後編
五月五日、銀時は日の出と共に目を覚ました。目覚まし時計が鳴らずとも起きられるのは毎年の
こと。神楽は前日から志村家に泊まっており、新八も今日は出勤しない。
うーんと伸びをして布団から抜け、シーツを外し窓を開ける。早朝の風が寝起きの体に心地好く、
他の部屋の窓も開けていった。
「さてと……」
布団を干してから朝食は残り物で簡単に済ませ、一旦家を出る。快晴の春の朝。しかし町はまだ
夜の影響を引きずっていて、そこここに酔っ払いが佇んでいた。自分も大抵あちら側。尤も、この
辺りの路上を「寝床」にはしないが。
近所ならツケの効く宿もあるし、親切な知り合いが送ってくれることもある。銀時が酔い潰れて
眠るのはもう少し西の方。あわよくば「警察」に保護してもらえるような場所だった。
「おーっす」
「よう銀さん」
銀時は裏口から肉屋を訪れる。今日のメニューに合わせ、材料の調達を頼んでおいたのだ。
折角の誕生日、新鮮な食材で持て成したいと思うのは当然のことであろう。市場に足を運んでも
良かったのだがプロの目利きには敵わない。だから朝一番に買いに行くと事前に約束していたのだ。
「いい卵が入ったよ」
「サンキュー。悪ィな開店前に」
「いいってことよ。また腰いっちまった時には頼むぜ」
銀時は以前、ギックリ腰となった店主に代わり店を手伝ったことがある。
「また腰いっちまわないよう気をつけろよ」
「ハハハ、違ぇねえや。豚はカレー用だったか?」
「梅と紫蘇巻いて揚げる用だ」
「ああそうだった。脂少なめの薄切りね……」
ボケるには早いぞとツッコんで銀時は、店主が豚肉を捌く間に仕入荷を店内に運んだ。
この調子で八百屋と魚屋にも寄って家へ戻る頃には、初夏を思わせる陽射しが照り付けていた。
「暑ィな……」
買物袋を台所に置き、勝負エプロン――胸に苺のワンポイント刺繍入りピンクのフリル付き――を
装着し、いざ調理開始。主役の到着は正午。まだ五時間近くもあるが銀時にしてみればそれでも
足りないくらいである。
ボウルと撹拌器、買ったばかりの卵と調味料を手に居間のテレビをつけた。これから結野アナの
天気予報が始まる。毎朝ご苦労様ですと画面に頭を下げ、ボウルに卵を割り入れた。
『今日の江戸の天気は晴れ。最高気温は二十六度。紫外線対策を万全にしてお出かけ下さい』
「もう夏のようですね結野アナ」
テレビに話し掛けつつボウルの卵を手早く掻き混ぜる。次に米酢と梅酢と塩胡椒を加えよく混ぜ
合わせれば、特製梅マヨネーズの完成。
「それではまた明日」
結野アナに別れを告げて――テレビを消して――銀時は台所へ。マヨネーズのボウルは一先ず
そのまま。片手鍋に昆布と鰹節で出汁をとっていく。その間に今度は梅干しの身を解して包丁で
叩いていく。これは階下の大家が漬けたもの。自分で作るには残念ながら日が足りなかった。
買ってきたカリカリ梅は種を除いて粗微塵切りに。ご飯が炊けたら混ぜるため。そのご飯用の
白米は研いで水に浸けてある。
誕生日ケーキだって抜かりない。土方のために甘さ控えめ、マヨネーズ多めのシフォンケーキを
焼く予定だ。ケーキというより惣菜パンに近い味わいになるが、ケーキの型で焼くことに意義が
あった。材料をさっくり混ぜ合わせ、型に流してオーブンレンジへ。
ここまで終えたら一旦料理の手を止めて部屋の掃除にとりかかる。掃いて拭いて磨いて……時間は
あっという間に経過した。
「げっ……」
時計を確認した銀時は、短い針が十一に差し掛かっているのを見て慌てて台所へ戻った。炊飯器を
セットして調理再開。ケーキの焼き上がりは上々だった。
今朝仕入れた豚の薄切り肉を数枚纏めて塩胡椒を振り掛け、大葉を乗せて、その中央に刻んだ
梅肉と手製の梅マヨネーズを軽く和えてくるりと巻く。時折、アスパラやチーズも一緒に巻いて
味の違いを楽しめるようにした。
棒状になった豚肉に小麦粉、溶き卵、パン粉を塗してあとはカラリと揚げるだけ。土方の到着する
直前に揚げられるよう、先に他の料理を作っていく。
揚げ物にはキャベツの千切り。紫キャベツと人参を少量加えて彩りよく。出汁は筍の吸い物に。
そして祝い事といえば鯛の尾頭付き。こちらも今朝近所の魚屋が選んだもの。塩を振って丸ごと
グリルへ投入した。
そうこうするうちに時刻は十一時四十五分。炊き上がったご飯に梅を混ぜ込み揚げ物の用意。
揚がった豚肉は斜めに切って千切り野菜と共に盛り付け。器の端に、余った梅マヨネーズを
こんもり装った。
ピンポーン
呼び鈴が鳴ったのは和室の座卓へ料理を並んでいる最中だった。はいはいと扉に向かって返事を
しつつエプロンを外し、スキップでもしているかのような足取りで玄関へ向かう。
がらりとドアを開ければ、目的の人物がそこにいた。
「すげぇな」
「どうも」
和室に通された土方は料理の豪華さに目を見張る。
「ご飯持ってくるから座ってて」
「おう」
綺麗に整頓された部屋は知らない部屋のようで落ち着かない。土方はつい左右をキョロキョロと
見回してしまった。
「お待たせー」
「おう」
銀時は二人分のご飯と吸い物、それに茶を淹れて運んでくる。勿論この茶は梅こぶ茶である。
「どうぞめしあがれ」
「あのよ……」
「ん?」
「梅が多くねぇか?」
茶を一口飲んだ土方はこれにも梅が入っていると気付いた。
「梅、嫌い?」
「いや。何でかと思って」
「最近よく梅干し食ってただろ?焼酎にも入れてたし」
「そうか……」
よく見てくれているのだと感心する土方に、銀時はやや申し訳なく感じて種明かしをする。
「実はね、近藤とか沖田くんとかに聞いたんだ」
「そうだったのか。……実は俺もお前の誕生日の前にメガネやチャイナから色々聞いていた」
「そうだったんだ」
ここで銀時はもう一つの「梅」を思い出した。
「バァさんの作った梅酒があるんだった……飲む?」
「じゃあ、一杯だけ」
非番とはいえ昼間から酒を飲むのは抵抗がある。だが折角の申し出を断るのも気が引けて、
一杯だけ飲むことにしたのだった。
「水割りでいい?」
「ああ」
「かしこまりましたァ」
居酒屋の店員よろしく「梅酒水割り入りまーす」と威勢よく声を張り、銀時は台所へ消える。
そして間もなく水割りを二人分持って戻った。
「えーでは、土方くんの誕生日を祝って……乾杯!」
「乾杯」
カチャンとグラスを合わせ梅酒を一口。まろやかな飲み口の梅酒であった。
「美味いな」
「まあ伊達に長く生きてねーよ」
憎まれ口を叩きながらも銀時の表情は誇らしげで、そんな自慢の酒を振る舞われたことに土方は
胸を熱くする。二人きりの誕生日会は外の気候と同じく穏やかに温かく過ぎていった。
* * * * *
「はいこれ、どうぞ」
「おう」
食事が終わると銀時はマヨネーズケーキと誕生日プレゼントを土方の前に置いた。開けていいか?
断りを入れてから土方は包みを開く。
「こっこれは……!」
中身を見た土方は声も手も震えていた。
「お前っ、これを何処で?」
「まあ、とある場所でね……このシリーズ好きだろ?」
「ああ。この話はエイリアンVSヤクザシリーズの最終話として相応しい最高傑作で――」
土方の話を銀時はマヨケーキを食べながら聞いている。恥を忍んで沖田から買い取って良かったと
安堵する銀時の耳に、聞き捨てならぬ言葉が飛び込んできた。
「勿論本編は素晴らしいのだが、この限定版DVDにのみ付いてくる特典映像が素晴らしいんだ!」
「ん?見たことあんの?」
「ああ。予約して発売日当日に手に入れたぞ」
「えぇぇぇぇぇ!!」
完全に騙された。土方に高値で売り付けようとして先を越されてしまい、嘘を吐いて押し付けた
というところか?あのドS王子め……
「ごめん……それ、返品してくるわ」
「何を言ってるんだ!」
「だって持っているんだろ?」
「俺は未開封のものが欲しかったんだ」
「はい?」
首を傾げる銀時に土方の熱弁は続く。土方はパッケージフィルムに貼られた丸いシールを指差した。
それにはDVDタイトルのロゴが「限定版」の文字と共に小さく描かれている。
「これは通常版のDVDには貼られていないものだ」
「だろうね」
「そしてこれ!限定版特典のミニポスターだ。おかげでケースの裏に書かれたスタッフ一覧等が
読めない。そのため透明シールに印字したものをこれまたフィルムに直接貼ってある」
「うん」
「これらは今、この状態が最も美しく収まっていると思わないか?だが一度開封してしまうと
どうしてもビニールに皺が寄ってしまうんだ」
「まあ、そうだね」
ケーキを食べながら聞いてもよい内容だと判断した銀時は、マヨネーズ入りシフォンケーキを
口に運びつつ梅こぶ茶を啜った。
「届いた瞬間、保存用にもう一つ買おうと思ったさ。だが予約分で完売していた。俺は迷った。
このまま美しく保存しておくか、開封するか……」
「ああそう」
「特典映像を見たいという欲求に抗えず、泣く泣くパッケージを開いたのが昨日のこと。だが
どうだ、未開封のDVDボックスがここに!」
「はいはい良かったねー」
同じ物を二つも欲しがる理由は理解できなかったけれど、なんにせよ喜んでもらえてホッとする
銀時であった。次にケーキを一口食べ、その味に感動さえ覚える土方。
「今日は人生最高の誕生日だ」
「はいはい」
大袈裟だと笑いつつ、銀時も満更ではなかった。
「最高の誕生日を最愛の人と過ごす。これ以上の幸せがあるか銀時!」
土方は銀時の左手を両手で取り、しっかと握った。銀時はフォークを置いて土方の手にそっと
右手を沿え、くすりと笑う。
「あるよ」
「何だと?」
「大好きな人の誕生日を祝って、すっごく喜んでもらえた時」
「銀時……」
「生まれてきてくれてありがとう、十四郎」
二人の間の手を下げて、銀時は土方の方へ身を乗り出した。視線を交わして目を閉じて、十月は
任せておけという土方の台詞は途中で消える。
銀時の思いは既にその先、来年の五月へ羽ばたいていた。ババァ直伝・銀さん特製の梅干しと
梅酒で祝ってやるから、来年まで梅好きでいろよ。
(14.05.05)
いつまで経ってもラブラブな二人を書きたかったんだけど土方さん最後しか出てこないし、キスしかしてないし……
でも終わります。続きは銀誕で!……書けるといいな^^; ここまでお読み下さりありがとうございました。