後編
スナックお登勢で銀時は己に呼ばれたことを知り、魘魅となった己を倒し、魘魅に寄生された
己を倒し……
坂田銀時の存在が潰えてから十五年。
江戸は天人の技術とともに発展し続けていた。
そんな時代にあっては攘夷浪士の数も年々減少を続け、攘夷テロ対策専門の武装警察であった
真選組は、凶悪事件全般を取り扱うようになる。だが副長の土方十四郎だけは、凶悪犯捜索の
傍らで毎日のように江戸の町をぶらついていた。
「例の人は見付かりましたか?」
深夜零時を過ぎて帰宅した土方を呆れ顔の沖田が出迎える――というよりも、土方の留守を
いいことに沖田が副長室を占領していた。
「いや……」
制服を脱ぎ、着流しに着替えながら土方は答える。
土方は人探しをしているのだ。江戸へ行くと決まって以来、ずっと「誰か」に会わなくては
ならないと感じていた。だがそれが誰なのか全く分からない。分からないけれど探しているのだ。
「何処の誰かも分からない、顔も覚えてないのにどうやって見付けるんで?」
「会えば分かるはずだ。それに、ぼんやりとだが顔は思い出しつつある」
「へえ……」
文机に向かって人相書きを始めたらしい土方を、沖田は欠伸をしつつ眺めていた。
「総悟、こんなヤツを見なかったか?」
微睡みだしたところに声が掛かり、よっこいせと億劫そうに腰を上げた沖田。どれどれと土方から
紙を受け取り、そのあまりの酷さにケッと唾を吐き出した。
それは目鼻も何もなく頭から首にかけての輪郭のみ。これではやはり何処の誰かも分からない。
というかこれは……
「チ○コにしか見えませんが……」
「どこがだ!」
反論してみたものの、自分の描いたものを改めて見返しては確かにそのようにも見える。
「違う違う……俺の描き方が悪かった。髪型がこんな感じに真ん中分けで……」
頭のてっぺんややしたから左右に向かって緩やかなカーブを描く。
「ますますチ○コなんですが……」
「違ぇって!目鼻がないからだな?顔はまだ思い出せねェからとりあえず……」
点、点、縦線、横線――目と鼻と口を描き入れて、これでどうだとしたり顔。
「……俺にはチ○コの化け物にしか見えませんが」
「チ○コから離れろ!」
「いやこれはどう見ても……アンタ、ニコチンの摂り過ぎでおかしくなったんじゃねェですか?」
「ニコチン……?」
何かが引っ掛かる――土方の直感がそう伝えた。ニコチン、ニコチンとぼそぼそ唱えだした土方。
「ニコチン、ニコチン……」
「アンタ本気でこのチ○コ野郎を探す気なんで?」
「そうだ!ニコチンコだ!!」
「はあ?」
「ニコチンコだよ!確か、そう名乗ってた!」
「随分と変わった名前ですが……本当に人なんですかィ?」
「妖怪だとか何とか言っていたような……」
「はいはいそうですか……」
本格的におかしくなったと沖田は重い腰を上げて近藤を呼びに出た。
近藤に土方の絵を見せ、沖田は説明する。
「こんな顔した妖怪ニコチンコを探してるんでさァ」
「トシィィィィィィ!お前もう、煙草は吸っちゃイカン!!」
「俺は正常だ近藤さん」
「おかしいヤツは皆そう言うんでィ」
土方が煙草を吸い始めたのは江戸へ出てきてからのこと。それから間もなく「人探し」が始まった
ものだから関連付けられても不思議はない。土方自身も、思い出した「名前」からして煙草と
関係のある人物なのかもしれないとは思うのだが……
「もうトシは煙草禁止!」
「はあ!?それとこれとは別問題だろ!」
「例え別でも、吸い過ぎは良くないぞ。ほら、いいものやるから」
近藤が笑顔で懐から取り出したのは禁煙用の電子煙草。
「とっつぁんにトシのこと相談してたんだ。そしたら禁煙にはこれだって。とっつぁんの従兄弟の
嫁の叔父さんもこれで禁煙できたって言ってた」
「本人はバリバリの喫煙者だけどな……」
「とにかく、トシは今日からこれを吸うこと!これは預かります!」
「あ……」
机に置いていた煙草を箱ごと、咥えている煙草までも取り上げられてしまう。すかさず沖田が、
「押し入れにもありますよねィ」
在庫の置き場をばらしてしまい、買い溜めしていた分も全て没収されてしまった。
翌日。
朝食もそこそこに巡回へ出ようとした土方を沖田が呼び止めた。強制禁煙による苛立ちは
電子煙草をもってしても抑え切れず、ちょいとお待ちなせェなどと間延びした声に、土方の
機嫌は頗る悪さ。巻き添えを食らっては堪らないと、隊士達は二人のいる場を避けて行動した。
「巡回に行くならウチの隊の新人も連れてってはくれませんかィ?」
「あ?」
見れば沖田の後ろで震えている平隊士が二人。
「新人教育なら隊長のお前がやれ」
「分かりやした。立派な土方暗殺者に育ててやりましょう」
「……俺がやる。ついて来い」
「は……」
「はい……」
蚊の鳴くような声で辛うじて返事をして、新人隊士二人は土方と共に外へ出る。
二人にしてみたら、内外から「鬼」と恐れられる土方よりも、ドSではあるが親しみやすい性格の
沖田の方が幾らかマシというもの。しかも前夜に沖田から聞いたところによると、土方は煙草と
マヨネーズの過剰摂取の影響で「ニコチンコ」なる男性器の妖怪を捜し求めているらしい。
そんな、頭のおかしくなった鬼と行動を共にして無事に生還できるのか……土方の三歩後ろを
歩きながら、二人はいつ有事が起きてもいいように刀を握り締めていた。
「お前ら、いつでも抜刀できるよう備えるのはいいが、そんな明白な構えじゃ、ビビってるように
しか見えねーぞ」
「「は、はいっ!」」
実際、土方にビビっていたのだが、的を射た指導に二人の肩の力も抜ける。
見た目が怖そうというだけで結構まともな人なのではないか……。だが、
「ところでお前ら、妖怪ニコチンコって聞いたことあるか?」
「「…………」」
やはり沖田隊長が正しかったと二人は痛感した。
「じっ自分はちょっと……」
「自分もその……妖怪には詳しくなくて……」
「そうか。……こんなヤツなんだが、見かけたら知らせてくれ」
土方が懐から取り出して見せたのは前日、近藤と沖田にも見せた例の似顔絵。国の平和を護ると
大志を抱いて入隊した若き侍達は、ナンバーツーの奇怪な言動に触れ、己の身の上に不安を抱くの
であった。
そうして三人の巡回がかぶき町へ及んだ時のこと。
「土方さん、銀さんを見ませんでしたか?」
かなり慌てた様子で若い男女が声を掛けてきたのだ。内容からするに行方不明者が出た模様。
二人とも二十歳前後であろうか。男の方は眼鏡をかけていて青い袴姿。女は赤いチャイナドレスを
着ている。
「ぎんさん?誰だそれ……つーか、お前ら誰だ?何で俺を知っている?」
「っ……!」
男女は声を詰まらせて走り去った。
「追うぞ」
「えっ」
「あ、はい」
部下の返事を待たず土方は男女の去った方向へ走り出していた。その後を追いながら部下の
一人が尋ねる。
「あの二人、何者ですか?」
「さあな。だがあの態度、ただ事じゃねェ。俺の勘が正しければアイツら……」
まさか何らかの事件と関わりが?やるときはやる人だったんだ。真選組の頭脳と称されるのも
納得だ……土方の素早い判断に感動すら覚えたのも束の間、
「妖怪ニコチンコについて何か知ってるかもしれねェ!」
「…………」
副長と話をするのはやめようと部下達は決意するのだった。
しかし、件の男女に追い付いてみれば、二人は古ぼけたスナックの前で涙を流している。
その傍らにはスーツにネクタイ姿の女……否、機械(からくり)がいて、ただ事ではないことだけは
新人隊士達にも判った。
土方が職務質問に踏み切る。
「おいお前ら――」
聞きたいことがある、と続ける前に「土方様」と上品な女性の声。所々塗装の剥げた人型機械が
発していた。
「何だテメー」
[覚えていませんか、坂田銀時様のこと……]
「あ?」
何のことだと睨みをきかせた土方は、彼女の発した名前にはたと止まった。
「坂田、銀時……?」
その名を初めて聞いた気がしなかった。どこか懐かしいような、それでいて頻繁に聞いていた
ような不思議な感覚。これはまるでずっと探していた――
「ニコチンコだ」
[土方様?]
人型機……もう、たまでいいですよね?では改めて……たまは首を傾げた。土方の部下は
言うまでもなく、男女――新八と神楽――も何を言い出したのかと呆れ顔。一人、土方だけが
謎は全て解けたばりの得意顔。
「最後に野郎がニコチンコとか言うから……そうだ。コイツは坂田銀時だ!」
例の絵を懐から取り出し、土方はたまの前に広げて見せた。
[土方様、それは?]
「俺はずっとコイツを探していたんだ。何処の誰かも何時会ったのかも分からねェ……
だがどうしても会いたかった。そうか、コイツは俺の……」
[確かにこれは銀時様ですが……]
「銀ちゃんはもっともじゃもじゃアル!」
「言われてみればそんな気も……つーか、結局お前らは何者だ?」
ずっと会いたかった人物の記憶でさえ朧げに蘇って来た程度なのだ。その周辺人物までは全く
思い出せていない。それは、新八や神楽も同じようで、
「お前こそ誰ネ!」
「神楽ちゃん落ち着いて。多分、銀さんの友達だよ」
「友達じゃねェ。俺と銀時は生涯添い遂げると誓った仲だ」
「「ええぇ!!」」
「なのにあの野郎……今、何処にいる!?」
周囲の驚きは無視して土方は最も事情に詳しいであろうたまに詰め寄る。
[銀時様は十五年前の世界にいます。地球を滅ぼすウイルスを、己の体ごと消し去るために]
「なん、だと……」
[新八様と神楽様もお聞き下さい]
二人は、たまが預かった三位一体フィルムにより銀時の存在と、三人で万事屋を営んでいたことを
思い出したばかりであった。
己の中に刻まれたデータを呼び出してたまが語る。
坂田銀時は十五年前――攘夷戦争時代――強力なウイルスに感染してしまったこと。
そのウイルスによって一度はこの星が滅びかけたこと。その未来を変えるため、自分自身を
殺める決意をしたこと。そして――
[こちらが、銀時様と万事屋を結成するはずの新八様と神楽様。こちらが金蔓の土方様です]
「誰が金蔓だァァァァァァァ!」
「ハハハッ……でも思い出しましたよ、土方さんのことも」
「あー、うん。キミのことも思い出したよ……えっと……神楽くん?」
「神楽は私アル!!」
「ぐはっ!!」
神楽の鋭いツッコミ……というより鉄拳が土方の鳩尾に炸裂した。
「お前、何も思い出してないアルな!」
「あ?銀時のことさえ思い出せりゃ、他はどーでもいいんだよ!」
「私のことも思い出すネ!お前は毎日私に酢こんぶを上納してたアル!」
「っざけんな!誰がンなこと……そういえばお前、俺のみたらし団子土方スペシャルを
横取りするくらいマヨネーズが好きで……」
「興味があるのは団子だけアル!」
まあまあその辺でと新八が止めに入る。僕らは思い出話に花を咲かせるため記憶を取り戻した
のではないのだから。すると冷静になった土方があることに気付く。
「待てよ……テメーの言う、十五年前の世界とやらにいる銀時は、俺の銀時ではないんだな?」
[そうですね。五年前の皆様と、一緒にいた銀時様です]
「銀時っ……」
体の横で拳を握り唇を噛み締めた土方に掛ける言葉は、たまの膨大なデータの中にも見付け出す
ことができなかった。
「過去の銀時を救えば、俺の銀時も戻ってくるのか?」
[全てをなかったことにした後で未来がどうなるのかは皆様次第です]
「よしっ」
「たまさん、僕達を銀さんの所へ連れて行って下さい!」
「行くネ!」
[お待ち下さい新八様、神楽様。このまま過去へ行って、もしウイルスに感染したら……
それは銀時様も望んではいません]
「ならどうすれば……」
「簡単だ。戦力を揃えて乗り込めばいい。そのウイルス野郎共を一気に殲滅できるくらいの、な」
[その通りです。皆様で銀時様を迎えに行きましょう]
「ああ。真選組(ウチ)の連中は任せてくれ!この絵と今の話がありゃあきっと皆……」
土方の記憶がきちんと戻っているのか、新八と神楽は甚だ疑問であった。やたらと自信に満ちて
いるが、あの絵は銀時と似ても似つかない。絵が下手だという以前に全く別人を描いたような……
[土方様、銀時様のその姿は、タイムスリップを悟られないために装置を着けた、言わば偽りの
姿にすぎません]
「なにィ!?」
驚愕する土方に、こっちがビックリしたとツッコミたい新八と神楽であった。人は見た目でないと
思うものの、こんな男性器のような風貌の人間と将来を誓ったつもりであったなんて……
[本物の銀時様はこちらです]
「うっ!」
ビリッ――土方の額に当てられたたまの手の平から、微かに痛みを感じるような電気が流れる。
その瞬間、脳裏に映し出される本当の銀時の姿。
[私のデータの一部を土方様の脳に直接送り込みました……思い出しましたか?]
「……大して違わなくね?」
己の絵と頭の中の映像とを照らし合わせて数秒。髪型が違うという結論に達した土方に、
周囲はもう構うのを止めた。
[そちらのお二人にはもう少し多めのデータを……]
「えっ!」
「ぎゃっ!」
バチッ――立ち尽くすのみであった土方の部下二人にも、たまのデータが流れ込む。
「えっとこれは……?」
「ていうか副長と……」
「うわああああああ〜!」
「ぎゃああああああ〜!」
頭を抱え、悶え叫ぶ隊士達。土方は反射的にたまへ掴み掛かった。
「何をした!」
[土方様とのご関係も思い出した方がいいと判断しまして、お二人の日常を私のイメージで
追加しておきました]
「イメージ!?」
[はい。銀時様と土方様が裸で……]
「おいいいいっ!」
[私も現場を見たことはありませんので、ぼかしてますからご安心を]
「安心つったってこれは……」
隊士達は震えだし、吐き気までもよおしている始末。というか彼らは最近入隊したばかりで
元々銀時を知らなかった可能性もある。それなのに、ぼかしているとはいえ上司とその恋人の、
しかも男同士の仲睦まじい姿を見せられれば無理もない……
[白いヌルヌルしたもので全身をコーティングしておきましたから肝心な部分は見えませんよ]
「それが原因だろ!」
[失礼いたしました。では全身をモザイクでコーティングに変えます]
「変わんねーよ!もういい!とにかくお前のデータで他の連中の記憶も戻していくぞ」
[モザイクはいかがいたしますか?]
「それはいい!」
[モザイクをかけないと映倫の審査に通りませんよ]
「どんだけエロいこと考えてんだテメー!」
[銀時様と土方様を見ていて自然に構築されたデータです。良かったですね。漸く新八様と
神楽様も十八歳以上になりましたから、条例対策もバッチリです]
「どんだけエロいと思われてんの?違うからね?そんな目で見んなコラァァァァァァ!!」
イメージデータを送られた部下達はもとより、内容を察した新八、神楽からも冷ややかな視線で
見詰められ土方は叫ぶ。
[では、他の方々にも銀時様を思い出していただきましょう]
土方の訴えなど軽やかに聞き流し、たまはスナックお登勢の中へ。
そこにいたお登勢、キャサリンの記憶を呼び起こし、土方に「銀時単体の記憶だけ戻せばいい」と
念を押されつつ真選組の屯所へと向かったのだった。
そうして皆で過去へ向かい、感動の再会を果たし、銀時の白詛感染を防ぎ――めでたしめでたし。
(13.08.02)
日記の感想にも書きましたが、銀さんがいなくなった未来の、V字ヘアー土方さんの吸ってる煙草から煙が出ていないのが気になっていまして、
色も黄色っぽかったし
(その後の戦闘シーンでは煙が出てるし色は白い)、きっと銀さん絡みで何かあるんだろうと妄想。その結果が妖怪ニコチンコですみません^^;
リクエスト下さったしましま様、いつも楽しみに通って下さるとのこと本当にありがとうございます!こんな話でよろしければ、しましま様のみお持ち帰り可です。
もしもサイトをお持ちで「載せてやってもいいよ」という時は拍手からでもお知らせくださいませ。飛んでいきます。
それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様ありがとうございました!!
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