<二>


「ただいまー」
「お邪魔します」
「久しぶりね。いらっしゃい」

学校帰りの十四郎達を出迎えたのは銀八の妹で銀時の姉・銀子であった。大学生の彼女は兄弟と
同じ銀色の髪をしているが、髪質はやや異なる。毛先のみ外側にはねたショートカット。だが銀時
曰く、あれ以上伸ばしたら絶対にうねる天然パーマらしい。
銀子は銀時を肘で小突き、十四郎を一瞥してから耳打ちする。

「弟に乗り換えた?」

体勢は耳打ちだが声の大きさは控えていない。銀時の思いを知っていてからかっているのだ。

「違ぇよ!協力してもらえることになったんだ」
「協力ねぇ……本気でコイツがトシさん堕とせると思ってる?」
「頑張れば、多分」

無理だなどと答えれば十四郎と銀八のことをバラされかねない。本心はともかく十四郎は銀時を
応援するしかないのだ。
じっと十四郎の顔を見上げ、そうなんだと含みのある笑いを見せた銀子。

「私、バイト行ってくるけどゆっくりしてってね」
「はい」

引き下がってくれたことに胸を撫で下ろしつつ、十四郎は銀時に続いて階段を上がった。
二階建ての坂田家。一階にはリビングとキッチン、浴室、トイレ、夫婦の寝室は現在物置と化して
おり、二階は今や過半数が成人となった「子ども部屋」が三室にトイレがある。
階段から最も近くにあるのが銀時の部屋。

「どーぞ」
「どうも」

クリーム色のドアを銀時が開け、十四郎が足を踏み入れる。当然ながらここへ来るのも二年ぶり。
4畳半程の洋室にブルーラベンダーとライトグレーのタイルカーペットは以前のまま。日焼けして
サーモンピンクになった苺模様カーテンも然り。シングルベッドと学習机は小学校の入学祝いに
買ってもらった品。あまり変化のない部屋の様子に妙な安心感を覚える十四郎であった。

「で、どうすればいいと思う?」
「何が?」
「おまっ、何のためにウチ来たんだよ!」
「ああ……」

カーペットに腰を下ろし、学ランを脱いだ銀時はそれをパサリと十四郎へ投げ付ける。
何やっても無駄じゃねぇか?――十四郎は真新しい制服を持ち主に投げ返してやった。

「真面目に考えろっ!銀八にお前の気持ちバラすぞ」
「じゃあ俺は兄さんにお前の気持ちを……」
「あ、嘘うそ。そんなことするわけないだろー。冗談だよ十四郎くん」
「はいはい」

で、どうすればいいと思うと話は元に戻る。だが教え子として側にいられるだけで満足していた
十四郎にとって、銀時の求めるような答えなど思い付きもしなかった。

「やっぱり無理なんじゃ……」
「おいぃぃぃぃっ!諦めるなよ!銀八の好みのタイプとか聞いてやるから、なっ?」
「遠慮しとく」
「何でだよ。志望校変えてやったこともねぇ野球部入ったくせに、積極的なんだか消極的なんだか
分からねぇヤツだな」
「あのなァ」

確かに乗り気ではないけれど、バカにするような言われようは到底納得できない。そもそも銀時の
提案は積極的に考えても採用できないものなのだから。

「兄さんの好みのタイプが、ストレートヘアーの年上の女、とかだったらどうする?」
「あ、それは立ち直れないかも……うん。好みを聞くのは止めよう」
「ああ。それに、どうにかなれるとしたら卒業後だろ?」
「トシさんはともかく、銀八は生徒でも手ェ出すかもよ」
「銀八さんに限ってそれはねぇよ。兄さんは知らないけどな」
「いやいやトシさんの方がないって」

互いに意中の人を庇い合い、話は一向に進まない。とにかく、と仕切り直したのは十四郎だった。

「長期戦は覚悟の上だろ?まずは真面目な高校生やって『先生』に気に入られるしかねーよ」
「それもそうか。じゃあ次の日曜、ウチに勉強しに来いよ」
「……その次はウチか?」
「当然」
「分かった」

作戦と呼べるほどのものではないが、大好きな人と休みの日にも会えると言うだけで二人の気分は
高揚していた。


*  *  *  *  *


こうして、坂田家と土方家を会場とした勉強会が休日の度に開催されること数ヶ月。何も知らない
大人達が微笑ましく見守っていた――銀時側の事情のみ判っている銀子だけはニヤニヤと笑みを
浮かべていた――とある日曜の午前十時少し前、銀時は何年も使っていなかった虫取り網を
クローゼットの奥から引っ張り出し、窓を開けて向かいの窓を柄の先で突いた。

薄青色のカーテンが開かれて十四郎が現れる。こうしてコンタクトを取るのも数年ぶりだと一頻り
懐かしさを味わってから、銀時は「緊急事態発生」と切り出した。口調は強く、しかし家族に
悟られぬよう声量は控えめに。

「銀八が出掛けちまった!」
「そうか」

今日は十四郎が坂田家へ行く番。なのに「目的」がいないのでは意味がない。なのに当の本人は
慌てる様子もなく受け入れている。

「そういう日もあるだろ」
「でもよォ」
「今日はウチ来いよ。兄さんならいるぜ」
「先週もそっちだったのに悪いよ」
「母さん仕事だから昼メシは兄さんが作るんだけどなァ」
「お邪魔させていただきます!」

トシさんの手料理が食べられるチャンス、みすみす逃してなるものかと即答。
母子家庭の土方家では兄が十四郎の親代わりとなることが度々あった。小さい頃ならいざ知らず
今でも世話を焼きたがる過保護な兄に十四郎は感謝しつつも早く弟離れしてほしいと思っている。
一方、学生服姿で保育園のお迎えに来ていたトシの姿に幼い銀時は憧れを抱くようになって今に
至るのであるが。

何はともあれ本日は土方家に集合と相成った。

(14.06.15)


次回はZ3のターンになります^ ^ といっても舞台は学校でなく家ですけれど。
続きは少々お待ちを。

追記:続きはこちら