2014年土誕記念作品:これでも熟年なんです


花見の季節を終え、桜の木が葉と毛虫の木となる四月の半ば。ここ万事屋では毎年恒例のプレゼン
大会が行われていた。
まだ寒い日があるかもしれないからと出しっぱなしの炬燵。コンセントは抜いたままのそれに座り
茶を啜る。コホンと咳ばらいして一番手の新八が立ち上がった。

「僕のオススメは中華料理です!」
「中華か……そういや、ラーメン屋くらいしか行ったことねぇな」
「でしょ?」

銀時の食いつきも上々。ここで懐から雑誌を取り出し、銀時の前に広げる。そこにはとある中華
料理店の特集記事が写真付きで載っていた。

「この店の人気メニューはエビマヨととろける杏仁豆腐なんです。これはもう、行くしかないです
よね?しかもここは中華街!店の周りを歩くだけでちょっとした旅行気分が味わえる、忙しい方に
ピッタリのプランです!」
「そうだよなー……国内旅行すら碌に行かねぇからなー……」
「いやいや、日本人なら寿司アル」

ここで二番手に交代。新八が座り、神楽が炬燵から出る。

「大統領も来たという寿司屋タロー。お一人様三万円からネ」
「ちょちょっと待て神楽、そんな金はねーぞ」
「チッチッチ……」

人差し指を横に振り、最後まで聞くアルと神楽。

「三万円の寿司ネタは何処から来るのかな?……そう、築地アル!築地には、安くて美味しい
寿司屋がいっぱいネ」

今や観光地となった江戸で一番の魚市場は、目の肥えた同業者向けの飲食店が立ち並んでいる。

「市場だから朝は早いアル。遅くとも七時に着いてるのが理想的ヨ」
「七時かァ……」

眉間に皺を寄せた銀時に神楽は「心配御無用」と炬燵の天板を叩いた。

「市場のすぐ近くにホテルもあるネ。ホテルでロマンチックな夜を過ごし、活気溢れる朝で
締め括るアル」
「最後にメインイベントを持ってくるわけか……なるほどな」
「あのっ、中華街の近くにも雰囲気のいいホテルが沢山ありますよ」

食事場所のプレゼンに宿泊先まで盛り込まれ、不利と感じた新八は慌てて付け加えた。後出しは
卑怯だと抗議する神楽であったが、最終決定権は銀時が持っている。三連パックのプリンを握り
「審査」に入った銀時を、二人はじっと見詰めた。

「うーん…………引き分けっ!」
「「あ〜……」」

カップのプリンを一つずつ新八と神楽の前に置けば、二人からは悔しさの混じった声が漏れる。
勝負がつかなかったのはこれで三年連続。

「どの辺がダメでした?」
「ダメじゃねーよ。どっちも良かった」

けどな、と銀時は二人の評価を述べ始めた。

「例えば神楽のプランだと落ち着いて過ごす感じじゃねぇだろ?ただのデートならアリだけど
今回は俺が持て成す側だから。で、新八のプランは江戸を出るってところが引っ掛かる。アイツは
有事に備えて休みの日でもあまり遠出はしねぇし、する場合は事前に色々準備をしてるらしい。
だから中華街なら前以て教えておかなきゃなんねぇ」

しかし当日まで行き先は秘密にしたいのだと銀時。

彼らは今、銀時の恋人・土方十四郎の誕生日をどう演出するかを思案中であった。付き合い初めの
頃は銀時が全て企画していたものの、二人の交際も十年を超えれば流石にネタが尽きてくる。
けれども誕生日は祝いたい。できることなら喜びの中に驚きも混在する少し特別な日になれば
言うことなしだ。
というわけで、自分一人の知恵を絞るのに限界を感じた銀時は、五年前から周りの意見を参考に
することにしたのだ。

最初は必ず万事屋メンバーに相談している。より良い案を提示した方へ、その日のおやつを多く
配分すると決めて。しかし年々高くなってしまうハードルに対応しきれず、決め手に欠ける引き
分け勝負が続いていた。
プリンの蓋を剥がしながら新八が言う。

「初心に返るというか……ここらで一度リセットしてもいいかもしれませんね」

小さな匙でプリンを僅かに掬って口に運び、なるべく長く味わおうとしている銀時は聞き返した。

「リセット?」
「去年より凄い計画を、と繰り返していても難しくなるだけじゃないですか。こんなに長く続いた
二人だからこそ、最初の誕生日を再現するのもいいかなって」
「最初っつーと……」
「ここにトッシー呼んだアル。銀ちゃん、張り切って一週間前から掃除してたヨ」
「そうそう、依頼を僕達に任せてずっと掃除してたよね」
「そっそうだっけ?」

何とも恥ずかしい付き合いたての自分。と同時に懐かしくもある初々しさ。

「よしっ、今年は手料理にしよう!」

残りのプリンを一気に掻き込んで、銀時は嗜好調査に出掛けて行った。
眠気を誘う穏やかな陽射しが障子越しでも部屋を温めてくれる。そろそろ炬燵を片付けようかと
言った新八に神楽も賛成した。


*  *  *  *  *


「そろそろ来る頃だと思っていたぞ」
「どうも」

銀時が訪れたのは真選組の屯所。土方を見たらいつでも隠れられるようにとスクーターは使わず
徒歩で来た。近藤が密かに招き入れるのもいつものこと。局長の一声で沖田、山崎、鉄之助が
応接間に集まった。
近藤が後ろ手に襖を閉める。土方は官僚との会合に参加中とのことだが、念には念を入れて声を
潜めておく。

「トシの誕生日のことだろ?」
「ああ。今年は手料理でいこうと思って」
「なるほどな。それなら打って付けの情報があるぞ」

鉄、と促されて話し始めた。

「副長は今、梅にハマってるっス!」
「梅?」
「毎日欠かさず梅干しと梅こぶ茶、飲みに行くなら梅酒っス」
「焼酎の梅干し割りの時もありますよ」

山崎が付け加え近藤は腕組みをして頷く。それらを沖田はどこか達観するように黙って眺めていた。

「言われてみれば最近よく梅干し食ってるな。……マヨ塗れだけど」
「出張で水戸に行って以来、梅の美味さに目覚めたらしい」
「そういうことなら梅料理にするか」
「副長、きっと喜びますよ」
「だといいな。あ、このこと土方には……」
「分かっている。トシには秘密だ」
「勿論っス」

毎年のことなので対応は心得たもの。しかしここで、これまでだんまりを決め込んでいた沖田が
唐突に口を開いた。

「一ついいですかィ?」
「何?」

もしや梅の他に有益な情報が得られるのではと期待に胸を膨らませた銀時であったが、

「飽きもせずよくやりますねィ」
「は?」

吐息と共に発せられた台詞を、銀時は理解することができなかった。両の手の平を上に向けて
肩を竦め、やれやれと沖田は続ける。

「毎年毎年手の掛かるこって……もう十年以上でしょう?冷めるとか面倒になるとかないん
ですかィ?」
「えっと……」

言われたことの意味を朧げながら理解し始めた頃、先に反論したのは近藤であった。

「二人は永遠の新婚さんだと言っただろ!」
「いつまでもラブラブなんです!」
「副長も喜んでいるっス!」

山崎、鉄之助も加勢して、途端に分の悪くなった沖田。けれど銀時だけは納得できずにいた。
沖田の疑問も一理ある。自分の感覚からいっても、ここまで長く続けば良くも悪くも慣れがあって
然るべき。相手の誕生日を忘れたなどという話だって聞く。なのに自分は――

「お熱いですねィ」
「ちょ、ちょっと黙ってて……」

ニタニタと笑う沖田は銀時の葛藤にこの場で唯一勘付いている。

改めて客観的に振り返ると己はなんと恥ずかしいことをしているのだ。陰で「永遠の新婚」だの
「いつまでもラブラブ」だのと呼ばれていたことも今知った。そしてそれを訂正する材料がない
ことにも。
長く交際をしていれば、倦怠期とまではいかずとも、もう少し落ち着いてくるものではないのか。
昔のようなドキドキやワクワクからは遠ざかる変わりに安心や安定を得られるものではないのか。
いやいや自分達だって不安定なものか。今更他に行く気はないし、相手もそうだと確信している。
付き合い始めの頃に感じていた「自分は相応しい相手ではない」なんて殊勝な感情もいつしか
消え失せた。アイツには俺しかいないし俺にもアイツしかいない。

待てよ――

銀時は立ち止まる。こうした自信が愛情溢れる姿に見えるのではないか。もっとスッキリさっぱり
大人の恋人同士らしい振る舞いが必要ではないか。何よりも、バカップルのような扱いは心外だ。

「まっ周りのヤツらが色々うるせーから聞きに来ただけで、俺は別にどうでもいいんだけどねー」
「じゃあ、土方さんが買おうか迷っていたDVDボックスを間違って購入しちまったんですけど、
旦那は買い取っちゃくれませんよね?因みにもう完売してます」
「えっ……」

誕生日の料理もさることながらプレゼントはそれ以上に悩むもの。煙草とマヨネーズさえあれば
他には何もいらない土方だが、そういえば映画やテレビドラマもかなり好きだ。きっと任侠ものの
DVDであろう。

「どうでもいい野郎のプレゼントなんて、賞味期限ギリギリのマヨネーズで充分ですよね?」
「まっまあそうだけど……沖田くんはそのDVDいらないんでしょ?だったら定価で買い取って
あげてもいいよ」
「いえいえ。土方さんなら定価の三倍でも買ってくれると思うんで売り付けます」
「総悟」

その辺にしておけと近藤が窘めた。仲睦まじいのは良いことで、からかうべきではないとも。
別に俺達はそんなんじゃないけどね――最後まで言い訳をしつつ、沖田からヤクザ映画のDVDを
買って銀時は屯所を後にした。


*  *  *  *  *


家に戻った銀時は、屯所でのやりとりを新八達に話して聞かせた。炬燵布団は役目を終えて
ベランダで揺れている。遅まきながら春の装いとなった万事屋だが銀時の表情は寂しげであった。

「お前らにも付き合わせて悪かったな。あとは俺一人でやるから」
「そんな……」
「サド野郎の言うことなんて聞かなくていいアル!」

土方を祝うのは銀時自身の役割だが、それまでの相談には乗っていきたい。神楽も新八も同じ
思いである。

「けどよー……いい歳したオッサンが恋人の誕生日ごときでソワソワしてんのおかしくね?」
「おかしくないです。好きな人の生まれた日を祝いたいと思うことの、何がいけないんですか」
「でももう十回以上祝ってるわけだし……」
「十回でも二十回でも祝えばいいアル。銀ちゃんはトッシーが好きじゃないの?」
「そりゃあ……好き、だから続いてるんだけど……」
「トッシーだって銀ちゃんが好きだからお付き合いしてるんでしょ?」
「た、多分」

なにこの羞恥プレイ――ああ聞かれたらこう答えるしかないけれど、これではやはりバカップルに
見えてしまうではないか。そうではない。自分と土方はそんな浅はかな間柄ではないのだ。
銀時の迷いを余所に、新八と神楽は「銀時と土方が深く愛し合っていること」を前提に話を
続けている。

「銀ちゃんとトッシーは恋人同士だけど一緒に暮らすのは難しいネ。誕生日くらい一緒にいたいと
思うのは当然アル」
「それに、好きな人の誕生日を二人きりで祝えるのは喜ばしいことじゃないですか」
「まあ、そうだよな……」
「お付き合いしてるのは銀ちゃんとトッシーネ。二人がいいならいいアル」
「自分に正直に生きて下さい」
「うん……そうだな。今までどおり、気合い入れてやるか」

体面を気にして手を抜けば絶対に後悔する。これまでだって自分の預かり知らぬところで「新婚」だ
何だと言われてきたのだ。これからも言いたいヤツには言わせておけばいい。土方はきっと
祝われるのを楽しみに待っているだろう。新八と神楽は今の自分達の味方だ。それで充分だ。

決意も新たに銀時は梅を使った料理のレシピを頭に浮かべるのだった。

(14.05.05)


何とか当日に間に合いました!今年の土誕は土方さんの出番少しだけです^^;
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