毎年五月末に行われる生徒会役員選挙。
入学して二ヶ月足らずで、俺はクラスメイトから推薦されて選挙に出ることになった。
クラスから最低一名は立候補することになっているのだが、入学したてで右も左も分からないうちから
生徒会に入ろうとする一年生は少ない。そこでクラス全員による投票の結果、俺が選ばれたってわけだ。
恐らく理由は「真面目そう」とかそんな感じだろう。同じ理由で中学時代も学級委員をやらされたことがある。
まあ、選挙なんだから受からなければいいかと軽い気持ちで出てみたら、学年トップの得票率で当選してしまった。
決して積極的にやりたかったわけではないが、選ばれたからには仕事はきちんとこなすつもりだ。
ちなみに生徒会役員は一・二年のみで、各学年四人ずつだ。
実際に仕事が始まるとかなり忙しいがやりがいもあり、それなりに楽しくもあった。
それに、仕事の内容以外にも俺が生徒会を気に入った理由がある。
俺は同じ生徒会役員の一人を好きになったんだ。
その人の名は坂田銀時。学年は一コ上で、生徒会長をやってる。
生徒会長というととても真面目でしっかりした人を想像するが、坂田先輩はむしろ真逆だ。
会議には率先して(?)遅刻するし、全校集会での挨拶も第一声が「ナニ話すんだっけ?」だった。
同学年の生徒会メンバーから「いい加減にしろ」と言われても「中弛みの二年生って言うだろ」と
気にする素振りもない。
だからといって本当にいい加減なわけではない。坂田先輩はやる時はやる人なんだ。
ただ、まあ…その「やる時」が人より少し…いや、かなり少ないだけで…
とにかく、生徒会長に選ばれるくらいだから、坂田先輩はそれなりに立派な人なんだ…多分。
…実は、俺も何で坂田先輩を好きになったのか分からない。
一緒に仕事をしていく中で、長所はたくさん知れた。…それ以上に短所も分かったけど。
坂田先輩のいいところは皆に公平であることだ。これが簡単なようでなかなか難しい。
前にも言ったように、生徒会は一・二年生で構成されている。けれど当然、学校には三年生がいる。
「受験に専念する」という名目で部活も委員会も既に世代交代しているが、それでも三年生の力は大きい。
簡単に言うと、先輩からの頼み事は断りにくいのだ。
けれど坂田先輩は、相手が先輩だろうと後輩だろうと同じに扱う。
それぞれの意見を聞いて、生徒会として出来ることと出来ないことをハッキリ伝える。
そんな坂田先輩を好きになったと気付いて、でも別に告白とかはしていない。
一緒に仕事をする仲間だから、フラれたらその後がやりにくくなる。
そもそも男同士だから、フラれる以前に気持ち悪がられて生徒会を辞めさせられるかもしれない。
そう思ってたんだけど…最近、ひょっとするかもしれないと思えてきたんだ。
禁断の関係その六:上下関係
翌年の五月―中間テスト最終日―俺はクラスメイトと帰宅せずに生徒会室へ向かった。
特に用事があるわけではない。今月末の役員選挙の準備も、テスト期間中は休止だ。
けれど何となく生徒会室へ寄るのが日課になっている。
どうせ誰もいないだろうと思ってドアを開けたら、そこには坂田先輩がいた。
「あれェ…多串くんじゃん。どうしたの?」
「多串じゃありません。土方です。…ここで昼メシ食おうと思って」
「俺もメシ食ってたとこ。じゃあ、一緒に食おうぜ」
「はい」
俺は坂田先輩の隣で弁当を広げ、全体にまんべんなくマヨネーズをかけて食べる。
「多串くん、相変わらずのマヨラーだね」
「多串じゃありません。土方です。…坂田先輩もあんパンにイチゴ牛乳って、相変わらずの甘党ですね」
「まあね。ところで多串くん…」
「多串じゃありません。土方です」
「その、ヅラの真似みたいなのやめない?」
「人が嫌がる呼び方をする坂田先輩が悪いんですよ」
「ヅラ」というのは同じ生徒会メンバーの桂先輩のことだ。
桂先輩は坂田先輩から「ヅラ」と呼ばれ、毎回毎回「ヅラじゃない。桂だ」と返している。
でも坂田先輩は懲りずに「ヅラ」と呼び続けている。
「親しみをこめてあだ名で呼んでるんだから嫌がることないじゃない」
「桂先輩はともかく、多串のどこがあだ名なんですか?」
「えー…だって初めて見た時、多串くんっぽいなって思ったんだもん」
「…俺に似てる知り合いがいるとかですか?」
「いーや。今まで多串なんてヤツに会ったことねェよ」
「じゃあ何で…」
「まあ、いいじゃないの。ところで多串くん…」
「多串じゃありません。土方です」
「…もうそれ、やめよう?話が進まないからさ…」
「…それで?何なんですか?」
「多串くんが生徒会に入ってもうすぐ一年だね」
「………はい」
一瞬、多串じゃないと言おうとしてやめた。
何度言っても坂田先輩はまともに呼ぶ気はないみたいだから、ここはとりあえず流しておくしかない。
「俺もあと半月で引退か…」
「そうですね」
今月末に役員選挙が行われ、新役員に引き継ぎをして先輩は引退になる。
「…もう、半月しかないんだよ?」
「何か、やり残したことでもあるんですか?」
「俺じゃなくてさァ…多串くん、何か俺に言いたいことない?」
「…一年間、お世話になりました」
「そういう一般的な挨拶とかじゃなくて、もっと、こう、個人的な…」
「坂田先輩、言ってる意味がよく分からないんですけど…」
本当は分かってる。坂田先輩は俺の想いに気付いていて、俺から言わせるつもりなんだ。
でも、言わせたいってことは坂田先輩だって…ってことだろ?だから俺は敢えて何でもないフリをする。
「だからさァ…俺と一緒に生徒会できんの、あと半月なんだよ?」
「それはさっきから言ってるじゃないですか」
「半月って言うとまだまだ先だって思うかもしれないけど、実際に学校来るのは十回くらいだよ?」
「そうですね」
「その十回だって、毎回ここに来るわけじゃないから、俺とここで会うのなんてほんの数回だよ?」
「そうかもしれませんね」
「しかも二人っきりになるのなんて、今日を逃したらないかもしれないよ?」
「そうでしょうね。…明日からは選挙の準備ですから」
「でしょ!?だったら…」
「だったら、何ですか?」
「だからァ!」
坂田先輩は少し語気を荒げて頭をガシガシと掻く。…俺が何も言わないことに苛立ってきているみたいだ。
「もしかして坂田先輩、俺に言いたいことがあるんですか?」
「えっ?ななな何言ってんの?言いたいことがあるのは多串くんの方でしょ?」
坂田先輩はあからさまに動揺を見せる。…こんな先輩初めて見た。ちょっと、可愛いかも。
「どう見ても言いたいことがあるのは先輩の方でしょ?何ですか?」
「だだっだから、多串くんから言っていいって!生徒会長じゃなくて、坂田銀時個人に伝えることがあるでしょ?」
「さあ?」
「大丈夫だって!ほら、言ってごらん?先輩がちゃーんと受け止めてやっから」
「…何で上から目線なんですか?先輩って言っても、今は同い年ですよね?」
俺はつい先日誕生日が来て十七になった。そして十月生まれの坂田先輩もまだ十七歳だ。
「なになに?多串くんは、俺の誕生日を覚えちゃうくらい俺のことを考えているのかな?」
「別に…。ただ、去年の十月十日に生徒会費でケーキ買おうとして、皆から怒られてたから覚えてるだけです」
「あっそ…。まあ、誕生日が毎年休日の多串くんは、皆に祝ってもらえなくて可哀想だよね〜」
「先輩…俺の誕生日を覚えちゃうくらい、俺のことを考えてくれてるんですか?」
「あ…ちちちち違うからっ!俺は生徒会長としてメンバーのことを知ってるだけだ!」
「へェ…。じゃあ、総悟の誕生日はいつですか?」
先輩の言葉が嘘だってのは分かり切っているけど、試しに俺と同学年の生徒会役員の名前を出してみた。
「えっと、えーっと……こっ個人情報だから、沖田くんの許可がないと教えられないなァ」
「俺も知ってるんで、大丈夫ですよ」
「いやーダメだよ。そう言って聞き出す作戦かもしれないからね」
「そうですか…。ちなみに去年の総悟の誕生日、先輩は総悟にタカられてましたよね?
それなのに覚えてないんですか?」
「あれっ、そうだっけ?…じゃなくて、覚えてるって言ってんだろ!覚えてるけど言わないだけだ!」
「はいはい。ところで坂田先輩…」
「あ?」
「俺、学校ある日は毎日ここに来てますから」
「えっ、そうなの?…ていうか、何で急にその話?」
「ついでに言うと、来期の生徒会役員選挙にも立候補してるんで、六月以降もいると思いますよ」
「ああそうなの?…いやだから何で今?」
「だから先輩…俺に言いたいことがあったらいつでも来て下さいね」
「なっ!」
先輩は顔を真っ赤にして口をパクパクさせてる。
「口から先に生まれた」と称されるほど口が達者な先輩のこんな姿、俺しか見たことないかもしれない。
「安心していいですよ。先輩の言うことは誠心誠意、受け入れますから」
「なななな何言ってんの?可愛い後輩の言うことは聞いてあげるって、さっきから言ってんじゃん」
「先輩…俺のことが可愛く見えるんですか?それ、かなりヤバくないですか?」
「ちちち違うって!可愛いっつーのはそういう意味じゃなくて…」
「照れなくてもいいですよ。正直、可愛いって言われても微妙ですけど…まあ、見方は人それぞれですからね」
「だから違うっつーの!可愛い後輩っつーのはそういう意味で言ったんじゃなくて…」
「冗談ですって。先輩が俺のことを、ただの後輩の一人としか見てないことは知ってますから…」
「え、いや…」
わざと沈んだフリをしてみたら、先輩はかなり狼狽えだした。
「いいんです。本当は、今月末で俺との縁が切れるからせいせいしてるんでしょ?」
「そんなことない!会長の俺がテキトーだから、今年のメンバーには本当に助けられたと思ってるよ。
…とっ特に、多串くんとは、生徒会の仕事以外の話も色々してみたいなァ、なんて…」
「坂田先輩」
「な、なに?」
「今度の土曜日、一緒に映画でも行きませんか?」
「へっ…?えいが…エイガ……あぁ、映画!って…えっ?」
「嫌ならいいですけど…」
「いっ嫌じゃない、よ?」
「じゃあ駅前に…十時集合でどうですか?」
「あ、いいよ」
「それじゃあ…土曜日、十時に」
「う、うん」
展開についていけずポカンとしている先輩を残し、俺は生徒会室を出た。
そして昇降口まで来たところでガッツポーズをする。
やったァァァ!!坂田先輩とデートだ!何着て行こう…。坂田先輩はどんな恰好で来るかなァ…
それから土曜日までの数日間、俺はずっとソワソワしっぱなしだった。
生徒会室での感じだと、坂田先輩から好きだって言ってもらえるのはもう少し先になるだろう。
だが例え言葉に出さなくても俺達は既に両想いってことだよな?
(10.07.11)
こんなところで終わってすみません^^; もちろんこの二人は両想いですよ。学生にとって学年の上下って大きな違いですが、実際は1つか2つしか歳が違わないので
必ずしも先輩の優位にはことが進まないってことを…書きたかったのですが、あまり上手く書けなかった気もします。しかも、生徒会らしいところがほとんど書けなかった。
これなら部活の先輩・後輩とかでも一緒ですね。余裕ぶっていますが土方くんだってまだまだ未熟なので、土曜日までにデートの下見とか何度もしそうです(笑)。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
追記:続き書きました→★
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