言われなくても気付けたのは俺も同じ気持ちだったから…その事に気付いたのはつい最近だったけれど。
俺とアイツは両想い(多分)。でもそれが分かったところで、楽しいお付き合いなんてもんが
始まるわけじゃない。男同士、大人と子ども、教師と生徒―障害だらけのこの関係、得るものよりも
失う物の方が圧倒的に多い。

だから、気付いたけれど気付かないフリ。アイツの気持ちも自分の気持ちも見ないフリ。
アイツが卒業したらそれで終わり。…俺にとってもアイツにとっても、それが最良の選択で互いのため。
アイツも分かってるから何も言わずに卒業していった……と思ってたんだけどなぁ。


*  *  *  *  *


「坂田先生、卒業生の土方くんからお電話です。」
「…あー、はいはい…」

春休みも半分が経過し、新年度の準備に忙しいこの時期、始まる前に終わったはずのアイツから
学校に電話が入った。何だ今更…内心の動揺を隠し、俺は職員室の受話器を取る。

「あー…もしもし?」
『…お久しぶりです。』
「卒業式から三週間か…まあ、久しぶりと言えば久しぶりだな。」
『お元気ですか?』
「特に変わらず…。お前は?入学準備とかで忙しいのか?」
『入学式はついさっき終わりました。』
「えっ、もう?最近の大学は始まるの早ェな…」
『もっと遅い大学もあるみたいですけど…』
「ふーん…。で、どうした?お前のことだから何か用があってかけてきたんだろ?」
『はい。……好きです。』
「…は?」
『あなたのことが好きです。』
「えっと……」

受話器を持つ手が震えた。土方の声が聞こえやしないかと周囲に視線を巡らせる。
その時、卓上カレンダーが目に入った。

「ああ、エイプリルフールか…」

今日は四月一日。なるほど…そういうことか…。ったく、大人をからかいやがって。

『違いますよ。』
「はいはい分かりましたよー…」
『本当に好きなんです!誤解を招くような日に伝えたのは失敗でした。でも、正式にあなたの生徒で
なくなったら伝えようと…四月になるのを待ってたんです。』
「………あー、悪ィ。今からちょっとやることあるから、後でな。」
『待っ…』

土方が何か言いかけていたが、俺は無理矢理受話器を置いて教科準備室へと向かった。


誰もいない準備室に入り扉に鍵を掛け、ポケットから携帯電話を取り出す。そしてさっきまで話していた
アイツの電話番号を呼び出す。…担任として受け持ちの生徒の連絡先は聞いてあるので登録はしていたが
実際にかけるのは初めてだった。まさか卒業してから使うことになるとは…

『も、もしもし?』
「土方か?さっきはいきなり切って悪かったな。」
『あ、あの…もう用事は終わったんですか?』
「あれは職員室を出る口実だよ。職場の電話でする話じゃねェだろ?」
『そうですね…すみません。』
「それで…本当に本当なんだな?」
『はい。本当に本当に好きです。』
「…お付き合いするって意味で?」
『はい。』
「………」

土方はまだ十八歳。生徒じゃなくなったとはいっても、人生の先輩として正しい道に導いてやるのが
大人としての務めじゃないか?同性愛が正しくないというわけではないが、それにしたって俺みたいな
オッサンと付き合うことはないだろう…。ここはキッパリ断わった方が土方のためになる!
…とか教育者らしいことを考えていたはずなのに、口が勝手に動いて「俺も…」とか言っていた。

こうして俺は、元生徒・土方十四郎と「そういう関係」になった。



after graduation〜side G〜



「よ、よう…」
「こんばんは。」

その日の夜、俺の仕事が終わってから土方と食事をする約束をした。
卒業式以来会ってなかった土方は、全然変わってなくてちょっとホッとした。
まあ、三週間しか経ってないんだから当たり前か…。大学デビューとかするキャラじゃねェし。

でも私服は初めてか?…コイツ、修学旅行の時も制服とジャージしか着てなかったもんな。
土方はジーパンに黒のパーカーという実にシンプルな格好で、コイツらしい気がした。

「じ、じゃあ行くか。」
「はい。」

駅ビルに入ってすぐエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。
エレベーター内は俺と土方だけ。土方は黙って前を向いている。
…気まずい。非常に気まずい…。もう何時間もエレベーターに乗ってる気がする。
何か、何か話さねェと…

「あ、あのよー…」

チンッ

「あ…つ、着いたな…」
「はい。」

勇気を出して口を開いた途端、エレベーターが目的地に着きやがった。
…ていうか「勇気を出して」?何考えてんだ俺…。土方と話すのに勇気なんていらねェだろ。
初対面じゃねェんだから…。そりゃ、今までは教師と生徒だったからコイツと話すのはある意味仕事で、
今はそうじゃなくて…まあ、ちょっと勝手は違うが、だからといって勇気が必要なもんでは…

「…の…あのっ………さ、坂田さん!」
「へっ?…あ、ああ、悪ィ…何?」

やっべ…土方のことほったらかしだった。

「あの…どこの店に、しますか?」
「あ、ああ、そうね……あそこにするか?」
「はい。」

適当に前の方を指さして歩いていく。そういえばさっき…

「な、なあ…さっき、坂田さんとか、言わなかったか?」
「あっ…だ、ダメですか?」
「べ、別にダメじゃねェけど…何で?」
「だって…もう『先生』じゃないし…」
「それもそうか…」

確かに、今の関係で「先生」は変か…。でも坂田さんって…

「なんか、よそよそしくねェか?」
「そ、そうですか?じゃあ、何て呼べば…」
「えっと…………ぎっ銀八、とか?」
「えぇっ!そそそそんなこと…」

土方は顔を真っ赤にして慌ててる。…そんなに照れることか?
陰で俺のこと「銀八」って呼び捨てしてる生徒がいることくれェ知ってるぞ?
…まあ、土方は呼んでなかったんだろうけど。

「ほら…ちょっと呼んでみ?」
「えっ!………ぎ、ぎん…」

やや俯き加減で目を左右に泳がせながら土方が俺の名を呼ぼうとする…。なんか、こっちまで
ドキドキしてきたぞ。マズイな…俺、顔赤くなってねェか?

「…ぎ、ぎん、ぱちさん…」
「うぉっ!」

ちょっ…何だコレ!?急に動悸が激しく…
ていうかココ、暖房効き過ぎじゃね?暑くて顔が火照ってきやがった…

「あ、あのー…」
「なっなに!?」

声が裏返った。…カッコ悪ィ!

「お、俺のことも、その…名前で、呼ぶんですか?」
「へっ?あ、あー…そうね。そうしようかなー…ハハッ…」

えっ、俺、なに言ってんの?…名前で呼ぶ?土方を?…マジで、呼ぶの?でも土方だって俺のこと
名前で呼んでくれたし…それに俺達、そういう関係なんだから名前で呼び合ったっていいよな。
よしっ!

「とっ…」
「っ!」

俺が呼ぼうとした瞬間、土方が息を飲んだ。そんな期待されっと、なんか緊張すんな…。
ヤベェ…また動悸が激しく…。俺ももう年かね…。

一旦深呼吸して心を落ち着け、改めて名前を呼ぶ体勢を取る。

「と…とーし…」
「やっぱ、待って下さい!」
「へっ?」
「あああの…今まで通りで、いいです。」
「あっそう?…なに?名前で呼ばれんのが恥ずかしいのか?若いなァ…」
「っ…そっちこそ、俺が呼んだ時、赤くなってたじゃないですかっ。」
「はぁ?そそそんなことあるわけねーだろ。」
「…ぎんぱちさん。」
「っ!」

心臓がドクリと跳ね、顔がカッと熱くなる。
マジでか!?マジで俺、土方に名前呼ばれて照れてんのか!?
ていうか…

「おっお前の方こそ、呼んどいて赤くなるのは反則だぞ!お前が赤くなるから、俺もつられて
赤くなっちまっただろ…」

俺を辱めたはずの土方の顔は、茹でダコみたいに赤くなっていた。

「は、反則ってなんですか!赤くなってるのを人のせいにしないで下さい。」
「いーや、お前のせいだね。俺は別に呼び方なんてどーでもいいんだけど、お前がもじもじするから
何となく恥ずかしい気分になっただけだし。」
「…じゃあ俺のこと、名前で呼んでみて下さいよ。」
「えっ?」

真っ赤になってるくせに、土方は挑戦的なことを言う。
負けず嫌いなヤツ…。図体だけは俺と同じくらいだけど、まだまだガキだな…

「ったく…さっき俺が呼ぼうとしたのを止めたの忘れたのか?あれ、照れ臭くなったんだろ?」
「ち、違います!そっちが恥ずかしそうだったから止めてあげたんです!」
「ほ〜…俺は全っ然、恥ずかしくないけど?ただ呼ぶだけだし…」
「じゃあ、呼んでみて下さい!」
「いいよ。」

ムキになっちゃって…。こういうトコ、可愛いとか思っちゃうのはアレだな。…うん、アレだよアレ。
俺は、ゴホンと咳払い一つしてから名前を呼ぶ。

「…とっ、とーーーーーーー…」

…うん、何だろう。なんか、言い辛い感じ?
いや別に、恥ずかしいとかじゃないんだけどね?なんかこう…言えって言われて言うのは…

「…どうしたんですか?」
「いやちょっと…なんか、違うかなァって…」
「…何が違うんですか?」
「だからさァ…こんなムキになって言うことじゃないような…」
「そんなこと言って…本当は恥ずかしくて言えないだけでしょう?」
「なっ!ち、違うって言ってるだろ!」
「どうだか…」

土方は小憎たらしい顔で俺を見る。くっそ…信じてねェな?

「そういう態度とるんならもう、お前なんか『お前』で充分だ!」
「そっちがそう来るなら、俺だって『お前』にしますよ?」
「おいおい…人生の先輩に対してお前はねェだろ。」
「じゃあ人生の先輩らしく、後輩のことはちゃんと名前で呼んで下さい。」
「生意気な後輩は『お前』でいいんだよ。」
「素直じゃない先輩も『お前』でいいと思います。」
「コノヤ…あ、あれっ?」
「えっ?」

気付いたら俺達は食品売り場にいた。…つまりは、地下一階だ。
どういうことだ?エレベーターで最上階のレストランフロアに着いたことは確かだ。
そんで「あそこにするか」とか言って真っ直ぐ歩いて行って、そんで…

「…エスカレーター、下りた?」
「…みたいですね。」

エレベーターを降りて真っ直ぐ行けば中央エスカレーターにぶつかる。
どうやら話に夢中で、そのまま下りて、更に下りて、一番下まで来ちまったのか…

「あ、あの…上に、戻りますか?」
「あー…面倒だから、ここで何か買ってウチで食うか?」
「ウチって…先生のですか!?」
「…土方ン家ってわけにはいかねェだろ?」

流石に、御両親と暮らしてる家はちょっと…

「そうですけど…あっ、今『土方』って…」
「そっちこそ、『先生』つったじゃねーか…」
「あっ…」
「ま、何でもいいか…」
「そうですね。」

それから俺達は買い物をして、俺の家に向かった。

一緒にメシ食って、テレビ見て、土方を駅まで送って行って…特別なことは何もしていないけど
何だかこう…胸の辺りがポカポカする。
やっぱりアレだ。…アレだよ、アレ…。その…あ、あい、とか…こい、とかゆーヤツ。
それがあるから、名前呼ぶのも呼ばれるのも、買い物するのもメシ食うのも、トクベツなことになる。

俺達は、こ、ここ…こいびt………「そういう関係」なんだからっ。


(11.04.04)


3Zです。誰が何と言おうと3Z話です!去年の銀誕で銀八先生を出した際「純情シリーズっぽい、先生が大人ぶってるけど内心ドキドキみたいな3Zが読みたい」という

コメントをいただいて、「いいですね!書きます!」とか言って…半年経ちました^^; Tico様お待たせしてすみません。

それからこれ、土方くん視点の話もあります。こちら→side H