<四>
「うっ……!」
銀時への思いが変わり始めた刹那、トシの頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。
彼の生まれる遥か昔、腰に刀を携えていた頃からの記憶――
そして銀時もまた、同じ事態に陥っていた。片手で頭を押さえ、目を見開いて見詰め合うトシと
銀時。自分達だけが別の空間にいるような錯覚に陥っている。
「おーい」
「兄さん?銀時?」
突然固まってしまった二人を交互に見つつ、銀八と十四郎で声を掛ける。先に復活したのはトシで
あった。
「来い!」
銀時の手首を掴み、二人はそのまま走り去っていく。
残された二人はどう対処するのが正しいのかも分からぬまま、立ち尽くすしかなかった。
「えっとー……土方くん?」
「……はい」
「もう昼メシ食べた?」
「まだ、です」
家に帰れば名前入りオムライスが待ってはいるが、今すぐ帰宅してよいものか迷うところ。
消えた二人が十中八九そこにいるはずだから。
だから質問の意図は見えないものの正直に答えておいた。
「じゃあ下、行こうか?」
「あ、はい」
何が「じゃあ」なのかも分からなかったけれど、十四郎は銀八の後について階下のリビングへ
行き、促されるままにソファへ身を落ち着ける。
「昼は出前で済ませようと思ってたんだよねー……ピザでいい?」
「え?」
「ウチ、帰りづらいでしょ?昼メシ食べていきなよ」
「あ……どうも」
宅配ピザのメニューを手に銀八は部屋の入口近くにある電話台へ向かった。
しかし十四郎は、好きな人と二人きりでランチなどというシチュエーションに浮かれる間もなく
身構えていた。兄と銀時のことを、銀八にどう説明すればよいかを思い悩んで。
「麦茶でいい?」
「あ、お構いなく」
注文を終えた銀八がキッチンから麦茶のグラスを二つ運んでくる。緊張で喉は渇いているけれど
体が動かない。十四郎はグラスをじっと見詰めていた。
「大丈夫だよ」
「…………」
自分のグラスを半分空けて銀八は煙草を取り出した。漂う紫煙はやはり兄のそれより心地好い薫に
思えて十四郎の体を幾分軽くしてくれる。
横を向きふぅと煙を吐き出して銀八は微笑んだ。
「大丈夫。あの二人のこと、土方くんには聞かないから」
「何、で?」
「聞いていいの?」
「いや……」
聞いても答えられないだろうから聞かないと銀八。十四郎は肩の荷が下りた思いだった。
それから程なくしてピザが配達され、二人は部活動の話などをしつつ和やかに昼食をとる。
「梅雨が明けたらもうすぐ予選だな」
「今年こそ甲子園に行きますから」
「ハハハッ……土方くんはいつも志が高いね」
銀魂高校野球部は決して強くない。そもそも銀八は顧問というだけで野球の指導などできない。
試合の申し込みや引率など、教師の手が必要な時に出てくるのみで基本的に練習は部員の好きに
させている。そんな野球部が甲子園など夢のまた夢、予選を一回でも勝ち進めたら良い方という
程度の実力であった。
「どんな相手とだって、最初から負ける気で戦うわけないでしょう?」
「まあそうだね」
「ということは、全部勝って甲子園に行くんです」
「はいはい分かりました。頼りにしてますキャプテン」
高校球児の十四郎にとって、最後の夏が間もなく始まろうとしていた。
* * * * *
一方、土方家に駆け戻った二人は靴も履いたまま、玄関で抱き合っていた。雨で僅かに濡れた体も
気にはならない。一切の言葉は不要。トシが銀時に抱いた感情は、先刻降って湧いた記憶により、
銀時がトシに長年抱いていたそれと同じであることが証明されたのだ。
生まれ変わっても一緒にいてやるよ。
始まりはここ東京がまだ江戸と呼ばれていた時代。真選組の副長・土方と万事屋を営む銀時は
ひょんなことから愛し合い、そんな「約束」を交わしたのだ。しかし本気で生まれ変わるなどとは
思っておらず、売り言葉に買い言葉の末に発しただけであった。
けれど言魂の力か運命か、彼らは本当に転生して愛し合い続けている。しかも、思いが通じ合えば
前世の記憶が蘇るというオプションまで付いて。
銀時の目尻から先程とは異なる温かな雫が一筋。トシの手が後頭部に添えられた。
「銀時、悪かった。弟なんて言って」
「もういいよ。今、すっげぇ幸せだから」
「銀時」
「土方……」
「え……」
「ちょっと呼んでみただけ。でも、しっくりこないね」
「お前自身の記憶じゃないからな」
銀時の脳内を流れる記憶によれば、過去に愛した人を確かに「土方」と呼んでいた。けれどやはり
それは生まれる前の話。自身で体験していなければ机上の空論も同じ。
漸く靴を脱いだ二人は身を寄せ合ってトシの部屋へ入っていく。ベッドに凭れて腰を下ろし、
内側の手を相手の背に、外側の手を前に回して繋いだ。
「やっぱ同世代に生まれたかったなァ」
幸福が一段落した頃、脳裏の恋愛経験と照らし合わせ溜め息を吐く銀時。万事屋の時も弁護士の
時も猫の時も、年齢差で悩んだことなどなかったから。
そんな銀時の髪をくしゃりと撫で、トシは言う。
「俺は同世代に『運命の相手』がいなくて良かったけどな」
「……トシさんってショタコン?」
「違ぇよ」
「痛っ」
撫でていた手でコツンと小突けば、銀時は悪びれることなく舌をぺろっと出した。
「お前の同級生にそれらしい相手がいるじゃねーか。ソイツがお前の相手じゃなくて良かったって
言ってんだよ」
「それって……十四郎のこと?」
「ああ。名前はアイツの方がピッタリだろ」
確かに真選組の副長の名は土方十四郎である。
「けど、猫の時は『トシ』だったし、俺も『ギン』だったし、名前なんて関係ねーよ」
「大事なのは俺達が今、愛し合っているという事実?」
「そうだよ。トシさん……」
「…………」
こちらを見詰めながら目を閉じた銀時。トシはまた頭をくしゃりと撫でて抱き寄せた。
「あの……トシさん?」
「何だ?」
目の前にトシの肩を見ながら銀時が尋ねる。
「俺、キスしてもらおうとしたんだけど」
「だろうな」
「では改めて……」
「お前にはまだ早い」
「イマドキの高校生は進んでるんだよ」
「相手が教師(おれ)じゃなかったらな」
銀時の唇をかわして立ち上がり、卒業まで待てと言うトシは教師の顔をしていた。だが銀時も
引き下がれない。
「キスくらいいいじゃん。誰にも言わないから」
「ダメだ」
「正直に言います。トシさんとエッチなことしたくてムラムラしてます。せめてキスだけ……」
「卒業するまで右手とよろしくヤってろ」
「鬼ィ!」
自室を出ていくトシの腕に縋り付き、銀時は前世の記憶に訴える。
「昔の俺達、仲良く合体してたでしょ?」
「前世は前世、今は今」
「でも、目を閉じると過去の俺達が裸で……俺もトシさんの裸が見たい!」
「何度も一緒に風呂入ったじゃねーか」
「ガキの頃だろ!」
リビングに到着したトシは昼食を温め直しはじめる。オムライスは皿ごと電子レンジへ、スープは
鍋に空けて着火。手伝いながらも銀時は「誘惑」を諦めない。
「じゃあ今から一緒にお風呂入ろ?」
「遠慮する」
「俺のピチピチボディー、見たくない?」
「ピチピチなお前は、俺なんかのくたびれた体には興味ないだろ」
「そんなことない!見せてよー」
「断る」
「ケチぃ」
トシの背にぴったり張り付いて、肩越しにあれはいいかこれならいいかと聞いては玉砕する銀時。
この体勢も他人には到底見せられないものだと気付くにはまだ時間が必要であった。
(14.06.25)
というわけでZ3の二人はラブラブになりました*^^* そして彼らは「 生まれ変わ っても…」シリーズとリンクしていました。
生まれ変わって〜に出てくるホスト二人の世界が「現在」と同じだとすると、この話はそれより前の時 代だろうということで
携帯電話を出すのはやめました。……それ以外についてはあまり考えずいつも通り書いてますが^^;
続きはまた後日。3Zの二人も早くくっつけたいのですが次回もまだZ3中心かもです。
追記:続きはこちら→★