禁断の関係その九:狩人と獲物


ここは真選牧場。ここではウシやウマ、その他様々な動物たちが仲良く暮らしています。

「とっつぁん、とっつぁん!」
「なんだ、トシ?」

とっつぁんと呼ばれた男は牧場主の松平片栗虎です。
そして彼からトシと呼ばれたのは、この牧場で飼われている仔ウシの十四郎です。
…なぜ牧場主と仔ウシが会話できるか、ですって?そんなこと、メルヘンの世界ではよくあることです。
細かいことは気にしちゃダメですよ。
それから「ウシ」といっても、十四郎は人間の姿にウシの耳と角が生え、白地に黒模様のワンピースを着ているということも
皆さんなら分かっていますよね?ちなみに十四郎の髪の毛は長く、高い位置で一つにまとめてピンクのリボンをしています。

さて、そろそろ話を進めましょう。
十四郎は牧場主に何か話があるそうです。

「とっつぁん、仔猫を飼ってもいいか!?」
「おいおい…今度は猫か?ここは牧場であって、どうぶつ王国じゃねェんだよ」
「ちゃんと世話するから、なっ?」

実はこの十四郎、群れからはぐれたり、迷子になったりした動物を拾ってくるという
牧場主からすると少し困ったところがあります。
これまで十四郎が拾って来たのは…ネズミ、ウサギ、ヒヨコ(現在はニワトリになっています)、イヌ、イノシシなどがいます。
ウシとウマしかいなかった真選牧場は、十四郎のおかげでちょっとした動物園のようになっています。
それが珍しくて牧場へやって来るお客さんも多いので、真選牧場は賑わっているのですが
だからといって違う種類の動物をいっぺんに飼うのは大変なことなのです。
牧場主は諭すように言います。

「いいかトシ…猫ってのはネズミやトリを食っちまうもんなんだ」
「総悟も辰馬も仔猫なんかに負けないくらい強いから大丈夫だ!」

総悟というのはネズミの名前、辰馬というのはニワトリの名前です。

「今は仔猫でも大きくなったら食われるぞ」
「仲間を食わないようにちゃんと躾けるから」
「そうは言ってもなァ…おじさん、猫の躾け方なんか知らねェよ?」
「俺がやるから大丈夫だ。…晋助だって皆と仲良くしてるだろ?」

晋助とはイノシシの名前です。まだ「ウリ坊」と呼ばれるような子どものイノシシですが
将来はもっと大きくなるはずです。そんな大型動物で他の小動物が怪我をしたら…と、その時も牧場主は反対しました。
けれど晋助は、牧場主に懐いていないものの、確かに十四郎の言うことはきちんと守り大人しくしています。
牧場主は諦めたような溜息を吐きました。

「分かったよトシ…ちゃんと面倒みるんだぞ」
「ありがとう、とっつぁん!…アイツらも喜ぶよ」
「…アイツ『ら』?」

十四郎の言葉に牧場主の眉がピクリと動きました。

「トシ…猫は一匹じゃねェのか?」
「二匹だ」
「ハァー…。まあ、今更一匹でも二匹でも同じか…好きにしろ」
「おう」

十四郎はもう一度牧場主にお礼を言って猫達の元へと駆けて行きました。


*  *  *  *  *


「…というわけで、今日から猫が二匹仲間に加わったからな」

十四郎は牛舎の仲間に「仔猫」二匹を紹介しました。
牛舎といっても、十四郎が拾ってきた色々な動物が一緒に暮らす賑やかな場所です。
ネズミの総悟が言いました。

「アンタ、本気でそいつらと暮らすつもりなんで?」
「大丈夫だぞ総悟。こいつらは猫だけど、お前を食わないよう躾けるからな」
「別に…猫だったら敵じゃねェや」

総悟が睨むと、二匹の「猫」の一匹、灰色の猫が十四郎の後ろに隠れました。

「にゃう〜」
「お前…猫のくせに総悟が怖いのか?元々飼い猫だったのかな?」

十四郎の予想通り、灰色の猫は人間に飼われていた猫から産まれました。
けれど「なんか色が地味だから」という理由で産まれて間もなく捨てられてしまったのです。

「名前は何て言うんですか?」

今度はイヌの新八が尋ねました。

「まだ決めてなかったな…。じゃあ…お前は『退(さがる)』な」

十四郎は灰色の猫に「退」と名付けました。

「さがる、ですか?」
「いい名前だろ?『一歩退いて物事を冷静に見、ことにあたれ』という意味があると聞いたことがある。
それから、お前は…うーんと、えーっと………」

十四郎は腕組みをしてもう一匹の「猫」の名前を考えています。
「自分の時より一所懸命考えているな」と退は思いましたが、まだ仔猫で上手く話せないので何も言いませんでした。

「よしっ、お前は『銀時』にしよう!…頭の毛が銀色だから。それでいいか?」
「……なう」

銀時と名付けられた「猫」は了解の返事をしました。
「自分にはいいかどうか聞いてくれなかったな」と退は思いましたが、まだ仔猫で(以下略)


「じゃあ俺はエサをもらってくるから、お前ら仲良くしてるんだぞ」

十四郎は「猫達」を置いて牛舎を出ました。
するとたくさんの動物達が新入りの周りに集まります。

「僕は新八。よろしくね」
「うにゃ」

退はイヌの新八に気に入られたようです。イヌと猫ではありますが、何となく似た雰囲気を感じます。
そして、銀時の方にはウサギの神楽が話しかけます。

「私は神楽アル。よろしくネ」
「な、なう」

皆が歓迎ムードに包まれる中、ネズミの総悟が銀時に向かって言いました。

「アンタ…猫じゃないんでしょう?」
「………」
「何言ってるアル」
「オメーは黙ってろィ。なあアンタ、本当は猫じゃないんでしょう?今は誤魔化せても成長したら分かりますぜ?」
「………」

銀時はボリボリと頭を掻きます。
新八が銀時と総悟の間に入りました。

「あ、あの…この子はまだ、上手くしゃべれないみたいですし…」
「あーあ…やっぱ、俺が猫ってのは無理があったか…」
「えっ…」

これまでほとんど話さなかった銀時が急に饒舌に話し始め、周りの皆は驚きます。

「アンタ、しゃべれるんじゃねェか」
「そりゃあね。俺、口から先に産まれたと称されたくらいだから」
「…それ、褒め言葉じゃないと思いますがねィ。ところで、やっぱりアンタは猫じゃないんでしょう?」
「まあいいや。別に隠しておくつもりもなかったし…俺はトラだよ」
「「トラ!?」」

銀時が素性を明かした途端、辺りは騒然としました。

「何だよ…トラだからってオメーら食ったりしねェよ。俺の好物は果物だから」
「アンタに食われるなんざ思ってませんぜ。この牧場はエサが豊富なんで仲間を食うヤツなんていません」
「だったら…」
「でも、トラはダメなんでさァ。アンタを拾ってきたあのウシ…アイツの親はトラに食い殺されたんでィ」
「ウソ…」
「そういうわけなんで、あのウシの前だけでも文字通り猫かぶってた方がいいと思いますぜ」
「分かった。…仲良くしような、ジミー」
「う、うにゃ?」

銀時は退の名前を覚えていないのか、勝手に「ジミー」と呼びました。
猫のフリをするため、猫の退と仲良くすることを決めたのです。


それからというもの、トラの銀時は猫として十四郎と仲良く過ごしました。


*  *  *  *  *


月日は流れ、二匹の「猫」もすくすくと育ちました。もちろん、銀時の方が退よりも大きくなっています。
けれど十四郎には銀時のことで心配していることがありました。
十四郎は銀時と一番仲の良い(ように見える)退に聞いてみました。

「なあ退…銀時はお前にもあまりしゃべらないのか?」
「どういうことですかにゃ?」
「お前はたくさんしゃべれるようになったのに、銀時は全然しゃべらないんだ。
返事はするから、こっちの言ってることは分かるみたいなんだけど…」
「成長には個体差がありますから、にゃんとも言えませんよ。それに、無口な性格なんじゃにゃいですか?
晋助さんも、そんな感じですし…」
「晋助は俺にだけは結構しゃべってくれるんだ。だから銀時も、一番仲がいい退の前ではしゃべってるのかと…」
「そ、そうですにゃ。俺の前ではうるさいくらいにしゃべりますにゃ」
「そうか…それなら良かった」

十四郎は安心した表情で退の頭を撫でました。

その後、十四郎が席を立った隙に銀時は退を奥へと連れて行ったのです。

「ジミー…なに十四郎さんと仲良くしゃべってんだよ!」
「銀時の旦那、落ち着いて下さいにゃ!」

実を言うと、銀時は十四郎のことがかなり好きなのです。
だから、十四郎と話していた退を羨ましく思ったのでした。

「十四郎さんは、旦那のことを心配して俺に聞いてきたんですにゃ」
「俺のことを?」
「はい。旦那があんまりしゃべらないから心配していたみたいですにゃ」
「そうか…俺だって十四郎さんと話したいけど、しゃべると猫じゃないってことがバレるからな…」
「そうでもにゃいと思いますよ。下手な鳴き真似よりいいんじゃにゃいですか?」
「下手ってなんだよ!これでも頑張ってんだよ!」
「でっでも旦那、『にゃん』って言えずに、いつも『なう』ってなってるじゃにゃいですか」
「仕方ねェだろ!俺ァ猫じゃねーんだからよ」
「だから無理して鳴かにゃいで話せば…。もう話しても不自然じゃないですにゃ」

確かに退も話せるようになっているので、銀時が話しても大丈夫のように思えます。しかし…

「テメーは俺に猫語を話せっつーのか?あ!?」
「ね、猫語?にゃんのことですかにゃ?」
「それだよ!他のヤツらは普通にしゃべってんのに、何でテメーだけ猫語なんだよ!」
「おっ俺、普通に話せてにゃいですか?」
「無自覚か!?」
「自分では…皆と同じにしゃべってるつもりですにゃ」
「…『なにぬねの』って言ってみろ」
「にゃににゅねにょ」
「ほらな!オメーがそんな風にしゃべるから、俺がしゃべれねェんだよ!」
「で、でも旦那にゃら器用だから俺の真似くらい…」
「嫌だね!十四郎さんの前でそんなカッコ悪ィ話し方したくねェ!」

そんなわけで、今日も銀時は十四郎の前でだけ静かに過ごすのでした。



*  *  *  *  *



ある日、朝ごはんの時間になっても銀時だけが起きてきませんでした。
十四郎は心配して退に聞きます。

「退…銀時はどうしたんだ?」
「なんか…眠いとか言って部屋に籠ってるんですにゃ」
「そうか。じゃあ後で様子を見に行ってみるか」
「お願いしますにゃ」


朝ごはんを済ませ、皆が仕事(人間とのふれあい)に出かけた後、十四郎は銀時の部屋へ行きました。
銀時は苦しそうに呼吸をしながら布団に包まっています。

「銀時…具合でも悪いのか?」
「来ないでっ!」
「銀時?」
「ダメっ…十四郎さんは入って来ないで!」
「銀時、お前もしかして…」

十四郎は布団を剥いで銀時の顔を覗き込みました。

「銀時…お前ももうそんな歳になったんだな。大丈夫、病気じゃねェから安心しろ」

十四郎が銀時の頭を撫でようとしたのを、銀時がパシッと払い除けました。

「ダメっ…十四郎さん、早く俺から離れて!…食っちまうから、早く!!」
「食っちまうって…銀時、俺以外のヤツも食いてェか?」

銀時は首を横に振ります。

「十四郎さんのことだって、本当は食いたくねェのに…昨日の夜から俺、おかしいんだ。だから…えっ!」

十四郎は自分の唇を銀時の唇に重ね合わせました。
銀時は驚いて固まってしまいます。

「昨日の夜から我慢してたんだな…気付いてやれなくて悪かった」
「十四郎さん…?」
「場所を移した方がいいな…ここだと皆が帰ってくる。今日は『どようび』ってやつで人間がたくさん来るから
アイツらも夜まで戻って来ないはずだが…トラの発情がどのくらいで治まるのか分かんねェしな」
「はつ、じょう?」
「お前は今、発情期に入ったんだ。…大人になった証拠だぞ。良かったな」
「それより十四郎さん、さっきトラって…」
「ああ…お前は猫じゃなくてトラなんだ。退よりも大分デカいだろ?」
「…俺がトラってこと、知ってたの?」
「銀時も自分がトラだって分かってたのか?」
「はい」
「そうか。お前を拾った時、俺が猫と間違えたせいでお前も自分が猫だと思い込んでるとばかり…
だから敢えて訂正しなかったんだが…そうか、ちゃんと自分のことが分かってたのか。偉いな」

十四郎は銀時の頭を撫でます。今度は銀時もその手を振り払いませんでした。
けれど銀時にはどうしても分からないことがありました。

「俺がトラだって知ってたのに、何でここに置いてくれたんですか?」
「何でって…俺が仲間にしたくてお前を拾って来たんだぞ?」
「でも、それは猫だと思ったからで…本当は俺、トラだから…」
「だから何だ?まあ、猫よりエサ代はかかるが…発情期が終わったら銀時もちゃんと働くんだぞ」
「そうじゃなくて!十四郎さんの親はトラに…」
「…その話、総悟にでも聞いたのか?」
「はい。だから、十四郎さんには俺がトラだってこと隠しておかなきゃダメだって…」
「だからってトラが嫌いなわけじゃねェよ」
「そうなんですか?」
「ああ。確かに親が食われたのは悲しかった。けど…そのトラだって食わなきゃ死んじまうんだ。
だからトラを恨んじゃいねェ。ただ…腹が減ってるトラには近寄りたくねェから…銀時、早く朝メシ食え」
「あ、はい…」

銀時はゆっくりと体を起こしました。

「食ったら小屋に行くぞ」
「小屋?」
「しゃべってたって発情は治まんねェんだ。だから、落ち着ける場所に行くぞ」
「十四郎さん、それって…」
「俺とはあまり口聞いてくれないから、お前に嫌われてるんだと思ってた。でも違ったんだな」
「あ、あの…」
「発情期に思いが強まるってのはそういうことだろ?…俺も同じだから分かる」
「同じって…」
「銀時、好きだよ」
「十四郎さんっ!」
「っ!!」

銀時が十四郎に飛びつくと、十四郎は体を硬直させました。

「とっ十四郎さん?」
「…メシ食う前に、近寄るんじゃねェって…」
「あ、ゴメンなさい。でも俺、どんなに腹が減っても十四郎さんは食べません!」
「それは分かってる。ただ…こういうのは本能的なモンでどうにもならねェんだ」
「じゃあ腹いっぱいメシ食ってきます!そしたら、あの…」
「ああ…満足するまで付き合ってやっからな」
「ありがとうございます。あの…十四郎さんの時は、俺がずっと付き合います」
「ったりめーだ」


こうして十四郎と銀時は結ばれ、末長く幸せに暮らすのでした。


(10.07.17)


元ネタは言うまでもなく干支みくじです。「丑」にするか「牛」にするか迷った挙句、「ウシ」表記にしました。それから、山崎が干支みくじにいなかったので

干支にいない動物ってことで猫にしました^^ それと、この話で書きたかったのは土方さん(十四郎)に敬語を使う銀さんです。十四郎の方がやや年上で

拾ってもらった恩もあるので敬語を使っています。恐らく、他の拾われたメンバーもほとんど敬語なんだと思います。

エセ児童書風のナレーションが続いたのは偶々です。狙ったわけではありません。 ここまでお読み下さりありがとうございました。

追記:おまけを書きました。発情していたすだけの話です。→

 

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