幼馴染みと自分によく似た人間の殺伐とした「運命の出会い」にショックを受けつつも、彼らを
結ぶキューピッドになろうと決意した銀時。義務教育終了後、働きもせず暇を持て余していた
天使が遂に重い腰を上げたのです。同窓生の十四郎も、銀時に目標ができたことを嬉しく思いつつ
共に天の国へ帰っていきました。
愛の天使の日常
「えっとー……」
「た、ただいま」
戻った彼らを出迎えたのは大勢の天使達。顔馴染みから初めて会う天使まで、その数は百を超えて
います。十四郎と親しい勲が一歩、前へ進み出ました。上級天使に昇格したばかりの勲はゴリラの
ように逞しい体を持ち、あまり衣服を身に付けないことでも有名です。天使には生殖器がないとは
いえ、生まれたてならいざ知らず、成長してからも服を着ないというのは大変珍しいことです。
そんな彼ですが、今日は煌めく白い褌を締めていました。彼なりの正装でしょうか。
「すごいなトシ!」
「何のことだ?」
「本当におめでとう!」
勲の一声を皮切りに他の天使達からも拍手と喝采が起こります。十四郎は何が何だか分からず
銀時の方を見ましたが、銀時だって分かりません。何故だか祝賀モードに包まれる中、不服そうな
表情の天使がいました。その名は総悟。勲と同様、十四郎と親しい天使ではありますが彼は試練を
司る天使。人間を成長させるため敢えて苦難を与える天使です。それゆえか元からの性格なのか、
総悟は十四郎に対して度々厳しい発言をしていました。
「上手いことやりましたねィ」
「何のことだよ」
「直に分かりますぜ」
十四郎が事態を把握できていないことを分かっていながら教えてくれる気はないようです。
しかし総悟の言葉通り、間もなく十四郎は騒ぎの原因を知ることとなるのです。
「十四郎と銀時は戻ったか?」
集団の後ろから轟く声で、辺りは一気に静まり返りました。天使達の塊が二つに割れ、その間を
悠然と、十四郎達に向かって歩いてくる天使の声です。彼の名は片栗虎。天使達の長ですが、
サングラスをかけ白髪混じりの髪をオールバックにしたその出で立ちは、「下級悪魔が泣いて
逃げ出した」「衣の下は傷だらけ」など多くの噂を生んでいます。
「十四郎と銀時だな?」
「はい」
「誰このオッサン?魔王?」
「天使長様だ!」
これまで碌に天使の仕事をしてこなかった銀時は、片栗虎の顔を知らなかったようです。十四郎に
窘められ、渋々頭を下げました。顔は怖いけれど寛大な天使長。銀時の非礼を咎めることなく、
「人間を幸せにする気になったようだな」
と聞きました。それには自信を持って「はい」と答えた銀時。よし、と頷いて今度は十四郎に
向かいます。
「よくぞ銀時を導いてくれた。特別にお前の上級昇格を認めよう」
「えっ!?」
片栗虎が手を翳すと十四郎は眩い光に包まれました。瞬く間に十四郎の背中の羽は大きくなり、
衣は輝きを増し、膝までだった裾もふくらはぎ辺りまでふわりと広がります。天使の衣は能力の
バロメーター。上位の天使ほど、美しい布をたくさん使用できるようになるのです。天使長である
片栗虎は顔と手以外は衣を纏っていますし、銀時は膝上丈でワンショルダー。昇級した十四郎も
まだ袖はありません。相応の服を着ることで、自身の能力を存分に発揮できるのです。
尤も、勲のように脱げば力の出る例外もいるのですけれど。
十四郎の昇級を目にした瞬間、周りからはどっと歓声が上がりました。それもそのはず。試験を
受けず昇格することなど長い長い天の国の歴史の中でも初めてのことなのです。銀時にやる気を
出させた十四郎の功績はそれ程までに大きく、言いかえれば、仕事嫌いな天使の存在がそれ程
までに希少だったのです。
他の天使達から祝福や羨望の言葉を受けても、十四郎は困惑していました。昇格試験の受験資格は
とうに得ていましたし、受ければ合格する自信もあり、上級天使になるのが時期尚早とは思って
いません。けれど、銀時との差が開いてしまえば共に過ごす時間も減ってしまいます。それが嫌で
受験を見送り続けていたのですから。
「あの、俺はまだ中級のままで……」
「何を言っている。お前は上級としても立派にやっていける。是非、後進の育成に尽力してくれ」
「それは……」
恐れていたことが起こってしまいました。もう既に十四郎の上級天使としての役割が決まっていた
のです。見習い天使を指導するなら学校の近く、下級天使を指導するなら担当する天使の居住地に
住まなくてはなりません。未熟な天使が慣れ親しんだ場所で学べるよう、上位の天使が転居する
決まりになっているのです。
「お前にはキューピッド地区で生活してもらう」
「えっ!」
片栗虎が示した十四郎の次の住居は、愛の天使が住む地域でした。天使長は全てお見通しなのです。
「銀時が恋愛感情に関心を持ったのは十四郎の存在が大きい。十四郎も銀時の傍にいられるなら
昇級を拒まない。……そうだな?」
「……はい」
「よろしい。先ずは銀時の受験勉強を見てやってくれ」
「分かりました」
キューピッドになるには専門の研究所に通わなくてはなりません。そのためには入所試験に
合格する必要があるのです。義務教育を終えて以降、勉強とは縁遠い銀時の面倒を見ることが、
十四郎の昇級後初めての役目となりました。
天使達は神様から生を受けると、「天使園」と呼ばれる場所で集団生活をしながら、身の回りの
ことができるよう教育を受けます。その後は「天使学校」へ進み、ここでも集団で生活しながら
自分達の使命について学ぶのです。この「園」と「学校」の義務教育を卒業すると下級天使となり
人間に幸せを与えられるようになります。ここからそれぞれに住まいが割り当てられ、個々の興味
関心に応じて自由に活動することができるようになるのです。
人間界へ下りて経験を積む者もいれば、研究所へ通いより深い知識を身に付ける者もいます。
そして、一定の経験と知識があれば昇級試験を受けることができ、中級天使、上級天使となる
こともできますし、総悟の「試練の天使」、銀時の目指す「愛の天使」のように、一つの分野に
特化した専門家になることもできるのです。
ちなみに銀時と十四郎は同じ時期に義務教育を終え、隣同士の家で暮らしています。
下級天使の銀時は専ら雲の隙間から人間界を眺めて過ごし、十四郎は人間に幸福を振り撒きながら
法律の研究もして中級天使となっていたのです。
片栗虎天使長は続けます。
「その他の仕事は追い追い説明するから頑張れよ」
「はい」
「俺も頑張ります!」
怠け者で‘惰‘天使などと密かに呼ばれる銀時が――周囲をざわめかせる発言も、十四郎だけは
感激していました。
「お前はきっと立派なキューピッドになれる!」
「十四郎先生の最初の教え子だもんね」
「そんなんじゃねーよ。俺は銀時が力を出せるようサポートするだけだ」
「十四郎の応援があれば何でもやれそう」
「銀時……」
「十四郎……」
手を取り見詰め合う銀時と十四郎。聞きしに勝る互いの結び付きを目の当たりにして、片栗虎は
成功を確信します。労働の嫌いな天使がいると聞いた時には、神様が何故そんな「失敗作」を
誕生させたのかと不思議に思ったものでした。しかしそこはやはり神の御業。銀時にだって
きちんと天使の自覚が芽生えたのです。
こうして十四郎と銀時は、共に過ごしながら各々の職務に邁進することとなりました。
(14.04.10)
拍手から「天使の日常」の続きが読みたいというコメントをいただきまして、予定になかった続きを書くことにしました。
小説の中に出てくる天使の階級や種類は、特定の宗教とは関わりありません。話の展開に合わせて管理人が創造したものになります。
キューピッドは天使というか神様ですしね。 後編では原作の二人も出てくる予定です。アップまで少々お待ち下さいませ。
追記:前中後編になりました。中編はこちら→★