V
二人の通う集英高校と銀八の勤める銀魂高校との剣道部練習試合の日。
試合開始十分前に銀時が剣道場へ到着すると、そこは既に黒山の人だかりだった。
(たかが練習試合だってのに随分と見物人がいるんだな…。でもここにいたんじゃ中は見えねェし、
そうすると、中にいる銀八に来たことアピールできねェし……あれっ?)
銀時は人だかりの中に剣道部員らしき袴姿の男子生徒を発見した。それも一人や二人ではない。
試合に出ない控えの生徒だろうか。だがそれにしても部員なら道場内で試合を見学するはずだ。
道場内に入れないほど部員が多いとは聞いたことがない。
銀時はその中の一人に聞いてみることにした。
「なあ。」
「!?ししし白夜叉……」
声を掛けられたメガネの少年は、銀時の顔を見るなりガタガタと震えだし顔から血の気が引いていく。
「すいませんごめんなさい今部活中でお金持ってないんです!!」
「あ、いや、あのさァ……」
周りの生徒達も銀時の存在に気付き、あっという間に人だかりが霧散した。
残ったのは、悲運にも銀時に声を掛けられてしまった剣道部の少年のみ。彼は銀時が口を挟む隙もない程
すいませんを連呼しながら頭を下げ続けていた。
兄達を騙すことに一所懸命ですっかり失念していたが、自分は一般生徒が恐れる存在だったのだ。
そんな自分が下手に土方の名前を出せば、ケンカを売りに来たようにしか見えないだろう。
それどころか、まさに今この状況が剣道少年を苛めているように思われているはずだ。どうしたものか…
銀時が思案していると剣道場から一人の生徒が出てきた。
「志村、早く入れ。もう試合の時間は過ぎて……坂田?」
「や、やあ。」
「ひ、土方先輩……」
「ほら早くしろ。」
「は、はい。」
志村と呼ばれたメガネの剣道部員はホッとしたような表情を見せた。二年生の土方を「先輩」と呼んだと
いうことは彼は一年生なのだろう。
「…坂田も、見に来たんだろ?」
土方は分かっていて敢えて銀時に聞いた。けれどこれまでの周囲の反応で、銀時は自分がここにいると
剣道部全体に迷惑がかかるのではないかと思うようになっていた。
「あっ俺、通りがかっただけだから。」
「何言ってんだ、お前…。いいから入れよ。…じゃねェと兄貴に見せられねェだろ。」
最後の一文は銀時だけに聞こえるように言って、土方は銀時を連れて道場に入った。
「とっつぁん、近藤さん、コイツも試合見てていいか?クラスメイトなんだ。」
土方は道場内にいる顧問と主将に銀時見学の許可を求めた。
とっつぁんと呼ばれたのは剣道部の顧問であり、集英高校の体育教師でもある松平片栗虎。
そして近藤と言うのは、今年剣道部の主将を務める三年生である。
「ん?トシが友達を連れてくるなんて珍しいな。いいよな、とっつぁん。」
「オメー『白夜叉』だろ?」
「そーですね。」
「坂田!」
お世辞にも教師受けがいいとは言えない銀時である。やはり見学は無理かと早々に諦めてぶっきらぼうに
対応したところ、土方が松平と銀時の間に入ってきた。
「すまない、とっつぁん。坂田に色々問題あることは分かってる。だが今日は本当に見に来ただけなんだ。
迷惑になるようなことは絶対ない。俺が保証するから。」
「土方……」
「トシがそこまで言うなら信じてやろう。……坂田お前、次からは俺の授業ちゃんと出ろよ。」
「そーですね。」
「坂田っ!」
「はいはい、出ますよー……(気が向いたら)」
土方のおかげで銀時は無事、練習試合を見学できることになった。
そこへ、相手校の顧問である銀八がよそいきの笑顔を纏ってやって来た。
「やあ、銀時。お前も見に来たのか?」
「まあね。」
「もちろん、兄ちゃんの学校を応援しに来たんだろ?」
「自分の学校の応援に決まってんだろ。」
遠巻きに見ている剣道部の面々から「やっぱり白夜叉の関係者だ」だの「兄貴は白夜叉より怖ェかも」だの
色々な噂話が聞こえたが、銀時はそれを全て無視して剣道場の隅に腰を下ろした。
実を言うと志村を始め剣道場の外にいた部員たちは皆、相手校の顧問を名乗る男が白夜叉そっくりで
あったため、恐ろしくて中へ入れなかったのだった。
* * * * *
練習試合は五対五の団体戦で行われた。結果は三対二で集英高校の勝利。土方個人も勝利した。
試合後に銀時は「昼メシ一緒に食おう」と土方に耳打ちし、先に剣道場を出た。自分が招かざる客で
あることを理解しているから。
「土方先輩、凄いですね。」
練習試合もその後の合同稽古も終わり、集英高校の一、二年生で道場の掃除をしていた時、土方は
後輩の志村に話しかけられた。
「あ?近藤さんだって勝ったじゃねーか。」
「今日の試合のことじゃないですよ。あの白夜叉が、先輩の前では大人しくなってて……」
「あっ、それ、俺も思いました!流石ですね、土方先輩。」
俺も俺もと周囲の部員から尊敬の眼差しを向けられ、土方は返答に困る。
「あ、いや、あれは……」
「土方さんは中学時代、ちぃとばかし名の知れたワルだったんでィ。」
横から口を出したのは一年生部員の沖田総悟。土方と同じ中学出身で幼馴染でもある彼は土方の過去を
知っていた。
「おい総悟、余計なことを言うんじゃねェ!」
「おー怖っ。さすが真選中の鬼。」
沖田は芝居じみた物言いで肩を竦めて見せる。すると他の部員達が沖田を取り囲んだ。
「真選中の鬼って何ですか?沖田さん。」
同じ一年生でありながら志村は沖田に敬語を使った。他の一年生達も口々に「教えて下さい沖田さん」と
沖田を持ち上げる。そんな扱いに気分をよくした沖田は「まあ落ち着けィ」と勿体付けて話し始める。
「土方さんは中学の頃、鬼と呼ばれる程ケンカが強かったんでィ。……といっても、誰彼構わず
ケンカするってんじゃなく、売られたケンカは必ず買うって感じだったんだ。」
「それで白夜叉にも挑まれて勝って、手懐けたんですね!?」
「きっとそうだろうな……」
「「おおー!!」」
周りの部員達から歓声が上がる。
「流石です土方先輩!」
「いや、坂田はただ同じクラスなだけで……」
「クラスの和を乱す輩は俺が許さん!みたいな感じで白夜叉を従えたんですね!?」
「しかも土方先輩って成績もかなり優秀だって聞きましたよ。」
「すっげぇ!マジ尊敬します先輩!」
「だから、そんなんじゃねェって。」
「謙遜するところもカッコイイですね〜。」
「いやだから……」
結局、誤解を解くことはできず、剣道部員の間で白夜叉は土方の子分ということになってしまった。
* * * * *
「悪ぃ坂田、遅くなった。」
「いいって。…ほら兄貴、さっさと帰れよ。」
銀時は、しっしと犬でも追い払うかのような動作を銀八に対して行う。普段の銀八なら拳骨の一つでも
くれてやるところだが、一応は仕事中の身であることからそれは憚られた。
銀八は「それじゃあ」とだけ言って帰って行った。
「……兄貴、信じてくれそうだったか?」
「それよりお前、真選中の鬼なんだってな?髪切ったから分かんなかったぜ。」
またその話かと溜息を吐いた土方に銀時は首を傾げる。
土方は先程の剣道場でのやり取りを話して聞かせた。
「……つーわけで、何故だかお前は俺の子分ってことになっちまって…すまん。」
「ハハッ、別にいいって。むしろ俺の方こそ悪かったな。折角の優等生キャラ台無しにしちまって。」
「元々優等生じゃねーよ。ただ、まあ、中学時代は…ちょっとした若気の至り的な感じみたいな……」
「あるよねー、そういうこと。」
「オメーは未だに若気の至り中みたいだけどな。」
「アッハッハー……」
二人は互いに似た所があると感じていた。
それから銀時の作った弁当を食べながら、二人は中学時代の武勇伝で盛り上がった。
「なあ土方、明日って部活ある?」
弁当を食べ終えた銀時は何かを思い付いたようで土方に聞いた。
「いや。明日はねェよ。」
「じゃあさ、ウチに来ねぇ?」
「それはまだ早ェだろ。」
当初の計画では二人が「付き合う」まであと十日程かかることになっていた。
「そうじゃなくて、金時にも俺とお前がいるところ見せたくてさァ……今日の弁当の礼を言いに来たとか
そんな感じでちょっとだけ。」
「そういうことならお前、明日わざと教科書か何か忘れて帰れ。」
「へっ?」
「それを届けに行く口実でテメーん家に行くから。」
「あー、なるほど。よしっ、その手でいこう!金時は四時くらいまで家にいるから。」
「ああ。それまでには行ってやる。」
「よろしく〜。」
* * * * *
翌日の放課後。土方は銀時の「忘れた」鞄を持って坂田家を訪れた。呼び鈴を押し自分の名を名乗ると
ドタドタと騒がしい足音が聞こえて扉を開けたのは金時だった。すぐ後ろには銀時とパー子の姿。
「やあやあ土方くんいらっしゃい。」
「どけよ金時兄ィ!……あのっ、何か用?」
どうして来たかは分かりきっているが、銀時は精一杯、意中の人に突然訪問されて緊張している様を
演じてみせた。その後ろでパー子は黙って瞳を輝かせている。
「何かじゃねーよ。テメー、鞄ごと忘れて帰るって何考えてんだ?」
土方はあくまでも世話焼き係を演じる。今は「まだ」二人はただの同級生なのだから。
「あー、ごめんごめん。別に大したもん入ってねーから置きっぱでもよかったのに…いてっ!」
金時が銀時の頭を殴り付けた。
「折角届けに来てくれた土方くんに対してその態度はねーだろ!お前、やる気あんのか!?
いや〜、悪いね土方くん。銀時のヤツ、優しくされることに慣れてなくてね……」
「はあ。」
「ねえ土方さん。今日こそウチに寄ってらして?以前のお礼もできていませんし。」
「おお、それがいい!なっ、銀時もそう思うだろ?」
「そうだな!土方、寄っていけよ!」
家族の援護を受け、土方とお近付きになれるチャンスをものにしようと必死の「フリ」。
「あ、悪ィ……今日、これから塾なんだ。」
「そっか……」
これも決まっていた展開だが、銀時はショックを受けている「フリ」をする。
「じゃあな、坂田。……お邪魔しました。」
「あ、うん。」
「またいらしてくださいね。」
銀時と金時・パー子、其々に挨拶をして去っていく土方の後ろ姿を、銀時は鞄を抱えてじっと見ていた。
勿論それも「らしく」見せるための行動であったが、金時を信じ込ませるには充分だったようで、
この後金時は、人から好かれる方法について銀時にレクチャーしたのだった。
(11.07.10)
「白夜叉を手懐けて尊敬される土方さん」はコメントリクより採用いたしました。…まあ、コメント下さった方は恋愛関係に発展することをご希望だったんですけれど^^;
兄達も銀時くんの想いを信じてきたようで、いよいよ作戦は佳境に入ってきました。次回辺りで二人の「お付き合い」が始まるんじゃないかなと……。
あと2、3話で終わると思いますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。まずは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
追記:続きを書きました。→★