頃は桜の季節。銀魂高校三年A組の教室で、このクラスの生徒・坂田銀時は、斜め前に座る生徒の
背中を睨み付けていた。幼馴染みの兄であり初恋の相手でもあるこの学校の数学教師目当てで入学
したのだが、今日に至るまで、学級担任はおろか教科担任からも外れている始末。受験直前、国語
教師である自身の兄もここに赴任することが決まるという、大きなマイナス要素も何とか乗り越え
進学したにもかかわらずだ。

憧れの先生に担当してもらえないのは単なる不運ではない。「身内の成績を付けずに済むように」
という学校側の配慮である。つまり、銀時の恋い焦がれる人の身内が同じ学年にいるのだ。
それこそが先より銀時に睨まれている生徒。赤ん坊の頃からの友人で件の数学教師・土方トシの
弟、十四郎である。
十四郎は元々、ここより進学率の高い集英高校を目指していたし、それだけの学力もあった。
家でも学校でも兄貴に会うなんて、とも言っており、保育園から続く腐れ縁も中学で終わりかと
感傷に浸ることもあったのだ。尤も、家が近所なのでいつでも会えるのだけれど。

そんな十四郎が志望校を変更すると言い出したのは中学三年も大分過ぎてから。校風が気に入った
だの剣道部が強いだのとそれらしい理由を付けていたが、自分の兄を銀時に取られまいとしての
行動だと踏んでいる。十四郎が銀魂高校へ来れば当然、トシはその学年を担当できなくなる。
銀時も兄からその話を聞かされていたのだ。同じく教師の兄を持つ者として、その辺りの事情には
聡いに違いない。

その上、あまり多くを語ったことはなかったが、銀時と十四郎はお互い「女性に興味がない」と
いう考えで一致していた。ただ「興味がある」のはトシだとは言い出せず、結果として十四郎と
恋愛話をしたのは数えるほど。それも、恋人にしたい有名人についてなどごく表面的なもの。
けれども長年の付き合いでバレていたのかもしれない。だから兄と銀時を近付けたくないのだ。

十四郎の気持ちはよく分かる。あんなにカッコイイ兄さんがいたら、変な虫が付きやしないか
心配するに決まっている。そうは言っても進路変えてまで邪魔するかフツー?トシさんが俺の
担任になったって恋が実るとは限らないし。つーか友達なら応援してくれてもいいじゃねぇか!

心の狭い野郎だと呪いの念を飛ばす銀時は、十四郎もまた似たような事情を抱えているとは思いも
しなかった。


身内の恋バナはあまり聞きたくない


蟠りもあるが最も古い友人で初恋の人の弟。きちんと話して分かってもらいたいし協力もして
ほしい。入学以来初めて同じクラスとなったことだし、高校進学を機にやや疎遠になってしまった
関係の改善を図るべく、銀時は帰り支度中の十四郎に声を掛けた。

「今日、一緒に帰らねぇ?」
「え?」

新たな交友関係を築いてきた二人。怪しまれるのも無理はないと思いつつも銀時は目的達成のため
何でもないふうを装う。中学までは約束などせずとも一緒に帰宅してきた間柄。特別なことでは
ないと。

「部活ないんだろ?」
「ああ」

中学まで剣道一筋だった十四郎は何故だか野球部に入っている。剣道部の顧問が土方先生だから
かもしれないが、志望理由の一つである「剣道」が嘘だったということだ。

「図書室に寄るから……悪ィ」
「待ってるよ」
「……時間かかるかもしれねぇぞ」
「調べ物?」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあ俺も宿題やってるから」
「あ、ああ」

かなり不審がられてしまったけれど、一先ず誘いには乗ってもらえた。二人は連れ立って図書室へ
向かうのだった。

*  *  *  *  *

「何調べんの?」
「ちょっとな」

窓際の席に鞄を置き、十四郎は古典文学の書棚の方へ。相変わらずジジ臭ェ趣味――呟いて銀時は
向かいの席で数学の問題集を広げた。大好きな人のおかげで数学の成績はすこぶる優秀。一方、
十四郎は古典が好きで、銀時の兄と誰の和歌がいいだの、この現代語訳は納得いかないだのと
よく話していた。銀時には古典の魅力が少しも分からなかったけれど、十四郎が兄の相手をして
いれば、自分がトシと話せるので感謝していた。

「誰か探してんの?」
「いっいや別に!」

和歌集を開いたきり窓の外を眺めていた十四郎。銀時の声掛けに慌てて本へ視線を戻すも、また
すぐに窓の外へ。銀時も見てみたがサッカー部と園芸部が活動しているほかは、帰宅のために
昇降口から出てくる人くらい。もしやこの中に十四郎の好きな人でもいるのだろうか。実は既に
付き合っていて、部活が終わるのを待っているとか……

「あれ?」

予想に反して十四郎はノートや筆記具を片付け始まる。

「帰んの?」
「ああ。分かんねぇ所、先生に聞いてからな」
「ふうん」

では自分も帰ろうと席を立った銀時はふと気付く。先程、十四郎につられて外を見ていた際、
古典教師が下校するのを見たと。

「ヅラ、さっき帰ってったぞ」

ヅラというのは彼らの学年の古典担当・桂小太郎先生のこと。十四郎はやや困ったような顔を
して、とりあえず行ってみると返した。

*  *  *  *  *

「ほらな、いねぇだろ」
「あ、ああ」

国語科職員室。入口から覗けばやはり桂先生は不在であった。質問は明日にして帰ろうと袖を引く
銀時に、十四郎は気のない返事をして動こうとしない。そこへ一人の教師がやって来る。銀時の兄、
銀八先生である。特徴的な銀髪天然パーマは銀時の方がやや長く耳まで隠れていて、銀八は
シルバーフレームの眼鏡をかけていた。

「珍しいな、二人揃って。何か用か?」
「いや、アンタじゃなくてヅラにね」
「桂先生、だろ」
「へいへいそーですね」

銀八と桂は大学の同期で、そもそも桂をヅラと呼んでいたのは銀八である。なのに学校だからと
真面目ぶる兄が銀時は苦手だった。

「ついさっき帰っちまったんだよなァ」
「だって。帰ろうぜ十四郎」
「あ、あのっ、ちょっと教えてほしいことがあって……」

同じ古典教師だからか、十四郎は銀八でも良かったらしい。自分に害が及ばぬよう、銀時は少し
離れた壁に凭れて十四郎を待つことにした。

「お前が分からないなんて、ヅ……桂先生は難しい宿題出すんだな」
「あ、宿題じゃなくて、この本なんです」

先程まで図書室で読んでいた本を銀八に向けて開く十四郎。どれどれとそれを覗き込む教師面した
兄に、銀時は「オヤジ臭ェ」と心の中で悪態を吐く。それに比べてトシ先生は全てがスマートだ。
顕わになった額も、眼鏡の奥の力強い目も、剣道仕込みのきびきびとした身のこなしも。
銀八の方が二歳も年下とは思えない。

「ここの歌の意味がちょっと……」
「在原業平か。懐かしいな。大学のゼミの先生が業平好きで何度も話聞かされたんだよ。しかも
業平のこと『在原さん』って呼ぶ人で……知り合いかっつーの」
「ハハッ」
「…………」

銀八「先生」と談笑する十四郎の表情に違和感を覚え、銀時は観察を始める。銀時の知る十四郎は
あんなふうにはにかんで笑わないし、話が脱線すればたちどころに修正する生真面目なヤツだ。
ぶっきらぼうでクールに見えて熱血漢――十四郎の印象は幼い頃から変わっていない。それなのに
今、質問とは関係のない銀八の大学時代の思い出話に目を輝かせている。特に実のある話では
ないし、銀八と十四郎だって昔からの知り合いなのだ、ある程度のことは知っているはずにも
かかわらず。

「先生は好きな歌人とかいるんですか?」
「柿本人麻呂とかいいよね。名前が美味しそうで」
「柿って付いてるだけじゃないですか」
「…………」

高校生で古典好き、なんて少なそうだから、話ができるだけで楽しいのだろうか。だとしたら
長くなるかもしれない。数学科職員室を覗いて来ようか。トシ先生がいたら分からない問題が
あることにして……

まさか、な。

自分の行動と照らし合わせて思い浮かんだ可能性は即座に否定した。しかしながら銀八の以前の
勤め先は集英高校で、経験もないのに若いからと野球部の顧問をしていて、桂先生がいないのも
分かっていて……打ち消せば打ち消す程、それが真実に見えてくる。銀時は二人から目が離せなく
なっていた。

*  *  *  *  *

「ありがとうございました」
「気ィつけて帰れよ」
「はい」

本を抱えて十四郎が頭を下げる。ここへ来てゆうに三十分が経過していた。そしてその成り行きを
見守ってきた銀時の中で、可能性は確信に変化していた。いつからかは知らないけれど、遅くとも
中学の時には銀八のことを――



「好きなんだろ?」
「えっ!」

帰り道。周りに人がいなくなったところで銀時は疑惑の真相を確かめてみた。案の定、すんなり
認めてはくれなかったものの、カッと顔を赤くして慌てふためく姿から答えは明らか。

「なななななっ……」
「いいっていいって。正直、銀八のどこがいいのかサッパリ理解できねぇけど、お前がその気なら
協力してやるよ」
「きょっ協力!?ンなもんいらねーよ!そもそも銀八さんから見れば俺なんかガキだろ。十歳も
下なんだぞ」
「諦めるなよ!」

ここで銀時は本題を切り出した。

「こっちは十ニ歳差だぞ!」
「は?」
「お前と銀八くっつけるのに協力するから、お前も俺がトシさんと付き合えるように協力しろ!」
「はあ!?おまっ……兄さんを?」
「そう。ガキの頃からずっとな」

早速作戦会議だと銀時は十四郎を自宅へ引き摺り込む。十四郎にとって二年ぶりの坂田家だった。

路地を隔てて隣に位置する両家。長男同士は二つ違い、真ん中に長女がいるのは坂田家だけだが、
次男達は同級生。しかも親同士も歳が近く、家族ぐるみの付き合いを続けていた。
しかし裁判官である銀時の父が三年前に北海道へ単身赴任し、専業主婦の母も末子の高校入学を
見届けてから北海道へ行ってしまった。折しも銀時と十四郎が、銀時の一方的な勘違いによって
距離を取るようになり、行き来がなくなっていた。

(14.06.07)


3ZとZ3と家族もののごった煮。後々ホストの二人も出てくる予定です^^;
続きは暫くお待ち下さい。

追記:続きはこちら