III
「ただいま。」
「遅かったわね。」
土方が家に帰ると母親が出迎えた。両親が海外に行ってからというもの出迎えられた経験のない銀時は
この家で土方がとても大事にされているのだと感じた。
「あら…お友達?」
「ああ。同じクラスの坂田…怪我してたから連れて来た。」
「お、お邪魔します。」
「まあ酷い怪我…。すぐに手当てするわね。」
土方の母親は救急箱を取りに小走りで奥の部屋へ向かった。
その間に銀時は土方と応接室へ入る。
「お前ん家、すげーな…」
「そうか?坂田ん家だって似たような大きさじゃねェ?」
「そうだけど…ウチは何処にでもあるような家じゃん。でも土方ん家は『日本家屋』って感じで…」
「古いだけだ。足崩していいぞ。怪我してんだし、楽な姿勢でいろ。」
「おう…」
銀時は正座を崩して座る。
「土方の親父さん、何やってんの?」
「警官。」
「かっけぇ…」
「…坂田ん家は?海外にいるって言ってたけど…」
「弁護士。」
「すげぇ…」
「そうでもねーよ。」
少しして、土方の母親が救急箱とタライを持って応接室へやって来た。タライからは湯気が上がっている。
「じゃあ坂田くん、服を脱いで。」
「えっ…」
「怪我してるの、顔だけじゃないんでしょ?全部診てあげるから。」
「で、でも…」
「母さんは医者だから、安心しろ。」
戸惑う銀時に土方が告げる。
「そ、そうなのか?」
「言ってなかったの?…じゃあ、ビックリさせちゃったわね。」
「あ、いえ…」
「部屋にいるから。」
「はーい。…それじゃあ坂田くん、診せてちょうだい。」
「はあ…」
土方は応接室から出ていき、銀時はおずおずとワイシャツを脱いだ。
「はい、お終い。」
「ありがとうございます。」
「十四郎の部屋はこっちよ。」
「あ、どうも…」
手当てが終わり、銀時は土方の母の案内で土方の部屋に向かう。
土方は読んでいたマガジンを閉じ、銀時に座布団を出す。
「終わったか?」
「おう…」
「お茶持って来るわね。」
「あ、すいません…」
それから二人は、土方の母が持って来てくれたお茶と煎餅片手に他愛もない会話を交わす。
「お前んトコの兄貴達、本当にすげェな…」
「だろ?アイツら、パー子に男ができんの心配して女子高に入れたんだぜ?」
「マジでか…。でも何でテメーにだけ厳しいんだ?」
「俺とパー子は一つ違いでガキの頃はよく一緒に遊んでて…兄貴達はそれが気に食わなかったらしい。」
「ハハッ…。兄貴達って何歳なんだ?」
「二十八と二十五。…いい歳して何やってんだって感じだろ?」
「彼女とかいねェのか?」
「いてもすぐ別れる。…彼女よりパー子優先だからな。」
「そうか…。悪かったな。」
「へっ?」
なぜ急に謝られたのか銀時には分からなかった。
「そんな事情があるとも知らず、お前ん家に行ったりしてよ…」
「ああ、そのこと?気にすんなよ。あの状態で俺がパー子に支えられて帰ってみろ。
それこそ『パー子に迷惑をかけた』だなんだって更に説教されるに決まってんだ。」
「…鞄、持たせちまったが大丈夫だったか?もしかしてそれで時間がかかったのか?」
「違う違う。あれはパー子のやつが俺とおまっ…」
鞄を取りに戻った時のことをうっかり言ってしまいそうになり、銀時は言葉を飲み込んだ。
当然、土方は不審に思う。
「妹がどうしたって?」
「あー…何でもねェ。何でもねェから気にすんな。」
「気になるだろ、その言い方…」
「いやっ、本当に大したことじゃねーから。むしろ聞いたら気分悪くなるから。」
「そう言われると聞きたくなるな。」
「聞かない方がいいって!」
「いいから話せよ。…テメーが話さねェなら妹に聞くぞ。」
「〜〜〜…分かった!話すから、パー子と関わるのだけは勘弁してくれ…」
銀時は観念して話すことにした。
「実はよ…パー子が、俺とお前がデキてると思い込んでて…」
「はあ!?」
「そりゃそうなるよな?俺だってそうなったよ。でもパー子は、俺とお前が『友達じゃない』ってのを
どういうわけか、そう捉えたんだよ。…金時が言ったゲイってのを信じて。」
「…で、お前は何て?」
「もちろん否定しようとしたさ。でもクソ兄貴共が『パー子は間違ってない』的な感じで…」
「それで、肯定したってのか?」
「してない!してないけども…」
この期に及んで言い淀む銀時に、土方はやや乱暴に言葉を促す。
「けど何だよ。」
「…お前をオトして、ウチに連れて来いって…」
「………」
土方は無言で少しだけ銀時から離れた。
「違うからな!そんなことするつもり、これっっっっぽっちもねぇからな!」
「じゃあお前、これからどーすんだよ…」
「そのうち忘れんだろ…」
「…忘れなかったら?」
「まあ、テキトーに誤魔化しとくって。…お前にゃ迷惑かけねェからよ。」
「…お前ん家、行ってやろうか?」
「えっ!…マジで言ってんのか!?」
「一度行けば兄貴達も満足すんだろ…」
「そうだと思うけど…マジでいいの?デキてる設定で行くんだぜ?」
土方とて銀時と恋人のフリというのはいい気がしない。ただ、それ以上に銀時が不憫に思えたのだ。
「別に…ただ一緒にメシ食うとかだろ?」
「…兄貴達は泊まってけって言ってるけど?」
「…まあ、いいんじゃねーの。ダチんとこ泊まりに行くのと変わんねェよ。」
「そう考えれば、まあ…」
確かに、家に行きそこの家族と共に食事をして泊まるなんてことは、友達同士でもあることだ。
けれど銀時と土方はこれまで友達と呼べるような付き合いをしていなかった。互いの家が歩いて行ける
距離にあることも今日知った。それなのに何故こんなにも協力的なのか、銀時は不思議でならなかった。
「お前、何でそこまでしてくれんだ?」
「そこまでって言うほど大したことか?お前ん家に行くくらいで…」
「だって俺達、今まで碌に喋ったことなかったんだぜ?」
「つっても全く知らないヤツじゃねーし、あの兄貴達がそう簡単に引き下がるとも思えねーし…」
「…お前って案外いいヤツだったんだな。去年のバレンタイン、死ねばいいのにとか思って悪かった。」
「てめっ…ンなこと思ってやがったのか!?」
「だってよー…同級生はもちろん、二、三年の先輩からも山のようにチョコもらってよー…」
昨年のバレンタインデー、土方が登校すると机の上にはチョコが山積みにされていたのだった。
「俺なんかパー子オンリーだぞ?あの日はサラサラヘアーのヤツ全員死ねって思ったね。…特にお前。」
「ハハッ…酷ェな…」
「あの頃は…ていうかついさっきまで、お前のことイケ好かねェ野郎だと思ってたし…」
「まあ、その辺はお互い様だな…。俺もお前のことは良く思ってなかった。」
「だよなぁ…。で、いつウチに来る?」
「…一ヶ月後でどうだ?」
「えっ、そんな先?来週の金曜とかでよくね?」
「俺をオトして連れてくんだろ?来週じゃ早過ぎんだろ…」
「いやいや…兄貴達、本気でお前のことゲイだと思ってるわけじゃねェって。」
「その兄貴達を、見返してやりたいとは思わねェのか?」
「…どうやって?」
これまで散々苦しめられてきた兄達の鼻を明かせるというのなら、こんなに良いことはない。
銀時は身を乗り出して土方の言葉を聴く。
「お前の兄貴達は、俺がゲイじゃねェし、お前が俺をオトそうとなんかするわけないと分かってて、
妹の勘違いに乗っかってお前をからかおうとしてんだろ?」
「まあ…」
「だとしたら、俺に事情を話して恋人のフリをするとか、そのくらいは予想が付いてるんじゃねぇか?」
「多分…」
「それで、お前がマジで俺をオトしたってことにすりゃ、兄貴達すげぇ驚くとおもわねェか?」
「そりゃあ、信じ込ませることができたらめっちゃ驚くとは思うけど…」
「そのための一ヶ月だろ?とりあえず今日は友達として仲良くなることから始めたとか何とか言っておいて、
少ししたら俺がバイだと判ったってことにして…」
「バイ?ゲイじゃねーの?」
「その方がボロが出にくい。バイにしとけば俺が女に興味あっても矛盾しねェだろ?」
「なるほど〜。…で?」
土方の作戦を聞いていると、本当に兄達を騙せそうな気になってくる。
「そんでお前の方も、話してみたら意外と気が合うしコイツとだったら男でもアリなんじゃないかと
思ってきたとかそんな感じで…兄貴達が急かしてきたら『マジで口説いてる最中だから』って焦らすんだよ。」
「いいなそれ。パー子は俺とお前がマジでデキてると思ってるし、パー子の思い通りになるなら
兄貴達も待つしかねェよ。それで、色々あって漸くお付き合いすることになったってことで
ウチに呼ぶんだな?」
「そう。あまり早いと嘘臭ェし、かといって待たせ過ぎるとこの件に関する興味が薄れていく。」
「とすると、一ヶ月ってちょうどいいかもな。よしっ、それでいこうぜ!銀八、金時、見てろよ…」
「ただ一つ問題なのは…」
「何だよ。」
「お前の妹も騙すことになっちまうってことだ。…妹に恨みはねェんだろ?」
「ああ、それなら大丈夫。パー子は、野郎の二人組が皆カップルに見える病気だから。」
「…は?」
「お前知らねぇ?そういうの好きな女子っているんだぜ?」
「知らねぇよ…」
「とにかくパー子は大丈夫だから。今更、俺と土方がただのクラスメイトだって言っても信じねーし。」
「そう、なのか…?」
世の中には様々な思考回路の人間がいるものだと、土方は今日一日で身を以って学んだのだった。
(11.05.10)
すいまっせーん!!(DOGEZA)全く健全な話になってないですね^^;
やっぱり私に腐抜き話は無理だったみたいです。いやでも、銀時くんと土方くんは友達です!
今後、見ようによっては友達以上恋人未満的な関係に見えるような展開になるかもしれませんが、純然たる友達です!デキてないのにデキてるように見えるのは、
原作の二人と一緒ってことで大目に見て下さい(笑)。続きは少し間が空きますが、原作設定小説を書いてからアップする予定でいます。暫くお待ち下さいませ。
まずはここまでお読みいただき、ありがとうございます。
追記:続きはこちら→★