<二>
結局、午前零時の閉店時間までマヨネーズを堪能した十四郎。片付けを免除された銀時と西郷らと
共に店を出た。
「ごちそうさまでした」
「いいのよ。今度ウチにもいらっしゃいな」
「サービスするわよ」
「……考えておきます」
西郷達の誘いには社交辞令で返して、十四郎は彼女らと反対方向へ歩いていく。銀時も常連客へ
また来てくれよと告げて十四郎の後に続いた。
眠らない街は日付変更程度じゃ静まらない。寧ろこれからが本番とばかりに盛り上がる大人達を
尻目に、未成年二人は繁華街を抜けていた。
「今日は本当にありがとう」
「いや……」
十四郎とすれば礼を言われるようなことは何もしていない。ただ行っただけ。飲食代も西郷が
払ってくれた。一応、銀時の誕生日を祝いに行ったというのに……
「あ!」
「どうした?」
そういえばプレゼントを用意していたと十四郎は思い出す。色々と衝撃的なことがありすぎて
忘れていた。バイト先の最寄り駅で偶々見かけて買ったもの。もっと高価なものを沢山もらって
いたようだが、嵩張るものではないし渡してもいいだろうか。
「お前、甘いモン食えるか?」
「フッ……糖分王とは俺のことさベイビー」
前髪を横に流して気障ったらしく笑う銀時に「そうか」とだけ返して、十四郎は肩掛け鞄の中から
手の平サイズの白い紙袋を取り出した。
「誕生日おめでとう」
「マジでか!」
両手でそれを受け取った銀時は小躍りしそうな勢いで包みを開ける。
「金平糖?」
「お前っぽいと思って……」
「誰の頭が金平糖だコラ!」
「頭なんて言ってねーよ」
自覚があるからそんな言葉が出るのだと笑われては言い返すこともできない。それならば、
「お茶していかない?」
二十四時間営業のファミレスに誘ってみた。
「新聞配達は休みか?」
「いいや」
いつもは店の後片付けを終えてからのんびり歩いて販売店へ行っている。今夜は片付けがない分
時間があるのだと説明すれば、相槌を打ちつつ足はファミレスに向かった。
「ナンバー3って聞いたが、それでもバイト掛け持ちしなきゃキツイのか?」
「いや……辞めるタイミングを逃したというか……」
高校時代から続けてきた新聞配達。配達先の住民ともすっかり打ち解けて、もはや仕事というより
日課の散歩に近い感覚だった。
「そういえばお前……」
「いらっしゃいませぇ」
「あ……」
レストランに着いて一旦会話は打ち切り。
ソファー席を十四郎に譲り向かいの椅子に腰掛けて、銀時はドリンクバーを二人分注文した。
眠気覚ましにまずはコーヒーとカップを取り、銀時はカフェオレとスティックシュガー三本を
手にする。糖分王と名乗るだけはあるなと十四郎は「アメリカン」のボタンを押した。
「……砂糖とミルクは?」
「いらねぇ」
持って来た砂糖を全て投入しカフェオレを一口。まだ苦いと席を立った銀時は、眉一つ動かさず
ブラックコーヒーを飲む十四郎を信じられないといった表情で見遣る。マヨネーズ寿司といい、
食の好みは合いそうもないな……
「……で、俺がどうしたって?」
更に二本の砂糖を加えて漸く満足した銀時は、ここへ来る前の話題を持ち出した。自分に興味を
持ってくれたことが嬉しくて、自然に口元が緩んでしまう。
「大学行くために金貯めてるんだってな」
「あー……」
十四郎が退屈しないようにと同じテーブルにしたのが失敗だった。お喋りなオカマめ――脳裏に
浮かべた西郷に凄んではみたものの、睨み返されて撃沈。
「……何処まで聞いた?」
「施設育ちってことと、大学目指してること。あと、学費出すって客もいるのに断ったとか……」
「施設も大学も嘘だから」
「は?」
「そう言えば指名増えるかと思って。……客には内緒な」
「…………」
銀時の真意を読み取ろうと十四郎はじっと前を見詰めた。確かに、訳ありホストを応援したいと
考える客もいるだろう。だが十四郎には目の前の男がそんな浅い嘘を吐く人間には思えなかった。
また、それが銀時の作戦なのだとしたら、何故自分を誘う時には使わなかったのか。言えばもっと
マシなプレゼントをもらえたかもしれないというのに。
そもそも、大学進学なんて目標を掲げたら一年以内に必ずボロが出るではないか。
やはり「嘘」というのが嘘だと結論付けた十四郎。次に考察すべきは何故嘘を吐いたのかであるが、
そこは自身の経験と照らし合わせれば容易く仮説を導き出せる。
「俺は、施設に何年かいたことがある」
「えっ!」
おそらく銀時は同情されたくないのだろう。収入に繋がる客ならまだしも、近所に住む同い年の
自分に対しては。ならばそれがいらぬ心配だと示してやればいい。
母子家庭で育ったこと、母の死後、養護施設で生活したこと、腹違いの兄夫婦に引き取られたこと、
後から知った父のこと――淡々と語る十四郎に、銀時は目を丸くしていた。
「そういうわけで、お前も似たようなもんなのかと思ったが……そうか、嘘だったのか」
「あー……えっとー……その……」
――ごめん。前言を撤回して、銀時は身の上話を始めた。
「生まれてすぐ、捨てられたらしい。親は未だに不明。名前は施設の人が付けてくれた」
「そうか」
カップのカフェオレを飲み終えて席を立った銀時に続き、十四郎も少し前に空いていたカップを
手にドリンクコーナーへ。ブレンドとエスプレッソで迷った挙げ句、カフェオレを選択。
大量のスティックシュガーとミルクポーションとアメリカンを持って、銀時は先に戻っていた。
一口飲んで顔を顰め、砂糖を投入している最中に十四郎が戻ってくる。スティックシュガーの端を
ちぎりながら銀時は続ける。
「まだ施設にいていいって言われたんだけどな、ほら、空き待ちがいるだろ?」
「みたいだな」
この辺りの養護施設はどこも満員に近い状態で、それを知った銀時は自分より幼い子どものため、
高校卒業と同時に自立を決意したのだという。
「まあ、ホストに誘われたからってのもあるけどね。あのケツあごメガネ」
「新八、だったか?」
「そうそう」
今日ヘルプに付いた新八とは高校時代、新聞配達中に知り合った。愛想のよさと弁が立つのを
見込まれて、卒業したらうちの店に来ないかと誘いを受けたのだ。
だが銀時には教師になるという夢があった。施設職員以外で初めて、銀時を特別扱いしなかった
人が中学三年の時の担任教諭――吉田松陽――だったから。
「他の大人達は大抵『可哀相な子』って見るんだよ。それで優しくされんのが嫌ってわけじゃ
ねぇけど、なんかちょっとな……。でも、吉田先生は完全に平等だった」
その気持ちは十四郎にも理解できた。あからさまに差別をする大人は滅多にいないものの、
腫れ物に触るような区別も心地好くはない。
自分もそんな大人になりたい。だから教師になるべく大学へ行きたいのだと銀時は言った。
「新聞配達のバイト代でアパートは借りられたんだけど学費まではね……」
「奨学金は?」
「いつか返すなら借りずに済ませてぇし」
「返さなくていいのもあるぞ」
自分はそれを受けて大学に通っているのだと教えてやれば、うむむと銀時は眉間に皺を寄せる。
「それって、特待生的なあれだろ?」
「まあ……」
自分の学力では普通に受かるのもやっとなのだと告げると、小声で「すまん」と返された。
「どこの大学狙ってんだ?」
「銀魂大。先生の母校」
聞こえたのは自分が今まさに通っている大学で、それを告げると銀時は目を煌めかせて「運命の
出会い」だと喜びだす。大袈裟なヤツだと笑う十四郎も悪い気はしなかった。
「学部は?」
「……教育」
「すっげぇ!マジ運命じゃね?ちなみに教科は?」
「数学」
「そこは流石に違うか〜……俺は国語」
だが俄然やる気が出てきたと銀時はコーヒーを一気飲み。よろしく先輩とおどけて見せた。
まあ頑張れよと十四郎もカップを空にして、二人同時に立ち上がる。
それから銀時の出勤時刻までの間、二人の会話が尽きることはなかった。
(14.03.13)
前話アップから十日以上空いてしまった……すみません^^; これで二人の設定紹介が終わったので、次からラブラブ一直線!だといいな。
続きはまた暫くお待ち下さいませ。
追記:続きはこちら→★