2015年バレンタイン記念小説の続きです。




円周率に因んで、三月十四日のホワイトデーにはパイを贈ろうと提唱している業界があるとか。バレンタインデーのチョコレートのように定着するかは不明だけれど、お返しに悩む男性にとっては朗報であろう。
土方十四郎もまたその一人であった。
甘い物好きの恋人だから菓子を渡すのは当然として、しかし数多の菓子から何を選ぶかで毎年頭を悩ませていた。そんな時に舞い込んできた「ホワイトデーにはパイを」。情報をくれた山崎へは希望する日に休みを与え、自らは最高のパイを求めるべくパソコンを開く。

「リンゴを薄く切ってくるくる巻けば、簡単にバラみたいなアップルパイができるそうですよ」
「簡単にできるもんじゃ失礼だろ」

糖分のことなら食べる方にも作る方にも精通している銀時に対し、己は素人同然。潔く手作りを諦め、評判の品を買い求める形を取っていた。それは交際して最初のホワイトデーから一貫している。おかげで調査手法も慣れたもの。
初回は非常に多くの犠牲を払ったものだった。


2015年ホワイトデー記念作品:純情な二人のホワイトデー


五年前の二月十四日。銀時からバレンタインデーのタバコチョコとマヨネーズをもらった直後から土方の悩みは始まった。一ヶ月後、何をお返しすればいいのか……銀時のことだから甘い物が良いのだろうが、それでは漠然とし過ぎている。己にぴったりの贈り物を選んでくれた恋人へ、その辺の甘味を贈るわけにはいかない。糖分王に相応しい、珍しくも美味な菓子がいい。となると江戸で買い求めるのは危険だ。
その日の夜、急いで仕事を片付けた土方は京へ飛んだ。


「……違うな」

長年この国の都として栄えた京の街。甘味処は数あれど、伝統に基づくそれは異国のイベントから土方が連想するものとは掛け離れている。一先ず職場への土産に八ツ橋を買って江戸へ帰るのだった。


戻れば即仕事。局長に半休の許可をもらっていたとはいえ、副長の業務が減るわけではない。休んだ分を取り戻さねばと書類に向かう土方の横で、沖田は優雅に八ツ橋を摘む。

「京都は楽しかったですかィ?」
「遊びに行ったんじゃねーよ」
「なら何をしに?」
「――っ!」

机には向かっているものの、真っ赤になって硬直した土方を見れば、理由は容易に想像できた。

「旦那ですか」
「…………」
「京都でデートってことはないですよねィ」
「違ぇよ」
「では何をしに?」
「…………」

真実を述べるべきか土方は迷う。恋人関連であることは露見してしまったし、正直に話して相談に乗ってもらおうか。恋人関連であることも認めてはいないのだから、白を切り通そうか……

「実はな……」

土方が選んだのは前者。何のかんの言いつつも、交際前から沖田は恋の相談相手だったから。

「ほっホワイトデーの下調べというか……」
「旦那から、京都の菓子が食いたいとでも言われたんで?」
「いや……折角なら珍しいもんがいいかと思ってな」
「で、目星はつきましたか?」

ふるふると首を振った土方。まあそうだろうなと特に驚きはしない。

「旦那ならイチゴのケーキがいいんじゃないですか」
「そっそうか!イチゴ牛乳好きだよな!」
「パンツもイチゴ柄ですしねィ」
「パパパパパ!?ななな何でンなこと知ってんだ!」
「下着まで甘党だって、アンタが言たんじゃねーか」
「そそそそれは昔の話だろ」

健康ランドで出会した銀時はサウナの後、トランクス一枚のみを身につけて、暫くの間、更衣室で涼を取っていた。その時の様子を沖田へ話して聞かせたのは確かに土方であるが、当時と今では事情が大きく異なる。
敢えて蓋をしていた記憶を呼び起こされ、土方はパニック寸前。

「何赤くなってやがるんでィ。風呂上がりにパンツ一丁でうろついてる隊士なんざ、夏場はごろごろいるじゃねーか」
「ああああいつらと坂田は違うから……」
「違うって?」
「だっだから、坂田はその……ここっ恋人で……」

両手で顔を覆ってしまった土方に限界を感じ、やれやれと沖田は話を戻してやる。

「とにかく旦那にはイチゴの菓子がいいでしょうねィ」
「そっそうだな……」

それから土方は前倒しでできる仕事は全てやり、休みの前日に夜行列車で出発した。話題のイチゴを作っているという筑州へ。


「これが、あまきんぐ……その名の通り甘くてでかい」
「そうでしょう」

早朝に到着したため菓子店は開いておらず、土方はイチゴ農家を回っている。良い畑は見たら分かる――父が農業を営んでいたことを初めて感謝した。

そんな土方の眼鏡に適った一軒で家の者に話を聞くことができた。
腰の刀は大いに警戒させてしまったものの、敵意はなく、土の良し悪しが分かるとなれば親切に対応してくれる。隣家に住む菓子職人を紹介してもらい、件のイチゴをふんだんに使用してケーキを作ってもらえることになった。

だが己の舌のみで決めるのは不安がある。隊士達の反応を見ようと、職人の店で出しているイチゴのケーキを幾つか購入し、土方は江戸へ帰っていった。


「少し前に旦那が来ましたよ」
「な!?」

帰宅した土方を出迎えたのは山崎。恋人の来訪を告げられて、まさか計画が露呈したのではと焦りを見せたのも束の間、

「急な出張だと言っておきました」
「そっそうか」

できる部下は当たり障りのない理由を伝えてくれており、胸を撫で下ろした。
最愛の人へ最高のものを。最高のものを作る職人へ最大の敬意を――土方は寝る時間も削って江戸と筑州を往復した。
その度に試作品を持ち帰り、隊士らと吟味し、最終的に大きなイチゴがびっしり敷き詰められたタルトが完成するのだった。

*  *  *  *  *

三月十三日、仕事を終えて再び現地へ赴いた土方は、懇切丁寧に礼を述べて「本番」のタルトを受け取った。
そして翌昼、何度訪れても慣れない恋人の家の呼び鈴を震える指で押せば、

「土方っ!」

待ち焦がれていた様子の銀時が飛び出してきて面食らう。

「ああああの……」
「どうぞ上がって」
「あ、ああ」

差し出された右手に自身の左手を重ね、短い廊下を歩いていく。その温もりを非常に懐かしく感じて土方はふと、最後に会ったのはいつだったかと記憶を辿ろうとした。

「昼メシ食べた?」
「いや」

その前に銀時から話し掛けられて中断。その上いや、と答えた後で己の失態に気付いてしまう。
万事屋に招かれる時はいつも銀時が手料理を振る舞ってくれるから、今日も時間的にそうだと疑いもしなかった。しかし今日はこちらが持て成す側なのだ。食事を済ませておくか、用意をして来るべきであったのだ。

「坂田すまない」

案の定、銀時は二人分の食事――カツ丼と味噌汁と漬物――を作ってくれていた。

「え、何が?」
「今日は、お前がもらう方なのにメシを……」

謝りながらも鼻腔をくすぐるよい香りに土方の腹がぐうと鳴る。元より紅潮していた顔を更に赤くして、もう一度すまないと謝った。

「気にしないで。その……えっと……会えるの、たっ楽しみにしてたから」
「坂田……」
「さっ最近、忙しかったんでしょ?あの……今日のために、仕事詰めたとか?」
「…………」

恥ずかしさに詰まりながらも紡がれていく台詞に、土方は漸く己の過ちを悟る。
最後に銀時と会ったのは一ヶ月前のバレンタインデー。遠方を訪問するのに休日は潰れ、仕事を遅らすわけにはいかないと徹夜もしばしば。外回りに出る余裕もなく、デートはおろか、顔を合わす日もなかったのだ。

「さ、さあ食べて」
「ああ。いただきます」

出汁のきいた味噌汁が五臓六腑に染み渡る。
もしも銀時が許してくれるなら、今夜は少し布団を近付けて寝てみようかと思う土方であった。


*  *  *  *  *


あれから五年。今年のホワイトデーはアップルパイと決めた土方。世界中からアップルパイを取り寄せて、隊士達に品評させるのも恒例となっていた。
飽きれ顔でパイをつつきながら沖田は言う。

「土方さんがくれるもんなら、何でも喜ぶんじゃないですか?」
「そっそれはアイツが優しいから……」
「副長の愛が篭ってるから美味しいんですよ」
「ああああいって……」
「今夜もデートなんだろ?いいなァ」

山崎にからかわれ近藤に羨ましがられ、リンゴのようになりながら品評会を続けるのだった。

(15.03.14)


というわけで、純情な土方さんも相変わらず純情な土方さんでした*^^* 熱くなると周りが見えなくなるほど突っ走る土方さんが好きです。
おかげで銀さんは一ヶ月間、寂しい日々を過ごしていました。まあ、基本的にラブラブな二人なので、すぐ元通りですけれど。
ここまでお読み下さりありがとうございました。



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