中編
十四郎が上級天使となって一ヶ月、銀時は無事キューピッド研究所の一員となっていました。
天使長の計らいで同じ家に住むことになった彼ら。日中はそれぞれに仕事と学業で別行動ですが
楽しく暮らしています。
「おはようございます」
朝食を済ませた頃、十四郎の指導を受ける天使がこの家を訪れ来ました。
「おはようジミー」
「おはようございます」
銀時にジミーと呼ばれたのはもちろん退(さがる)という名の天使です。彼は医学を専門とする
中級天使ですが、無試験昇格を果たした十四郎を尊敬し、是非とも弟子にしてほしいと申し出たの
です。そんな器ではないと断る十四郎を「とりあえずやってみたら」と迎え入れたのは銀時。
「旦那は今日お休みですか?」
「今から」
「そうでしたか。いってらっしゃい」
階級こそ退の方が上なのですが、ここで働けるようになった恩と十四郎との付き合いの長さから
銀時に敬意を表し、退は銀時のことを「旦那」と呼んでいました。
「十四郎、早くぅ」
「はいはい……」
研究所へ出発するはずの銀時は玄関で留まり十四郎を急かします。十四郎は法医学の参考文献を
退に手渡しつつ銀時の正面に立ちました。
何が始まるのだろう……退は受け取った本を開きながらも彼らの動向を伺っています。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「痛っ!」
退は自分の爪先の上に本を落としてしまいました。なぜって、銀時と十四郎が唇同士をくっつけた
からです。人間達が愛する者にする行為であることは知っていますし、人間界へ下りた時に見た
こともあります。でもそれをここで見ることになるなんて……呆然と立ち尽くす退に銀時が解説を
始めました。
「今のは『いってきますのチュウ』っていうんだぞ」
「はあ……」
「特に強い愛情で結ばれた人間のカップルに見られる現象なんだ」
「そう、なんですか……」
「カップルらしくすれば人間のことがもっとよく分かるんじゃねェかと思って、十四郎に協力して
もらってんだ」
「へ、へぇ〜……」
何もしなくても充分カップルに見えると思った退でしたが、銀時の研究も彼らの関係も邪魔を
してはいけないと口を噤むのでした。
* * * * *
午後になりました。授業を終えた天使学校の生徒達が十四郎の家へやって来ます。天使長から
面倒を見るよう仰せ付かった、近所に住む見習い天使達です。
「こんにちは」
最初に来たのは新八という名前の天使です。彼がメガネをかけた天使であることは、言うまでも
ありませんね。
「こんにちはっス」
次に来たのは鉄之助。坊主頭でぽっちゃり体型、輝く瞳が印象的な天使です。
「こんにちはアル」
最後に神楽。十四郎の下で学ぶ天使達の中で唯一女性に近い姿の天使です。あくまで「近い」だけで
天使に性別はないのですけれど。
見習い天使は皆、学校内の寮で暮らしています。そんな彼らが外へ出られる機会は限られています
から、実際に活躍している天使の家を見るというだけでも貴重な経験です。それがあの有名な
無試験昇格天使と元惰天使が暮らす家ともなればなおのこと。彼らは同級生にも羨ましがられて
いました。
さて、今日彼らは初めて人間界へ行くことになっています。学校で借りた天使の杖を早く振って
みたくて、うずうずしているのが見て取れます。けれどむやみやたらに天使の力を使うわけには
いきません。逸る気持ちを抑え、雲のクッションに腰を下ろして十四郎先生の話を聞きます。
退もその様子を見ていました。
「学校で教わった通り、人間はとても数が多い。それに、誰かの幸せが誰かの不幸に繋がることも
ある。だから幸せにする人間は選ぶ必要がある。どんな人間を幸せにしたい?」
「私はご飯が食べられない人間を幸せにしたいネ。人間のご飯はとっても美味しそうだから、
食べられないのは可哀想アル」
神楽が言うと新八は、
「僕は、えっと……僕のようにメガネをかけた人間にしようかな」
と言いました。十四郎は彼らの発言に頷きながら鉄之助の言葉を待ちます。
「自分は、芽の出ない音楽家を幸せにしたいです。自分はいつか『天使の歌声』を届けられる
ようになりたいと思ってるっス。ここで一曲……」
鉄之助は立ち上がり、コホンと咳払いをして何処からかサングラスと帽子を取り出しました。
そしてHEY、YO、YOと体を揺らしながら歌い始めたのです。
「鉄之助くん、ここは音楽室じゃないから座って」
「オーケー、オーケー」
退に止められ、鉄之助は肩を竦めて座りました。静かになったところで十四郎が口を開きます。
「まず神楽の言った食事は生きるために欠かせないものだ。良い着眼点だと思うぞ」
「えへへ」
十四郎に褒められて神楽は嬉しそうにはにかみました。
「次は新八だな」
「はいっ」
自分は神楽のように立派な答えではなかった――緊張気味に新八は背筋を伸ばします。
「自分と似た所のある人間には親しみを持ちやすい。その感情は幸福を与える上で大切だ」
「ありがとうございます」
そこまで深く考えて言ったことではありませんでしたが、十四郎の言葉に新八も自信が沸いて
来ました。
「それから鉄、夢に向かい努力する人間を応援するのは良いことだぞ」
「はい。自分も歌天使になれるよう努力するっス」
また歌いだそうとする鉄之助を宥め、いよいよ人間界へ下りていきます。
十四郎を先頭に天国の門をくぐり、見習い天使達は初めて天の国を離れました。もちろん退も
同行します。
一行が降り立ったのはパリと呼ばれている都市。早速、メガネをかけた男性を見付けて十四郎は
新八に杖を振るよう促します。
「えっ、僕が最初ですか?呪文とかは?」
「気持ちを込めて振れば大丈夫だ」
「は、はいっ!」
お幸せにと叫びながら新八は人間に向けて杖を振りました。新八の杖の先からキラキラと光の帯が
伸びて人間まで伸びていきます。
「ふーっ……」
人間に幸せを届けた新八は額の汗を手の甲で拭いました。見習いの身で天使の力を使うのは
かなりの気力と体力が必要なのです。
それから神楽、鉄之助も一人ずつに幸せを与え、退と十四郎の技を見せてもらって、また皆で
そろって天の国へ戻るのでした。
* * * * *
「お帰りなさい」
「た、ただいま……」
家に帰った十四郎達を出迎えたのは仁王立ちの銀時でした。
「どうした銀時?」
「俺も人間界に行きたかったのに……」
研究員となって以来、銀時は人間界へ降りていません。自分達に似ている人間がどうしているのか
気になってはいるのですが、見に行くなら十四郎と一緒に行きたくて、予定が合うのを待って
いたのです。そして今日は比較的早く研究所から帰れる日なのに、十四郎は別の天使達と人間界に
行ってしまいました。それが十四郎の役目だということは分かっていますが、銀時としては面白く
ないのです。
しかし十四郎とて銀時の気持ちは理解しています。
「江戸には行ってないぞ」
「えっ!」
「これからお前と行こうと思ってたんだがな……」
「もう、それならそう言ってよー」
「すまんすまん」
仲直りをした銀時と十四郎は抱き合って「お帰りなさいのチュウ」をします。そろそろ帰った方が
いいな……退も見習い天使達もそっと帰って行きました。
(14.04.14)
後編は十四郎と銀時のラブラブ人間界デート(?)の模様をお送りします^^ アップまで暫くお待ち下さいませ。
追記:続きはこちら→★