コイツはたまに……いや、そこそこ頻繁に突飛な行動に出る時がある。しかもそんな時に限って
本人は得意げだから困る。今も、最初からこうすりゃ良かったとご満悦で餡蜜を平らげつつあった。

「誰に言ったんだ?」

言った理由を尋ねたところでどうせコイツの思考回路は理解できない。ならば結果だけ知ればいい。

「お前も知ってるヤツだけだよ。例えば……おでん屋の親父だろ?それと、健康ランドの掃除の
おばちゃん……あとはタバコ屋のバァさんの孫の彼氏とか……」
「…………」

「知ってるヤツ」というか「見たことあるヤツ」だな。頑張ってもぼんやりとしか顔が浮かばねぇ。
お前の「知り合い」は広すぎるんだよ。

「ババァ……は、前から知ってっけど、たまとキャサリンもな」

漸く知った名前が出て来たことに安堵するも、こんなに手当たり次第公表したのかと呆れもする。
万事屋の報告は終わらない。

「さっちゃんと、アゴミと、狂四郎と、長谷川さんとヅラ……」
「あ?」
「あっ、ヅ……ヅラ沢くんだよ、うん」
「そうか」

最後のは聞かなかったことにしてやろう。

「ここのあんみつサイコーだな!」
「そうかよ」

わざとらしく話題を変えて、万事屋はあんみつを掻き込んだ。

食い終わり、珍しく奢るとの申し出は丁重にお断りさせてもらう。コイツを信じて待てなかった
せいで茶屋に入る羽目になったのだ。寧ろ俺が払って然るべきなのだが、不思議なことに万事屋は
自分が払うと譲らず、結局、別々に会計するというので落ち着いた。

店を出た万事屋は空を見上げて目を細め、いい天気だと呟く。今のはどちらかといえば晴れより
曇りに近い気もするが、そこにはツッコまず、後をついていった。

「おい」
「いいから」

俄に左手を掴まれて足が止まる。万事屋が止まらないので歩きだすしかなかったものの、これでは
まるでデートじゃないか。昼日中では酔っ払いの戯れにも見えない。それに右手はプリンの袋を
持っているから両手が塞がってしまった。いざという時にまずい……と分かっているが、万事屋の
手を振り払うことができない。

「よう銀さん、お連れは見付かったんだな」
「ああ」

ラーメン屋の店主(だと思う)から呼び止められた。コイツも万事屋がバラした一人だな。

「もう逃げられないようにな」
「逃げられたんじゃねぇっつーの。なあ?」
「お、う……」
「土方さん、今度はしらたき切らさないようにするからまた来てよ」
「ああ」

……おでん屋の親父だったらしい。確かにひと月前、ふらりと立ち寄った屋台でしらたきがなく、
やや物足りなさを感じたことがあった。だがその屋台に行ったのはそれきりで、親父も万事屋も、
よく覚えていられたな……

そんな感じで道行く「知り合い」に祝福されたり冷やかされたりしつつ万事屋へ戻った。

(13.11.01)


リクエスト内容をもう一度。「ちょっと不安になり、万事屋へ会いに行くものの妙に素っ気なくされ…って感じの話」です。
「妙に」を「たえに」と敢えて読ませていただきました^^ そして、ハロウィン当日過ぎた上にまだハロウィンしてなくてすみません^^; 後編では必ず!

追記:後編はこちら