※2014年バレンタインデー記念作品「はじめてのばれんたいん」の続きです。
学年末テストが終わった三月十日。俺、坂田銀時(十四歳中二)は教師なんかじゃ到底答えを
見付けられない難問に頭を悩ませていた。俺の真価が問われる、人生における最大の試練――
そう、試されているのだ。俺の力を。俺の愛の力を!
ターゲットはマイスイートハートこと土方十四郎。決戦の日は三月十四日――恋人達の日、
ホワイトデーだ。中学生だからってナメんなよ?俺達はもう、付き合って十年の熟年カップル
なんだ。しかも熟年カップルでありながら新婚さんにだって負けないくらいラブラブだからな。
そんな愛しの十四郎とどんなホワイトデーを過ごすのか、それが問題だ。バレンタインデーには
毎年、手作りチョコレートをもらっていて、それが年々グレードアップしてる。
板チョコを溶かしてハート型に固めたものから始まって、カラフルなのとかアーモンド入りとか
生チョコとかチョコアイスとかチョコチップクッキーとかガトーショコラとか……今年はトリュフ
チョコに加えて、鶏のグリルチョコレートソースがけなんつー料理まで出されて度肝を抜かれた。
甘くないチョコレートってのもあるんだな。
……あ、バレンタインデーはいつも十四郎の家にお呼ばれだから。
そんなわけで、どんどん上がっていく十四郎の料理の腕に対して俺は、釣り合うホワイトデーが
できていないんじゃねぇかと悩んでいるわけだ。俺は驚きも喜びも毎年過去最高を更新させられて
いるってのに、十四郎が一番喜んだのは最初のホワイトデーなんだ。
そりゃあね、俺がアイツの好きなマヨネーズで料理を作ってやれば、美味そうに食べてくれるよ。
けどアイツは何にでもマヨネーズかけて食うから「マヨネーズでこれが!」的な驚きはない。
むしろ、マヨネーズ料理にマヨネーズかけて食うヤツだからね。
こうなったら「プレゼントは俺」作戦しかねぇかな?
十四郎とは何度もキスをしたことがあるし、ヌき合ったこともある。だが繋がったことはねぇ。
なんつーか、ちょっと怖くてな。
いつかはヤってみたくて二人で色々調べてみて、ついでに失敗例まで探し当ててしまい、「今日は
チ〇コを触るだけにしよう」となってそのまま。
まだ中学生だし、これからもずっと一緒だし、そのうちそのうちって言って先送りになってる。
その奥の手を使うしかないのだろうか。
十年前のホワイトデーを超えるには……
2014年ホワイトデー記念作品:はじめてのほわいとでー
三月初めの日曜日、四歳の銀時くんはお父さんと一緒にデパートへ来ていました。
大好きな十四郎くんを家に招待する準備のためです。先月、銀時くんが十四郎くんの家へ行った
時には、バレンタインデーということで手作りのチョコレートをもらいました。だから今月は
そのお返しをしようと決めたのです。
お菓子売場をゆっくり歩きながら、お父さんは銀時くんに尋ねます。
「どれがいい?」
「これ!」
銀時くんが指したのはイチゴのショートケーキ――銀時くんの大好物です。お父さんはもう一度
聞きました。
「十四郎くんにあげるのは、どれがいい?」
「マヨネーズ!」
十四郎くんといえばマヨネーズ、銀時くんは間違っていません。けれどホワイトデーの贈り物として
マヨネーズはいかがなものかとお父さんは頭を捻りました。
「お菓子じゃなくていいのか?」
「とうしろうはマヨネーズがすきなの!」
分からないお父さんだと頬をふくらませる銀時くん。お父さんだって、一人息子の初めての
ホワイトデーを成功させたいと願う気持ちは一緒です。手作りチョコレートをくれたお返しに
相応しいものとは――
「そうだ!マヨネーズ、作ってみるか?」
「やる!」
手作りには手作りを。マヨネーズであれば火も使わないし、分量をお父さんが計ってあげれば
銀時くんでもどうにか作ることはできそうです。
この日はデパートでマヨネーズを入れる容器だけを買って家に帰りました。
* * * * *
三月半ばの日曜日の昼下がり。十四郎くんはお母さんと、銀時くんの住むマンションへ向かって
います。約束の時間にはまだ早いとゆっくり歩くお母さんの手をぐいぐい引っ張る十四郎くん。
銀時くんに会うのが楽しみで、お昼ご飯も急いで食べました。
「おかーさん、はしって!」
「走らなくても間に合うわよ」
「はーやーく!」
「はいはい」
くすくすと笑いながら、お母さんは少しだけ歩く速度を上げてくれます。けれどそれ以上に
十四郎くんは前へ前へ進もうとして足が空回りしていました。
暖かな春の風に乗って飛んでいきたいとすら思っているような十四郎くん。でも早く着き過ぎては
迷惑になってしまいます。十四郎くんの気を逸らせようと、お母さんは尋ねました。
「十四郎、銀時くんのこと好き?」
「うん」
「銀時くんの、どういう所が好きなの?」
「えっとねー……」
ちょっと難しい質問に、お母さんの思惑通り、十四郎くんは足を止めて考え始めます。
そして十四郎くんが出した答えは、
「かみのけ、きらきらなとこ!」
二人が仲良くなったきっかけでもある髪の毛のこと。お母さんは「あらまあ」と微笑んで、また
聞いてみました。
「銀時くんの髪の毛が黒かったら、好きじゃない?」
「ふわふわだからすきだよ」
「じゃあ……坊主にしたらどう?」
「かみのけ、なくてもすき!」
「どうして?」
銀時くんだから好きなのだと、お母さんはきちんと分かっています。だけど、銀時くんの魅力を
分かってもらおうと一所懸命な十四郎くんが愛しくて、お母さんは分からないふりをしているの
です。十四郎くんはむうと唇を尖らせて言います。
「おもちゃかしてくれるし、いじわるなこがいたら、まもってくれるし、あと……」
ちらっとお母さんを見上げて、それから首を左右に振って周りに人がいないかを確認した
十四郎くん。「なあに?」と言ってお母さんは十四郎くんの視線の高さにしゃがみます。
「あのね」
「うん」
――ちゅうしてくれるとこ。十四郎くんはお母さんの耳元でささやきました。頬を赤く染めて
なされた発言に「あら」と目を丸くして、すぐに「まあ」と目を細めたお母さん。手を握って
立ち上がり、歩きながら十四郎くんに確認しました。
「他の子ともチュウするの?」
「したいっていわれたけど、だめっていった」
「そうなのー」
我が子はそれなりにモテるらしい。お母さんはバレンタインデーのことを思い出していました。
同じ保育園に通う複数の女の子からラブレターをもらった十四郎くん。先生から、おやつに
チョコレートを出したところ、女の子達がそれを十四郎くんにあげると言って大変だったとも
聞きました。
けれど銀時くんの「好き」と、他のお友達の「好き」を十四郎くんはきちんと区別しています。
積極的な銀時くんに流されてばかりではないのです。
「十四郎は銀時くんにチュウしてあげないの?」
「しないよ」
「どうして?」
「はずかしいから」
将来は結婚するのだと宣言しているわりに、自分からキスをするのは照れ臭いという十四郎くん。
そんなことではいけないと、お母さんは励まします。
「銀時くんだって、十四郎がチュウしてくれたら嬉しいと思うわ」
「ほんと?」
「ええ。だって、銀時くんも十四郎のこと好きなんだもの」
頑張ってねと背中を押して、そこはもう、銀時くんのマンションでした。十四郎くんが
エレベーターのボタンを押して、扉が開くのを二人で待ちます。
「おかーさん、ちゅうっていつするの?」
「銀時くんはいつしてくれるの?」
「あそぶとき」
要は銀時くんが「その気」になった時。「していい?」と聞かれて頷けば、唇にちゅっとして
くれるのです。エレベーターに乗り込んで、お母さんはアドバイスをくれました。
「ありがとうの時にしたらどう?銀時くんが十四郎のために何かしてくれたら、ありがとうって
言ってチュウ」
「ありがと、ちゅう……」
「そうよ。できる?」
「できる」
エレベーターを下りた十四郎くんは、お母さんに抱えられて呼び鈴を押しました。
「どちらさまですか」
銀時くんの声です。十四郎くんは笑顔で、
「ひじかたとうしろうと、おかーさんです」
と名乗りました。応答が切れ、バタバタと足音が響いて、玄関のドアが開きました。
「いらっしゃいませ!」
「ぎんとき」
挨拶もそこそこに、銀時くんは十四郎くんの手を引きます。それでも脱いだ靴をそろえて、
十四郎くんは銀時くんの家に上がりました。
お母さんも銀時くんのお父さんに「お邪魔します」と言って靴を脱ぎました。銀時くんと
リビングに行ってしまった十四郎くんに手を洗うよう呼びかけます。
十四郎くんとお母さんが手を洗っているうちに、銀時くんとお父さんはキッチンでホワイトデーの
準備をします。水色チェックの不織布と青いリボンの包みを冷蔵庫から取り出して、洗面所へ
走ろうとする銀時くんをお父さんが止めました。二人がリビングに来るのを待っていなさいと。
「とうしろう、マヨネーズあげるね」
「えっ!」
リビングに戻ってきた十四郎くん。手渡された包みに驚きの声を上げました。お母さんと並んで
ダイニングテーブルのイスに座り、青いリボンを解くと、現れたのはジャムを入れるような瓶。
透明なガラス瓶は外から見てもマヨネーズ色。リボンと同じ青い蓋には歪ながら「と」と書かれて
いました。十四郎くんの「と」でしょう。
「銀時くんが作ったの?」
「うん!」
「すごいわねぇ。ねっ、十四郎?」
「……うん」
今よとお母さんに耳打ちされて、十四郎くんはイスから下りて銀時くんの元へ。
「ありがとー!」
「どっ……」
銀時くんは「どういたしまして」を言うことができませんでした。十四郎くんの唇で口を
ふさがれてしまったからです。そして、初めて受けたキスの衝撃に、十四郎くんが離れても
言葉が出ませんでした。
ぽかんと口を開け、十四郎くんの顔を見詰める銀時くん。十四郎くんは不安げにお母さんの方を
振り返りました。
「大丈夫よ。ねぇ、銀時くん?」
「あ……」
「今更なに固まってんだ?キスなんで何度もしてるだろ?」
「十四郎からするのは初めてなんですよ」
「ああ」
お父さんは銀時くんの髪をぽんぽんと撫でました。
「キスするくらい嬉しかったんだと。良かったな」
「うん……よかった」
漸くこぼれた笑顔に十四郎くんは胸を撫で下ろします。
小さな恋人達の最初のホワイトデーはこうして過ぎていきました。
(14.03.19)
バレンタインデーは銀時くん中心だったので、ホワイトデーは十四郎くんで。十四日を大分過ぎてしまいましたが^^;
あ、中二のホワイトデーがどうなったかはご想像にお任せしますw
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。