VI
ある日の昼休み、銀時は土方を屋上へ誘い、一緒に昼食をとりながら作戦の進み具合を報告した。
屋上には二人以外に生徒の姿はない。普段からあまり生徒の利用がないのに加え、今日は「白夜叉」が
いるため一般生徒は恐ろしくて近寄れないのであった。
そんなこととはつゆ知らず、初めて屋上を訪れた土方は人目を気にすることなく弁当をマヨネーズ塗れに
できるこの場所をすぐに気に入った。
もっとも、多くの生徒がいる教室で昼食をとる時にだって、クラスメイトからの特異な視線をものともせず
マヨネーズ弁当を食しているのではあるが。
「いや〜、順調だよ土方くん。」
「何だよ土方くんって……」
食べ物で頬を膨らませながら土方がツッコミを入れる。それを無視して銀時は「聞きたまえ土方くん」と
話を続けた。
「銀八も金時もマジで信じててよー……俺が土方の話をすると妙にソワソワしだすんだ。」
「そうか。」
「昨日なんて帰りが遅くなっちまったからパー子が風呂掃除とかメシの支度とかしてたんだよ。
いつもなら『パー子一人にやらせて』って殴られるトコなんだけど、お前の部活終わるの待ってたって
言ったら急に大人しくなって『もう少し早く帰れよ』って言われるだけだったんだぜ。」
「あの妹命の兄貴達がねェ……」
「だろ?ていうか、今まで邪魔しかしなかったのに相手が男になった途端協力的になるっつーのも
どうかと思うけどな。」
「……お前、彼女いたことあんのか?」
「ねぇよ。たださ、白夜叉とか呼ばれてっとたまに……そういうの好きな女子っているじゃん。」
「ああ、そうだな。」
土方も中学時代、ケンカが強いというだけで碌に口を聞いたこともない女生徒から交際を申し込まれた
ことがあった。そして土方が断わった数週間後にその女生徒とサッカー部のキャプテンが腕を組んで歩いて
いるのを目撃し、土方少年は女性の強かさを痛感したのであった。
「……そういう、いい意味でも悪い意味でも有名なヤツが好きな女子がウチに来たとすんだろ?
そしたら兄貴達、本人の目の前で『パー子には数段劣るが可愛い方だ』とか言って……それならまだ
いいんだけど『パー子の教育上よくないからもう家に来るな』とか『お前達が付き合って、パー子が
男女交際に興味を持ったらどうするんだ』とか……自分達は来るもの拒まずなくせに。」
「ハハッ……それじゃあ、付き合うどころじゃねェな。」
「そうなんだよ。おかげで中学じゃ俺がシスコンって噂まで広まっちまって……」
「……白夜叉が実は家族思いだっつって逆にモテた、とか?」
そんなことはないと分かっていながら土方は銀時をからかうように言った。
「ンなわけねーだろ!不良・シスコン・天パの三重苦で近寄る女子なんて一人もいなくなったわァァァ!」
「天パは関係ねーだろ。」
「いーや。これで俺がサラサラヘアーだったら、欠点が打ち消されてモテたはずだ!」
「はいはい。」
「これだからサラサラヘアーのヤツは……」
「ところでよ……」
生まれ持った髪質のことでこれ以上言われてもどうすることもできないと、土方は強引に話題を変えた。
「なに?」
「お前ん家行くの、いつにする?」
「あー、そうだな……」
土方が「恋人として」坂田家を訪れるのは作戦開始から約一ヶ月後と決めていたが、具体的な日程までは
考えていなかった。
「来週で一ヶ月か……じゃあ、木曜はどうだ?金時が休みなんだよ。その次の日は開校記念日で俺達も
休みだから泊まっていけるし。」
「いいんじゃねェか。……ってことはそろそろか?」
「何が?」
「テメーが俺に告るフリすんの。」
「え?来週の木曜じゃねェの?」
「付き合った初日に泊まりか?まずは兄貴達に『付き合うことになった』って言わなきゃダメだろ。」
「あ、そっか……。じゃあ、今日からお付き合い開始ってことでヨロシク。」
「ちゃんと告れよ。」
「何で兄貴もいねェのに、ンなことしなきゃなんねーんだよ。」
あくまで付き合うフリなのだから、告白のフリまでしなくてもいいのではないか――そんな風に銀時は
思っていたのだが、土方は更にその先を見据えていた。
「兄貴達に馴れ初めを聞かれたらどーすんだ。」
「テキトーに答えとくから大丈夫。」
「そのテキトーな答えを俺が知らねェとマズイだろ。」
「それもそうだな。うーんと……好きです。付き合って下さい!っつーことで。」
「単純だな。」
「その方が覚えやすいじゃん。」
「まあな。」
「そんじゃあ今日、帰ったら兄貴達に報告するな。」
「めちゃくちゃ楽しそうにしてみろよ。兄貴達から『どうした』って聞かれるくらい。」
「おっ、それいいな。」
* * * * *
「おっ帰り銀八兄ィ♪」
「お、おう。ただいま……」
その日の夜。夕食の支度をしていた銀時は、銀八が帰るや否やエプロン姿のまま玄関へダッシュした。
そして笑顔で出迎えると「今日はグラタンだからな」と言って鼻歌を歌いながら軽やかなステップを踏んで
キッチンへと戻って行った。
「お帰りなさい、銀八兄ィ。」
「ただいまパー子。……銀時のヤツ、何かあったのか?」
続けて出迎えたパー子に耳打ちして聞くと、パー子の唇が嬉しそうに弧を描いた。
「銀時兄ィ、いいことあったみたいなの。土方さんと。」
「土方くんと?」
「そっ。私が聞いても『ヒミツ』って教えてくれないんだけど、でも、すっごく嬉しそうよ。」
「そうか……。パー子、夕飯はグラタンで時間がかかりそうだから先に風呂に入ったらどうだ?」
「うん。そうするわ。」
パー子を浴室へと向かわせて、銀八は銀時のいるキッチンへ向かった。
「ふっふふ〜ん♪」
銀八の接近を感じ、銀時は鼻歌交じりにマカロニを茹で始める。そんな銀時の脳天に銀八は突如として
手刀を食らわせた。
「いってぇ!何すんだよ!」
「銀時お前、パー子の質問にちゃんと答えなかったらしいな。」
「は?何のこと?」
「何かあったのかと聞かれただろ。」
「ああ……だってそれ、パー子に言っても無駄だし。」
「どういうことだ?」
「聞きたい?マジで聞きたい?なあ銀八兄ィ!」
瞳を輝かせて銀八に詰め寄る銀時は全身で「聞いてくれ」と訴えているよう。初めて見るのではないかと
思う弟のそんな態度に圧倒され、銀八は「ああ」と頷いた。その瞬間、元々緩んでいた銀時の口元は
更に緩み「どーしよっかなぁ、言っちゃおっかなぁ」と歌うように独り言ちながら後ろで手を組み、
体を左右に揺らして勿体付ける弟。そんな弟を心底ウザいと思いつつ、銀八は胸ポケットから煙草の箱を
取り出し、一本咥えて火を点けた。
「いいから話せ。」
「しょーがねーなー……そんなに聞きたいなら教えてやるよん。」
右手の人差指で鼻の頭をチョンとつつかれ、銀八は無言で銀時の頭をパシッと叩いた。
「いたァ!!も〜、ヒトの頭をポンポン殴るなよな。」
「お前がさっさと話さないからだ。」
「はいはい話しますよー。……ジャーン!実は俺、土方と正式にお付き合いすることになりましたっ!!
はいっ、拍手〜!パチパチパチ……やったね銀時くん。おめでとう、ありがとう。」
呆気にとられる銀八を後目に、銀時は一人で盛り上がっていく。
「今日、昼休みに告白したんだよ!金時兄ィから『一度や二度フラれても諦めるな』って言われてたから
まず試しに言ってみようと思って。そしたら何と一発OK!すごくね?俺、マジですごくね?
本当はパー子にもこの幸せをお裾分けしてやりてェんだけど、アイツの中ではもう付き合ってることに
なってるもんなァ。」
「そ、そうだな……。」
「あっ、今度土方ウチに呼んでいい?いいよな?」
「あ、ああ……」
「でも家族に紹介とか、そんな大袈裟なモンじゃねーから。だって俺達まだ付き合い始めたばっかだし、
学生だしさァ……」
「そ、そうだな……」
「なあなあ、いつがいいと思う?やっぱ休みの前の日かな?……あっ、別に変なこと考えてるわけじゃ
ねえよ?ただ、次の日休みの方がゆっくりできるかなーって……まあ、土方がその気なら俺は別に
それでもいいんだけど……。つーことで、今度の木曜ウチに呼んでいい?」
「あ、ああ……」
「やりィ!じゃあ俺、土方にメールして来る!あとよろしく〜!!」
どさくさ紛れに食事当番を押し付けてやった――銀時はほくそ笑みながら自室へ向かった。
* * * * *
「えっ!土方さん、来るの?」
「まあな。」
「…………」
仕事中の金時を除く三人で食卓を囲みながらも銀八はまだ現実感が掴めず、弟と妹がはしゃいでいるのを
ただ眺めながら、何故か当番でもないのに作る羽目になったマカロニグラタンを口に運んでいた。
銀時に初めて恋人ができた。――そのこと自体は咎めることではなく、相手が男だからといって
反対する気もない。「白夜叉」の名前だけで言い寄って来る女達を何度も見て来たが、あの土方という
男は銀時個人を見てくれているように思う。パー子のように溺愛はしないが、それでも兄として弟の
幸せは願っている。だからこれまで「白夜叉」を訪ねて来た女達とは上手くいかないようにしてきた。
まあ、半分くらいは銀時をからかうのが楽しいからだが。
それにしたってこんなに早く付き合えるものなのか?以前、土方が坂田家を訪れた時には大して親しくも
ないように思えた。あれから一ヶ月足らずの間に何をしたというんだ。……確かに、ナンバーワンホストの
金時から色々とアドバイスを受けていたようだが、それでこうもトントン拍子にことが進むのか?
突然の事態に付いていけない銀八をチラリと見て銀時は心の中でガッツポーズをしつつ、
パー子との会話を続けていく。
「それで?土方さんはいつ来るの?」
「来週の木曜。」
「そっか。それで銀時兄ィ、今日はなんだかウキウキしてたのね。」
「は、はあ?そんなわけねーだろ。ウチ来るくらいで浮かれるとか有り得ねーし。」
妹に図星を突かれ動揺しているフリをする銀時。
兄の動揺に気付かぬフリをしてふふふと笑うパー子。
そんな二人を温かく見守るフリをして、この急展開に追い付こうと必死の銀八。
三者三様の「フリ」をしながら、この日の晩餐は過ぎていった。
(11.07.28)
というわけで、漸く二人の「お付き合い」が始まりました(笑)。自分で友情物語にしておきながら、土方くんと銀時くんが仲良くしてるとニヤニヤしてしまいます^^;
銀八はなんだかいいお兄さんになってしまいましたね。銀時くんは初めてお兄さんに甘やかされて(?)調子に乗っています。
次回は「恋人の」土方くんが坂田家を訪問です。・・・多分。あと2話くらいで終わる予定です。・・・多分。
まずは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
追記:続きを書きました。→★