<十>
天王山の夏が明けた九月一日、始業式の朝。夏休み気分が抜けきらず浮つき気味の日焼けした
下級生と、受験のストレスが本格化し始めた同級生との差が如実に現れる二学期初日。十四郎は
廊下で後ろから呼び止められた。
「多串くん」
「……多串じゃありませんけど、何ですか?」
十四郎をこのように呼ぶのはただ一人、未来の恋人・銀八である。七月のあの日、将来を約束した
銀八は来たる時までどう接するべきか大いに悩むこととなった。これまで通りのようでいながら、
両思いの余裕が十四郎の言動からは見て取れる。自分もそれに倣いたいのは山々なれど、どうにも
照れ臭い。いずれ付き合う人なのだと考えれば考える程、脈拍過多に陥り、その名を口にするのも
困難になっていた。
そんな事情を知らない十四郎は「何となく多串っぽいよね」などと言われて納得できるはずもなく
毎回律儀に訂正しているのだが。
「放課後、準備室に来てくれる?見せたいものがあるんだ」
「分かりました」
人前では必要最低限の会話だけ。二人は何事もなかったように職員室と教室へ分かれていった。
* * * * *
放課後――といっても今日は始業式とホームルームのみで登校してから二時間も経っていない。
十四郎は約束通り国語科準備室を尋ねた。ノックをして扉を開ければ、銀八は明かりも点けず
部屋の奥に佇んでいる。
「先生……?」
ドアを閉めて近寄れば、この部屋に他の人間もいるのが判った。金髪の派手なスーツの男が二人、
銀八の足元で身を寄せ合い座っている。どうやら眠っているらしいが卒業生か何かであろうか……
「先生、見せたいものってこの人達ですか?」
「いや……つーか、誰?」
「こっちの人、先生に似てません?」
「こっちのコは多串くんに似てるよね」
「俺、多串じゃありません」
見知らぬ人が校内に侵入したとあらば守衛を呼ぶところではあるけれど、こうも顔が似ていると
赤の他人ではないようにも思う。二人が対応に苦慮していると、ガラリと扉が開いた。
「あ、悪ィ。邪魔したな」
現れたのは銀時。姉から預かった兄の弁当を届けに来たのであるが、銀八と十四郎の姿を見るや
引き返そうとしてしまう。それを十四郎が慌てて追って準備室へ引っ張り込んだ。
「待て。誤解だ」
「次から鍵掛けとけよ」
「違ぇよ。銀時、アイツらのこと何か知らねぇか?」
「あ?」
そこで漸く銀時も二人きりではなかったことを悟る。見知った顔の見知らぬ男達。誰だと首を
傾げた銀時に、やはり分からないかと落胆の色を見せた。
「トシさんに聞いてみよう」
「えっ」
それで分からなければお手上げ。叩き起こして事情を聴き、必要とあらば不法侵入者として対処――
トシが来るまでの見張り役を申し付け、銀八は小走りで出ていった。
「アイツ、逃げたな?」
「先生がそんなことするわけねーだろ」
「でもトシさんの方が頼りになるから呼びに行ったんだぜ」
「コイツと顔が似てるからだ」
十四郎はストレートヘアーの男を指さす。確かに目の前の金髪はトシにも十四郎にも似ているし、
隣の金髪パーマは自分にも兄にも似ていた。
「……お前ん家、外国人の親戚とかいる?」
「聞いたことねぇな。銀時は?」
「俺も」
親類縁者でないとすれば、もう一つの可能性は二人の頭の中に。
「なあ十四郎、コイツらの記憶はあるか?」
「そういうお前は?」
「ない。……多分」
「俺もだ」
生まれ変わりは同時に存在することが判明したのだ。彼らもそうかもしれない。よく見れば手を
繋いで眠っており、単なる友達同士ではなさそうだ。
しかし前世の記憶の中にこの姿はなかった。
そうこうしているうちに男の一人、十四郎と同じ髪型の方が身動ぎ始める。銀時は慌てて十四郎の
背後に身を隠した。
「おいっ!」
「英語の成績、お前の方が良いだろ」
「はぁ!?」
言われてみればこの男は白人で、となれば外国人で、日本語が話せないかもしれなくて……成績が
優秀とはいえ、試験と実践は違う。このまま寝ていてくれと願う十四郎であったが、無情にも男は
目を開けてしまった。
「…………」
己のそれとは異なる碧い瞳。狼狽しつつも十四郎は自身の責務を果たさんと孤軍奮闘する。
「ハ、ハロー。フーアーユー?」
「Hello.I'm Toshi.Where are we?」
「ギンタマハイスクール」
トシと名乗った金髪の男はその場所に聞き覚えがあった。こちらの肩に頭を預けて眠りこけている
男の出身校だったはず。ということは……
「東京にある銀魂高校ですか?」
「!?」
「日本語できるのかよ!」
ツッコミを入れたのは銀時。言葉が通じるのなら恐るるに足らず。ずいと前に進み出た。
「ここは東京の銀魂高校だけど、お兄さんは何処から来たの?」
「えっと……今、何年の何月何日ですか?」
「昭和五十五年九月一日。もしかして記憶喪失?」
「ハァ……」
銀時の質問には一つも答えていないと言うのに、男は深い溜め息を吐くと「少し待って下さい」と
隣の男の体を揺すり始める。
「おい、起きろ」
「ん〜……おはようハニー……」
「ンなことしてる場合じゃねーよ」
目覚めた金髪パーマは金髪のトシの首に抱き着き唇を突き出した。その額をぺしっと叩き、周りを
見てみろとトシ。
「……えっ?ここ何処?」
「銀魂高校だと」
「は?」
「昭和の」
「はあ!?」
それは、自分の生まれるほんの少し前までの元号。やっと帰れたと思ったのにまた……がっくりと
項垂れた金髪パーマを金髪ストレートが慰める。
彼らは平成時代を生き、金時・トシーニョという名でホストをしている。彼らの時間感覚では昨日、
江戸時代へのタイムトラベルから戻ったばかり。久方ぶりに自宅のベッドで目を閉じて、開けたら
また過去だなんてあんまりだ。
「もしもーし」
「あ、すまない。どうしてここにいるのか、俺達にも分からないんだ」
「……ちょっと」
金時がトシーニョの袖を引くとホスト二人は高校生二人にくるりと背を向け、声を潜める。
「今度はあの二人の世話を焼けってこと?」
「多分な」
「でも何か違うんだよなァ……土方、お前アイツらに見覚えあるか?」
「あるにはあるんだが……」
前世の記憶を呼び起こしてみるも、ここにいる二人の姿で愛し合ったことはないように思う。
けれど彼らが自分達の前世の一人である確信はあるから不思議だ。
何やら難しい顔をして唸りだした金髪二人。十四郎と銀時は所在なげに室内を見渡していた。
「お待たせ」
「先生」
部屋の中が妙な静寂に包まれた頃、銀八がトシを連れて戻って来た。生徒二人の顔がパッと明るく
なり、同時にホスト達があっと声を上げる。
「そっちとこっちがカップルか!」
「バカッ!」
口を滑らせた後では無駄なのだが、トシーニョは金時の口を塞がずにはいられなかった。金時の
言うように、今来た教師と最初からいた生徒が交際するのだと分かっている。しかし、既にそう
なっているのかは不明。まだ片思い中であればこの発言は歴史を変える程の大事になりかねない。
「お兄さん達もしかして、生まれ変わりの人?」
「「は?」」
銀時の質問に金髪の二人は目を瞬かせた。銀八は後ろ手に鍵を掛け、トシと共に四人の元へ歩み
寄っている。
「何で、そのことを……?」
「やっぱりそうか。あれっ?でもお兄さん達の記憶はないな。何でだ?」
「さあ?」
銀時の言葉に十四郎も首を傾げた。そうか――トシーニョがいち早く状況を把握する。
「初代じゃねぇから前世の記憶があるのか!」
「あ、そういうことか。ってことはデキてるんだな?」
「だろうな」
二組が同時に存在しているとは予想外ではあったものの、見たところ生徒二人は前世の記憶を
共有しているらしい。
ならば話は早い。自分達の身の上を話してみようではないか。
「俺の名は坂田金時。こっちは土方トシーニョ」
同姓同名ではややこしいので源氏名を名乗りここからが本題。
「実は俺達、未来から来たんだ」
「未来ィ!?」
そんな馬鹿なと四人は口々に否定するも二人組の表情は真剣そのもの。
「土方トシ先生に坂田銀八先生、その教え子で恋人の銀時くんと十四郎くんだろ?アンタ達の
ことは、前世の記憶として俺達の中にある」
「はあ……」
俄かには信じ難いことだが、彼らは自分達を未来人だと信じている。悪人ではなさそうなので
とりあえず話を先へ進めてみた。
「どうやってここへ来た?」
「分からない。家で寝ていて、起きたらここにいた」
トシの問いにトシーニョが答える。
「何年後から来たんだ?」
「三十五年後」
「そんなはずねぇよ」
二人の会話に銀時が割って入った。
「十九年後、一九九九年七の月に人類は滅亡するんだぜ」
「ノストラダムスの予言か。懐かしいな」
当時は小学生だったと金時。
「隕石の衝突とか火山の噴火とか色んな説があったけど、結局何ともなかったよな」
「本当?」
「ああ。だからキミとトシ先生も末永く幸せに暮らしてるぜ」
「本当か!?」
「あ、いや、多分だけど……」
「何だよ!」
未来から来たのだからもっと有益な情報はないのかと銀時は詰め寄る。
「えっと……あと十年くらいしたら急に景気が悪くなるから気を付けてね」
「そんなんじゃなくて、トシさんと俺がもっと深い仲になるためのアドバイスとか!」
「それより、俺達に関して知ってることを話してもらえる?」
まだ完全に信用したわけではないと銀八が牽制する。前世として自分達を知っているのなら、
それが証拠になるに違いない。
分かった――参考書の並ぶ書棚をぼんやりと眺めながら金時は記憶を探る。その様子を横目で伺い
つつ、トシーニョも彼らについての情報を整理していた。
「まず、トシ先生と銀時くんの初エッチはぶ!」
今度は間に合った……トシーニョが金時の口を手で覆ったのである。
「何すんだよー」
「まだだ」
「へ?」
「それはまだ先のことだから言うな」
「そうだっけ?じゃあ、銀八先生と十四郎くんが初めてキスしたのは……」
「それもまだだ。というかこの二人は一応、恋人同士でもないだろ」
「あーそうだった。高校卒業するまで延期ってやつね。はいはい」
「えっ、付き合ってなかったの?」
疑問を呈した銀時に十四郎が頷き答えれば、金時達の言葉は一気に真実味を増してくる。
「本当に未来から来たのか?」
「そうなんだよ」
「元の時代に戻れるのか?」
「暫くすれば戻れるはずだ」
江戸時代に行った時も自然に戻っていたから。
特に大人達は全てを受け入れたわけではなかったものの、行く当てのない彼らを放っておくことも
できず、今日は坂田家で面倒を見てやることに決めた。未だ夏休み中の銀子は友人と旅行に出て
留守のため。
(14.08.02)
元々は「生まれ変わるから(最終話)」の続きを書きたいと思って考えた話でした。
十話目にして漸く繋げることができました。続きはまた暫くお待ち下さいませ。
追記:続きはこちら→★