後編


十四郎くんが銀時くんの家に行くと約束してから二回目の日曜日。遂にその日がやってきました。
招く側の銀時くんは朝から準備に大忙し……と思いきや、まだぐっすり眠っています。というのも
昨日の夜、わくわくドキドキでなかなか眠れなかったのです。
お布団に入って目をつぶり、五分もすると「もう、あさ?」と目を開ける――こんなことを
繰り返し、銀時くんが寝付いたのは待望の「日曜日」になってから。
十四郎くんが来るのは二時ですから、お父さんはゆっくり寝かせてあげることにしました。
そのついでに、久しぶりの静かな朝を満喫しながら。

お砂糖たっぷりのカフェオレ片手に新聞をめくる。大臣の失言に年金の減額、遠い異国の戦争――
気の滅入るような見出しが目に付いても、銀時くんのお父さんは穏やかな心地でした。



昼近くなって、お父さんはそろそろ銀時くんを起こさないといけないと思いました。
枕を蹴飛ばした姿勢で眠っている銀時くんの体を揺すって名前を呼びます。

「銀時ぃー」
「ねむい〜……」
「起きろー」
「ん〜…………あさっ!?」

あまり寝起きのよくない銀時くんでしたが、今日は特別な日だと思い出しました。ボサボサの髪を
振り乱して朝かと聞く銀時くん。お父さんは少しからかってみたくなりました。

「いっぱい寝たなー。もう夜だぞ」
「ええっ!」
「十四郎くんは、お父さんが一緒に遊んでおいたからな」
「だーめェェェェェ!!」

銀時くんは泣きながらお父さんのことをポカポカと叩きます。

「ハハハッ……うそうそ。まだ十四郎くんは来てないぞー」
「おとーさんバカ!バカ!バカ!」
「すまんすまん……ほら、早くご飯食べて十四郎くんと遊ぼうな」
「うん……」

あと五十回くらいお父さんを叩きたい気分でしたが、十四郎くんが来る前にお支度をしなくては
なりません。銀時くんはご飯の部屋に行きました。


*  *  *  *  *


もうすぐ二時です。銀時くんとお父さんは外に出て待つことにしました。
あっちから来るかこっちから来るかと落ち着かない銀時くんを抑えるお父さんは大変です。

「あっ、きた!」

二時ぴったりに十四郎くんとお母さんはやって来ました。出迎えてくれたことにお母さんが
お礼を言うと、十四郎くんもぺこりと頭を下げました。

「お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来ていただきましてありがとうございます」
「とうしろうくん、ぴってしていいよ」
「ぴってなあに?」

エレベーターのボタン、いつもは自分で押したがり、お父さんが押すと怒る銀時くんですが
十四郎くんは特別です。けれど一軒家に住む十四郎くんは「ぴっ」の意味が分かりませんでした。
銀時くんに教えられて上向き三角形のボタンを押します。

四人でエレベーターに乗って二階で下りて、銀時くんの家に十四郎くんが到着しました。
お父さんが鍵を開けると、銀時くんの瞳はキラキラ輝きます。遂に自分の家に十四郎くんが
入るのですから。


「とうしろうくん、プレレールやる?」
「やる」
「こっちだよ」

銀時くんは早速、とっておきのおもちゃを十四郎くんに見せました。ダイニングテーブルを端に
寄せ、リビング一面に広がる線路。途中には駅や踏切、トンネルもあります。
十四郎くんと遊ぶために、銀時くんがお父さんに手伝ってもらって組んでおいたのです。

「やまててせんと、しんかんせん、どっちがいーい?きかんしゃエリーもあるよ」
「ぎんくんきめていーよ」
「じゃあ、しんかんせんかしてあげる。はやいよ」
「ありがと」

仲良く遊ぶ子ども達を、大人達は隅に追いやられたテーブルに座り、見守っていました。


*  *  *  *  *


三時になりました。今日のおやつはイチゴです。銀時くんはイチゴが好きだと十四郎くんから
聞いて、十四郎くんのお母さんがお土産に持って来たのでした。

「いちごだ!」

質より量の銀時くん。普段食べるのは小粒のイチゴばかり。でも今、目の前にあるのはその
二倍くらいもある大きくて真っ赤なイチゴ。

「いただきます!」
「こらこら……ちゃんとお礼を言ってから食べなさい」
「ありがとうございまふ!」

言い終わらないうちに銀時くんはイチゴをぱくり。大きなイチゴを小さな口いっぱいに頬張ります。

「むぐ、もご……」
「本当に好きなのね」
「すみません」
「すっげー!ミルクないのにあまい!」
「ふふっ……喜んでくれて良かった。十四郎、私達も食べましょう」

十四郎くんが「いただきます」と言うと、銀時くんのお父さんは練乳のチューブを差し出しました。

「かけるかい?」
「かける!」

返事をしたのは銀時くん。お父さんに「お前に聞いてない」と叱られても平気な顔をしています。
一方、十四郎くんは助けを求めるようにお母さんを見ました。

「大丈夫です。私達の分は持って来てますから」

そう言うとお母さんは十四郎くんに向かってニッコリ笑い、トートバッグから取り出しました。

「こんな立派なイチゴまでいただいてそんな……は?」

取り出されたものを見て銀時くんのお父さんはとてもビックリしました。

「我が家ではこれをかけるんです」
「それ……マヨネーズ、ですよね?」
「ええ」

そう。十四郎くんのお母さんの鞄から出てきたのは、赤いキャップのマヨネーズだったのです。
驚いて動けなくなっているお父さんに気付かず、十四郎くんのお母さんは十四郎くんのイチゴに
マヨネーズを絞りました。もちろんその後、自分のイチゴも同じようにします。
その間、銀時くんはお父さんから奪った練乳を自分のイチゴにたっぷりかけ、ひたすらもぐもぐ
口を動かしていました。

「いただきます!」

さっきよりも元気に言って、十四郎くんはマヨネーズかけイチゴを食べます。

「あら本当、甘いわねぇ」
「あまいね」

いたって普通にイチゴの感想を述べ合う親子。
甘い物にマヨネーズって……この中でただ一人、銀時くんのお父さんだけがイチゴも食べず
呆然としていました。

「イチゴ、お嫌いでした?」
「え?あっ、いいいや!イチゴは好きですよ。イチゴは」
「あら失礼。子どもの前で好き嫌いなんてしませんよね」
「いや、そういうことじゃなくてですね……」

銀時くんのお父さんは言いました。

「イチゴにマヨネーズって初めて見たもので……ちょっと、ビックリしてしまいました」
「まあ、そうでしたの。マヨネーズは何にでも合うんですよ」
「そっそれは知りませんでした。……あっ!ですが私は甘党なので……」

これ以上マヨネーズを勧められないようにと、銀時くんのお父さんは急いで自分のイチゴに
練乳を回しかけました。
真っ先に食べ始めていた銀時くんは、空になった食器の縁をフォークでこんこん。

「行儀が悪いぞ」
「おかわり」
「今日はそれで終わり」
「おかわり!」

美味しいイチゴ。もっと食べたい銀時くんの気持ちは分かりますが食べ過ぎはいけません。
すると十四郎くんが、

「いっこあげる」

自分のイチゴを一つ、銀時くんのお皿へころん。

「十四郎くん、銀時は全部食べたからいいんだよ」
「ぎんくん、いちごすきだからどーぞ。ごはんたべられなくなっちゃうから、いっこだけね」

自分もお母さんに言われたことがあるのでしょう。いつもより大人びた口調で十四郎くんは
言いました。

「十四郎くんは優しいなー。銀時、お前も見習いなさい」
「はーい」

お父さんの話はあまり聞いていないのか、銀時くんは大きく口を開けて十四郎くんからもらった
イチゴを一口……

「もごっ!?」

口の中にイチゴを入れたまま銀時くんは目を丸くして固まりました。さっきまで自分が食べていた
イチゴと同じはずなのに全く違う、こってりとした酸味――マヨネーズです。
イチゴをもらえたことに浮かれてよく確認せずに口へ入れてしまったのでした。
当然、お父さんは分かっていましたが、欲張ると良いことがないと教えたくて、わざと黙って
いました。

「十四郎くんはマヨネーズかけるのが好きなんだと。うまいか?」
「う、ん」

麦茶と一緒に何とかイチゴを飲み込んだ銀時くん。あまり美味しくはなかったけれど、
十四郎くんの好物は否定できません。

「うまいよ」
「ほんと!?」

大人達は銀時くんが無理をしているのに気付いています。でも十四郎くんは、本当に銀時くんが
美味しいと感じているのだと思いました。
好きな食べ物は?と聞かれれば迷いなく「マヨネーズ」と答える十四郎くん。でも今まで、同じ
答えの人に出会ったことがありません。銀時くんだってこの前、保育園の先生に聞かれてイチゴが
好きだと答えていました。自分と同じくマヨネーズが一番好きなのはお母さんだけ――そのことを
少し寂しいと感じていたのです。

「ぎんくん、マヨネーズすき?」
「うん……」
「もっとたべる?」
「もういい!おなかいっぱい!」
「ふふふ……」
「はっはっは……」

子ども達のやりとりを、大人達は微笑ましく見ていました。
息子の好みに合わせようと頑張る銀時くんに、十四郎くんのお母さんはとりわけ感心しています。

「銀時くん……」
「なあに?」
「今度、十四郎の家にも来る?」
「とうしろうのウチにくる!」

嬉しくて嬉しくて、銀時くんは十四郎くんのお母さんの言葉をそのまま繰り返しました。
すぐに、お父さんが「十四郎くんだろ」と注意します。

「いいじゃありませんか。こんなに仲良しなんですもの」
「そうですか?」
「何だか、優しいお兄ちゃんができたみたい。ねえ十四郎、銀時くんがお兄ちゃんなら
嬉しいわよね?」
「ぎんくんは3さいだから、ぼくがおにいちゃんだよ」

十月生まれの銀時くんと五月生まれの十四郎くん。今は六月ですから、十四郎くんにはお誕生日が
来て四才になっています。

「やっぱり十四郎くんの方がしっかりしてますね。十四郎くん、コイツのことは銀時って呼んで
いいからね。お兄ちゃんとして色々教えてあげて」
「ぎんときって、いっていーい?」

お父さんから許しが出ても、本人に確認する律義な十四郎くん。銀時くんはちょっと考えてから
「いいよ」と言いました。

「ねえ……おれ3さいだけど、タンポポぐみだから、とうしろうってよんでいーい?」

タンポポ組とは二人の保育園のクラスの名前です。同じクラスだから、そのうち四才になるから、
自分も同じように呼びたいと言いたいようです。
十四郎くんはもちろん「いいよ」と言いました。

こうして二人はとても仲良しになったのです。


おしまい

(13.06.29)


これから二人は「おひるね」にあるような仲良しこよしになっていきます。それはもう、結婚の約束をするくらいに仲睦まじく……という辺りは前々回(といっても2年前ですが)書いたので割愛。
十四郎くんのお母さんのモデルはコミックス50巻に収録予定のあの方です。特に名前は出さなかったからネタバレではないですよね?というか、49巻の巻末にちらっと出てましたっけ……
銀時くんのお父さんと十四郎くんのお母さんもいい感じにしたい衝動に駆られています^^; 今回は子どもメインだったのであれですが、そのうち書くかも?
ここまでお読み下さりありがとうございました。 




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