後編


別の日。とある予備校の休憩室。
一通り講義を終えた坂田は自習室で勉強していこうと、夕飯の弁当を食べていた。
そこへ、浪人仲間の桂がやって来た。

「これから自習室か?」
「ああ。ヅラ、お前は?」
「ヅラじゃない、桂だ。俺はまだ講義が残っているのでな」
「ああ、そう」
「時に銀時、土方先生は元気か?」
「あ?さあね……」

思いを寄せる人の名に一瞬、箸を止めた坂田であったがすぐに持ち直して食事に戻った。

「もしや、会っていないのか?」
「そりゃあ……」
「なるほど……。メールや電話だけで励ましあい、夢が叶った時に結婚するというあれだな……
ジャンプ好きのお前らしい」
「どこのパクマン?違ェよ。フツーに、卒業したから会ってないだけ」
「だからお前が合格するまで会わないと約束したのだろう?」
「してねーよ」
「何故だ?」
「恋人同士じゃあるまいし、そんな約束できるわけねーだろ」
「何?付き合っていないのか?」
「ねーよ」
「ん〜?」

おかしなこともあるものだと首を捻る桂に、おかしいのはお前の頭だと言って坂田は
空になった弁当箱を閉じ、鞄にしまった。

「坂本と高杉から、二人は両思いだと聞いていたのだが……」

坂本と高杉は二人の高校時代の同級生である。

「あ?オメーからかわれたんだよ。先生が俺みたいなガキ相手にするわけねーだろ」
「いや。二人からそう言われてお前と土方先生を見ていたら、確かに他とは違う絆のような
ものを感じたのでてっきり……」
「気のせいだろ。これだから思い込みの激しいヅラは……」
「ヅラじゃない、桂だ。それと、思い込みじゃない、真実だ。土方先生もお前のことを思っている」
「ンなわけねーよ」
「よしっ、今度確かめに行ってみよう」
「はあ!?」
「おっ、講義の時間だ。ではまたな」
「おいっ!」
「バイビ〜」
「古っ!って……おい、待てよ!」

まだまだ言ってやりたいことがあったのに、何処までもマイペースな友人は自分の講義に向かい、
坂田もまた、他人に構っている暇はないのだと自習室へ向かった。


*  *  *  *  *


それから幾日か過ぎたある日の夕方。予備校の講義を終えた坂田は、桂と桂から話を聞いた
坂本・高杉と共に母校の校門前に立っていた。
勿論、土方の気持ちを確かめるため……つまりは坂田が愛の告白をするために。

「……本当にやんの?俺、かなり打たれ弱いんだけど……」
「きっと大丈夫じゃ」
「自分を信じろ」
「つーかまだ言ってなかったのかよ……」
「言うつもりなんかなかったんだよ!やっぱりやめ……」
「やあ皆、久しぶり」

坂田が逃げ帰ろうとした寸前、声を掛けたのは山崎だった。

「お久しぶりです。確か名前は…………」
「山崎だよ、桂くん」

日頃から印象が薄いだの地味だの言われ慣れている山崎は、にこやかに卒業生へ向かう。

「お元気でしたか、山口先生」
「山崎だよ、坂本くん。元気だよ」
「ああ、思い出した。土方じゃない方の数学教師か……」
「ハハッ……たっ高杉くん、元気そうだね」

流石に山崎の笑顔が引き攣ってくる。それでも教師という立場上、ぐっと堪える山崎だった。

「今日はどうしたんだい?」
「我々は銀時の付き添いで来た」
「おいヅラ!」
「坂田くんの?……ああ、土方先生に用?」
「えっ、あの……」
「ちょっと待ってて。今呼んできて……あ、そうだ」

校舎へ引き返そうとした山崎はあることを思いついて立ち止まった。

「ちょっと遅くなるかもしれないからさ、駅前のファミレスで待っててよ」
「えっ!」

折角の機会。腰を落ち着けて話せば二人の仲が進展するのではないかと山崎は考えた。

「おー。それがええ」
「地味なくせに意外と気が回るヤツだな」

坂本と高杉もすぐに山崎の思惑に気付く。一人置いてけぼりの桂は、

「可愛い教え子より仕事を優先するというのか!」
「アホ……」
「一緒にメシば食いながら、ゆっくり話そうっちゅーことじゃ」
「おお、なるほど!」

友人の解説により漸く意図を理解できたのだった。

用件だけ伝えて帰るつもりだった坂田を三人で引き摺るようにして、指定されたレストランへ
向かっていった。


*  *  *  *  *


(何でこんなことに……)

四人で入店したにもかかわらず、一人離れた席に座らされた坂田は向かいのソファを
見詰めて溜め息を吐いた。
これからここに土方先生が座る……卒業までほぼ毎日のように顔を合わせていた人と会えなく
なって二ヶ月余り。久しぶりに会うというだけでも緊張するのに、こんなデートのような状況に
置かれたら……両膝に乗せた手は堅く握り締め、背筋はピンと伸ばして正面のソファを
凝視し続けていた。



「悪ィ。待たせたな」
「あ……」

それから程なくして土方が現れた。坂田のことしか聞かされていないのか、離れて座る他の
三人の教え子には気付かず坂田の向かいに腰を下ろした。
校外で会うことなどなかったから、相手の雰囲気が自分の知っているものと異なっており、
ほんの二ヶ月ぶりなのに随分長く会っていなかったような感覚に陥る。

「あの……」
「いいって」
「はい」

二人の会話を補足すると、まず坂田が土方に、突然訪ねてしまったことを詫びようとした。
すると土方は、特段忙しかったわけではないから気にするなといったようなことを伝えようとし、
それを理解した坂田が先回りして肯定の返事をした。

相手を深く思いやっているがゆえに、ほんの僅かな変化も見逃さず、言葉がなくとも互いの
考えていることが分かる……このことに、当の本人達だけが気付いていない。
懸命に相手を推し測ろうと努力して分かるのではなく、自然に分かってしまうのだ。
分かれば自然に次の言葉が出てきて相手も自然にその次が分かって……結果、普通に会話を
しているだけなのに、第三者から見ればテレパシーでも使っているかのように見えるのだった。

「勉強、キツそうだな」
「ははは……」

坂田の声がか弱く聞こえて、明るく不合格報告をしてきたけれど、やはり受験生二年目は
大変なんだと土方は心を痛める。担任の自分がもっとしっかりしていればと。

「けど、あの……」
「そうか。そうだな」

自分で決めた目標だから頑張ります、とは言わずとも通じた。
ここまで相手のことが分かるのに何故その根底にある思いに気付けないのかと、誰もが思う。
けれどそれも、自分が相手に相応しくないと、相手が幸せになるには自分ではいけないと、
相手を思っていればこそであった。

「あ、メシは?」
「えっと……」
「じゃあ……」
「あ、はい」

どうやら今日の夕食をここでと決めたようで、二人はメニューを広げる。
この辺りで、様子を見守っていた三人も大丈夫そうだとこっそり店を後にした。



「先生は……」
「また三年の担任だ」
「へ〜……」

和やかに近況報告をしながら、二人の時間は過ぎていく。
少しでも長く一緒にいたくて、二人共無意識にゆっくりゆっくりと食事をしていた。
余計なことを聞かなければ、またこうして会ってくれるかもしれない……これで充分ではないかと
坂田が思い始めていた頃、土方がふと聞いた。

「そういえばお前、何で理系目指してるんだ?」
「何でって……何で?」
「いや……国語の方が成績良かっただろ?……特に古文」
「そうだけど……理系の方が就職に有利かなって。今、どこも不景気だしさ」
「そうか……」

これが本当の志望動機ではないことまでは察知できたが、本音を推察するまでには至らない。
坂田の本音は土方にとって「有り得ないこと」として最初から除外されていることだから。

「就職も大事だけどよ……」
「うん。そうなんだけどね……」

入るからには大学で好きなことを学んだ方がいいと思う土方と、それは理解している坂田。
ほとんど何も言わずに心を通わせ合える二人の間に初めて、気まずい沈黙が訪れた。

「…………」
「…………」
「俺さ……」

意を決して、けれど正面を見ることはできずに俯いたまま坂田が口を開く。

「先生のこと、好きなんだ……」
「え……」

口を半開きにしたまま土方が固まる。

「だから、先生と同じところに入りたくて……」
「…………」
「入れたからって、俺と先生の関係が変わるなんて思ってないけど……」
「…………」
「俺の、自己満足だから、気にしないで。……ごめんね」
「…………」

泣きそうな顔で無理矢理笑みを作って、坂田は逃げるようにレストランから出ていった。
土方は自分の身に起きた信じられない出来事にただただ呆然とするのみで、不審に思った
店員が声を掛けるまでの約一時間、微動だにできなかった。



*  *  *  *  *



月も変わり、坂田が「失恋」から立ち直りつつあったある日のこと。
予備校から坂田が出てくるのを土方は待っていた。

「せん、せ……」
「話がある」

態々ここまで来てする話―この前の告白の返事しか考えられず、銀時の表情が強張る。

「こっ、この前のことなら気にしないで。俺、もう平気だからっ……」

土方の「返事」を聞きたくなくて、坂田はその場を足早に去ろうとする。
漸く気持ちの整理がついたのだ。元から望みなどない関係。今までと何も変わらず、
ただ好きでいるだけだと……
それなのに「返事」を聞いてしまったら、思うことすら許されなくなるかもしれない。

「坂田」
「――っ!」

けれど土方とて今日まで考え抜いてここへ来たのだ。完全に考えが纏まったわけではないが、
今の正直な気持ちを話したいと熱い思いを込めて名前を呼ぶ。
坂田の足が止まった。

「坂田……」
「…………あっちに、公園……」
「分かった」

最早これまでかと観念した坂田は場所を移そうと提案した。


夜の公園は静かで、二人以外に人影はないようだ。
二人はベンチの前までやって来て、しかし手短に済ませてほしい坂田が座ろうとしなかったため、
土方も座らず、そのまま立っていた。

「は、話って何?」

聞きたくない。聞きたくないけれど聞かなければ帰れない……坂田は声を搾り出す。
そんな坂田の思いが痛いほど「伝わって」きて、僅かに残っていた迷いが土方から消えた。

「好きだ」
「え…………」
「お前のことが好きだ」
「……な、なに?」
「愛してる」
「!?」

自分の思いも伝わればいいと土方は坂田を抱き締めた。

「せせせせせん……」
「坂田……」

突然の出来事に目が回り、坂田は直立の状態から動けなくなってしまった。

「はわわわわ……」
「おっおい、大丈夫か?」

照れや羞恥のレベルを超えてパニックに陥った坂田に、やり過ぎたかと土方は体を離す。

「ちょっと落ち着け」
「だだだだだってせん……」
「驚かせちまって悪かった。……座って話そう」
「はははははい……」

二人は何とかベンチへ腰を落ち着け、坂田は数回深呼吸を繰り返す。

「ハァー……」
「……悪ィ」
「もう、平気。だけど……」
「嘘じゃねぇからな」
「あのさ……別に俺、大丈夫だよ?フラれたくらいでヤケ起こさねーし、ちゃんと勉強もするし……」
「だから嘘じゃねぇって」
「そんなに、気を遣ってもらわなくても……」
「あのなぁ……」

態度で示したのに分かってもらえない思いをどう説明すればいいのか……これまで大概のことは
察知できていただけに、坂田との会話でもどかしさを感じるのは初めてだった。

「大分前から……お前が俺の生徒だった頃から、好きだったんだ」
「…………」

静かに、その時を思い出しているかのように語り始めた土方の横顔を、坂田は黙って見詰める。

「好きにはなったが……お前は生徒で、十歳以上若くて……付き合う気なんてなかったし、
付き合うべきじゃないと思ってた。そもそも、お前が俺なんかにそういう感情を抱くはずがないと
思ってたしな」
「…………」
「だがこの前……お前の気持ちを聞いて、それが進路にも影響してると聞いて……色々考えた。
……正直、お前にはもっと相応しい相手がいると思う」
「そんな……」
「それでも、こんな俺を好きになってくれたのなら、俺が幸せにしてやりたいと思った」
「先生……」
「坂田……俺と付き合ってくれ」
「…………はいっ!」

坂田は土方の胸に抱き着いた。

「あ〜……信じらんねぇ!マジ最高!」
「……そりゃあ良かった」

土方は坂田の髪をふわふわと撫でる。
やっとのことで思いを通わせ合った二人は、暫くの間そのことに浸り抱き合っていた。
それから二人、寄り添って公園を後にした。


*  *  *  *  *


翌日。

「おはよう、桂くん!」
「桂じゃない……ん?」

満面の笑みで予備校へやって来た坂田は、ほとんど呼んだことのない本名で桂に挨拶をした。

「清々しい朝だね。勉強は捗ってるかい?」
「今日は雨だぞ。……お前、何か悪いものでも食ったのか?」
「なに?俺の朝メシが気になっちゃう感じ?どうしよっかなぁ……言っちゃっていいのかなぁ〜……」

受験のストレスで遂におかしくなってしまったのかと桂が憐れんでいると、驚かないで
聞いてくれと驚いてほしそうな表情で坂田が話し始める。

「実はね……今朝、土方先生ン家でご馳走になったんだ」
「なに!?ということはまさか、泊まったのか?いつの間にそんな関係に……」
「先生って、ああ見えて意外に料理が上手いんだぜ。それとアッチの方も……おっと、これは
桂くんにはまだ早かったかな。ハッハッハ……」
「……良かったな、銀時」
「あ、そうそう。先生が俺のこと『銀時』って呼んでくれたんだけど、俺は先生のこと何て呼べば
いいと思う?やっぱり俺も名前で?流石に呼び捨ては失礼だよな?あ〜……困っちゃうなぁ」
「そうだな……」

告白直後の消沈していた姿に比べれば、若干ウザいが今の方がいいと桂は思った。

「だが銀時、色恋に感けて学業を疎かにしてはいかんぞ」
「ンなことするわけねーだろ。落ちたら先生と一緒に住めねーし」
「もうそんな約束までしたのか!?」
「まあね〜。あっ、俺、今日から文系コースに変わるから」
「受かるために目標を変えるのか?」
「違うって。元々文系の方が向いてたんだよ」
「そうか……」

坂田の志望校が土方の母校だということは知っていたので、桂もそれ以上は追求しなかった。


それから坂田はこれまで以上に勉学に励むこととなる。
二人のラブストーリーはまだ始まったばかり。

(12.05.11)


「両片思いで、周りにはバレバレなのに本人達は気づいていない設定」というリクエストでした。「学校公認」のリクエストに沿えない分、こっちは頑張りました!

バレバレどころかとっくにくっ付いてると思われてました^^ それと、パクマンの元ネタ分からなかったらすみません。ジャンプで連載してた漫画ネタです。

カットした初夜部分についてはリクエスト下さった方がエロ苦手でなければ書こうかなぁと思っています。リクエスト下さった蓮様、リクエスト通りに書けなくて

申し訳ありません。こんなのでもよろしければ蓮様のみお持ち帰り可ですのでどうぞ。もし、サイトをお持ちで載せてやってもいいよという場合は拍手から

でもお知らせくださいませ。飛んでいきます。

ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました。

 

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