ずっと一緒にいたのに


「かっ神楽ちゃん……どうしたの、これ……」
「分からないネ。朝起きたらこうなってたアル。」
「そんな……」

その日、万事屋銀ちゃんでは朝から事件が起きていた。
出勤して異変に気付いた新八が神楽に事情を聞くが、神楽もどうしてこうなったのか分からない。
原因も分からなければ何処に助けを求めればいいかも分からない、そんな難問に直面する中で
来訪者を告げるチャイムが鳴った。
今日は依頼を受けるどころではないが、いつもの習性で新八が玄関へ向かう。

「はい。あっ……」
「よう。」

そこに立っていたのは、真選組局長・近藤勲ともう一人。

「おはよう新八くん。万事屋に依頼があって来た。」
「すみません。今日はちょっと……でも、あの、この子は……」

依頼は受けられないとやんわり伝えた上で新八は近藤の隣にいる少年に視線を移す。
楓模様の着物に身を包み、近藤の胸下くらいの背丈である少年とは初対面であるものの、
新八もよく知る人物を彷彿とさせるその容姿にツッコまずにはいられなかった。

「トシだ。」
「や、やっぱり……」

少年は近藤に促され「土方十四郎です」と言ってぺこりと頭を下げた。

「どうしちゃったんですか!?」
「実は原因不明でな……。今朝、急に小さくなってたんだ。」
「そっそうですか……」
「歳は十歳らしい。ただ、そこまでの記憶しかないわけでなく、俺や総悟のことは名前だけだが
覚えていた。」
「は、はあ……」
「どうやら付き合いの長い者のみ覚えているようで、新人隊士のことは覚えていないんだ。」
「……さっきの様子だと、僕のことも覚えてないみたいですね。もしかして依頼って……」
「ああ。暫くの間トシの世話を頼みたかったんだが……忙しいみたいだな。」

他を当たってみると言って帰ろうとする近藤を新八は引き止めた。

「その依頼、お受けします!その代わり、お願いしたいことがあるんですけど……」
「何だ?将来の兄たる俺に遠慮なく話してくれたまえ。」
「兄の件はお断りしますけど……まずはお入り下さい。」

新八は近藤と小さくなった土方を万事屋へ招き入れた。


「何やってるアル、新八。今日は仕事なんて出来る状況じゃないネ。」
「僕もそう思ったんだけど……見てよ、この子。」

玄関先での会話が聞こえていたのか、和室から出てきて新八を咎める神楽。
新八は神楽に「土方」を見せた。

「誰ネ?ゴリラの隠し子アルか?」
「土方さんなんだって。土方さんも、朝起きたらこうなってたみたい。」
「マジでか?」
「新八くん、トシ『も』とは一体……」
「実は、お願いというのはそのことでして……十四郎くん、ちょっと座って待っててね。」
「はい。」

土方を事務所のソファに座らせてイチゴ牛乳を出し、新八は近藤を和室へ案内した。

「こっこれは……」

和室へ続く襖を新八が開けるとそこには、畳に寝そべりながらジャンプを読んでいる銀髪の少年。
その姿を見た近藤は驚愕に目を見開いた。

「銀ちゃんアル。朝起きたら縮んでたネ。」

神楽が銀時だという少年は今の土方と同じくらいの年頃に見えた。

「おっお前……本当に坂田銀時なのか?」
「そうだけど……オッサン誰?動物園から逃げ出したゴリラ?」
「この人は近藤さんだよ。覚えてない?」
「知らね。俺、ゴリラに知り合いなんていねェもん。」

近藤の名前を出しても銀時少年は知らないと言う。

「近藤さんのことは覚えてないんですね……」
「新八くん達のことは覚えてたのか?」
「はい。それで、お願いなんですけど……」
「分かった。万事屋がこうなった原因も調べよう。」
「ありがとうございます!」
「なに……こっちとしてもありがたい。調査対象が増えるということは、それだけ原因究明の鍵も
増えるというもんだ。」
「お前ら税金ドロボーが本当に銀ちゃん治せるアルか?」

そう言う神楽の表情は、疑念というよりむしろ期待に満ちていて、漸く訪れた頼れる存在に
安堵しているようでもあった。

「任せてくれチャイナさん!必ずや二人共元に戻してみせる。」
「お願いします。それまで、土方さんは責任持ってお預かりしますから。」
「うむ。」
「ちっちゃいマヨラー、ウチに住むアルか?銀ちゃんとケンカしないかな?」
「お互いのことは覚えてないと思うし、大丈夫じゃないかな?」

敵同士として出会ったこともあり、何かといがみ合っていた二人ではあるが、それを忘れてしかも
子どもになった今、意外と気が合うのではないかと新八は思っていた。
近藤も同じことを考えているようで、事務所に残して来た土方を呼び寄せて先ずは説明をと
土方の前にしゃがみ込んだ。

「トシ、今日から暫くの間ここで生活することになったからな。」
「近藤さんも一緒に?」
「いや……俺は仕事があるから屯所に戻らないといけないんだ。ごめんな。だが、毎日会いに来るし
ここには友達もいるから、寂しくなんかないぞ。」
「友達?」
「そう。」

土方に和室の中―銀時の姿―が見えるよう、近藤は後ろを振り返る。

「この子は坂田ぎ「銀時!」
「十四郎!?」

近藤の紹介が終わらぬうちに土方は銀時の名を呼び、銀時もまた土方の名を呼んで互いに駆け寄り、
満面の笑みで抱き合った。

「ここ、銀時の家なのか!?」
「うん!十四郎、ここに住むの!?」
「ああ!」
「やったぁ!!」

唖然とする周囲をよそに、子ども達はきゃっきゃとじゃれながら喜びを分かち合う。

「どういうことでしょう、近藤さん……」
「銀ちゃん、お前のことは分からないのにマヨラーのことは分かるアルか?」
「でも何でこんなに仲良く……」
「俺にもサッパリだ……。もしかしたら、同じ境遇の者同士で通じるものがあるのかもしれん。
……二人は何処で知り合ったのかな?」

少しでも情報を得られればと近藤が二人に尋ねると、抱き合ったまま銀時が答える。

「忘れた。……十四郎、覚えてる?」
「さあ?」
「ていうか、お前こそどこのゴリラだ?」
「おい、近藤さんはゴリラじゃねぇよ。」
「何だよ。十四郎はオレよりゴリ……このオッサンの方が好きなのかよ。」

銀時はぷぅと頬を膨らませて土方から離れていく。土方は「待てよ」と銀時の手をとった。

「そんなんじゃねぇよ。オレが一番好きなのは銀時だ。」
「本当に?」
「ああ。でも、近藤さんだっていい人なんだぞ。ここに連れて来てくれたし。」
「それならいいけど。」

いつもの二人からはとても想像できない程の仲睦まじさに、周りの三人はただ驚くばかりであった。
そんな中、神楽が二人に率直な疑問をぶつけた。

「二人は何でそんなに仲良しアルか?」
「オレと十四郎はなぁ……大人になったら『おとめ』になるんだ。」
「「「は?」」」

どうだすごいだろうとでも言いたげな表情の銀時であったが、三人の頭上にはハテナマークが
浮かぶ。すると土方が慌てて銀時に耳打ちした。

「おい、おとめって女のことだぞ。」
「あれ?じゃあ、何だっけ?」
「めおとだ。め・お・と。」
「あー、それそれ。……神楽ァ、オレと十四郎は『めおと』になるんだ。」
「「「めおとォォォォ!?」」」
「ったく……わざわざ難しい言葉使わねぇで、結婚するって言やぁいいのに……」
「「「結婚んんんん!?」」」
「だって『めおと』の方がなんかカッコイイだろ。」

驚き叫ぶ三人を後目に、小さな自称・婚約者達はさも当然という顔をしている。
近藤は崩れるように膝を付き、土方の両肩を掴んだ。

「早まっちゃいかんぞトシぃぃぃ!トシにはもっと相応しい人がいるはずだ!」
「それはこっちの台詞ネ!」

負けじと神楽も銀時を土方から引き離す。

「マヨラーなんかに銀ちゃんは渡さないネ!」
「離せよ神楽。オレと十四郎は愛し合ってるんだから。」
「そうだぜ近藤さん。オレも銀時も本気なんだ。認めてくれよ。」
「トシ……」
「銀ちゃん……」
「え、えっと……近藤さん、神楽ちゃん、ちょっと向こうで話しませんか?」

驚きつつもこの中では一番冷静に事態を見ていた新八が二人を事務所へ誘う。

「銀時くんと十四郎くんは、この部屋で待っててね。」
「はい。」
「やっと二人っきりになれるな、十四郎。」
「そうだな。」

和室に取り残されて寂しがるどころか喜ぶ二人に溜め息を吐きながら、三人は部屋を出て襖を閉め
事務所のソファに腰を下ろした。



「銀さんも土方さんも、どうしちゃったんでしょうね?」
「将来結婚するって本気アルか?私、嫌アル!銀ちゃんには可愛いお嫁さんをもらってほしいアル!」
「何を!?こっちこそ、あんな年中グータラしているような男とトシの結婚なんて認めん!!」
「まあまあ二人共……子どもの言うことですし。だいたい、銀さんと土方さんの結婚が有り得ない
ことくらい、これまでの二人を見れば明らかじゃないですか。」
「でも、小っちゃくなった二人はラブラブだったネ!このまま大人になったら結婚してしまうアル!」
「だからそれは、体が小さくなった副作用か何かだよ。……ねえ、近藤さん?」
「そのとーり。そうでなければトシがあんなダメ男と一緒になるなどと言うはずがない!」
「何を〜!?」
「ちょっ、ケンカはやめてよ。とにかく、ウチで二人を預かってその間に真選組で元に戻す方法を
探してもらうってことでいいですよね?」
「ああ。一刻も早く戻さねばな。」
「そうアル!」
「では、よろしくお願いします。」

近藤は依頼料として当面の生活費を置いて屯所へ帰っていった。


*  *  *  *  *


その頃、和室では……

「やっと二人っきりになれたな、銀時。」
「そうだね、十四郎。」

小さな二人が身を寄せて座りながら愛を語り合っていた。相手の体側の腕を絡ませ、反対の手も
伸ばして繋ぐ姿は、空気でさえも二人の間に割って入らないでほしいと主張しているようである。

「これから銀時の家に住めるんだな……」
「うん。すげーうれしいね。」
「ああ。……一緒にフロ入ろうな。」
「寝る時も一緒の布団だよ。」
「オレ達、本当に結婚したみたいだな。」
「そうだね。あーあ……何で大人にならないと結婚できないんだろ。」
「早く結婚したいな。」
「うんうん。……十四郎、チュウしよ?」
「いいよ。」

二人は目を閉じて、ぷちゅっと唇を合わせた。

「銀時、知ってるか?大人はチュウする時ベロを使うんだって。」
「ベロ?どーやんの?」
「んー……そこまでは分かんねぇ。」
「十四郎、ちょっとベロ出してみて。」
「んっ。」

唇の隙間から出された土方の舌先を銀時はペロリと舐めてみた。

「「!!」」
「いっ今、銀時、オレのベロ舐めた!?」
「うん!なんか、なんかさ……すごくなかった!?」

初めて体験する粘膜同士の接触に興奮する二人。

「もう一回やってみよ?」
「ああ。今度はオレが舐める番な。」
「うん!」

銀時の舌先を土方が舐め、また二人はすごいすごいと言ってはしゃぐ。

それからは夢中になって互いの舌と舌を触れ合せていた。



「二人ともー、お昼ご飯何食べたい……わあ!?」

暫くして襖を開けた新八の目に飛び込んできたのは、座って抱き合い、舌を絡ませる子ども二人。

「ちょっとォォォ!何やってんの!?」
「大人のチュウ。……十四郎、もっかいしよ。」
「うん。」
「ちょっ……」

羞恥心がないのかそもそも隠すことだと分かっていないのか、二人は新八の目の前で互いの舌を
ペロペロと舐め合う。しばし呆然と立ち尽くしていた新八であったが、これはマズイと二人の頭を
掴んで左右に引き剥がした。

「あっ……」
「何すんだよ、新八!」
「ダメダメダメダメ!そーゆーのは大人になってから!!」
「オレと十四郎は愛し合ってんだからいーだろ。」
「それでも子どもはダメなの!もうっ、そんなことしてないで買い物行ってご飯の仕度するよ!」
「何だよエラそーに……」
「銀時、ケンカしちゃダメ。ご飯の時間はちゃんと食べなきゃ。」
「はーい……」

土方に宥められて銀時が渋々立ち上がると新八は「土方さんは小さくなっても常識人だ」と胸を
撫で下ろして部屋を出る。その後ろで土方が「ご飯終わったらまたチュウしよう」などと銀時に
耳打ちしていることには気付かずに。

こうして、小さなカップルの万事屋での生活が幕を開けた。

(11.11.16)


十万打記念リクエストより「銀さんと土方さんが子どもになっちゃう話」です。ちょうどよくお題に合う感じになったので、こちらへアップさせていただきました。

タイトル(お題)と本文がどう絡んでくるかは、最後まで読んでいただけると分かるはずです。「切ない恋物語」というお題ですが、もちろん切なくはなりません。

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