※形だけですが、銀さんは一応既婚者です。苦手な方はご注意ください。
※テーマは「愛人」ですが、本妻との争いのようなものは一切ありません。
日本有数の財閥・坂田家の長男に生まれた俺は一度も親に逆らったことなんかない「いい子」だった。
俺のことを「勝ち組」なんて言うヤツがいるが、言いなりに生きてるだけで戦いもしない俺が「勝ち」なわけないだろ。
本当に勝ち組なのは、自分自身で「勝とう」と思って戦って勝ったヤツだ。
戦おうともしない俺は常に不戦敗だ。でも、戦わなくても生きていけんだから別に戦いたいとも思わない。
そして二十五歳になった今年、親の勧める相手と見合いをし、結婚した。
好きな人は他にいたけど、最初から惚れた相手と結婚できるなんて思ってなかったから別にいいと思ってた。
結婚相手は美人だし、俺と結婚できて嬉しいと言っていたし、互いの親も喜んでいる。
これで子どもが何人かできりゃ「坂田家は安泰だ〜」とか言われてめでたしめでたし…の、はずだった。
でも…結婚して三ヶ月、俺は一度も彼女を抱けなかった。
意外に繊細にできていた俺の身体に自分でもビックリだった。
こんな状況じゃ彼女も辛いだけだろうと、土下座して離婚を切り出したらあっさり却下された。
「アナタは親の顔を立てて結婚しただけでしょう?私もお金目当てだから…浮気でも何でも、どうぞご自由に」
清々しいくらいに本音をぶちまけた彼女は尊敬に値すると思った。
彼女は幼い頃に親の借金で苦労した経験から、金に不自由しない暮らしを何より望んでいるのだという。
だから、それ以外の…愛情とか子どもとか、そういうのがない生活でも一向に構わないと言い切った。
まあ、彼女がそれでいいならと俺達は形式上の夫婦を続けることになった。
同じ家に住み続けるが、夫婦の寝室をそのまま彼女の部屋にして、客間の一つを俺の部屋にした。
彼女が夫婦の営みを求めていないと分かり少し気が楽になったが
だからといって彼女の言うように浮気をする気はない。
前にも言ったが俺には好きな人がいる。でもその人に好きだと言うわけにはいかないんだ。
禁断の関係その七:愛人
「おはようございます、旦那様」
「んー…十四郎、今何時?」
「七時でございます」
「あー…今日は仕事休みだった気がする…」
「気のせいでございます。さあ、早く起きて下さいませ」
「ちぇー…」
仕方なく体を起こすと十四郎はクローゼットから着替えを持ってくる。
この十四郎って男はこの家に住み込みで働いている執事だ。
十四郎は俺より二つ上の二十七歳で、俺が五歳の頃から世話係をしてくれている。
…まあ、最初の頃は単なる遊び相手って感じだったけどな。
この家は結婚する時に建ててもらった。二人で住むには無駄に広くて、使用人の方が圧倒的に多いけど
何やかんやで来客も多いし、こうなった今、家庭内別居もしやすいから便利っちゃあ便利だ。
「旦那様、朝食はどちらで召し上がりますか?」
「あー…今日から下で食べるから」
「かしこまりました」
今まで彼女を抱けなかったのが気まずくて、朝はこの部屋で一人で食べることが多かった。
でもその件に関しては昨日決着がついたので、もう避けるようなマネはしなくていいだろう。
「それからさァ、十四郎…」
「何でございますか、旦那様」
「その『旦那様』ってのやめにしない?前みたいに名前で呼んでよー」
結婚前、実家にいた頃は俺のことを名前で呼んでいたのに
結婚してこの家に移った時から俺を旦那様と呼ぶようになった。そりゃ、間違いじゃないけどよー…
「ですが…」
「別にいーじゃん。十四郎とは長い付き合いなんだからさァ…ねっ?」
「…分かりました、銀時様」
「よしっ、じゃあ俺のお願いを聞いてくれた十四郎にご褒美のチューを…」
「そういうことは奥様として下さいませ」
「ハハハハ…」
十四郎に抱き付いてキスをしようとしたら掌でガードされた。…昔はさせてくれたのにな。
…そう、俺の「好きな人」というのは、この執事の十四郎のことだ。
いつからなんて覚えてない。…多分ずっと前、会って間もなく俺は十四郎に惹かれたんだと思う。
十四郎と出会って二十年。つまり、俺の片想い歴は二十年近いってことだ。
そんなに好きなのに告白しないのかって?…できるわけないだろ。
十四郎は俺の執事なんだ。そりゃあ、長年の付き合いだから「絶対服従」って感じじゃないけど
でも十四郎は立場上、俺のことを本気で拒絶することはできない。そんな理由でこの想いを受け入れられたくはない。
だからじゃれ合うフリして抱きついたり軽くキスしたりすることしかできなかった。
それも、俺が結婚してから次第に拒まれるようになったけどね。
まあ、普通に考えりゃ正しい行動なんだよ。自分の旦那が執事にキスすんのを喜ぶ妻なんていねェだろ。
十四郎は基本的に俺の世話係だけど、既にこの道二十年のベテランだから、この家の使用人のまとめ役もしている。
だから「奥様」が嫌がりそうなことはしない。ただ…奥様は俺が何しようと興味無いんだけどね。
ていうか、ここんトコずっと俺が客間で寝てるんだからさァ…いい加減、気付かないもんかね?
実際、他の使用人たちが「上手くいってないみたい」って噂してるの知ってるよ?
他のヤツらは通いで、十四郎だけがここに住み込みなのに気付かないって逆にすげェよな…。
もしくは…気付かないフリをしてる、とか?あー…十四郎ならそのくらいの気遣いはできそうだよなァ。
どちらにしても、そのうち十四郎には俺達のこと話そうと思う。
それで、何が変わるかは分からないけど、いつまでも奥様が好きなんだと思われていたくはないからね。
* * * * *
「夏はお義母様とスイスへ行くことになったわ」
ある日の夕食時、彼女がそんなことを言った。…母さんとは随分仲良くなったみたいだな。
会社がお盆休みになったら来ないかと誘われたが断わった。
せっかくだから家でゴロゴロしたい。…実家にいた頃は毎日誰かしら来てたからなァ。
そうだ!会社が休みの間、他の使用人にも休みをやれば、十四郎と二人きりで過ごせるんじゃね?
…二人きりだからって何かするつもりはねェよ。でも…できれば一緒に酒でも飲みたいなァ。
二十歳過ぎてから何度も誘ってんのに「仕事中」って断られてた。…ていうか、十四郎が俺といる時は
全部仕事中じゃねェか…。家に俺と十四郎しかいないなら飲んでくれないかな?
それからの俺は、家で十四郎と過ごす夏休みの計画を色々練っていた。
* * * * *
「十四郎、ただいまー!」
明日からは待ちに待った夏休み。…といっても一週間だけだけど。
交代で庭の巡回をする警備員だけを残し、それ以外の使用人にはまとめて休みを取らせた。
今夜から一週間、この家で十四郎と二人っきり…すげェわくわくする!
勢いで抱き付こうとしたらサラりとかわされた。…相変わらずつれねェの。
「おかえりなさいませ、銀時様」
「ねえ、十四郎…今日の夕飯は一緒に食べようぜ」
「ですが…」
「今日は俺と十四郎しかいねェんだからいいじゃん。だいたい、この家の主人は俺だぞ?俺がいいって言ったらいいの」
「わ、分かりました」
「じゃあ俺、着替えてくるから十四郎はご飯の用意お願いねー」
「かしこまりました」
ちょっと強引だとは思ったけど、真面目な十四郎にはあれくらいやんなきゃダメだからな。
俺は自室に入ってスーツを脱ぎ捨てる。
…そういえば、十四郎に着替えを手伝ってもらわないのって久しぶりな気がする。
十四郎は俺の執事だから、いつもは家事より俺の世話優先だもんなァ。
でも今は俺と十四郎しかいないんだから、俺も自分でできることはやんないとな。
ていうか、十四郎の傍で着替えるのはちょっとドキドキすんだよね…。十四郎は気にしてないんだろうけど。
着替えて食堂へ行くと既に食事の準備が整っていた。
「おー、美味そう!」
「ありがとうございます」
「ところでさァ…十四郎のは何で俺のと違うの?」
「えっ?」
俺の席の隣にある料理は、俺の席に並べられているものと違っている。
でも十四郎は、何で指摘されたか分かっていないようだ。
「十四郎も俺と同じの食べればいいじゃん」
「そういうわけには…」
「十四郎がそういうつもりなら俺にも考えがあるぞ…。今から十四郎は夏休みだ!」
「えっ、あの…」
「それで、十四郎は夏休みに俺の家に遊びに来たってことにする!」
「遊びに、ですか?」
「そう!つまり十四郎はお客様だから、こっちに座ってー」
「ええっ!そそそそんな…」
「いいから、いいから…はいっ!」
俺は強制的に十四郎を俺の席に座らせる。
「あっ、ワイン飲もうぜ?俺、持ってくる」
「でしたら私が…」
「だぁめ。十四郎はお客様なんだから座って待ってて!」
その後も何かっつーと「仕事」をしようとする十四郎を無理矢理座らせて、一緒にワイン飲みながら食事をした。
十四郎はあまり酒に強くないらしく(俺もだけど)、二人で一本飲んだだけでフラフラになっちまった。
「十四郎、ここ座って」
「んっ」
互いを支え合うようにして食堂を出て、近くのソファに並んで座る。
飲み過ぎた十四郎は顔が真っ赤で目がトロンとしてて、何だか可愛い…俺も、かなり酔ってんな。
明日も明後日も二人きりなんだし、今日はもう寝るか…。
「十四郎、もう寝ようか?」
「んー…」
「…な、なに?」
十四郎はじっと俺を見てる。…なっ、なに?俺、何か変なこと言った?
えっ?ととっ十四郎が俺の首に腕を回して…だんだん顔が近くに…えっ、マジで?マジですかァァァ!?
「………」
…マジでした。マジで十四郎が俺にキスした…。俺…十四郎とキス、しちゃった。
「とっ十四郎…?」
「好きです」
「えっ…」
「銀時様が、好きです…」
「十四郎…」
十四郎が俺の頬を撫でる。その貌は、今にも泣き出しそうだ。
もしかして十四郎…ずっと、俺のことを?その想いを隠したまま、ずっと俺の傍にいてくれたの?
「十四郎!」
俺は十四郎を抱き締めた。
十四郎も俺を抱き締めてくれた。
「俺も、十四郎が好き!ずっと…ずっと好きだった!」
「銀時様っ!」
その夜、俺達は初めて肌を重ねた。
* * * * *
翌朝、先に目覚めたのは俺だった。…十四郎に起こしてもらわなかったのって久しぶりだな。
その十四郎はすぐそこにいる。
俺達は昨夜、ソファで愛し合ってそのまま寝ちまった。俺…十四郎と繋がったんだよなァ。
なんか、頭の中ふわふわしてて夢だったんじゃないかって思えるほどだけど…でも、夢じゃないんだ。
俺、十四郎と両想いになったんだ!…あっ、でも、かなり酔ってたから、十四郎が覚えてなかったらどうしよう…。
…今更後に引けないよな。もし十四郎が昨日のこと覚えてなかったら、今度は俺から好きだって言おう!
十四郎も俺のことが好きなんだから、もう執事とか主人とか関係なくOKもらえるよな?
そう思ったら早く想いを伝えたくなって、俺は十四郎を揺り動かす。
「十四郎、起きてー」
「んっ…ぎんとき、さま?……あっ!」
目を開けた瞬間は状況が分からなかったみたいだけど、最後の「あっ!」は思い出したってことだよな?
「とうし…」
「も、申し訳ございません!!」
「へっ?」
十四郎は寝起きとは思えない素早さでソファから下りて土下座した。
…えっ、何で謝ってんの?
「十四郎?」
「本当に申し訳ございません!!どのような処罰もお受けいたします!!」
「あ、あのさァ…処罰って何のこと?」
「…昨晩のこと、覚えていらっしゃらないのですか?」
「えっ、昨日?何か謝られるようなコトあったっけ?」
「…銀時様が覚えていらっしゃらなくても、私の罪がなくなるわけではございません。本日をもって、私は…」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!せっかく両想いになれたのに辞めないでよ!」
「!!」
ずっと頭を下げ続けていた十四郎が漸く顔を上げた。
「昨晩のこと…覚えていらっしゃるのですか?」
「もしかして十四郎が言ってる『罪』って、俺のこと好きだって言ったこと?」
「っ…」
「それともキスしたこと?それとも…エッチしたこと?」
「全て…覚えていらっしゃるのですね」
「そりゃあ覚えてるよ。すっげェ嬉しかったから」
「うれ、し…い?」
十四郎は「信じられない」みたいな貌してる。
「あれっ?俺も十四郎が好きだって言ったこと、覚えてないの?」
「…覚えて、います」
「良かったァ。まあ、もし忘れてたらもう一回言うつもりだったんだけどね」
「あ、あの…申し訳ございません」
「…何で謝るの?俺のこと好きだって言ったのは嘘だったの?」
「そういうことでは…」
「だったらいいじゃん。俺は十四郎が好きで、十四郎も俺が好き。…何か問題ある?」
「ですが…お、奥様が…」
あっ…十四郎と両想いになれたことに浮かれてて一番重要なこと言い忘れてた。
そうか…。それで十四郎は謝ってたのか…。
「あのさァ…俺達、夫婦って言っても書類上だけだから」
「書類上?」
「そっ。彼女は金目当てで、俺も親がしろって言うから結婚しただけ」
「………」
「ていうかさァ…十四郎は何の疑問も抱かなかったわけ?俺がずっと客間で暮らしてんのにさ…」
「ご夫婦の問題ですから、私が立ち入るものではないと…」
「そういうとこ、本当に真面目だよねー。でも、まあ、これで謝る必要がないって分かったでしょ?」
「で、ですが…」
「いいの!そりゃあ、公にできる関係じゃないけど…でも、互いに好きだってことが分かればそれでいい」
「………」
十四郎の表情はまだ冴えない。やっぱ…形だけでも「愛人」ってなるのは抵抗があるのかなァ。
「十四郎が嫌なら俺、離婚する」
「えっ!」
「離婚したら彼女は坂田家の人間じゃなくなるけど、俺の財産…この家も含めて全部あげれば金に困ることはないし
離婚してくれると思う」
「そんな…」
「俺、十四郎がいてくれれば何もいらない!」
「………」
十四郎は色んなことを考えてるみたいだ。でも俺だって、今更十四郎を手放すことなんてできない。
「本当に…奥様とは書類の上でのご関係なのですね?」
「うん。それだって十四郎が嫌なら…」
「奥様は、この家の奥様でいることを望んでいるのでしょう?」
「そうだけど…」
「そのくらいの願いを叶えることしか、私にはできませんが…」
「えっ?それってどういう…」
「これからも…よろしくお願いいたします」
絨毯の上に正座したままだった十四郎は、深々と頭を下げた。
でもこれは、さっきまでの謝罪のためのものとは違う。十四郎は俺との関係を続ける決意をしてくれたんだ!
書類上の夫婦関係を残すのは彼女への罪滅ぼし。
「十四郎!」
俺は十四郎に抱き付いた。
誰にも言えない関係だけど、それでも俺は十四郎が傍にいてくれるだけで幸せだ。
十四郎も、そう思ってくれていたらいいな。
(10.07.13)
漸く「禁断」っぽい話が書けました、かね?もっとドロドロしたものの方がお題には相応しいのでしょうが、これが私の精一杯です。この後も二人はこっそり関係を続けていきます。
まあ、例え奥様にバレたとしても問題ないとは思いますけどね。それから、また一番重要な所(エロ)をカットしてしまいすみません^^;本編は攻受不明&全年齢対象にしたいので…。
執事は一度書いてみたかったんです。「旦那様」とか「銀時様」とか呼ぶ土方さんに萌えます^^ 機会があれば銀さんが執事の話も書いてみたいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
追記:おまけ書きました→★
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