2017年土誕記念作品:やっぱりマヨが好き


江戸のソメイヨシノがすっかり葉桜になる季節。かぶき町の万事屋では、銀時が神妙な面持ちで新八と神楽を呼び出していた。
「お前らを万事屋と見込んで頼みがある」
虚の起こした宇宙規模の戦いが終わり、町はかつての活気と平穏を取り戻しつつある今日この頃。しかしまだ何か問題があったのかと二人も気を引き締めて向き合った。
「どうしたんですか?」
「何でも言ってヨ」
親身に、そして真剣に聞く体勢をとる頼もしい姿に目頭を熱くして、銀時は顔の前でパチンと両手を合わせる。
「金を貸してくれ!」
「……いくらですか?」
縋る相手を間違えているようにも思えたが、そこまで逼迫しているのだろうと新八は額を尋ねた。
「一万……いや、五千……何なら千円でもいい!」
「何に使うアルか?」
そう大きな金額ではないのにここまで追い詰められるとは、余程の事情があるに違いない。固唾を飲んで返答を待った。
「ひ、土方の……」
言わずと知れた真選組の副長で銀時の恋人――やはり銀時が動くのは人のためであったかと、二人は顔を見合わせ頷いた。
「誕生日プレゼント代を貸してくれ!」
「……はい?」
続いた言葉に新八は我が耳を疑う。
いち早く状況を把握した神楽は背凭れに上体を預けて足を組み、鼻をほじり始めた。
「バカップルに貸す金はないネ」
「えっ? 本当にただのプレゼント代なんですか?」
「タダじゃねぇ! 金が必要だ」
「その『タダ』じゃないんですけどォォォォォ!」
無駄に切れのあるツッコミが室内に響き渡る。
しかしこの家の中で唯一、未だにシリアスパート気取りの男は改めて金の無心をした。
「貸すわけないでしょう」
「土方くんに嫌われてもいいのか?」
「今更嫌われないアル」
「そうですよ」
紆余曲折あって交際を始め、その後も様々なことがあったが、何やかんやでもう十年になる。ちょっとやそっとでダメになるわけがないと、自他ともに認める間柄であった。
そもそも、銀時に金がないのは今年に限らない。
「プレゼントは銀ちゃん、でいいでしょ」
そんな時には自分にリボンを巻いてプレゼントするのが定番であった。

だが銀時も譲れない。

ここのところ色々あって、誕生日を祝うどころか会うことすらままならぬ年月が続いていた。当然そっちの方もご無沙汰で、この機会に漸く体を重ねられると踏んでいる。
ゆえに閨では自分自身も楽しみたいのだ。持て成す側では満足できそうもない。
「俺も土方くんが欲しいから却下」
「爛れた大人の事情なんて知りませんよ」
「爛れてねーよ。もうどんだけヤってねぇと思ってんの?」
江戸での決戦が終わってからも、復旧活動や治安維持に警察官は大忙し。離れている間に自然消滅し、単なる友人関係になったのではないかと錯覚した程には交わっていないのだと胸を張る銀時。
聞きたくもない話を聞かされた二人は堪ったものではない。
「じゃあとりあえず今日、一発キメて来いヨ」
先に欲求不満を解消しておけば、誕生日当日は「プレゼント」になれるというもの。会話を打ち切りたい新八も賛同した。
しかし事態はそう簡単なものではない。
「ヤれるもんならとっくにヤってるっつーの」
当の本人が現在、出張中で江戸どころか地球にいないのだ。帰って来るのは五月五日――まさに誕生日その日であった。
銀時は滔々と語り続ける。
「土方くんがお礼に気持ちいーいセックスしたくなるような、そんなプレゼントを贈りたいんだよ。まあ勿論、俺だって土方くんを気持ち良くしてやるけどな」
「だから聞きたくないんですけどそういう話は」
うんざり顔で早めの帰り仕度を始めた新八と、
「定春と散歩してくるアル」
より有意義に時間を使おうと席を立つ神楽。
「待ってくれェェェェェ!!」
引き止める銀時の空しい叫びが階下のスナックまで轟いた。

*  *  *  *  *

そんなこんなで五月五日。
残念なことに銀時の財布は空のまま、この日を迎えてしまった。数日前、奇跡的に入った依頼の代金は、倍に増やそうとパチンコに費やし消えている。その行為が益々味方をなくす結果となったのだ。

残された選択肢は唯一つ――己自身。

やるしかないと腹を括り、銀時は古い箪笥を開けるのだった。


五月晴れと呼ぶのに相応しい清々しい陽気の中、銀時は好奇の視線に耐えながら真選組の屯所を目指し歩く。
久方ぶりの誕生日祝い兼逢瀬。普段着のままこの身を捧げたのでは、幾ら何でも失礼過ぎる。親しき仲にも礼儀あり。手持ちの「服」の中から土方が最も喜びそうな物を選んだつもり。剥き出しの両腕の肌寒さが、赤面した頬の暑さと対照的だ。
金のない自分に恥をかく権利はない。恋人のためと自分を鼓舞する銀時であった。


「頭でも打ったんですかィ?」
屯所で銀時を出迎えたのは運悪く沖田であった。
「土方いる?」
「ええ、どうぞ」
用件だけを簡潔に告げて中に入れば、黒い集団は俄にざわつく。
「副長が生涯を誓ったお人だ。ちゃんと顔を覚えとけよ」
「は、はい……」
わざわざ遠回りをしつつ、最近入隊した者なのだろう、擦れ違う部下達に銀時を紹介する沖田。至極楽しげなその表情に冷や汗だらだらの銀時。恋人の家を訪れた認識であったが、職場でもあることをすっかり失念していた。二人きりになってから着替えるべきだったと今更ながらに後悔する銀時であった。

「旦那をお連れしやしたァ」
「ああ悪ィ、あと少しで……」
まだ仕事が残っているらしく着流し姿で筆を握っていた土方は、現れた恋人の格好に言葉を失った。
「は、はっぴぃばーすでー……マヨ」
そこには沖田より大きなマヨネーズボトル。
ぎこちなく挙がる右手。取って付けた様な語尾。赤いキャップの下にくり抜いた丸から顔を覗かせて、側面に空いた穴より逞しい腕が、ボトルの下からは白い足が生えている。
いつぞや、土方がマヨネーズ星の王子に扮した際、従者役を担うために作った着ぐるみであった。
「ぎん、とき……?」
「えっとー……」
呆気にとられた様子の恋人に、滑ってしまったかと心臓が早鐘を打つ。
「こっこれはその……誕生日の余興というか……金なくて、プレゼント買えなかったから……だからねっ」
土方はしどろもどろの銀時(inマヨぐるみ)に駆け寄り、きつく抱き締めた。
「驚かせるなよ」
「ごめ……」
「本物のマヨネーズの精だと思っただろ」
「えっ!」
鬼の副長はどこへやら。蕩ける瞳で銀時を見詰める男は幸せそのもの。対する銀時もまた、予想外の歓迎ぶりに気分は急上昇。
「早く仕事を終わらせてデートするマヨ」
「ああ。でもその格好、他のヤツらには見せたくねぇな」
「安心するマヨ。マヨネーズの精は土方にしか見えないマヨ」
「ふふっ……」
「…………」
理解しがたい形でいちゃつきだした二人へ汚物を見るような視線をやり、沖田はこれまでで一番強い思いで「死ね土方」と吐き捨てる。

頭の中まで春爛漫の恋人達には、決して届かぬ呪いの言葉。爽やかな風に乗り、鯉のぼり舞う空へと散っていった。

(17.05.03)


原作がシリアスだと、こういうゆるい話を書きたくなりますw
長い付き合いの中で落ち着いてくる二人もいいですし、いつまでもラブラブバカップルな二人もいいです。
つまりはこの二人が幸せだったら何でもいい*^^*
ここまでお読みくださりありがとうございました。



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