中編


早朝の副長室は爆煙に包まれた。穴の開いた襖から男の陰――明瞭に見えずとも誰かは判る。
こんな攻撃を仕掛けてくるのはヤツだけだ。

「総悟てめ……」

呑気な声で「おはようございます」と宣う沖田へ怒声を浴びせようとして止まる。
銀時の無事を確認しなければ――沖田のことだから、土方がギリギリ大怪我にならない程度の
攻撃をしたのは間違いない。だがヤツはこの部屋に銀時がいたことを知らない。果たして無事なの
だろうかと、一先ず沖田を咎めるのは後にした。

「激しい目覚ましだなぁオイ」
「万事屋……」

隣で寝ていた男の有様に土方は驚愕する。怪我はないようだけれど姿形が様変わりしていた。
そのことを教えてやろうとして土方は気付く。己の髪が腰まで伸びていることに。体が重いのは
爆発に巻き込まれたせいではないことに。

「お前……あ、俺も?」

土方の風貌から自身の状態まで把握した銀時の大きな瞳に映るのは、贅肉に首が埋もれた己の顔。

「やっだ〜、X子じゃない。久しぶり〜」

早速なりきる銀時改め銀子。
そう、二人は再び女性の姿に変わってしまったのだ。だが今回は宇宙宗教法人によるテロ活動
ではない。原因は襖に穴を開けた男。

「おや……旦那もいたんですかィ」
「沖田くん、これどういうことよ?」
「お察しのとおり、例のデコボッコ教が持ってた性転換ウイルスでさァ」
「早く戻せ総悟!」
「俺にそんな口聞いていいんですかィ?部外者を勝手に泊めてたくせに」
「っ……」

土方は反論することができなかった。実際には銀時が忍び込んで来たわけだが、最終的に泊まりを
認めたのは自分であるから。
沖田の嫌味は続く。

「でかい捕物を控えて、所帯持ちでもなかなか家に帰れないってのに、いい気なもんですねィ」
「沖田くん、それは俺が……」
「女人禁制もお構いなしですか……男相手は便利ですねィ。おっと、今はお二人とも女人でした」

確かに独断で部外者を泊めたのは悪い。だがそれを罰するのは沖田ではなく、そもそも沖田だって
土方が一人で寝ているところを襲うつもりだったのだ。規則どうこう言われる筋合いはない。

とここで、爆音を聞き近藤と鉄之助が駆け付けてきた。ちなみに他の隊士達は沖田の仕業だろうと
通常業務をこなしているところ。

「敵襲か!?」
「無事ですか副長ォォォォォォ!」

二人が目にしたのはバズーカを携えた沖田と二人の女性。近藤は見覚えがあるものの初めて
「彼女」らに会った鉄之助は狼狽する。

「誰っスか!?ま、まさか副長のデリヘるぶっ!!」
「本人だアホ」

鉄之助の妄想はX子の手刀によって打ち砕かれた。別人だと認識するのは無理もないことだと
しても何故そっち系に勘違いするのか……

「ではそちらのお嬢さんは……」
「万事屋だ」
「ええっ!……で、でも何で万事屋さんがここに?」
「デリバリーに決まってんだろ」
「総悟っ!」

銀時との関係は鉄之助も知っており、沖田の言葉を真に受けて前屈みになっていく。そんな小姓に
溜め息を吐いて土方は沖田に向かう。

「もう満足だろ。とっとと解毒剤寄越せ」
「そんなものありません。放っておいても三日で戻りますんで」
「っざけんな!今すぐ戻せ!」
「落ち着きなさいよX子。確実に戻れるみたいだし、今を楽しみましょ?」

すっかり状況を受け入れている銀子に腹が立つ。お前がそんなだから総悟は益々調子に乗るんだ!

「今日は大事な仕事があるんだよ!」
「その大事な日にデリバリー……」
「お前は早く解毒剤持って来い!」
「まあまあトシ……いや、X子さん。まずは朝メシにしよう。銀子さんも一緒に、なっ?」
「チッ……」

近藤の一言でX子は渋々大人しくなる。こうして甘やかすから総悟は益々調子に……

「つーか土方さん、その体でメシ食う気ですかィ?」
「あ!?だったら戻せコラ!」
「なあなあ沖田くん……」
「何ですかィ?」
「おい無視すんなコラ!」

X子と沖田の間に銀子が割り込み追求は強制終了。近藤にも宥められ、全員で食堂に向かうことに
なった。接近するドSコンビにX子は嫌な予感しかせず、廊下を歩きつつ耳を欹てる。

「それでね、沖田くん」
「何ですかィ?元に戻る薬なら本当にありませんぜ。メス豚を嫁に出そうとしたのに残念でさァ」
「誰がメス豚だ!」
「そうです!副長はぽっちゃり系っス!」
「鉄くん、ちょっと黙っててくれる?」

副長可愛いっスと目を輝かせる鉄之助を睨み付けてから、銀子は沖田に向き直った。

「痩せる薬とかってねェの?」
「あります」
「何考えてんだテメー……」

どう考えても自分に服用させるためだろうとX子は銀子の肩に掴みかかる。己のそれよりも
高い背丈に舌打ちをして。
対する銀子は「X子だって痩せたいでしょ」と気にする素振りも見せない。

「俺ァそんな薬飲まねーぞ」
「そうです!副長は今のままで充分美しいっス!」
「鉄、お前は黙ってろ」

コホンと咳払いをして、X子は服薬の危険性について説明を始めた。

「俺の体は今、本来の状態ではない。そんな時に薬を飲めば通常では考えられない副作用を
引き起こす恐れがある。例え副作用なく痩せたとしても、元の体に戻った時にまでその効果が
続いたらどうなる」

なるほど確かにその通りだと感心する近藤と鉄之助。だが肝心の銀子と沖田は話半分にさっさと
食堂に入って行く。

「えっ、副長?」
「あれって万事屋だよな?」

銀子とX子の存在に食堂は一気にざわめきたった。沖田が原因だと端的に伝え、X子はいつもの
席に着く。銀子、近藤らも同じテーブルに着いた。女体化に驚いていた隊士らも、ここに銀子が
いることも含め、沖田隊長がやることだからと納得の様子。

「山崎」
「はいはい」

目覚めの一服もまだだったとタバコを咥えつつX子は山崎を呼ぶ。
既に状況を把握していたのか、ヘアブラシとヘアゴムを手に山崎はやって来た。

「また三つ編みでいいですか?」
「何でもいいから結え。うっとうしい」
「なら切ってやりましょうか?」
「やめろ」

刀を抜きかけた沖田を制止するX子。髪を切ってしまいたい気持ちはあるけれど、元に戻った
時にまでその影響が及び髪がなくなっては堪らない。
その間にも山崎はX子の長い髪を二つに分けて編んでいた。

「こないだもジミーが編んでたんだ?」
「そうなんですよ。ポニーテールを相撲取りみたいってからかわれて……」

昔、髪の長かった土方はX子として長髪になった際も同じように一つに纏めてみた。
それを沖田から大銀杏だ何だと言われたものの他の結い方などできず、山崎に編ませたのだ。

「そうやって浴衣着てるとますます関取に見えますねィ」
「だったら早く元に戻せ」
「強そうで羨ましいと言ってんでさァ」
「ならテメーが代われ」
「いやいや……俺が女体化してもトップアイドル並の美少女になるだけなんで」

元がお通ちゃんですからねィと初期設定まで持ち出して得意げな沖田に、X子は自分で解毒法を
探すことを決意する。
といっても、山崎に調べさせるのだが。

お下げ髪が完成し、いつものようにマヨネーズ塗れの朝食をがっつく。カロリーが吹き出すだとか
帯が締まらなくなるだとか、外野の意見は無視して朝定食土方スペシャルを掻き込んだ。
しかし、

「うっ!」

急に口元を押さえて立ち上がり、X子は食堂から駆け出していく。その様に銀子は、

「まさか遂に銀四郎が……?」

責任は取る――そう言ってX子を追い、近藤・沖田・山崎・鉄之助他の隊士達も続いた。
行き着いた先は厠。銀子が個室の扉を叩いている。中からは嘔吐していると思しき呻き声。

「開けてX子!私に……いや、俺に介抱させてくれ!」
「おい、どういうことだ万事屋」

近藤が詰め寄れば、銀子の口からとんでもない単語が飛び出した。

「悪阻だ」
「つ、悪阻ィ!?」
「ああ。きっと昨日アレがアレしてX子の腹ン中に俺の子が……」

観衆は俄かにどよめきだす。土方が妊娠したらしいというのは勿論、屯所内でそのような
行為に及んだらしいということによって。

「避妊はしなかったのか!?」
「昨日は男同士だったし……けど安心しろ。責任は取ぶふっ!」

勢いよく開いた扉に銀子は吹っ飛ばされた。
何が悪阻だ。昨日は何もしてねェだろ――ふらつきながら個室から出て来たX子は、元の姿を
彷彿とさせる痩身となっていた。

「もう産まれたのか!?」
「ンなわけねーだろアホ。……総悟テメー、一服盛りやがったな?」
「何のことだか」
「チッ……」
「なあ、俺達の銀四郎は?」
「いい加減にしろ」

未だX子妊娠説を引っ張る銀子の頭をぺしりと叩き、鏡で己の状況を確認。全体的に縮んでいて
睫毛が目立つものの、本来の自分と外見上の大きな違いはないように思える。男に戻った際に
痩せ薬の効用がどう出るか不安はあるが、一先ずそれは置いておく。

「近藤さん、今日の計画はほぼ予定通りいくぞ」
「えぇっ!!その体で行くのか!?」
「何言ってるのX子……いいえ、十四子!今のアンタが飢えた男共の前に出るのは危険よ!!」

痩せたことで呼び名を変えて、銀子は敵地に赴かんとする十四子にその危険性を説く。
鬱陶しげに銀子の手を払い除け、十四子は鏡を見ながら三つ編みを解いた。

「戦いには参加しねーよ」

鏡に目を向けたまま銀子と近藤へ告げる。解いた髪を後頭部で一つに纏めれば、昔の自分に
見えなくもなかった。
これならばある程度の業務はこなせると十四子は踏んだのだ。腕力が落ちているため前線に
出られないことは痛いが現場に赴き指揮を執ることはできるだろう。幸い、ふくよかな胸の
大部分は薬のせいで消えている。サラシでも巻いて制服を着れば女であることは気付かれにくい。
念のため、眼鏡も掛けておこうか……すっかり仕事モードになってしまった十四子に肩を竦め
銀子は自分も付いていくと告げた。

(13.09.26)


痩せて十四子になるのもリクエストから。「頑張って痩せる」というリクだったんですけどね。薬であっという間^^;
続きは少々お待ち下さいませ。

追記:続きはこちら