オレのなまえは、さかたぎんとき。ぎんたまようちえんバラぐみで5さいだ。
いま、オレのいえのとなりにデカいトラックがとまってる。「おひっこし」ってヤツだとおもう。
……なんだよ。ひらがなばっかで、よみにくい?
それはオレのせいじゃない。「かんりにん」にいえよ。



さいごにもういちどなまえをよんで



ドアのピンポンが鳴って、母さんが「はいはい」って言いながらドアを開けに行った。
「あらあら」とか「まあまあ」とか、母さんがお客さんと話しているのが聞こえる。

「銀時ー、ちょっといらっしゃーい。」
「はーい。」

母さんに呼ばれてドアの方に行ったら、見たことないおばさんがニコニコ笑ってた。

「まあ銀ちゃん?大きくなったわね〜。」
「おばさん、だれ?」
「土方さんよ。銀時が生まれた頃に出張で遠くに行っちゃってね……今日、隣に戻って来たのよ。」
「ふーん。」

そんな昔のことは覚えてない。

「最後に会ったのは、やっとつかまり立ちができるようになったくらいだったものねぇ。」
「今じゃ走り回るし生意気な口は聞くし……本当、あの頃は良かったわ〜。この前なんかね……」

オレの悪口を言ってるみたいだから、オレはテレビの部屋(注:リビング)に帰ることにした。



ちょっとして、母さんはちっちゃい子どもと一緒に帰ってきた。

「だれ?」
「土方さん家の子。タンスとかを運ぶ時、小さい子がいると危ないから、少しウチで預かることにしたのよ。
銀時、仲良く遊んであげてね。」
「はーい。」

ホントは一人でテレビ見たかったけど、母さんの命令だから仕方ない。母さんは怒るとチョー怖いんだ。

「それじゃあ、おばちゃんはおやつの用意してくるから、ここで遊んでてね。」
「うん。」

母さんはチビを置いて行っちまった。……でも、台所からここは見えるから命令どおり遊ばないとな。

オレはお隣のチビと遊んでやることにした。

「おまえ、なんさい?」
「ちゃんちゃい。」

チビは手の指を三本立てて真っ直ぐ前に伸ばした。
三才か……まだまだガキだな。

「オレは5さいだ!」

どうだ参ったかチビ……手を全部広げて目の前に出してやったら、チビはオレを睨んできた。
コイツ、チビのくせに生意気だな……母さんの命令じゃなきゃ、絶対に遊びたくないヤツだ。

「なまえは?」
「ひかたとち。」
「プッ……へんななまえ。」
「へんじゃない!」

変だよな?「ひかたとち」なんて名前。

「オレのなまえは、ぎんときだ。カッコイイだろ!」
「ちんとき?」
「ぎんとき!」
「ちんとき。」
「ちげーよ!」

パシッ

「わああああ〜ん!!」
「あっ……」

ちんときって言われてムカついて、ひかたとちの頭をぶったら泣きだした。
ヤバイなと思った時にはもう、母さんがこっちに走って来てた。

「何してんの!」
「ちんときがぶったぁ〜!!」
「銀時!あんた小さい子をいじめちゃダメじゃない!」
「ちがう!オレのこと、ちんときっていったから……」
「あのね……十四郎くんはまだ小さいから、上手にお話しできないのよ。」

ひかたとちを抱っこして「よしよし」しながら、母さんはオレの前に座った。もう怒った顔はしてない。
オレが悪くないって分かってくれたのかな?

「十四郎くんは、ちゃんと銀時って言ってるつもりなのよ。」
「なあ、とーしろーくんってだれ?」

母さんはビックリした顔をした。何でだ?さっきから知らない名前を言ってるから聞いただけなのに……

「この子の名前よ。聞かなかったの?」
「ひかたとちって、ウソついた。」

変な名前だと思ったらウソだったのか……やっぱりコイツ、ヤなヤツだ。

「ひかたとち?……ああ!それはきっと土方トシって言いたかったのよ。」
「ひじかたトシ?」
「そう。この子は土方十四郎くんなんだけど「トシくん」って呼ばれてるの。」
「ふ〜ん。」
「そういうわけで、意地悪じゃないんだから仲良く遊ぶのよ。」
「ヤダ。」
「銀時!」
「ぎんときっていえるようになるまで、あそばない!」

イジワルじゃなくても、「ちんとき」なんてカッコ悪くてイヤだ。

「プリンあげるから。」
「えっ!」

プリン――それは、オレが一番好きな食べ物だ。

「十四郎くんと仲良く遊べたら、今日のおやつはプリンにしてあげる。」
「とーしろー、あそぼう!」
「……いいよ。」

母さんに抱っこされてるとーしろーの服を引っ張ると、母さんはとーしろーを下ろしてくれた。
やった!一緒に遊べばプリンが食べられる!オレは早くおやつの時間にならないかな、と思った。



「おまえのなまえは?」
「ひかたとち。」

遊ぶ前にもう一回名前を聞いてみたけど「ひかたとち」だった。
もしかしてコイツ、自分の名前が土方トシだと思ってんのか?トシくんって呼ばれて、本当にトシだと
思ってんだな……。オレは「銀ちゃん」って呼ばれても、本当は銀時だって知ってるぞ。
コイツはチビだから仕方ねー。ここはオレが本当の名前を教えてあげよう。

「おまえのなまえは、ひじかたとーしろーなんだぞ。」
「ひかたとー?」
「ちがう、ちがう。ひじかたとーしろー。」
「ひーかたとーろー。」
「ちがうって!ひーじーかーた。」
「ひーーかた。」
「ちがう!ひーじーかーた!」
「ひーいーかーた!」

ちょっと言えるようになったんじゃね?よしっ、もう少しだな。

「ひーじーかーた!はい、いってみろ。」
「ひーいーかーたっ。」
「ひー『じ』かーた。」
「ひーり、かーた。」

うーん……だいたいあってるからいいか。

「じゃあつぎな?……とーしろー。」
「とーろー。」
「ちがうよ。と・お・し・ろ・お!」
「と、お……おぅっ。」
「ちがう、ちがう。」

長すぎてチビじゃ覚えらんねーじゃん。誰だよ、こんな名前考えたヤツ……
でも、ちゃんと言えねーととーしろーが困るからな……。こんなチビだと、絶対迷子になるはずだ。
迷子になった時、自分の名前が言えねーとお迎えに来てもらえないんだって母さんが言ってた。
だからオレも小さい時練習したんだ。……もうオレは5さいだから迷子になんかならねーけどな。

オレはとーしろーに練習させてあげることにした。

「オレのをよくきいて、まねすんだぞ?」
「うん。」
「とーしろー。」
「とーちー……」

やっぱり、長すぎて覚えらんねーんだ。じゃあ、ちょっとずつ練習させるか。

「と・お。」
「と、お。」
「し・ろ・お。」
「ち、ろ、お。」
「とーしろー。」
「とちろー。」
「おしい!もういっかいな?」
「うん。」
「とーしろー。」
「とーちろー。」

よしよし、最初よりだいぶ良くなったな。

「じゃあ、ぜんぶつづけていうぞ?ながいけど、がんばれよ。」
「うん。」
「ひじかたとーしろー、はい!」
「ひーかたとちろー。」
「もうちょっと!がんばれ!」
「がんばる。」
「ひじかたとーしろー。」
「ひりかたとーちろー。」
「よし!じょうずに、できました。」

オレはとーしろーの頭をなでなでした。

「ありあと。」

そしたら、とーしろーがニコッて笑った。とーしろーの笑った顔、初めて見たけど……

「とーしろー、わらうとかわいいな。」
「ありあと。」

オレに可愛いって言われて嬉しかったのか、とーしろーはまたニコッて笑った。
その顔も可愛かった。
今まで、一番可愛いのは幼稚園の結野先生だと思ってたけど、笑ったとーしろーはそれより可愛いと思う。

「こんどから『おなまえは?』っていわれたら、ひじかたとうしろうっていうんだぞ。」
「うん。」
「おなまえは?」
「ひりかたとーちろー。」
「よくできました。」
「ありあと。」

とーしろーの頭をなでなでしたら、とーしろーがニコニコする。オレはとっても楽しかった。


ちょっとおまけもしたけど、とーしろーは自分の名前を言えるようになった。
次はオレの名前を言えるようになってほしい。

「とーしろー、オレのなまえは?」
「ちんとき。」
「ちがうちがう。オレは、さかたぎんとき。」
「ちんとき!」
「ちがうって〜。」

ニコニコしながら「ちんとき」って言われると、ちょっと嬉しい気持ちになっちまう。
ダメだダメだ……オレの名前はもっとカッコイイんだから!

「さ・か・た。」
「ちゃ、か、た。」
「ちゃ、じゃねーよ。『さ』!」
「ちゃ!」
「すぁ〜〜!」
「しゃー!」

とーしろーはずっとニコニコしてて可愛いんだけど、真面目に練習してない気がする。

「とーしろー、ちゃんとやって!オレのなまえ、いえなくていいの?」
「やだ。」
「そうだろ?じゃあ、いくぞ?さ・か・た。」
「しゃ、か、た。」
「うーん……ちょっとちがうけど、まあいいか。それじゃあ、つぎな?ぎ・ん・と・き。」
「ちんとき。」
「ちがうよ〜。ぎんとき!」
「ちんとち!」

ヤバイ……「ち」が二つになっちまった。もっとカッコ悪くなってる!!

「二人とも〜、おやつよ〜。」
「はーい。」
「あっ、まって!」

オレの名前が言えないうちにおやつの時間になった。
とーしろーは母さんの方に走って行った。

「とーしろー、こっちおいで。」

イスに座ったとーしろーの手を引いて、オレは手を洗うところに連れていった。
手を洗うところにはオレ専用の階段(注:踏み台)があるから、とーしろーにも特別に使わせてあげた。

手を洗って、オレはとーしろーと手をつないで母さんのところに行った。

「とーしろー、これがさいごのチャンスだぞ。……オレのなまえは?」
「しゃかたちんとき。」
「……うん。」

ダメだ……やっぱりとーしろーには難しすぎるんだ。



「かあさん、オレのなまえ、ちがうのにして。」

おやつのプリンを食べながら、オレは母さんにお願いした。

「なに言ってるの?」
「だって、とーしろーがちゃんといえないんだもん。」
「大きくなったら言えるようになるわよ。」
「やだ。いま、ちゃんといえるなまえにして。」
「銀時は、十四郎くんにちゃんと呼んでほしいの?」
「うん。とーしろーも、オレのなまえいいたいよな?」
「うん。」
「ほらな。」
「そうねえ……」

母さんは「うーん」って言いながらお話ししなくなった。多分、オレの新しい名前を考えてるんだ。

「だったら『お兄ちゃん』って呼ぶのはどう?」
「おにいちゃん?」
「銀時は十四郎くんより大きいから、十四郎くんのお兄ちゃんになってあげたら?」
「とーしろー、おにいちゃんっていえる?」
「おにーちゃん。」
「いえた!オレ、とーしろーのおにいちゃんになる!」
「そう。良かったわね。」
「とーしろー、オレのことは、おにいちゃんっていうんだぞ。」
「おにーちゃん。」
「よくできました。」

いい子いい子したら、とーしろーはまたニコッて笑って「おにーちゃん」って言った。
オレはすげー嬉しかった。

「とーしろー、オレのプリンすこしやるよ。」
「ありあと。」

プリンをスプーンですくって、とーしろーのお皿に入れてあげた。

「銀時、優しいわね。」
「オレはおにいちゃんだからな。」
「そうね。」

オレがあげたプリンをとーしろーはニコニコしながら食べた。「おいしい?」って聞いたら「おいしい」って
言ってた。母さんはおやつを食べてないけど、とっても嬉しそうだった。



おやつを食べ終わったら、とーしろーはお家に帰っちゃった。
オレはとても悲しかったけど泣かなかった。オレはもう5さいだし、とーしろーのお兄ちゃんだから。
でも本当は、「ぎんとき」って呼んでほしかったな……


とーしろーがはやくおおきくなりますように。


(11.07.31)


およそ2かげつぶりのおだいこうしんは、またしてもようじパロです。こんかいは、ぎんときくんのほうがおにいさんでした。とうしろうくんは、まだおさなくて

こいごころはめばえていません。よくわからないまま、ぎんときくんにきかれて、うなずいているだけです。ぎんときくんはたぶん……。

このふたりはきっと、これからながいじかんをかけて、あいをはぐくんでいくことでしょう^^

ここまでおよみくださり、ありがとうございました&ひらがなばかりでよみにくかったら、すみません。

 

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