VII


とある木曜日。今日は「恋人の」土方を我が家へ招待する日。
銀時は朝から浮かれ気分で制服に袖を通し、兄妹が待つリビングへと向かう。

「おっはよ〜♪今日もいい天気だネ☆」
「……完璧に曇ってるぞ。」
「降水確率六十パーセントだとよ。」
「る〜るるるるっる〜、きょーもいいてんき〜♪」

兄達の冷静なツッコミにもめげず、銀時は国民的アニメの主題歌を口ずさみながらトーストに
イチゴジャムを塗っていく。

「おい銀時!」
「聞いてんのか?」
「まあまあ二人とも……今日は仕方ないじゃない。」
「パー子……」
「そうは言うがな……」
「私、こんなに楽しそうな銀時兄ィ、初めて見たわ。何だか私まで楽しくなっちゃう。」
「そ、そうか?」
「パー子が楽しいなら、まあ……」

弟に無視されたのは腹立たしいが、可愛い妹が楽しいなら我慢しよう―銀八と金時は、仕方なく
銀時を放っておくことにした。

「ねえ銀時兄ィ……土方さん、泊まっていくんでしょ?」
「ああ。明日、開校記念日で休みだからな。」
「そう……フフッ。」
「何でお前が楽しそうなんだよ。土方は俺と付き合ってんだぞ?」
「分かってるわよー。確かに土方さんは素敵だと思うけど、そういうんじゃないから安心して。」
「本当かよ……」
「銀時……パー子があんな目付きの悪いクソ野郎に惚れるわけねーだろ。」
「そうそう。金時、お前いいこと言うな。」
「あ!?」

銀時は二人の兄を交互に睨みつけた。

「誰がクソ野郎だって!?」
「あ、いや……それは言葉の綾で……なっ、銀八兄ィ?」
「そ、そうだぞ。土方くんはなかなかの好青年だが、パー子の趣味ではないということだ。」
「…………」
「ほ、ほら、早く食って学校行けよ。」
「そうそう。土方くんに合わせて早く行くんだろ?」
「チッ……」

言いたいことは多々あれど、時間がないのも確かなことで、銀時は不本意ながら朝食に集中する
ことを選んだ。兄達を上手く騙せていることに心の中でピースサインをしながら。


*  *  *  *  *


その日の午後五時三十分。銀時はリビングの壁掛け時計の前を行ったり来たりしていた。
勿論、これも「らしく」見せるための演技である。

「土方、遅ェな……」
「約束は六時だろ?まだ三十分もあるじゃねェか。」

金時はテレビをつけ、落ち着かない弟を見て溜め息を吐いた。
テレビでは夕方のニュース番組が放送されており、画面左上の時刻表示に銀時が食い付く。

「あの時計、一分遅れてるじゃねーか!」
「一分くらいどうってことねーだろ。……おい、邪魔。」

今度はテレビの前を往復し始めた銀時の腕を引き、金時は自分の座っているソファの横に
腰掛けさせる。

「とりあえず六時までじっとしてろ。」
「土方が迷ってたらどうしよう……」
「そしたら携帯にでも連絡来るだろ……」
「もし、電波が届かない所で迷ってたら?」
「山奥から来るわけじゃあるまいし……。土方ん家は歩いて行けるんだろ?」
「そうだけど……迷って山奥に行っちゃうかも。」
「は?」
「土方って、声がワンパークのロロに似てっから、ロロみてぇに方向音痴かも。」
「はぁ!?」
「俺、迎えに行って来る!」
「勝手にしろよ……」

玄関へ走る銀時にもう一度溜め息を吐き、金時はテレビに戻った。


「銀時兄ィ、土方さんをお迎えに行ったの?」

自室で宿題に取り組んでいたパー子は、銀時が走っていくのを部屋の窓から見てリビングへ
やって来た。可愛い妹に笑顔でイチゴ牛乳を用意して、金時は呆れたように答える。

「ああ。非常にバカらしい理由でな。」
「それだけ土方さんが大事なのね。」
「そうか?アホなだけだろ。」
「フフッ……好き過ぎて、訳が分からなくなってるのよ。」
「好き過ぎて、ねぇ……」
「金時兄ィ。何があっても、私達は土方さんと銀時兄ィの味方でいましょう。」
「ん?」
「きっと二人にはこれから、色んな困難に遭うと思うの。差別もあるでしょうし……」
「かもな。」
「そんな時でも、私達だけは二人を応援してあげましょう?ねっ!」
「パー子が応援するなら、俺も勿論そうするぜ。」
「ありがとう金時兄ィ!」

正直なところ、未だ二人の付き合いに関しては信用しきれなかったし、例え本当だとしても
銀時が誰とどうなろうと大して興味はない。だが、目の中に入れても痛くないパー子からの
お願いとなれば別である。パー子のために、土方と銀時の関係が続くことを願う金時であった。



「たっだいま〜!土方連れて来たよ〜。」

午後六時十分前、銀時は声を弾ませて土方と共に帰宅した。
金時とパー子が二人を出迎える。

「いらっしゃい、土方さん。」
「やあ。」
「お、お邪魔します。今日は、その、お世話になります。」

肩にスポーツバッグを提げたまま、土方はぺこりと頭を下げた。

「土方、こっちが二番目の兄貴の金時。そんでこっちが妹のパー子な。あともう一人兄貴が
いるんだけど、まだ仕事で帰ってないんだ。そいつは銀八っつーメガネで高校教師を……」
「おい銀時、コイツは一度来たことあんだから知ってるだろ。」
「あっ、そうか。」
「土方さん、どうぞ上がって下さいな。」
「あ、はい。」

パー子に促され、土方は靴を脱いで玄関を上がり、出されたスリッパを履いて皆と一緒に
リビングへ向かう。その間も銀時はずっと喋り続けていた。

「あのな……金時兄ィは家にいるけどニートじゃねェよ?ホストやってて、今日はたまたま
休みだったんだ。」
「それ、ここに来る時に聞いた。」
「そうだっけ?えっと……銀八兄ィは、銀魂高校の剣道部の顧問で……」
「前に練習試合やったから知ってる。……ていうか、見に来たじゃねーか。」
「あ、そうだったね。」
「銀時兄ィ、土方さんが来て舞い上がってるのね。」
「そ、そんなんじゃねーし。」
「フフッ……」

自分達を見て微笑ましげに笑うパー子に良心の呵責を感じ、土方は心の中で謝罪しておいた。

金時とパー子は夕飯の支度をすると言い、二人をリビングに残してキッチンへ向かった。
けれど時々こっそり様子を見に来ることは予測がついたため、二人になっても気を抜かず、
恋人のフリは続けていく。

「あ、あのっ、どうぞ。」
「ど、どうも。」

銀時に勧められ、土方はソファに座る。銀時に倣い、声にやや緊張感を漂わせながら。

「な、なんか、緊張すんな……今日も、学校で会ったってのにな。」
「そう、だな……」
「その服、似合ってるよ。」
「そ、そうか?」
「……俺は?」
「おおああ!坂田も、似合ってるぞ。」
「えへへ……ありがと。」

笑顔を貼り付かせたまま、土方は銀時にしか聞こえぬよう小声で囁く。

「おい、今日はずっとこんな調子なのか?」
「このくらいでヘバるなよ。『俺達ラブラブです』って感じでいくんだから。」
「話す内容はフツーでいいだろ。付き合ってたって年中好きだの何だの言わねーよ。」
「それもそうか……」
「やあ土方くん、いらっしゃい。」
「あっ、お邪魔してます!」

今後の振舞い方について密談中、仕事を終えた銀八が帰宅した。土方はソファから立ち上がり
頭を下げる。

「いいから寛いでいなさい。……銀時、お茶くらい出さないか。」
「あっそうだった。ゴメンね土方。」
「気が利かない弟で申し訳ない。」
「あの、お構いなく……」
「土方、何がいい?イチゴ牛乳?コーヒー牛乳?」
「……水で。」
「遠慮すんなって。何なら、両方でもいいぞ。」
「……コーヒー牛乳。」
「よし分かった!すぐ持って来るから!じゃあ銀八兄ィ、それまで土方のことよろしく。」
「分かった分かった。」
「小粋なジョークとかで楽しませといて。」
「いいから早く行け!」
「は〜い。」

バタバタとキッチンへ向かう銀時の背中を呆れたように見送りつつ、銀八はスーツの上着を脱ぎ
ネクタイを緩めて土方の隣に腰を下ろす。

「土方くん、もしかして甘い物は嫌いかい?」
「あ、いえ、嫌いってほどでは……」
「銀時はいつもあんな感じ?」
「あんなって……?」
「イチゴ牛乳とコーヒー牛乳、キミは明らかにどちらもいらなそうな顔をしたのに気付いて
いなかった。もう少し、相手のことを考えられるヤツだと思ってたんだがな。」
「えっと……普段はよく気の付くヤツだと思います。俺に話しかける時も、周りに人がいない時を
狙ってたり……」
「それは、男同士で付き合ってるとバレないように?」
「それもあるとは思いますけど……坂田、あっ、銀時くんを、よく思ってない人もいて……」

銀時が学校で恐れられる存在だということを、兄の前で話していいものか土方は言い淀む。
それを察し、銀八からその名を口にする。

「白夜叉、かい?」
「あ、はい。」
「そういえば練習試合の時も何やら揉めていたね。……それをキミが助けていた。」
「そんなんじゃありません。ただ、折角応援に来てくれたのに、よくない噂があるってだけで
締め出すのはおかしいと思って。」
「だが銀時に落ち度があるのは確かだろう?碌に授業も出てないと聞くし……」
「……授業に出ないヤツが応援しちゃいけないって決まりはないです。」
「フッ……キミは真面目ないいヤツだな。」
「そんなことは「あー!銀八兄ィ、何してんだよ!」

幾つものグラスを盆いっぱいに乗せ、銀時は戻ってくるなり大声を上げる。

「何って……土方くんの話相手になってたんじゃないか。」
「近付き過ぎ!土方から離れろ!」

銀八と土方の間へ割り込むようにして腰を下ろし、銀時は音を立てて盆をローテーブルへ置き
怒りを露わにする。

「銀八兄ィ、土方に変なことしてねーだろうな?」
「あのなァ、そんなことするわけないだろ。」
「土方、大丈夫だった?」
「あ、ああ。」
「本当に?何かあったらすぐ言えよ。」
「分かった分かった。……ところで、何でそんなに持って来たんだ?」

演技だと分かっていてもこういうやりとりには慣れない。土方は強引に話題を変えた。

「ああこれ?土方は甘いもん好きじゃないって気付いたから、コーヒー牛乳以外にも色々持って
来た。どれがいい?コーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶、玄米茶、ウーロン茶、麦茶……他のが
よければ買ってくるよ。」
「じ、じゃあ、ウーロン茶で。」
「本当?本当にいいの?遠慮してない?」
「あ、ああ。」
「本っっっっ当にウーロン茶で、イテッ!」

パシリと銀八が銀時の後頭部を平手打ちした。

「お前、余裕なさ過ぎ……土方くんが困ってるだろ。」
「えっ?土方、俺のこと嫌いになっちゃった?」
「それはねェけど、もうちょい普通にしてくれ。……学校の時と、違い過ぎる。」
「だって……今日の土方は『お客さん』なんだから、確り持て成さねーと。」
「気持ちはありがてぇんだが、そこまで気張らなくてもいい。いつものお前じゃねーと、調子が
狂うんだよ。」
「……いつもの俺の方が、好きってこと?」
「ま、まあ、そうだな。」
「じゃあそうする。」
「おう。」
「……最近の若いモンは、家族がいてもお構いなしか?」

笑顔で見詰めあう二人に、銀八の溜息交じりのツッコミが入る。

「す、すいません。」
「あ?まだいたの?メシの支度でも手伝ってくれば?」
「調子に乗るな。」
「いてっ!」

銀八は銀時を小突き、けれどそれ以上は言わずにリビングを出て行った。



「手伝うよ。」

リビングを出て銀八が向かったのはキッチン。
夕飯の支度をしている金時とパー子に手伝いを申し出る。

「大丈夫よ。もう盛り付けるだけだから。」
「それでも手伝おう。」
「銀時達、どうしてる?」

キッチンに居座ろうとする銀八の様子で、金時はリビングで何かあったのだと悟った。

「そういえば銀時兄ィ、色んなお茶持ってってたけど……」
「土方くんに、選んでもらっていた。」
「へぇ〜。」
「あまりに必死過ぎて、土方くんは少し困惑していたな。」
「土方さんの方が、落ち着いているのね?」
「そうみたいだ。……だが銀時も学校では違うようで、土方くんに『いつもの方がいい』と
言われていたぞ。」

銀八から聞かされた二人の様子に、パー子は瞳を輝かせた。

「まあ!銀八兄ィがいるのにラブラブねっ!」
「あの二人、やっぱマジなんだな……」
「そうだな……」
「二人とも何言ってるの?銀時兄ィと土方さんはずっと前から愛し合っていたんでしょ?」
「そ、そうだよ!ただ、そんなにラブラブとは知らなかったからな!」
「金時のいうとーり!いや〜、近頃の高校生は進んでるなァ。」
「やだ銀八兄ィ、そんなオジサンみたいなこと言ってぇ〜。」
「まだまだ若いつもりだったんだがな……」
「はいはい。じゃあ、若い二人を囲んで夕食といこうぜ。」
「はーい。」

それから三人で食事の盛り付けをし、ダイニングテーブルへ並べていった。



「土方さん、どうぞこちらへ。」
「あ、どうも。」

長方形のダイニングテーブルの、所謂お誕生日席に土方が着き、そこから左回りに銀時、金時、
銀八、パー子と座る。銀時はテーブル全体を見回し、足りないものがあることに気付く。

「なあ、マヨネーズは?」
「は?」
「マヨネーズだよ!土方が好きだから買っといただろ?」
「ああ、だからサラダにはいつものドレッシングでなくマヨネーズを……」
「ちっげぇよ!……土方ごめんな。金時のヤツ、人の話全然聞いてなくて……」
「あ、いや……」
「本当、使えねぇ兄貴だぜ……」
「悪かったな。」

初めてできた恋人にいいところを見せたい弟の気持ちを汲み、金時は殴りたい衝動をぐっと抑える。
銀時はここぞとばかりに悪態を吐き、キッチンへマヨネーズを取りに行った。



「はい土方。マヨネーズ♥」
「あ、ああ……」

満面の笑みの銀時からマヨネーズを手渡され、土方は戸惑い気味にそれを受け取った。

「好きなだけかけてね。これ、土方のために用意したんだから。」
「ほ、本当にいいのか?」

自分のマヨネーズの使い方があまり一般的ではない自覚のある土方は、ちらりと銀時の表情を
伺い、そして銀時の兄妹を見やる。事情の飲み込めない兄妹はともかく、銀時は変わらぬ笑みを
浮かべていた。

「どーぞ、どーぞ。……ほら、じっと見られてたら土方が食いにくいだろ。」
「あっ、ごめんなさい。」
「では俺達も食べるとしよう。」
「そうだな。いただきま、す!?」

気を取り直して食事をしようとした金時は、土方を見て思わず頓狂な声を上げてしまう。
土方は自分の分の全ての皿に―既にマヨネーズがかけられていたサラダにまで―ぶちゅぶちゅと
マヨネーズを絞り出していた。
みるみるうちに土方の食事が黄色い物体で覆われていく様に、銀時以外の三人はフリーズする。

銀時とて決して慣れた訳ではないが、今回の作戦遂行に当たり、何度も土方とランチタイムを
共に過ごしていたため、初見の三人よりは免疫があった。

(これを見たら、もう二度と土方をウチに泊めるとか言い出さねーだろ。)

自分の嗜好をそんな風に利用されているとはつゆ知らず、土方はいつものように黄色くした
食事に舌鼓を打つ。

「美味いな。」
「本当?良かったァ。」

良かったも何も全てマヨネーズ味ではないか……銀八、金時、パー子の三人は声を出さずに
そうツッコミを入れつつ、引き攣り笑いを浮かべながら食事を続けた。


(11.08.14)


遂に土方くんが坂田家にお泊りです!……といっても、友情がテーマですから何もありません。次回が最終回となりますが、何もありませんよ(笑)。

なんか、こう言ってないと友情を愛情に置き換えてしまいそうで^^; 何度も言っていますが、管理人は銀と土が一緒にいるだけでいちゃついてるように見える病気です。

この二人は完全なる「お友達」なのですが、ラブラブいちゃいちゃに見えて仕方ありません……。読んで下さった方にはどう見えているのでしょう?

何にせよ、楽しんでいただけたなら幸いです。続きは数日中にアップできると思いますので、少しだけお待ち下さい。

まずはここまでお読みくださり、ありがとうございました。

追記:最終話、アップしました。