2013年ハロウィン記念作品:いちごむせん〜終わりの日〜


その日は急な非番だった。予定していた会議の延期が前日に突如決まったからだ。延期の理由は、
噂によれば、出席する警察幹部の孫の運動会だとか……まあ、どうでもいい。延期しても構わない
程度の議題だったということだ。
何はともあれ時間ができたので通常業務を進めておこうと考えた。だが近藤さんから、最近休みを
取っていなかったので休めと言われてしまった。そんないきさつで得た非番。特段予定もないため
普段より少しだけ遅く起きて私服に着替え、食堂へ入った。

「今日くらいゆっくりしてていいんだぞ」
「充分ゆっくりしてる」

ワイシャツとスラックスで食事中の近藤さんの向かいに座り、朝定食土方スペシャルをいただく。
部屋の中程に置かれたテレビからは、今日の天気は晴れのち曇り、朝晩は羽織るものが必要だと
流れてきた。
この声を聞くと万事屋のアホ面が浮かんでくる。アイツもきっと同じ番組を見ていて、チャイナの
冷ややかな視線にもめげず、画面に向かい相槌を打っているのだろう。

――続いては、ブラック星座占いでーす。

天秤座の運勢はどうだろうと箸は休めずに耳を欹てる。
万事屋と恋人関係になってもうじき一年。すぐケンカ別れになるかアイツが飽きるかだと高を
括っていたものの、意外にも穏やかな付き合いを続けていた。メガネとチャイナに知られた手前、
引っ込みがつかないのかもしれねぇな。

――牡牛座の人は恋人との関係に変化が表れる日です!

だし巻き卵土方スペシャルを口に含んだところで動きが止まる。占いなんざ信じちゃいねぇ。
運命は自力で切り開くもんだ。ただ、偶々考えてたヤツとのことを言われたんで何となくな。
空いた皿を凝視した体勢で固まった俺に近藤さんが「俺の卵焼きも食べるか?」などと話し掛けて
きたが、答える余裕はなかった。

――特に、銀髪で天然パーマで死んだ魚のような目をした人とお付き合いを始めてもうすぐ一年の
そこのアナタ、その関係は今日でお終いでーす。

「っ!」

吹き出すことだけは何とか耐えた。俺達の関係を知らない部下も大勢いるんだ。ここで動揺を
見せれば勘付かれるかもしれない。そもそも、テレビの占いなんかで狼狽えること自体マズイ。
口の中のだし巻き(以下略)を茶で流し込んで平静を装う。だがどこから湧いたか総悟が
ニヤついて横に立っていた。

「大変ですねィ」
「何が?」

ろくでもないことを言い出すのは分かっていて、俺は食事の片手間に総悟と話を続ける。

「テレビですよ」
「事件のニュースでもやってたか?」
「占いですよ」
「あっ、俺も見てた。大丈夫かトシ?」
「土方さんも、見てましたよねィ?」

近藤さんが乗っかっちまったもんだからこの話、早々打ち切れそうにねぇな。仕方ねぇ……
俺は箸を置いた。

「見てたっつーか聞こえてた。だから何だ?」
「銀髪天パ死んだ目と付き合ってる牡牛座なんて土方さんだけでしょう?」
「知らねーよ」

わざと食堂全体に聞こえるような声で総悟は言った。案の定、俺達の関係を知らない部下達が
ざわつき始める。「万事屋のことだよな?」「マジかよ」「副長が?」「怪しいって言っただろ」
「しっ、聞こえるぞ」――全部聞こえてるが、まあいい。総悟に知られた時点でいつかこうなると
諦めていたんだ。だから俺も食堂全体に向かって言ってやる。

「俺が万事屋と別れたとして、オメーには関係ねぇだろ」
「そうですけど……」

瞬間、食堂が静まり返った。
攻めの手をかわされて言葉に詰まる総悟を見ると胸のすく思いだ。ざまあみろ総悟のヤツ。
俺は気分良く食事を再開させて、そのうえ、

「気にするなトシ。俺も以前、乙女座は死ぬと言われたがこのとおりピンピンしてる!」
「ああ、そうだな」

近藤さんが味方になったものだから、アジの開き土方スペシャルもより美味く感じた。

「そうだ!確か俺の時はラッキーカラーを身につけていて……牡牛座のラッキーカラーは何だ?」
「知らねぇ」

持ち物くらいで人の感情が動くわけでもあるまいし、アイツが別れたいってんなら縋ったって
仕方ねーだろ。……占いがそこまで当たるとは思わねぇけどな。
なのに総悟の野郎、これで新たな攻撃手段を見付けちまったようだ。

「色は知りませんがね、ラッキーパーソンは四天王って言ってました」

それに近藤さんが食いついた。善意100%と悪意100%が合わさる時はいつもこちらに被害が及ぶ。
もう放っておいてくれ。
食事を続けることで無言の抵抗を試みるも、

「四天王?何の四天王だ?」
「この作品なら、かぶき町四天王でしょうねィ」
「確か抗争の末、世代交代したんだったな」
「ええ。もしかしたらその中の誰かが土方さんの新しい恋人になるのかもしれませんね」
「何ィ!?」

食い終わったはずの部下達も一向にここを出る気配がない。さりげなくテレビの音量を下げて
こちらに聞き耳を立てていた。ったく、そんな暇があるなら事件の一つでも解決してこい。

「今の四天王って誰なんだ?」
「お妙さんも入ってましたかね」
「お妙さんはダメだ!それだけは頼む、トシ!」
「俺ァ何も言ってねーよ」

心配してくれる気持ちはありがたいが、俺のことは俺に任せてくれねぇかな……

「お妙さん以外で旦那も外すと……残るはヤクザとオカマですぜ」
「警察官がヤクザと交際する訳にはいかんな」
「するってぇとオカマですか?あっ、土方さんネコだから気が合いますかね」

部下達にどよめきが起こったので睨みつけてやった。盗み聞きなら静かにしてろ。ネコで悪いか。
俺の希望だアホ。万事屋もそれでいい、つってんだから他人に避難される覚えはねーよ。

「でもよ、オカマってことは半分女だから、その、ねっネコだと……」

頬を染めてまで言わなきゃならねぇことか?この手の話題が苦手なら聞き流せばいいものを、
律儀に返すから総悟が調子に乗るんだ。

「近藤さん、総悟の言うこと真に受けるんじゃねーよ」
「あ、そうか。本当は万事屋がそっちなんだな?それなら……」
「誰がどっちっつー話じゃねぇ。俺が万事屋と別れてオカマとくっつくってのは全部、
総悟の妄想だって言ってんだ」
「妄想なんて酷ェや。俺なりに考察してみただけなんですが」
「ただの嫌がらせだろ」

食後の一服をしようと会話を打ち切り席を立つ。すかさず近藤さんが、せっかくの休みだから
万事屋へ行けだの何だの言うので、おざなりに返事をして自室へ戻った。


そして、タバコを吹かしながらぼんやりと考える。
占いは全く信じていないが、ここにいてもこのネタで総悟に遊ばれるだけだ。うん、占いなんざ
これっぽっちも信じちゃいねぇが、ここにいると総悟がな、うるせぇからな……
俺は携帯電話で万事屋の番号を押した。

『はい、万事屋銀ちゃんです』
「土方だ。いるか?」
『お待ち下さい。銀さーん、土方さんから電話ですよー』

メガネに呼ばれて慌ただしく動く音と、「俺のプリンに手出ししたらブッ殺す」という声が
聞こえる。まだ朝メシ中だったか……

『お電話代わりました。アナタの愛する銀さんでーす』
「……メシ時にすまねぇな」
『いえいえ……つーか、ツッコミなし?』
「今日、空いてるか?」
『……まあいっか。空いてるよ。依頼?』
「いや。こっちが休みになったからそれで……」
『デートのお誘い?嬉しいなァ〜、どこ行く?』

弾む万事屋の声。心の中で総悟に向かい、フフンと笑ってやった。

「どこでもいい」
『じゃあとりあえずウチ来なよ』
「ああ。一時間後でいいか?」
『いつでもいいよ〜』
「分かった。じゃあ後でな」
『待ってまーす』

電話を切る寸前、チャイナを呼ぶ声が聞こえたから、恐らくプリンは無事でなかったのだろう。
土産に買って行ってやるか。大江戸マートのかぼちゃプリンが美味いと以前言ってたな……

庭の木々の葉が色付き、風流とは程遠いこんな場所にも彩が加えられる。もっとも、それを見た
ところで、枯葉を集めて芋を焼くことくらいしか思い付かない連中ばかりだけれど。

(13.10.26)


ハッピーハロウィーン!!……作中でハロウィンっぽいのは「かぼちゃプリン」の一語だけですが^^; そして156,000HITのキリリク作品でもあります。
リクエスト内容は「銀土で、土方が占いで『牡牛座の人は銀髪で天然パーマで…略…な人と別れるかも?!』みたいなことを言われ、あり得ないと思いつつちょっと不安になり、
万事屋へ会いに行くものの妙に素っ気なくされ…って感じの話を土方目線で」です。はい、ハロウィン関係ありませんが、アップの時期的にハロウィン話にしました^^
後編では銀さんが出てきますし、もっとハロウィンしますのでアップまで少々お待ち下さいませ。
追記:前中後編になりました。続きはこちら