<七>
冬休みに入ると、十四郎は約束通り本格的に学習ボランティアを始めた。基本は午前十時から
午後三時まで、他のアルバイトがなければ夜七時まで。学習教室が休みの大晦日と三箇日を除いて
毎日入ることになる。
「新しいお兄さんを紹介します。土方十四郎くんです」
初日、吉田は十四郎を生徒達にこう紹介した。ここでは「先生」ではなく「お兄さん」「お姉さん」と
呼んでいるらしい。勉強以外の目的で来てもよく、教わるかどうかは生徒の方が決めるから。
「お兄さんは彼女いるの?」
「いや」
初めに話し掛けてきたのは小学校高学年くらいの双子の女児。名前は阿音と百音。
「阿音ちゃん、本当はいるのに隠してるのよ」
「いや、本当にいなくて……」
「うっそー。お兄さんカッコイイから絶対彼女いるって」
「髪は長い?短い?」
「だから……」
「じゃあ長いのと短いの、どっちが好き?」
「似合ってりゃどっちでもいいんじゃねーか」
「じゃあ銀髪と天パは?」
「あ?」
女の子と同じノリで問題集片手に銀時がやって来た。十四郎の両脇は阿音と百音に固められている
ため、向かいにイスを置いて座る。
「ねぇねぇ、銀髪と天パどっちが好き?」
「どうでもいい」
「え?どっちも良い?照れるなァ」
「ンなこと言ってねぇよ。で、どの問題だ?」
「ここなんだけど……」
勉強の邪魔をしてはいけないと少女達は静かになった。新人をからかうのも一段落したことだし、
仕方ないから自分達も宿題をやろうとノートを広げるのだった。
「なあ、年末年始は帰省すんの?」
学習教室の帰り道、銀時は隣を歩く十四郎に尋ねた。二人とも自転車を押して並んで歩いている。
「帰省、つっても一応都内だからな……ちょっと顔出すくらいだな。バイトもあるし」
「じゃあ分かんない所あったら十四郎ん家に行っていい?」
「あ、ああ」
銀時のことを思い、夜な夜な自己処理している場所へ本人を招き入れるのには抵抗があるものの、
追い込み期の受験生を見捨てるわけにもいかず了承した。
銀時が同棲の下見のつもりだとも知らずに。
* * * * *
二月。大学が春休みになると受験生はいよいよ本番。十四郎は自分の時以上にソワソワと
落ち着かない日々を過ごしていた。
ここ一ヶ月、銀時と会っていない。否、毎朝挨拶は交わしている。しかし年末年始に互いの家を
行き来して勉強して以来、連絡が途絶えてしまったのだ。学習教室には参加しているようだが
十四郎のいる日には来ていない。
もしや下心が露見したのではと危惧したものの、毎朝の様子からそれは感じ取れなかった。模試の
結果は上々であったし、己に頼らずとも勉強に支障がないのならそれで良い。
良いのだが、こんなに早く「終わり」が訪れるとは予想外で、整理のつかぬ感情を持て余していた。
いっそのこと、告白してきっぱりフラれた方がスッキリするだろうか。だがそれも当然、銀時の
受験が終わってから。それまではこの状態で耐えるしかないと分かっていた。こんなことで銀時の
邪魔をするわけにはいかないのだから。
結局のところ、銀時からの連絡を待つ他に出来ることなどない。試験が終われば、結果が出れば、
何か言ってくるはずだと、十四郎は待つことにした。
* * * * *
そうして待つこと一月半。三月も終盤を迎えた桜の季節の始まり。久方ぶりに銀時は十四郎へ
「おはよう」以外の言葉を掛けた。
「今夜、空いてる?」
「九時まで家庭教師のバイトだがその後なら」
「じゃあ十時にここで待ってる」
「ああ」
ここは毎朝十四郎が休憩場所にしている公園。約束を取り付けると銀時はさっさと自転車に
跨がり行ってしまった。
今夜十時――十四郎は自らの思いを告げるシミュレーションを開始する。と同時に、銀時と離れる
心の準備も。
午後九時四十五分。十四郎は待ち合わせ場所の入口に到着した。駅から走ってきたせいで呼吸が
荒い。だが胸の高鳴りはそれだけが原因ではない。体の横で拳を握り、その一歩を踏み出した。
然程広くもない公園は、入口から全体が見渡せる。正面には七分咲き程のソメイヨシノが三本
植えられており、その下に目的の人物は佇んでいた。淡い色の花びらは、近くの艶やかなネオンに
照らされて容易に元の色を失う。白かクリームか薄桃色か……同じく淡い色を纏う銀髪の男も
煌びやかな光に溶けて消えてしまいそうで、十四郎は足早にそこへ向かった。
「ぎんと――」
「うわっ!」
びゅうと風が吹き抜けて、舞い散る色は桜色。銀時のパーカーも同じ色をしていた。
「サクラチル、なんて縁起の悪ぃ風だな」
「お前……」
「受かったよ。昨日、発表だった」
よろしく十四郎先輩と笑う銀時は、もう確りと己の色を身に付けている。
「前期で落ちた時はマジでへこんだけどな……何とか後期に滑り込めた」
「後期の方が倍率高ェし、合格者の数も少ねェだろ?良かったな。おめでとう」
「ありがとう。十四郎先生のおかげだね」
「お前の実力じゃねーか。……吉田先生には報告したのか?」
「うん」
早く切り出そうと思いつつも口からは話を引き延ばす台詞が出ていた。我ながら往生際が悪い。
だが銀時の笑顔を少しでも長く留めておきたかった。
「先生は前期落ちたことも知ってたから昨日電話かかってきて……十四郎には俺から伝えるって
口止めしといたんだ」
「そうか。本当におめでとう」
「ありがとう」
「…………」
「…………」
また風が吹き、二人の間を桜色が舞う。
「「あのっ」」
ほぼ同時に言いかけて沈黙。十四郎が先を促せば銀時も十四郎へ譲る。だが自分の話をすれば
最後、二度と口を聞けなくなると信じている十四郎はとにかく銀時が先だと言い張った。
「ではお言葉に甘えて……実を言うと、わざわざ呼び出したのはこっちがメインというか……」
「!?」
十四郎の両手を両手で包み、銀時は叫ぶ。
「好きです!付き合って下さい!」
かっと目を見開き、十四郎はフリーズした。
銀時は何と言った?好き?付き合ってくれ?……それはこの後自分が言うはずの台詞ではないか?
イメージトレーニングのし過ぎで銀時の言葉までそう聞こえてしまったのか?
いや違う。
付き合ってほしいなどと言う予定はなかった。付き合えるはずもないからだ。ただ好きだと言って
友達のフリをしていて悪かったと詫びて去る計画だった。では何故今、付き合ってくれなどと
聞こえたのか……
「あ、あのー……十四郎くん?」
「いっ今、つつ付き合ってくれと、聞こえたんだが……」
「そう言ったんですけど?」
これまでの態度から十四郎の気持ちを確信している銀時。握る手に力を込めて、もう一度「好き
です。付き合って下さい」と繰り返した。
「……冗談だろ?」
「わざわざ呼び出して男に嘘告白?そんな悪趣味じゃねーよ」
十四郎にも漸く銀時の思いが伝わる。そうだったのか。コイツの言うように俺達は運命の――
「充分悪趣味じゃねーか」
「え?」
「俺なんかの何処がいいんだよ……」
「そりゃもう、頭のてっぺんから爪先まで全部!」
「悪趣味」
フッと笑った十四郎の手が銀時の手を弾き、次いで銀時の背に回った。銀時も目を閉じて
十四郎の背中に手を添える。
「俺も、お前が好きだ」
「フフッ……十四郎も悪趣味だね」
「お前ほどじゃねーよ」
「いやいや十四郎の方が……」
三度目の風で散る花びらは二人の間を抜けることができなかった。
(14.05.20)
やっとくっ付きました!次回、初エッチで最終回の予定です^^
追記:予定を変更して二話に渡って初エッチです。こちらからどうぞ→★