ほんのちょっと手を伸ばせば届く距離


冬。本日の江戸の最高気温十度。
マイナス二桁なんて気温になるような地域で暮らす人のことを考えたらこれくらいで寒いなんて、とも思うが
やはり寒いものは寒い。依頼がないのをいいことに、銀時は一日の大半を炬燵で微睡みながら過ごしていた。

「新八ィ、お茶持ってきてー…」

炬燵の中から呼んでみたが何の返事もない。そういえば先刻、買い物に行くと言っていたなと思い出し、
銀時は二つ折りにした座布団を枕代わりに寝転がった。横向きに寝て、足先が炬燵から出ないように膝を曲げ
肩まで炬燵布団を被って目を閉じる。

(あー…あったけェ…)

本格的に襲ってきた睡魔に身を任せ、銀時は夢の世界へ入っていった。


*  *  *  *  *


「……ろ。…い…き………きろ!」
「ん〜…?おやすみぃ…」

どのくらい眠っていたのだろうか。銀時はぐらぐらと体を揺すられて重たい瞼を僅かに開ける。
予想通りの黒い人影を確認し、銀時は再び目を閉じた。黒い男―土方十四郎―は米神にピキリと青筋を浮かべ
咥えていた煙草のフィルターをギリリと噛むと、炬燵布団を捲って銀時の脇の下に手を入れ、無理矢理に
銀時を引っ張り上げて起こした。

「おい、銀時!起きろっつってんだよ!」
「…んだよ、うるせーなぁ…。あー…寒ィ…」

座る姿勢にさせられた銀時は炬燵布団を肩まで引き上げ、背を丸めて天板に頬を付けて目を閉じる。
自堕落な恋人には何を言っても無駄だと土方が諦めて帰ろうとした時、銀時が目を閉じたまま土方を呼んだ。

「なあ…お茶淹れてくんねぇ?」
「は?」
「あと、何か食うモン…。」
「ンだよ…また仕事なくて食いモンが底を突いたのか?」
「いや…冷蔵庫に、ババァからもらった餅があるから、それ焼いて…」
「…なんで自分でやんねぇんだよ。」
「だって…ここから出ると、寒ィんだもん…」
「アホかっ!」
「砂糖醤油でよろしく〜…」
「テメーは餓死するまで炬燵に入ってろ!」

怒りながら部屋を出ていく土方であったが、玄関の扉が開く音は聞こえない。代わりに台所からカチャカチャと
作業する音が聞こえ、銀時は口元を緩ませて土方の帰りを待った。

*  *  *  *  *

「おらよ…」
「サンキュー。」

土方はお盆の上に湯呑を二つと皿を乗せて和室に戻って来た。皿の上には海苔を巻いた餅が三つ乗っている。
銀時の希望通り、焼いた餅に砂糖醤油を絡めて海苔を巻いたのだ。その皿と湯呑を一つ銀時の前に置き、
自分はもう一つの湯呑を持って銀時の向かいに座った。

「お前まさか、朝から何も食ってなかったのか?」
「まあねー…。いつもはミカンがそこのカゴに入ってるんだけどよー…今日は一つも入ってなかったの。」

銀時は餅を頬張りながら顎で天板中央に置かれた空のカゴを指す。
ちなみに現在は夕暮れ時である。

「なかったの、じゃねーだろ。」
「新八も神楽もこういう時に限っていねぇしよー…」
「テメーはアイツらを何だと思ってんだよ。…あまりに情けねェから喝を入れてくれって、わざわざ俺に
言いに来たんだぞ?」
「あっ、なに?アイツら買い出しから帰って来ないと思ったら、お前んトコに行ってたの?」
「テメーはガキにそんなことさせて、何とも思わねェのか?」
「だって…寒いんだから仕方ねーじゃん。春になったら頑張るよ…」
「ハァー…」

土方は紫煙と共に大きく息を吐いた。銀時の寒がりは今に始まったことではない。秋口までは半袖の洋装に
着流しを半分羽織るという、どちらかといえば軽装で過ごしているものの、冬になったと認識するや否や
半纏を着込んで部屋から…いや、炬燵から極力出ない生活が始まるのだ。
夜は布団で寝ているが、それだって炬燵の横に新八が布団を敷き、湯たんぽで温まった頃に潜り込んでいる。

「結野アナがさ…」
「あ?」

手を温めるように両手で湯呑を包み、ずずっと茶を啜りながら銀時が思い出したように話し出す。

「今年の冬は例年より寒いって言ってたんだ。そん時俺、今年の冬は働かないでおこうって決めたんだよ。」
「………」

そういえば少し前まで銀時は自分以上にあくせく働いていたなと思い起こし、土方は呆れる気すらなくなった。
銀時憧れのお天気キャスターの顔を思い浮かべ、嘘でもいいから今年は暖冬だと言ってほしかったなどと
筋違いの恨みを抱くのも、銀時の冬の生活を見れば仕方のないことなのかもしれない。
居間からコードを伸ばして和室に引き入れられたテレビを見て、土方はまた溜息を吐いた。

「あっ、やべぇ…」
「どうした?」
「小便…」
「は?」
「出そう…」
「…厠に行けよ。」
「だって、寒いじゃん…。あー…どうしよう…」

股間を手で押さえながら(土方からは見えないが、恐らくそうだろう)体をもぞもぞと揺すり出した銀時に
土方はイラついた様子で「とっとと行け」と促す。けれど銀時はなかなか炬燵から出ようとしない。

「あ〜〜〜…やべぇ…漏れそう…」
「アホかテメーは…。早く行けよ。」
「もうちょい我慢したら尿意が引っ込む、とかねェかな?」
「なに言ってんだテメー…」
「腹だって、昼頃まではグゥグゥ鳴ってたけど、限界超えたら空腹を感じなくなったっつーか…」
「…じゃあ膀胱炎になるまで我慢してろっ。」
「あ、うそうそ…行くよ。行くに決まってんだろ……炬燵のコード、頑張って伸ばしたら厠まで届かねェかな…」
「チッ…」

土方は立ち上がると部屋の隅にあるコンセントから炬燵のコードを引き抜いた。
僅かに鳴っていた機械音が止まり、炬燵の中がゆっくりと冷めていく。

「何すんだよ!」
「あ!?炬燵が冷たくなりゃ、アホなこと考えず厠に行けるだろーが!…こうすりゃ、もっと早く冷えるか?」
「ちょっ…寒ィって!」

土方は炬燵布団をパタパタと煽って外の空気を炬燵の中に取り入れる。銀時は観念したように立ち上がった。

「分かったよ!厠、行って来るから、それ以上冷やさないで!」
「おう…」
「戻るまでに炬燵ン中、温めといてね!」
「いいから早く厠に行け!」
「絶対だからねー…」

銀時は厠へ駈け込み、土方はまた溜息を吐きながら炬燵のコンセントを差し込んだ。



「あー…寒ぃ、寒ぃ…」
「お、おい…」

厠から戻った銀時は元いた場所ではなく、胡坐をかいて炬燵に入っている土方の上に座った。

「おー…こっちの方が温けェ…」

銀時が土方の胸に背中を預けると、ふわふわの銀髪が土方の顔に当たってくすぐったい。
土方は首を斜めに傾けて銀時の肩に顎を乗せる。

「テメーの天パはくすぐってェんだよ…」
「温まったら逆になってやるから…」
「そういうことを言ってんじゃねーよ…」
「炬燵って背中が寒いのが難点だけど、こうすると全身ぬくぬくでいいよなぁ…」
「俺は行火かよ…」
「銀さん専用ね。」

そう言って銀時は土方の腕を自分の体に巻き付け、体を密着させる。

「はぁ〜…あったけェ…。しあわせ…」
「…お前、厠で手ェ洗ってねーだろ…」
「あっ、分かっちゃった?」

銀時の手は炬燵に入っていた土方に比べて冷たくなっていたが、それでも水につけた程ではなかった。

「汚ねェな…」
「だって寒いんだもん。」

今日何度目か分からないその台詞を聞き、土方も何度目か分からない溜息を吐く。

そのままの体勢で他愛もない話をし、銀時の体が温まったところで場所を交代する。
土方は銀時に抱き締められるような体勢が照れ臭くて断ったが、強引に座らされてしまった。
首元にふわふわが擦りつけられるのを感じて、今度は抱き枕代わりかと思ったが、それも存外悪くないなと
腹に回った銀時の手に土方は自分の手をそっと重ねてみた。

土方は「銀時に喝を入れてくれ」と頼みに来た子ども達に心の中で詫びを入れる。


こういう感じは、嫌いじゃねェんだ…


寒がりな恋人との冬の逢瀬はこうして過ぎていく。


(11.01.05)


色んなところで言っていますが、シリアス書くのは苦手なんです。そんなことから、シリアスなお題に沿ってシリアスでない話を書くのに挑戦してみることにしました^^

のんびりペースで更新していくつもりですので、ラブラブな二人による「切ない15の恋物語」、楽しんでいただけたら幸いです。

コタツムリな銀さんは可愛いと思います。テレビもジャンプも食料も炬燵から手を伸ばせば届く範囲に常備して、土方さんとぬくぬく炬燵ライフを送ればいい!

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

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