※年齢制限する程ではありませんが、最後の方は裸につきご注意下さい。
後編
「ありがとうございました」
「また明日よろしくお願いします」
「おう。気を付けて帰るんだぞ」
退達を見送って、十四郎は再び人間界へ降りるため天国の門を通りました。今度は銀時と共に
江戸を目指します。手を取り、二位一体となって羽ばたく様は比翼の鳥のようでした。
桜色に染まる江戸の町。この国はまだ昼間でした。穏やかな日の光の下、人々は飲めや歌えや
大騒ぎです。その中の一際賑やかな集団に目当ての二人はいました。この町で万事屋を営む
坂田銀時と、武装警察真選組副長の土方十四郎です。
「とっ十四郎、あれ……」
「ああ」
右手で口元を覆い、震える左手で二人を指差す銀時の肩を、十四郎はそっと抱き寄せました。
敵同士として「運命の出会い」を果たした坂田と土方。それが今や仲睦まじく――と天使達には
見える雰囲気で――酒を酌み交わしているではありませんか。二人の周りにも大勢の仲間らしき
人がいて、ヘルメットとおもちゃのハンマーを用いたゲームに興じていました。
「良かったな」
「うん。アイツらにキューピッドの力を使えなかったのは残念だけどな」
「そうなのか?」
十四郎には坂田と土方が友人なのか恋人なのか判断がつきません。けれど台詞からするに銀時は、
二人の交際を確信しています。キューピッド研究生だから分かったのでしょうか。
銀時は得意気に言います。
「これは結婚式だ」
「は?」
「知らねぇ?この国では結婚する時、二人並んで酒を飲むんだぜ」
流石は愛の天使候補生。結婚に関する知識は十四郎よりあるようです。
しかし十四郎には目の前の光景が結婚式とは思えませんでした。なぜならこの国の法律で
結婚できるのは男と女のみと定められているからです。法律家として、十四郎はそのことを
銀時に告げました。
「その法律、まだ変わってねーの?」
「ああ」
「じゃあきっと、特別に結婚するんだよ。何てったって十四郎と銀時だから」
「いや……」
十四郎は銀時のように楽観視できません。より多く人間界に降りている十四郎は、人間の欠点も
沢山見ています。どんなに愛し合っていても性別、出自、年齢などによって引き裂かれてしまう
愛があることを知っています。
「十四郎は心配性だなァ。コイツらなら大丈夫だって」
「けどよ……」
「分かった分かった。じゃあ見てやるよ」
「何を?」
「ちょっと下がってて」
「おう」
「キューピッドー……アイ!」
銀時は両手で横向きのピースサインを作り、立てた指を目の上下に当てました。
「説明しよう!キューピッドアイとはその名の通り、キューピッドの目のことである!」
「銀時……?」
「キューピッドは見ただけでその人間が誰を愛しているか分かるのだ」
「へえ……」
口調がいきなり変わった訳も、「見ただけ」で分かるのに顔に手を当てる訳も理解できません
でしたが、十四郎は大人しく銀時の解析を待つことにしました。この分野には銀時の方が詳しい
はずですから。
「あっ!」
坂田を見ていた銀時が声を上げました。
「どうした?」
「……説明しよう。銀時はまだ見習いキューピッドである。未熟な目では友愛も恋愛も家族愛も
師弟愛も区別ができないのだ」
「そ、そうか……」
「でも……」
観察をやめた銀時は何かを悟ったような、けれど消え入りそうな表情を浮かべていて、十四郎は
思わずその体を抱きしめました。
「時間が経ってから愛が芽生えることもあるさ」
「大丈夫。人間の銀時は、人間の十四郎こと好きだから」
「本当か?」
「うん。ただ……一番じゃなかったからちょっとね」
「そんなことも分かるのか……」
銀時が十四郎の背に腕を回すと、十四郎の大きな羽が銀時を包み込みます。うっとりと目を閉じ
ながら銀時は自分の見たことを十四郎に話しました。
人間には様々な愛の感情があり、必ずしも恋愛が優位ではないこと。坂田にとって土方は最愛の
人ではないが、恋愛対象として一番である可能性もあること。人間の感情は移ろいやすく愛の
順位も頻繁に変わること――
「だからな、一番じゃないのは気にしてないよ。ただ、結婚式じゃなくて残念だっただけ」
「銀時……」
いくら色々な愛情があるといっても、結婚式の最中くらいは結婚相手への愛が優勢となるに違い
ありません。それがないということは二人の結婚式ではないということです。「愛する人達」と
食事を楽しんでいただけなのだと銀時は息を吐きました。
「キューピッドの技を使う機会ができたじゃねーか」
「……そうだな。早く正式なキューピッドになって、コイツらをラブラブにしてあげよう!」
「ああ。……『十四郎』の方は見なくていいのか?」
「一回やると半日は使えねーんだ。何しろ修業中の身なんで」
「なら今日はもう帰るか?」
「いいや。普通の天使の力は使えるし、人間達を幸せにしていこうぜ」
「そうだな」
十四郎と銀時は江戸中を飛び回り、幸福を振り撒いていきました。
その間、坂田と土方は酔った勢いで刀を構える事態に陥りましたが、「幸運にも」互いを傷付ける
ことなく勝負は流れたのでした。
* * * * *
深夜を迎えた江戸の町。夜桜の下で宴会をしていた人間達も帰路に着いた頃、銀時と十四郎は
自分達と似た人間達に会うため、再びこの地を訪れました。天の国はもう夜が明けていますから、
銀時も十四郎も仕事を休む許可をもらってきたのです。尤も、人間と関わることも仕事のうち
なのですけれど。
「いたか?」
「ダメ」
彼らは人間が寝ている間にやりたいことがありました。
けれど万事屋に坂田銀時はおらず、屯所に土方十四郎の姿もなく、二人を探してあちらこちらを
飛んでいるところです。
「増えすぎだろ人間……」
人口の多さを銀時が歎けば、
「まさか旅行じゃねぇよな……」
「不吉」な言葉が十四郎の口をついて出ました。江戸だけでもたった二人を見付け出すには広大な
のに、遠出をしているなら捜索のしようがありません。一縷の望みに賭けて、近所の宿泊施設を
一軒ずつ調べていました。その最中、
「銀時、あれ!」
通り掛かった公園で十四郎は二人を発見しました。そこは日中、仲間達と花見をしていた場所。
しかし周囲に人影はなく、土方は自動販売機の上で、坂田は同じ販売機の商品取出し口に頭を
突っ込んで寝ています。
「何やってんの、コイツら」
元・怠け者の銀時すら呆れ返る二人の有様。「幸いなことに」悪い人間に襲われてはいないよう
ですが、特に土方は職業柄恨みを買いやすいというのに無用心過ぎます。
「起こしてやらなきゃな」
溜め息を吐きつつ十四郎は言いました。そうだなと答えて銀時は、
「一緒にいるなら好都合だよな」
と続けました。彼らは二人の「夢枕」に立つ目的で今ここにいるのです。基本的に天使と人間は
直接会話をすることができませんが、信心深い人間には稀に「お告げ」などとして天使の声が
聞こえるのです。そうでなくとも強い思いを持って天使が語りかければ、「閃き」などとして
通じるのです。それを人間が寝ている時に行えば、夢の中で天使の姿を見ることだって可能です。
まずは十四郎が坂田に語りかけました。
「起きろ。こんな所で寝たら風邪ひくぞ」
「んっ……」
坂田は何とか目を覚まし、自動販売機から抜け出しました。
「あれっ、土方くん……?」
ぼんやり上を見上げた坂田。なんだ夢かと呟いた彼は、土方に起こされたと思っていたようです。
天使の目論見は成功しました。夢の中で親切にして互いの印象を良くしようという作戦です。
容姿が似ているからこそできること。そして次は銀時が土方の夢枕に立つ番ですが……
「よいせっ!」
「んあ?」
その前に坂田が土方の足首を掴み、引きずり落としてしまいました。どしんと音を立て、土方は
地面に叩き付けられます。何やってんだバカ――銀時怒りの鉄槌は坂田の頭を素通りしました。
「いってぇ……」
「大丈夫?」
「あ?万事屋?」
「お前、この上にいたのか」
下で寝ていたら急に降ってきたなどと嘯く坂田。平気で嘘を吐く酷い人間だと銀時は憤慨しますが、
勿論そんな天使など見えない土方は素直に謝罪して立ち上がり、坂田へ手を差し延べました。
「どうも」
「いや」
その手を取って立ち上がった坂田は自分の着物の埃を払います。悪びれる素振りも見せない坂田の
様子に、銀時は大きく息を吐きました。
「コイツはダメだ。十四郎に相応しくない」
「そうか?」
「十四郎を落としたんだぞ!その上、嘘吐きだ」
「怪我を負わせたわけじゃねぇし、大抵の人間は嘘を吐くものだ」
「けど……」
十四郎は、銀時そっくりの人間が悪い人間だなどと思いたくはありませんでした。けれど坂田は
土方にぶつかられたせいで体が痛いと言い出したではありませんか。
「こりゃ帰るのは無理だな。……そこのホテルまで送ってって」
「……いいのか?」
「いいわけねーだろ!こんなヤツ置いて帰れ!」
「銀時っ!」
興奮して二人の会話に割って入った銀時でしたが、当然その声は土方にも坂田にも届きません。
二人は連れ立って近くのホテルへ入っていきました。
「人間の十四郎は親切だなァ」
「人間の銀時にだって何かわけがあるのかもしれないぞ」
銀時が土方を褒めれば十四郎も坂田のフォローをして……結論は「二人にもっと仲良くなって
ほしい」ということに変わりありません。天使達は二人が向かったホテルへ飛んで行きました。
そこは所謂ラブホテル。愛し合う人間達のための宿です。銀時は信じられない思いで十四郎に
確認しました。
「このホテル、だよな?」
「ああ」
「アイツら、付き合ってんの?」
「分からねぇ。だがここに入るってことは……」
十四郎もここが何かは分かっている模様です。どちらからともなく相手の手を取り、無言で視線を
交わして頷き合い、坂田銀時と土方十四郎の部屋を探すことにしました。このホテルにいるのは
確かなのです。一部屋ずつ見ていけばいい――と考えていましたが、廊下まで轟く二人の言い争う
声にすぐ居場所が分かりました。
十四郎と銀時は壁をすり抜けてその部屋に入ります。そこでは、全裸の坂田と土方がベッドに
座っていました。坂田は土方の股間を指差し睨みを利かせます。
「今更怖じ気付いてんじゃねーよ、このフニャチン野郎!」
その手を振り払い土方は反論しました。
「誰が怖じ気付くか!テメーのナニこそ無反応じゃねーか!」
「土方くんが下手くそだからですー」
「あ?それはこっちの台詞だボケ」
「っざけんな!銀さんが本気出したらお前なんかイチコロだ」
「ならヤってみろよ。まあ、俺にかかればテメーなんかイチコロだけどな」
喚きながらも抱き合い始めた人間達を見下ろして、天使達はやれやれと肩を竦めました。
「喧しいヤツらだな……発情期かコノヤロー」
「だがとりあえずこれで結ばれるだろ。良かったじゃねーか」
「すぐに喧嘩しそうだけどなー」
「その時は頼んだぞ、キューピッド」
「ハハッ……任せとけ!」
十四郎と銀時は来た時と同じように手を携えて天の国へ戻っていきます。
こうして天使達も人間達も、末永く幸せに暮らしましたとさ。
(14.04.20)
この後も人間の二人は、密かに天使達から見守られつつ仲良く喧嘩して過ごすと思います*^^*
ここまでお読み下さりありがとうございました。
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