ヘタレな恋人 第四話:そろそろ慣れたら?
万事屋と付き合って一ヶ月が経過した。
今日は午後から時間ができたのでアイツと会う約束をした。
「行ってくる」
「ちょいと待ちなせェ」
屯所を出ようとしたら総悟に呼び止められた。
「何だよ…。俺がいねェからってサボるんじゃねェぞ?」
「何寝惚けたこと言ってんでィ。俺は土方さんがいてもサボりますぜ?」
「あー…オメーはそういうヤツだったな。で、何の用だ?」
「土方さん、どちらへ?」
「…オメー分かってて聞いてんだろ」
「分かりやせん」
「そうかよ…。万事屋だ」
「万事屋、ねィ…」
「ンだよ…」
含みのある言い方をする総悟にイラっとする。…本当にコイツは俺を苛立たせる天才だな。
「いやね、随分楽しそうだと思いましてねィ」
「…付き合ってるヤツに会うんだからいいじゃねーか」
「そうですけど…それにしちゃあ未だに『万事屋』なんて色気のない呼び方をしてるみたいで…」
「あぁ?何て呼ぼうが俺の勝手だろーが」
「それはまあ…。じゃあ、万事屋の旦那によろしく」
「仕事サボるんじゃねーぞ」
無駄だとは思ったが一応総悟に釘を刺して俺はかぶき町に向かった。
しかし総悟のヤツが言うことも尤もな気がするな…。付き合ってるのに「万事屋」はねェか。
アイツだって俺のこと普通に「土方」って…まあ、付き合う前からそうだったけど。
俺も名前で呼んだ方がいいのか?…銀時?やべェ…照れるな。だが、恋人同士なんだし…よしっ!
ちゃんと名前で呼ぼう!そう決めて俺は万事屋の呼び鈴を押した。
「あっ、土方さんいらっしゃい」
「おう。あー…ぎ、銀時は、いるか?」
「はい。どうぞ中へ」
「おう」
メガネに続いて室内に入る。
ふー…やっぱり照れるな。だが何とか呼べた!よしっ、次は本人に向かって言うぞ!
「銀さーん、土方さん来ましたよー」
「よう、銀時」
「ぎっ!?あー…いっいらっしゃい」
「おう…」
「じゃあ僕ら行きますんで…土方さん、ごゆっくり」
「あっ…悪ィな。追い出すみたいになって…」
「気にしないで下さい。どうせ依頼もないし、ゴロゴロしてただけですから。行くよ、神楽ちゃん」
「じゃあな。…近所迷惑だからあんま大声であんあん言うんじゃないヨ」
「神楽ちゃん!?すっすいません、土方さん!すいません!」
ペコペコと頭を下げながらメガネはチャイナを連れて出て行った。
ったく…ガキのくせに知識だけは一人前だな…。ていうか俺と銀時はまだ…ってガキにそんな話できねェけどな。
…待てよ。チャイナがああ言ったってことは、もしかしてコイツ、今日はそのつもりなのか?
コイツのことだから、ガキにも平気でそういうこと言いそうだしな…。
俺はいつもより口数の少ない銀時の顔をちらりと見た。
すると大袈裟なくらい銀時の体が跳ね上がった。
「っ!?なっ、なに?」
「いや別に…」
「そう?あ、あのさァ…さっき、その…えっと、何で、あの…」
「ん?何のことだ?」
「あの、えっと…なっ、名前が、その…」
「…銀時って呼んだことか?」
「っ!…う、うん」
「…ダメだったか?」
「だっだめじゃ、ない…けど、えっと…」
「付き合ってんのに『万事屋』っつーのも変かと思ったんだが…お前が嫌ならやめる」
「いいいいやじゃない!ちょっと、その…ビックリしただけ」
「そうか?じゃあ、これからは銀時でいいか?」
「っ!…う、うん」
少し照れくさかったが、呼び方一つ変えただけで前よりもっと親密になれた気がするから不思議だ。
そんなわけで俺は、アイツのことを銀時と呼ぶようになった。
それから、何かあると思ったのは俺の思い過ごしで、この日はキスすらせずに終わった。
* * * * *
一ヶ月後。
屯所の自室で仕事をしていると山崎が俺を呼びに来た。
「副長ー、お電話ですよー」
「誰からだ?」
「旦那です」
「…すぐかけ直すと伝えてくれ」
「分かりました」
俺の携帯番号も教えてあるのに、銀時は大抵屯所の固定電話にかけてくる。
理由は、携帯電話にかけるより電話代が安いから…。ったく…今月もピンチらしいな。
俺は机の上に置いてあった携帯電話を手に取り、アイツの家に電話をかけた。
『はい、万事屋銀ちゃん…』
「銀時か?」
『っ!…あ、ああ…土方?』
「ああ。オメーな、電話代くらい稼げや」
『ハハハ…そのうち、頑張るよ』
「そのうちかよ…。まあいい…で、用件は何だ?」
『あの…映画のタダ券もらったんだ。えいりあんVSやくざの最新作なんだけど…』
「行く」
『じゃあ今度の非番の時…三時に映画館前でどう?』
「分かった」
『じゃあまたね。…えっと、お仕事、頑張って』
「…オメーこそ頑張れや」
『あ、はーい』
通話を終えた俺は仕事に戻る。
…何だかさっきまでより書類が早く片付いていく気がする。
銀時と会う約束ができたからか?…俺も意外と単純だな。
* * * * *
約束の日。前夜に小規模だがテロ活動があったせいで、急に仕事が増えちまった。
急いで終わらせて映画館まで走ったが、約束の時間に五分遅れちまった。
「ハァ、ハァ…銀時、悪ィ…遅くなった」
「っ!…あ、五分くらい、大丈夫だよ」
「悪ィな…」
銀時に謝って急いで映画館に入った。
* * * * *
映画を観終わって、俺達は近くの茶屋に入った。
「最高の映画だった。特にジョーの兄貴が敵のボスと対峙するシーン、あれには思わず涙が零れたぜ。
なあ銀時、お前もそう思わねェか?」
「っ!…あ、ああ、そうだね」
「…どうした?やっぱり最初の方、見逃しちまったから怒ってんのか?」
「ちちち違うっ!最初ったって五分だけだし、だいたい上映開始五分って『携帯電話の電源を切ってくれ』とか
別の映画の予告とかそんなんばっかで…本編はほとんど見られたんだから問題ないって!」
「そうか?…もしかして、こういう映画あまり好きじゃないのか?」
「そんなことないよ!俺から誘ったんだし…」
「ならいいが…オメーは気を遣いすぎるところがあるから、言いたいことがあったら遠慮なく言えよ」
「う、うん。ありがと」
俺の遅刻を怒っているわけではなさそうだが、何だか反応が鈍いような気がする。
やはり遠慮してんのか?それとも俺が短気だから逆ギレされると思って黙ってるとか…あり得るな。
ったく…そりゃあ付き合う前はケンカばかりだったが、あれは愛情の裏返しというか、その…
とにかく聞いてみるしかねェよな。言いたいことも言えないような関係じゃ長くは続かねェ。
「なあ銀時…」
「っ!な、なに?」
…やはり何か隠してる。銀時の動揺で俺はそう確信した。
「何か俺に言いたいことがあるんだろ?」
「えっ!別に、何も…」
「銀時…目ェ泳いでるぞ」
「っ!そそそそれは、その…」
「…銀時?」
「っ!」
「俺には…言えないことなのか?」
俺では銀時の力になれないのか…そう思ったが、どうやら違ったようだ。
銀時が慌てて訂正してきた。
「ちっ違う!…隠し事とか、そういうんじゃないから!」
「だったら、何で…」
「その…まだ、あの…慣れてないっつーか…」
「…慣れる?何にだ?」
「えっと…その、あのね…」
「俺のことは気にせず思ったことを言っていいんだぜ、銀時」
「っ!…そっそれ、です」
「…それ?」
銀時の言う「それ」が何を指すのか分からない。ていうか何で敬語?
首を傾げた俺に、銀時がしどろもどろに説明した。
「えっと、だから…名前を、ね…」
「名前?…名前がどうしたんだ?」
「だから、その…銀時って、呼ぶ、から…えっと…」
「…ダメだったのか?」
「だっだめじゃなくて…だから、まだ、慣れなくて…あの…呼ばれると、その、ビックリするっつーか…」
「………」
コイツ、マジで言ってんのか?俺が名前で呼ぶようになったのは一ヶ月以上前だぜ?
呼ぶ方はすっかり慣れたっつーのに…それでいちいち挙動がおかしかったってのかよ…。
「…万事屋に戻すか?」
「えっ?な、なんで?」
「何でって…お前がしっくりきてねェんなら、前の方が良かったってことだろ?」
「そういうわけじゃ…。ただ、その…土方に呼ばれると、ドキドキするから…」
「ドキドキって…何でだ?」
「だ、だって…俺、土方のこと…すっすすすき、だし…」
「………」
あれっ?コイツって「好きなコに名前呼ばれただけでドキドキ」とかってキャラだっけ?
確か、近藤さんとかメガネとかに「爛れた恋愛してそう」とか思われてなかったっけ?
…いや、思われてるだけで実際のところはどうだか知らねェけどよ。
コイツの今までの経験なんざ知らねェが、俺の目の前にいるコイツは、目の前にいるにも関わらず
辛うじて聞こえるようなか細い声で好きだと言い、真っ赤になって俯いている。
…とにかく、銀時って呼ぶのがダメなわけじゃねェんだよな?ただ慣れるのにはもっと時間が必要だと…。
「銀時…」
「っ!は、はいっ」
「銀時って呼んでいいなら今後もそう呼ぶから…頑張って慣れてくれよな、銀時」
「っ!わ、分かりましたっ」
「ところで銀時…」
「っ!」
「あんみつ、食わねェのか?」
「くっ食います!」
銀時は注文しておきながら全く手を付けていなかったあんみつを漸く口に運んだ。
どうやら、動揺すると敬語になるのはコイツの癖らしい。
仕方ねェな…出来るだけ頻繁に呼んで早く慣れてもらおう。じゃねェとまともに会話ができねェ。
「銀時、美味いか?」
「っ!あ、はい…」
「そうか。良かったな、銀時」
「っ!」
銀時と呼ぶ度に動きが止まるのが面白…い、いや、違ェ。コイツに慣れてもらうためだ。
ただそれだけのために俺は「銀時」を連呼する。決してコイツの反応を楽しんでいるわけでは…。
早く慣れてくれよ…
「なあ銀時?」
「っ!」
(10.04.25)
何でしょうコレ?土方さん、結構ヘタレ銀さん気に入っちゃってますね^^; 前回の後書きで「土方さんはリードされたがってる」みたいなことを書いたのに
気付けば、銀さんを振り回すことがちょっと楽しくなってきちゃいました。なかなか銀時呼びができない土方さんに萌えていたのですが、わざと銀時を連呼する土方さんにも
萌えることが判りました。…まあ、土方さんなら何しても萌えますけどね^^ 続きはもう暫くお待ちください。
追記:続きはこちら→★
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