<十六>


数学科職員室。銀時の代理も兼ねて兄へ合格報告へ来た十四郎は、お茶付きで持て成されていた。

「よくやったな」
「ああ。銀時と、あと伊東も受かったって」
「はあ!?……あ、友達も一緒で良かったな」

銀時の受験先を知らされていなかったトシは度肝を抜かれる。時と場を弁えすぐに持ち直しは
したけれど、弟にはその揺らぎを隠しきれそうもなかった。

正直なところ、身内の贔屓目なしにでも十四郎の合格は固いと感じていた。同じ野球部で同じ
法学部を目指す友人がおり、互いに切磋琢磨している様子も見て取れた。だから同僚を通じて弟の
合格を知った時も、喜びはしたものの、驚きはしなかった。それよりも、兄から心配される程に
成績が落ち込んでいた銀時の方が気になっていたのだ。

まさかこんな結果になるなんて。

「じゃあ俺、家に帰るよ」
「え……おおああ、そうだな。早く母さんを安心させてやれ」

どうせ仕事が手につかないからと、母は休みを取っていた。

「どうぞ」
「え?」

兄弟の会話を聞いていなかったのか、猿飛先生はカステラを切って振る舞ってくれる。立ち上がり
かけていた十四郎は尻餅をつくようにイスへ戻ってしまった。

「折角ですが、十四郎はもう帰りますので」
「遠慮はいらないわ。合格祝いよ」
「家で母が待ってますから」

ありがとうございますと帰り支度を始めた十四郎。しかし猿飛先生も諦めない。

「もっと待たせてもいいのよ。女は焦らせば焦らすだけ興奮するんだから!」
「別に、興奮しなくても……」
「焦らしプレイも出来ないようじゃ、立派な大人にはなれないわよ」
「猿飛先生!」

弟に何を教える気だと凄む土方先生。
一瞬、彼女は怯んだが、すぐに「アナタに睨まれたって気持ち良くなんかないわ」と回復。

「私のことを『先生』なんて敬う男に興味はないの」
「ああそうですか……」

危ないスイッチの入ってしまった猿飛先生。これ以上関わるのは時間の無駄だし、何より弟の
教育上よろしくない。トシは十四郎の前まで電話機を引っ張ってきた。

「とりあえず電話で伝えておこう」
「うん」

返事と同時にトシが受話器を上げて十四郎へ差し出し、自宅の番号を押してやる。
電話はワンコールで繋がった。

「十四郎。……今、学校で……うん。受かったよ。……ありがとう。……うん、もう少ししたら
帰るから。……分かってるよ。じゃあね」

受話器を置いた十四郎はふぅと息を吐き、茶を啜る。

「母さん何だって?」
「帰り道、浮かれて道路に飛び出したりしないようにって。……子どもじゃねぇんだから」
「フッ……母さんが飛び出したいくらいなんだろ」
「そんな危うい成績じゃなかったのに」

信用されていなかったのかと憤って見せる十四郎だが、紅潮した頬から嬉しいのは明白。
これで胸を張って銀八と交際できるはず。
おめでとう――頭に乗った兄の手を照れ臭そうに振り払い、十四郎はカステラを頬張った。



その日の夜、久々に一家勢揃いした坂田家に土方家の三人もお邪魔して、合格祝いの晩餐会が
催された。
北海道から帰宅した銀時達の両親のカニをメインに、デザートは十四郎達の母お手製のイチゴの
ショートケーキ。中央に大きく「銀時くん&十四郎おめでとう」なんて書いてあるから、誕生日の
ようだと十四郎からツッコまれた。

「土方さん、少し痩せたんじゃありません?」
「あらそう?ストレスかしら?受験生がウチにいるとピリピリしちゃってねぇ」
「十四郎と一緒に夜食食べて三キロ増えたって言ってたじゃねーか」

母同士の会話にトシが冷静に事実を伝えれば、

「女性の体重バラすなんてサイテー。だから変なのにしかモテないのよ」

多少の事情は心得ている銀子が敵に回るものだから、前言撤回するしかなくなる。

「まあまあ、めでたい席だから」

笑って許そうと場を取り持つ銀八。ビール片手に盛り上がる大人達を尻目に、主役の二人は茹でた
カニの足を黙々と解体していた。

小皿にこんもり取り出したカニの身を、銀時は一気に掻き込む。

「うーん……カニかまの方が美味いな」

食べ慣れたものの方がいいと率直な感想を漏らす弟を、銀八は安上がりな舌だと揶揄する。
その横では十四郎がカニの身を二倍程のマヨネーズで和えて口に運んでいた。
何でもマヨネーズ味の十四郎の方こそ安上がりな舌だと銀時は反撃してみるも、

「毛ガニってタラバより甘いんだな。小さいのに味がしっかりしてる」
「ほぼマヨネーズしか食ってないくせに分かんの!?」

思わぬ才能を見せ付けられて敢え無く撃沈。しかも、

「カニかまはカニに比べて甘味が強いから銀時好みなんだろうな」
「そうなんだ……」

自分の味覚の分析までされる始末。これには坂田家一同も驚いた。だがトシと母はさも当然と
ばかりに、マヨネーズ塗れのカニ味噌を肴にグラスを傾けている。

二家族八人の宴会は、深夜まで続いた。


*  *  *  *  *


卒業式の夜、銀時と十四郎はそれぞれの隣家の前で愛しい人の帰りを待っていた。
制服も卒業証書も部屋の中。恋人――十四郎にとってはその予定の人――への思いだけを右手に
握り締めて。

駅へと続く道をじっと見ながら銀時は言う。

「トシさんが先に帰って来たら、一旦外せよ」
「分かってる。お前もだぞ」

同じく道の向こうへ視線を飛ばしつつ十四郎も応対した。間違っても往来で抱き着くようなことは
するなと付け加えて。

「分かってるよ」

人目を憚るくらいの理性は持ち合わせている。「馬鹿にするな」「どうだかな」――互いの兄の
帰りを待ちつつも、忠犬よろしく大人しく、というわけにはいかない二人。肘で小突き、足が出て、
掴み合う寸前、待望の時が訪れた。

「めでたい日に喧嘩か?」
「仲が良いのか悪いのか……」

素行不良で合格が取り消されても知らないぞと、教師として兄として苦言を呈するトシと銀八。
揃って現れるのは想定外で、弟達は顔を見合わせた。

どうする?

銀時が目だけで尋ねれば、

やるしかねーだろ。

十四郎は軽く右の拳を振って見せた。
こくりと頷く銀時。殴り合いでも始まるのかと戦々恐々の兄達の方へ一歩、また一歩と進み出る。

「銀時……?」
「土方くん?」

各自、思い人の前に立ちすうと一呼吸。また目配せで頷き合って、「銀八先生」と真っ直ぐ
見据えて十四郎が呼ぶ。

「は、はい」
「土方先生」
「……おう」

滅多に使わない畏まった呼称。何をする気かとトシに緊張が走った。
だがそれ以上の緊張感を持って、銀時は緩やかな正拳突きのような仕種で右腕を前へ伸ばす。
十四郎も同じようにすれば、銀八は思わず半歩後退った。

「え?何?」
「…………」
「あ、くれるの?」

恐る恐る十四郎の拳の下へ手の平を差し出した瞬間、コロリと何かが落とされた。
それは銀魂高校の校章を模った金ボタン。隣を見れば、トシの手の中にも銀時より同じ物が
落とされている。

「もしかして第二ボタン?」

先に気付いたのは銀八の方。その台詞に十四郎の表情はパッと花が咲いた。
次いで「そうなのか?」と目で問うトシに、銀時の周りでも星が煌めく。

元々それなりに女子から人気のあった二人。東大合格に伴いファンの数が増大し、卒業式が
終わった直後には制服のボタンを巡って女同士の熾烈な争いが起こったとか。
学生服は基より、シャツも袖口のボタンも全てなくなっていたと彼らの担任から聞かされていた。

その価値あるボタンを本人から。

感激のあまり緩む涙腺をなんとか堪え、それぞれ礼の言葉を口にすれば、

「三年間、お世話になりました」
「あ、うん」

まずは十四郎から、礼の言葉が返ってくる。
これからお世話になるのは自分の方なのだと、頼もしい瞳に銀八は実感した。

これは銀時と十四郎で密かに企画した「先生と生徒」からの卒業式。大好きな人に第二ボタンを
受 け取ってもらい、将来の抱負を述べる。

「入学したら迎えに行きます」
「あ、はい」

セレモニーが済んでいても、三月中は高校生。始まりはもう少しだけ先のこと。

「それじゃあ」
「えっ……」

すっと目を細めてから頭を下げて、十四郎は家の中へ消えてしまった。まだ独り身――残り僅かの
延期期間が、銀八の胸に一抹の寂しさを生じさせる。
そんな彼の隣には、とうに「二人」となっている先輩と弟。どうぞごゆっくり……言い終わらぬ
うちに銀時が遮った。

「以下同文!」
「は?」

ぽかんとしているトシを置いて、こちらもじゃあねと家に消え……る前にトシが追い付き手首を
捕らえる。流石は毎日高校生相手に竹刀を振るう剣道部顧問といったところか。

「何だよ以下同文って」
「以下同文は以下同文だよ。さっき十四郎が言ったのと同じ」
「横着するな」
「一緒に帰ってきたのが悪い!」

一人で全部言ってしまった「戦友」への怒りも込めて腕を振り解き、逃げるように家の中へ。
春の風に揺れた銀髪から覗く耳は真っ赤に染まっていた。

「二人で考えたんですかね。台詞とか」
「だろうな。……危なかった」

弟と同じことを銀時から言われたら、想像しただけで泣きそうだ。往来でも構わず抱き締めて
しまったかもしれない。触れられるのに触れられなかった数ヶ月分の切なさと相まって。

「危なかった?」
「いやっ……何でもない」

慌てて取り繕って玄関扉を開けるトシ。それが先程の銀時の姿と重なって、似た者同士お似合いだと
こっそり銀八は笑うのだった。

桜の開花はもうすぐそこ。

(14.09.17)


次は18禁の予定です。アップまで少々お待ち下さ いませ。

追記:続きはこちら(注意書きに飛びます)