「誕生日おめでとう、銀時。今日はお前の好きな甘いものを好きなだけ食べていいぞ」
「好きなだけってよー…」
「団子に饅頭…大福もあるぞ。ほら、遠慮なく食べなさい」
「誕生日くらい、ケーキとかさァ…」
「ケーキ!?日本人は和菓子だろ!」
「でもよー…」
「いかんぞ、銀時。ケーキなど食していては、ますます髪がくるくるになるぞ」
「えっ、マジで!?」
「うむ。あのフワフワなクリームは、髪の毛をもフワフワにしてしまうのだ」
「そうだったのかァ…」

ガキの頃は、親父のこんなアホみたいな言葉も素直に信じてた。…今、俺もアホだと思っただろ?
だって親父はムカつくくらいサラサラヘアーなんだよ!仕方ねェだろ!?

親父がケーキを毛嫌いする理由、それは自分が和菓子屋だからだ。
俺の家は江戸時代から続く老舗の和菓子屋だ。でもただ歴史が長いってだけで、特別儲かってるわけじゃない。
…向かいの店の繁盛振りとは大違いだな。

向かいの店ってのはケーキ屋だ。二十年くらい前に開店したんだけど、ここ数年は毎日客で溢れている。
どうやら腕のいい職人(パティシエって言うんだっけ?)が入ったらしい。
一度食ってみたいけど、親父がうるせェからな…。

向かいにケーキ屋ができてから、親父のケーキ嫌いには拍車がかかった。



禁断の関係その三:敵同士



「銀時…あの店に対抗する術は何かないか?」
「別に、ウチの売り上げが落ちてるわけじゃねェからいいだろ?」
「そんなことでどうする!あの店を潰す勢いでいかなくては!」
「潰したいなら勝手にやれよ、ヅラ…」
「ヅラじゃない親父だ!」
「るせェよ…だいたいなんでオメーが俺の親父なんだよ…」
「銀時、お前は由緒正しい和菓子屋『づらや』の現店主という設定だぞ!」
「設定とか言うなよ…」

親父に言われて和菓子作りを学びながら高校を卒業した後、専門学校を出て、俺は店長になった。
店長って言っても、親父が社長だから全然偉くないんだけどな。

「つーか、何だよ『づらや』って…とらやのパクりか?」
「老舗和菓子店らしい良い名だろ?…そうだ!向かいの店を潰したならばお前を社長にしてやろう!」
「こんな店の社長になれたところで嬉しくもなんともねェよ」
「そうか!店主としてあの店を潰すか!さすが我が息子!」
「そんなこと言ってねェし…」
「では打倒『LeConde(ルコンド)』のため、二人で頑張ろう!ハッハッハー」
「…人の話、聞けよ」

こんな感じで親父はいつも勝手に話を進めちまうんだ。
…あ、『LeConde』っつーのは向かいのケーキ屋の名前な。


*  *  *  *  *


「水羊羹六つお願いします」
「はいはーい」

ある日の夕方、若い男が店に来た。
若い男が店に来ることは滅多にないからか、奥にいた親父も店まで出てきた。
親父はその男をジロジロと見ている。…客に対して失礼だろうが。

「貴様…バターのにおいがする」
「えっ」
「あー…お客さん、すいませんね。ウチの親父かなりボケてるんで…」
「人をボケ老人扱いするでない!」
「お客さんに失礼だろーが!…ホント、すいませんね。水羊羹、どーぞ」
「あ、はい…」

俺が水羊羹を包んで渡そうとすると、親父が横からひったくった。

「何してんだよ、クソ親父!」
「クソ親父じゃない親父だ!」
「るせェよ!お客さんが買ったものを横取りすんじゃねェ!」
「こんなバター臭い男は客などではない!」
「おいぃぃぃっ!失礼なこと言うなよ!…本当に、すみません」
「あの…バター、お嫌いだったんですね。仕事を終えてすぐに来てしまったので…」
「仕事?」
「はい。実は…」
「トシぃぃぃ!その店に入っちゃいかーん!!」

向かいの店からいきなり白衣を着たゴリラが乱入してきて、水羊羹のお客さんの腕を掴んで外まで連れ出す。
…白衣っつっても医者が着るやつじゃなくて、コックとかが着るやつな。
このゴリラは向かいのケーキ屋の店長だ。しかも、俺と違って店長兼社長だ。そいつが来たってことは…

「お客さん、向かいの店の店員?」
「トシに気安く話しかけないでもらおうか、桂のバカ息子!」
「近藤、貴様…銀時をバカ呼ばわりしていいのは俺だけだ!」
「いや、オメーもバカ呼ばわりすんなよ…」

俺の言うことなど無視して、親父とゴリラ―ケーキ屋の近藤店長―は店先で口論を始めた。
すると、近藤がトシと呼んでいた水羊羹のお客さんが、二人の目を盗んでこっそり店に入ってきた。

「あの…なんかすみません。…お釣りは結構ですから」
「ちょっと待って」

お客さんは余計にお金を置いて帰ろうとするので、俺は慌てて引き止める。

「親父が失礼なこと言ったし、これは差し上げます」
「そんな…俺が来たばっかりにお店にご迷惑をお掛けしてしまって…」
「いいって!そんでさァ…お客さんは向かいのケーキ屋の店員?」
「店員というか…ケーキを作っています」
「あぁ!腕のいい職人ってお客さんのことだったんだ〜」
「そんな…」

なるほどね…。腕が良くて見た目もいいとくれば、そりゃ店は繁盛するわな。
俺だって、どうせ食うならあのゴリラ店長が作ったケーキより、この人のがいいもん。
…あれっ?何かおかしくね?いくらイケメンでも男だよ?俺別に、そっちの趣味ねェし。

そんなことを考えている間も、親父とゴリラはぎゃあぎゃあ言い争いをしてる。

「よく飽きもせずやるねェ…」
「本当にすみません。まさか近藤さんがここまで来るなんて…」
「あー、いいのいいの。うちの親父が勝手にお宅の店をライバル視して絡んでるだけだから」
「勝手にって…お父様と近藤さんは幼馴染なんですよね?」
「あ、そうなの?親父の昔話なんか聞いたことなかったからさァ…」
「昔から、何かにつけて争っていたと言っていました」
「ふぅん…。それでわざわざウチの向かいに店を構えたってわけ?」
「それが、知らなかったようです。挨拶回りに行って、初めて気付いたと言っていました」
「…それなのにお客さんはどうしてウチに来てくれたの?」
「田舎から両親が出てきていて…ここの水羊羹が好きなんですよ」
「へぇ〜、そうなんだ。…ありがとうございます」
「いえ」


こんな感じで、俺とトシくん(だったよな?)のドタバタ初対面は終わった。



*  *  *  *  *



それから色々雑誌とかを見てみたら、トシくんの記事がいっぱい載ってた。
土方十四郎っていう名前で、ヨーロッパで修行を積んだ本格派で、いくつか賞も取ったことあって…
自分でも、何でこんなに一所懸命トシくんのこと調べてるのか分からない。でも、なんか気になるんだ。


「おはようございます、桂さん」
「………」
「桂さん?」
「へっ?…あー、俺のことか!」

朝、店の前を掃除してたら後ろから声を掛けられた。トシくんだ!…やべェ、なんかドキドキしてきた。

「おはようございます。桂さん、先日は失礼いたしました」
「いえいえ。…ところでその『桂さん』ってのやめません?」
「え、でも…」
「確かにね、親父がアイツってことは俺も桂なんだけどさァ…でも、俺じゃねェみたいだから名前で呼んで」
「名前?えっと…」
「銀時。覚えてね、トシくん」
「あ…」
「あれ?俺がトシくんって呼んじゃダメだった?」
「ダメじゃないです」

トシくん、なんか赤くなってるような…気のせいかな?

「トシくんは、これから仕事?」
「あ、はい。…銀時さんも、ですよね?」
「ああ」
「それじゃあ」

あー…もうちょっと話していたいなァ。そうだ!

「あのさァ…今度、トシくんの作ったケーキ食べに行っていい?」
「もちろんです。…あ、でも、お父様が…」
「あー…そうだった。この前みたいに店先でケンカされると迷惑だよなァ…。でもケーキ食べたいし…」
「あのっ、よかったらウチに来ませんか?」
「えっ!ウチって…トシくんの家?」
「はい。もしよかったら、ですけど…」
「それってトシくんが俺だけに作ってくれるってこと?」
「あ、はい。…銀時さんが、嫌でなければ…」
「いいに決まってるじゃん!うわぁー、楽しみだなぁ…いつならいい?」
「えっと…店が休みの日なら…」
「じゃあ、次の定休日にしよう!…トシくんの家ってどこ?」
「隣の駅です。…東口に、十四時でどうですか?」
「うん、いいよ」

やった!トシくんと会う約束ができた!
…男と会うのがなんでこんなに嬉しいのか分からないけど。

「それで、あの…銀時さんは、どんなケーキがお好きですか?」
「どんなって言われてもなァ…俺、親父があんなだから、ケーキってイチゴショートくらいしか知らないのよ…」
「そうですか…」
「嫌いなもんとか特にないし、だからさ…トシくんに任せる」
「分かりました。頑張って作ります」
「ありがとう」
「では、この辺で…」
「お仕事頑張ってねー」
「銀時さんも」

トシくんが見えなくなっても、俺は暫くその場から動けなかった。



*  *  *  *  *



約束の日、俺は待ち切れなくて三十分も前に待ち合わせ場所に着いてしまった。
…そしたら既にトシくんがいた。

「ぎん、ときさん…」
「あっ、あの…遅れないようにと思ったら、早く着き過ぎちゃって、その…」
「わ、私も、待たせてはいけないと思って早目に…」
「お互い客商売だから、それが普通だよね」
「…ですよねー」
「ハハハハ…」

良かったー。上手く誤魔化せたみたいだ。あんまりガッついてると思われたくねェもんな。


駅から十分くらい歩いてトシくんの住むマンションに着いた。

トシくんの部屋はきちんと片付いていて、チリひとつ落ちてない。ジャンプ山積みの俺の部屋とは大違いだ。
しかもフローリングだし、ソファがあるし…なんかお洒落だ。俺ん家なんか畳と座布団なのに…。

「すげェきれー…」
「いえ、あの…銀時さんが来るんで、慌てて片付けたんですよ。あっ、ここに座って下さい」
「ありがと」

俺はソファに座って、トシくんは台所へ行く。
そしてトシくんがお盆にケーキと紅茶を乗せて持って来てくれた。…ていうか、ケーキ五個もある。

「…すげェ!これ、全部トシくんが作ったの!?」
「あ、はい。どんなものが好きか分からなかったので色々作ってみました」
「本当にすごいよ!でもどうしよう…俺、手ぶらで来ちゃった」
「そんな、お気遣いはいりませんよ。銀時さんに食べていただけるだけで…」
「えっ?」
「あああの、何でもないです!…お好きなのをどうぞ」
「うーん…せっかくだから全部食べてもいい?これくらいの大きさならイケると思うから」
「あ、はい」
「えーっと、どれから食べようかなァ……あれっ?もしかしてコレ…小豆?」
「はい」

俺は緑色のケーキを指差す。
円柱形のそれは、緑色と緑色の何かの間に白いのと俺のよく知る小豆が挟まっていた。
…どんなケーキか分からないって?ケーキは詳しくねェんだから仕方ねェだろ!トシくんに聞くから!

「この緑のは何?」
「抹茶です。和菓子に近いものがいいかと思って…抹茶のスポンジの上につぶあんと生クリームを乗せて
その上に抹茶ムースを…でも、よく考えたら本職の方にこういったものは邪道ですよね…」
「そんなことないよ!小豆と抹茶でケーキができるなんて知らなかった!それと…丸いケーキってあるんだね」
「えっ?」
「俺さァ…ケーキっつーと三角形だと思ってたんだけど…」
「ああ…今日は銀時さん一人用ですから、ホールケーキじゃ余るかと思って…」
「えっと…ホールケーキって何?」
「丸い、大きなケーキのことです」
「ああ!誕生日にローソク立てるやつ!」
「そうです」
「確かにあれは丸いな…食ったことねェけど。でもさァ、一人用のって三角が多くない?」
「あ、ですから三角形のケーキはホールケーキをカットしているので…」
「そうなの!?…三角のケーキは三角の型を使ってんだと思ってた。そうかァ…切るのって難しくない?」
「きれいにカットするには、それなりに技術がいりますね」
「だよねェ…」

前に、撮影用でとかで饅頭を半分に切ったことがあるけど、潰れないように切るの難しいんだよね。
ケーキ職人はそれを毎日やってんのかァ…。

「あっ、おしゃべりはこれくらいにして食べるね。いただきまーす」
「どうぞ」

俺は抹茶のケーキを一口食べてみた。
…美味い!ケーキのことは全然詳しくないけど、それでもこれが美味いってことは分かる。
すげェ!トシくんって本当にすごい職人なんだなァ…

「あの…お口に合いませんか?」
「そんなことないよ!すごく美味しい!美味しすぎてリアクション取れないくらい美味しいよ!」
「ほ、本当ですか?」
「うん。LeConde大繁盛の理由が分かったよ。トシくん、すごいなァ…」
「本当に?……ありがと…ござい、ます」
「とっトシくん!?」

急にトシくんの目から涙が零れ落ちた。
ヤバイ!俺、何か変なこと言っちゃった!?

「ごめんね。トシくん、泣かないで」
「違っ…すみませ…。うれし、くて…」
「嬉しい?」
「はい。…おいしいと、言っていただけて…」
「でっでも、トシくんくらいの職人さんなら、皆から言われてるでしょ?」
「けれど、好きな人に認めていただいたのは初めてで…」
「えっ!」
「あ…」

今トシくん、「好きな人」って言わなかった?それって…

「トシくん、俺のこと好きなの?」
「あ、あの、その……すみません」
「………」

トシくんが俺のことを…?
それが分かったら、今までトシくんに感じていたドキドキが何だかも漸く分かった。
俺はトシくんのことが好きだったんだ…。だから遅刻魔の俺が今日に限って三十分前に…そうだったんだ。

「すみません。すみません…」
「トシくん謝らないで。俺も、トシくんのこと好きだよ」
「えっ!」

トシくんはパッと顔を上げる。

「俺はトシくんのことが好き。…トシくんは、俺のこと好き?」
「……はい」
「トシくん…」
「銀時さんっ!」

俺が手を伸ばすと、トシくんはソファに座っている俺に乗り上げるように抱き付いてきた。
俺もトシくんの背に腕を回す。

「本当に…本当にいいんですか?」
「もちろんだよ。トシくんこそ、俺なんかでいいの?ケーキのこと何も知らない和菓子屋なのに…」
「はい!…銀時さんが、好きです」
「俺も好きだよ」
「銀時さん…」
「トシくん…」


トシくんとの距離が徐々に縮まり、俺の唇とトシくんの唇が重なった。


(10.07.05)


普段と違う呼び方ができたり、原作とは違った家族を作れるのもパラレル設定の楽しいところですね^^…いや、皆さんが楽しいかどうかは分かりませんが、私は楽しいです。

けれど、マヨネーズを使わずにケーキを作る土方さんは土方さんじゃない気もします(笑)。お題は「敵同士」ですが、意外とあっさりくっ付いちゃいましたね^^;

この後、二人の関係を知った近藤・桂は必死で別れさせようとすると思います。ちなみに、この土方さんは大分前から銀さんのことが好きでした。

店番をしている銀さんに一目惚れとかそういうのです。他にも色々設定は考えたのですが、入りきりませんでした。…一話完結って難しいですね。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

追記:おまけ(続き)書きました。18禁です→

 

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