後編


翌朝。いつものように土方と下駄箱で会った。
待ち合わせなんかしなくても、俺達は自然と同じ時間に登校するようになっている。

「土方、おはよー」
「おはよう」
「あのさ、今度の「なあ十四郎、図書室ってどこだ?授業始まる前にちょっとだけ寄りてェんだ」

次のデートの約束をしようとしたら、高杉が俺と土方との間に割って入って来た。やっぱりコイツ…

「坂田、悪ィ。先に行っててくれ」
「う、うん」
「じゃあ後でな。…晋助、行くぞ」
「ああ」

高杉はまたあの憎たらしい笑みを浮かべ、そしてわざと俺に聞こえるように言った。

「十四郎、昨日は楽しかったな」
「!!」

土方は図書館に向かって歩き出していたため、その発言を俺に聞かれたとは気付いていないようだ。
高杉に向かって「そうだな」とか言ってる。
どういうことだ?昨日、土方は俺とのデートを中止して高杉と会ってた?土方の言ってた用って高杉と会うこと?
違うよな?そんなんじゃないよな?


でも、その後高杉と共に教室に入って来た土方は明らかに様子がおかしかった。何か思い詰めているような…
あの野郎…俺の土方に何しやがった!
土方に声を掛けたかったけど、担任が来てしまったので仕方なく俺は席に着いた。

その日はなぜだか高杉の野郎も土方に話し掛けず、大人しく授業を受けていた。


*  *  *  *  *


休み時間中もなかなかタイミングが合わず、結局俺が土方と話せたのは昼休みになってからだった。
いつものように屋上に出て隣り合って座ったところで、朝からずっと気になっていたことを聞いてみる。

「土方、具合でも悪いの?」
「えっ?別に…」
「でもさ、なんか元気ないじゃん」
「………」
「俺、土方の力になりたいんだ。何でも話してよ」
「坂田…」

土方は俯いて、足の上に置いていた拳をぎゅっと握った。

「俺と…別れてくれっ」
「えっ…」

一瞬、何を言われてるのか理解できなかった。俺と、ワカレテ?分かれて?別れて!?

「…何で?俺、何か気に障ることした?」
「………」

土方は首を横に振る。

「高杉か?」
「―!?」

土方の体がビクッと震えた。やっぱり…アイツが土方に何かしたんだ!
俺は土方の肩を掴んで無理矢理視線を合わせる。

「朝…図書館行くって言った時だよな?玄関で会った時には普通だったのに、教室に来た土方は何か変だった」
「ちがっ…晋助は、関係ねェ…」
「関係あるだろ!?それに、昨日もアイツと会ってたんだろ!?」
「な、で…それを…」
「何ででもいいだろ!言えよ!高杉と何があった!?」
「………」
「土方!」

土方は斜め下に視線をずらし、震える唇をゆっくりと開いた。

「す…すきだと、言われた…」
「…だから?」

高杉が土方を好きなことくらい、転校初日の態度を見れば明らかだ。…土方は気付いてなかったんだろうけど。

「好きだって言われて、それで土方はアイツと付き合いてェの?昔からずっと好きだったの?」
「違うっ!俺は、坂田のことが…」
「じゃあいいじゃん!土方は俺のことが好きで俺も土方が好き…だったら別れる理由なんてないだろ!」
「ダメなんだ…」
「何で!?」
「晋助と付き合うつもりはない。でも…俺だけが幸せになるわけにはいかないんだ…」
「意味分かんねェよ!何で土方が幸せになっちゃいけないんだよ!高杉は高杉、土方は土方だろ!?」
「俺はっ…アイツの左目を奪ったんだ…」
「えっ?」
「だからっ…晋助のために、俺ができることはしてやりたい。…しなきゃいけないんだ。坂田…今までありがとう」
「ちょっ…」

土方は渾身の力で俺を振り払い、走って屋上から降りていった。
すぐに追いかければ掴まえることはできたと思う。でも、初めて見た土方の悲痛な泣き顔に体が動かなかった。


その日、土方はそのまま家に帰ったらしく、暫くして大学生の姉さんが土方の荷物を取りに来た。
そして次の日も次の日も土方は学校に来なかった。
更にその次の日、漸く登校してきた土方は俺と一切口を聞いてくれなかった。



*  *  *  *  *



俺と土方が話さなくなってから一週間以上経過した。…俺はまだ、別れることに同意したわけじゃねェ。
今はちょっと会話がないだけで、俺達は恋人同士だ。教室で会っても土方は俺と目を合わそうとしないし
昼メシも別々に食ってるし、今日は付き合ってちょうど一年の記念日なのに会う予定もないけど…
だけど、俺達は恋人同士だ!

家に一人でいるとどんどん暗くなっていきそうだったから、俺は外へ出ることにした。
…けれどすぐに後悔した。外には土方との思い出の場所がいっぱいだ。初めてのデートで行った映画館、
初めてキスした公園、会話がなくなる直前に行く約束をしていたカラオケ…えっ?
カラオケ店の入口にいたのは土方と高杉。高杉の腕が土方の腰に回っている。
俺は咄嗟にビルの陰に身を隠した。二人は俺に気付くことなく店内に入っていった。


俺はワケも分からず走った。
走って走って、川原まで来たところで土手の草の上に寝転がった。
全力疾走したせいで息が苦しい。でも、それ以上に胸が苦しい。

土方は高杉と付き合ってんのか?高杉と付き合う気はないって言ったのはウソだったのか?
それとも心変わりしたのか?今は高杉のことが好きなのか?……今日は交際一年の記念日だって覚えてるか?
分かんねェ…土方が何考えてんのか分かんねェよ…。

裏切られた気持ちでいっぱいなのに、それでも土方のことは嫌いになれなかった。



その夜、どうしても土方と話がしたくて俺は土方の家を訪ねた。…電話してもメールしても返事がなかったから。

呼び鈴を押すと土方のお母さんが出てきた。

「あら坂田くん…」
「夜分にすいません。あの、十四郎くんいますか?携帯に電話したんですけど繋がらなくて…」
「ごめんねぇ…十四郎、今日はお友達のところに行ってて帰って来ないのよ」
「友達?もしかして…高杉?」
「そうよー。よく分かったわね。やっぱりクラスでも十四郎と晋ちゃんって仲良いの?」
「まあ…」

どう見ても高杉は「晋ちゃん」なんてガラじゃねェが、土方の幼馴染だから小さい頃の高杉も知ってんだろうな。
ていうか戻って来ないって、泊まり?高杉ん家に?俺ん家に来たことはあっても泊まったことなんてないのに…

「坂田くん?」
「あ、あー…別に急ぎじゃないんで、いないなら学校で会った時に話します」
「そう?十四郎には坂田くんが来たって伝えておくわね」
「あっ別にいいです。本当に、大した用じゃないんで…それじゃあ」

それから、どこをどう歩いたか全く記憶にない。
気付いたら自分の部屋のベッドの上で、服のまま布団も掛けずに寝ていた。



*  *  *  *  *



「高杉、ちょっとツラ貸せ」
「………」

ある日の放課後、土方が部活に行ったのを見計らって俺は高杉に声を掛けた。
怪訝な顔をしながらも高杉は黙って俺の後を付いてきた。俺達は校舎の裏手にやって来る。

「俺に何か用か?」
「お前のその左目のこと、教えろ」

土方が急に別れを切り出した理由、それは高杉との過去にあると見て間違いない。「高杉の左目を奪った」と
言っていたけれど、それがどういうことなのか分からない。土方と話せない今、もう一人の当事者である高杉に
事情を聞くしかない。俺は、そういう結論に至った。

「は?何でテメーなんかに…」
「お前、ちょっと前に土方に告ったんだってな」
「…十四郎に聞いたのか?」
「そうだ」
「で?テメーのモンだから手を出すなとでも言いてェのか?好きだって言うくらい自由だろ?」
「そのせいで土方は俺と別れると言った」
「あ?」

高杉は眉間に皺を寄せて俺を睨み付ける。

「んなワケねーだろ…。言いたかねェが…十四郎は、お前がいるから俺とは付き合えないって言ったんだぞ」
「でも土方は俺と別れるって言ったんだ。テメーをフって、自分だけが幸せになるわけにはいかないって…
左目を奪った自分は、お前のためにできる限りのことをしなきゃなんねェって…」
「アイツ、まだそのこと気にしてたのか…。
どーりで、彼氏持ちのくせして俺の誘いにホイホイ乗ってくると思ったぜ…」
「土方を尻軽みたいに言うな!」
「そういう意味じゃねェ。けどマジか…アイツは罪滅ぼしで俺といんのかよ…チッ」

高杉は明らかに「おもしろくない」といった表情を浮かべた。

「おい、俺はテメーの左目が…」
「教えてやるよ。…もう十年以上前の話だ。俺達は公園で遊んでて、二人同時に遊具から落下した。
十四郎は腕の捻挫で済んだが、俺は打ち所が悪くてな…」
「それで、左目を?」
「ああ…。俺の左目が見えなくなったと知った十四郎は、一生俺の傍にいて俺の左目の代わりになると言った。
もちろん俺は断わった。これは十四郎のせいじゃねェ。一緒に遊んでて二人とも落ちて十四郎だって怪我をした。
偶々俺の方が重傷だったってだけで十四郎が責任を感じる必要はねェ。…そう思うだろ?」
「あ、ああ…」
「それに俺ァ、その頃から十四郎に惚れてたからな。そんな気持ちで一緒にいてもらいたいワケじゃなかった」
「………」
「俺が断わったことで十四郎はその話を出さなくなったし、それからも普通にダチとして過ごせてたから
十四郎も分かってくれたと思ってたんだがな…そうか、アイツはずっとそんなことを…」

寂しそうな顔をした高杉に、何と声を掛けたらいいのか分からなかった。高杉は本気で土方のことが好きなんだ。
そんな相手が同情や責任感で共に過ごしているんだと知ったら…俺だって本気で好きだから分かる。
それは、フられるよりも辛い…。そんなことを考えていると高杉が俺に向かって言った。

「お前は…十四郎と縒りを戻したいのか?」
「…戻すもなにも、俺と土方は別れてないから」
「十四郎は別れると言ったんだろ?」
「でも俺は了承してねェ!」
「ククッ…お前、相当めでたいヤツだな。いや、別れたことを認めたくねェだけか?」
「だから別れてねェって!」
「分かった分かった…。じゃあ、別れた気になってる十四郎に縒りを戻せと言ってやるよ」
「はぁ?」
「十四郎は俺の言うことなら聞くだろ…」
「高杉…お前って結構いいヤツなんだな!」

俺がバシバシと高杉の肩を叩くと、高杉は俺の手を迷惑そうに跳ね退けた。

「ふざけるな。別に十四郎のことを諦めたわけじゃねェよ。ただ、テメーはそんくらいのハンデがなきゃ
俺と対等に争えなそうだからな」
「土方は渡さねェよ」
「こっちは十年以上キャリアがあんだ…そう簡単に負けるかよ」
「でも俺達、もうキスは何度もしたし、エッチだってあと一歩のところまで…」
「はぁ?まだヤってねェのかよ…。お前ら、いつから付き合ってんだ?」
「去年の秋…」
「おいおい、一年も付き合っててヤってねェって…マジで敵じゃねーな、お前」
「何言ってんだ!土方を大事にしてんの、俺は!」
「つーか、テメーがビビってるだけじゃねーのか?童貞だろ、お前」
「ちちち違ェよ…。おおお俺は土方を大事にしてるって言ってんだろ!」
「その様子じゃ、十四郎のバージンは俺のモンだな」
「ふざけんな!初めてどころか、二回目も三回目も十回目も百回目も俺のモンだー!」
「ククッ…童貞は一生妄想してろ」
「違うって言ってんだr…あっ、逃げんなコノヤロー!」

高杉は勝手に話を切り上げて行ってしまった。



その日の夜、土方から電話が来た。

『あ、あの、坂田…その…えっと…』

土方はなかなか話を切り出せないようだ。俺と高杉が話したことなんて知らないだろうから
俺と話すのが気まずいんだろうな。

「土方…明日の昼メシ、いつものところで食おうな」
『あ、ああ…』
「じゃあ、また明日な」
『あ、ああ…』



次の日、朝一で土方は俺に「ごめん」と謝った。でも俺は何のことか分からないフリをして、今まで通りに接した。
だって俺達、別れてたわけじゃねェんだ。ちょっと話さない期間があっただけで…。だから謝る必要なんてない。

これからも色々なことがあると思う。でも、俺は絶対土方と別れないから安心しろよ。


(10.09.24)


すいません。最初に謝っておきます。リベンジなりませんでした(笑) ギャグ要素抜きで高杉くんを書いたら、ただのいい人になってしまった^^; それから、高杉くんと土方くんを

勝手に九ちゃんとお妙さんみたいな関係にしてすみません。坂田くんは自分と無関係のことを理由として別れを宣告され、高杉くんは義務感で自分と一緒にいたんだと知り

結局、土方くんのマイナス思考に二人は振り回された形になります。土方くんはもちろん、坂田くんのことも高杉くんのことも大好きですよ。…高杉くんは友達としてですが(笑)

本編は坂田くん視点で進んでいたため、おまけに土方くんと高杉くんの話を付けます。図書館に向かった後の二人と、坂田くんに電話をする前の二人です。