※お題部屋の「たとえ遊びでも側にいたかった」と同じ設定になります。






2014年バレンタインデー記念作品:はじめてのばれんたいん


二月半ばの日曜日。お昼ご飯を食べ終えた銀時くんは、お父さんと手を繋ぎ十四郎くんの家へ
向かって歩いていました。銀時くんも十四郎くんも銀魂保育園年中組。とても仲の良い二人は、
保育園がお休みの日にもよく一緒に遊んでいるのです。
数日前に降った雪が残る道の端、銀時くんは赤い長靴で小さな雪山を登り崩していきます。

「先に行ってるぞ」
「まって!」

お父さんが二、三歩進むのを見て大事な目的を思い出した銀時くん。慌てて追いかけました。
滅多にできない雪遊びはとても魅力的だけれど、やっぱり十四郎くんと会うのが優先です。
雪を蹴散らし、お父さんの中指に掴まりました。

「とうしろうのおにわ、ゆきある?」
「日当たりいいから溶けてるかもなァ……」
「ゆき、もってってあげよう!」
「雪で遊びたいなら公園に行けばいいよ」
「こーえんはヤダ」
「何で?」
「おともだちがいるし」

銀時くんの言う「お友達」とは他の子どものこと。保育園に通う銀時くんは、大勢の子ども達の
中で遊ぶことに慣れています。ではどうして公園が嫌なのかと言うと……

「お友達と一緒に遊べないのか?」
「とうしろうがいいの」

十四郎くんと二人だけで遊びたいのです。保育園にいる時は、二人で遊んでいても「いれて」と
他の子に言われたら仲間に入れてあげなくてはなりません。皆と仲良く遊ばないと、先生に
怒られてしまいます。だから保育園は「お友達」とも遊ぶところ、お休みの日は十四郎くんと
二人きりで遊ぶ日と銀時くんは決めていました。

「銀時は十四郎くんが好きなんだな」
「うん!」

屈託のない笑顔で繋いだ手を振り回す銀時くん。お父さんもにっこり笑って、

「大人になったら結婚するんだもんな」

と言いました。すると銀時くんは打って変わって悲しそうな顔になります。

「おとことおとこは、けっこんできないんだよ」
「あー……」

お父さんは繋いでいない方の手を額に当て、空を仰ぎました。
少し前の銀時くんは、大人になれば十四郎くんと結婚できると信じていました。そんな銀時くんが
遂に現実を知ってしまったようです。とてもショックだったことでしょう。だけど銀時くんは、
小さな胸の中で抱えて一人で耐えてきたのです。銀時くんが悲しむと、お父さんも悲しくなって
しまいますから。
お父さんは銀時くんを抱き上げて、背中をぽんぽんと叩きました。

「うぅっ……」

首元が涙で濡れていくのも構わず、お父さんは優しく語りかけます。

「銀時、男同士でも結婚できる国はあるんだぞ」
「ほんと!?」
「いてっ」

勢いよく上がった銀時くんの頭はお父さんの耳にぶつかり、メガネが大きくずれてしまいました。

「ごめんなさい」
「ああ」

お父さんは銀時くんを下ろし、メガネを直してまた手を繋ぎます。銀時くんはじっとお父さんを
見上げて言葉を待ちました。

「それでな、男同士でも女同士でも結婚できる国はあるし、日本だって、銀時が大人になる頃には
結婚できるようになってるかもしれないぞ」
「じゃあ、とうしろうとけっこんできる?」
「十四郎くんが銀時のことを好きでいてくれたらな」
「とうしろうはオレのことすきだよ」

自信満々に答える銀時くん。もう涙の欠片もありません。だからお父さんは安心して、

「ピーマン残す子は嫌われると思うなぁ」

なんて、ちょっとイジワルなことを言ってみました。
次から食べるもん――銀時くんは頬っぺたを膨らまします。けれどすぐにいつもの銀時くんに
戻りました。だってここはもう、大好きな十四郎くんのお家の前。

「オレが押す!」
「はいはい」

お父さんに脇を抱えられ、銀時くんが呼び鈴を押します。
ピンポーンと鳴って、それから十四郎くんのお母さんの声が聞こえました。

「どなたですか?」
「ぎんたまほーくえんタンポポぐみ、さかたぎんとき4さいです」

とても丁寧に名前を言えば、はい、と言って通話が切れます。そして間もなく扉が開いて、
黄色のジャンパーを着た十四郎くんが出て来ました。銀時くんは急いでお父さんに下ろして
ほしいと訴えます。抱っこされているのは格好悪いと思っているのです。

「どーぞ」
「ありがと」
「お邪魔します」
「ようこそ」

玄関には十四郎くんのお母さんもいました。紺色の豚柄ロングスカートを履いているお母さん。
ふくよかな体型を強調しているようなその模様、潔くて清々しいとお父さんは思いましたが口には
出しませんでした。お父さんは大人ですから。

「銀時くん、お庭の雪で遊ぶ?」
「あそぶ!」

何度も遊びに来て勝手知ったる銀時くん。長靴を脱ぎ捨てて、お庭に面したお部屋まで駆けて
いきました。もちろん十四郎くんも一緒です。
けれど、靴がないとお庭には出られません。十四郎くんのお母さんは銀時くんの長靴を持って後を
追いました。

「十四郎くんのお母さん、すみません」
「いいんですよ。十四郎なんか、ご飯の時も上着を脱がなかったんですから」
「え?」
「銀時くんが来たらすぐ庭に出られるようにって」
「そうだったんですか……あっ、これどうぞ」

コートとマフラーを脱いでから、銀時くんのお父さんは十四郎くんのお母さんに紙袋を渡します。
中には十四郎くんとお母さんが大好きなマヨネーズ味の掻き餅が入っていました。

「ご丁寧にどうも」
「いえいえ」

ゆきだるまつくろう――微かに残る雪で戯れる子ども達。十四郎くんのお母さんはクッションと
電気ストーブを窓際にセットしました。

「どうぞお座り下さい。紅茶でよろしいですか?」
「お構いなく」

お父さんはクッションの上で胡座をかいて雪に塗れる二人を見守ります。世間の常識に照らし
合わせれば色々と思うところもあるけれど、子どもに好きなことをさせて何が悪いと最終的には
開き直ることにしている。願わくば、十四郎くんも同じ気持ちでいてくれますように――

「銀時くんで本当に良かったわ」

十四郎くんのお母さんが二人分の紅茶を持って隣に座ります。どうぞとティーカップをお父さんの
前に置き、庭へ視線を移しました。

「十四郎の相手が、銀時くんで良かった」
「そうですか?」

スティックシュガーを二本とミルクを入れて掻き混ぜながらお父さんは疑問を投げかけます。
普段から、銀時くんの方が十四郎くんに熱を上げているように感じていたのです。
庭で遊ぶ二人を見詰め、お母さんはすっと目を細めました。

「良かったですよ。こういう気持ちは、滅多に実らないでしょう?」
「いやいや、十四郎くんほど頼りがいのあるイケメンだったら誰でも……」
「まあ。それは銀時くんの方ですよ。明るくて素直で人気者」
「調子がいいだけですって」
「それに……」

十四郎くんのお母さんは銀時くんのお父さんに向かって微笑みました。

「理解のあるお父さんで」
「いや、私はただ銀時の自由にさせてるだけで……十四郎くんのお母さんこそ!」
「ふふっ……私、恋愛についてとやかく言える立場じゃありませんから」
「はあ……」

紅茶を一口飲み、お母さんは声を潜めて言いました。

「愛人だったんです」
「えっ!」
「十四郎を産む前は痩せててきれいだったんですよー」
「あ、いや、それで驚いたわけでは……」
「研修先の病院の医者で、歳は四十近く上だったんですけどね」
「はあ……」

清純そうな若いナースが医者と……なんて何処のいかがわしいビデオかとお父さんは思いましたが
もちろん口には出しませんでした。

「最初から結婚できないって分かってて関係持って十四郎産んで……こんな私が息子に言えること
なんてありませんよ」
「そんな……」
「……って、言えば大抵の人は黙ります」
「はい?」

くすくすと笑うお母さんに、お父さんはからかわれたのだと気付きました。

「お節介な人から何か言われたりしません?そういう時、私はこうやって黙らせてるんです」
「あの、じゃあさっきの話は……嘘?」
「さあどうでしょう?」

うふふと笑ってお母さんは立ち上がり、庭に向かって呼び掛けました。

「おやつの時間よー」

こちらへどうぞとティーカップをテーブルへ置き、お母さんは部屋に上がってきた子ども達の
上着を脱がせ、洗面台へ連れていきます。呆気に取られていたお父さんは、銀時くんの世話まで
してもらったことに後で気付くのでした。



「では少々お待ち下さい」
「おまちください」

銀時くんとお父さんをテーブルに残し、十四郎くんとお母さんはキッチンにおやつを取りに
行きます。その時のお母さんの笑顔がさっきの「冗談」を言った時と同じに見えて、銀時くんの
お父さんは少し不安になりました。まさかイチゴのマヨネーズ和えとか……以前、銀時くんの家で
イチゴを食べた日のことを思い出し、冷や汗の滲むお父さんでした。


「お待たせしましたー」
「は、はいっ!」

口に合わない時は正直に言うぞと決意して、お父さんはおやつを待ち構えます。
十四郎から先に――お母さんから促され、十四郎くんは銀時くんの前に赤いハート型の箱を
置きました。そしてお母さんはお父さんに同じ箱を。

「バレンタインデーチョコを作りたいって、十四郎が」
「チョコ!?」

銀時くんがフタを開けると、そこには箱と同じ形のチョコレートが入っていました。
表面にはホワイトチョコレートで、歪ながら「ぎ」と書いてあります。

「銀時くんの『ぎ』。十四郎が書いたのよ」
「すっげー!」

お菓子を見るとすぐに飛び付く銀時くんが、食べもせず手作りチョコレートを見続けています。
本命チョコの威力をまざまざと感じつつ、お父さんも箱を開けました。

「こっこれは……」

銀時くんと同じ形のチョコレート。同じくホワイトチョコレートで文字が書かれていました。
義理チョコ――コの字の横のハートマークにも、茶目っ気のあるお母さんらしさが溢れています。

「結構な義理チョコで……」
「どういたしまして」
「おとーさん、なんてかいてあるの?」
「あー……十四郎くんと遊んでくれてありがとうって書いてあった」
「オレはぎんときの『ぎ』!」
「良かったな」
「とうしろう、ありがとう!」
「どういたしまして」

お礼を言ってまたチョコレートを眺めて、銀時くんはふと思い立ちました。

「ねえ、とうしろうって、どうかくの?」
「おべんきょうやる?」
「やる!」

ちょっと待っててと言って十四郎くんが自分の部屋から持って来たのは「あいうえおタブレット」
――平仮名のボタンを押すとその字を読み上げてくれる玩具です。
十四郎くんが「と」の文字を押すと、タブレットから「と」と声がしました。

「とうしろうの『と』?」
「そうだよ」

どうやら今日のおやつはいらない様子。銀時くんは十四郎くんに教わりながら「と」「う」「し」
「ろ」「う」の文字を覚えていきます。お父さんはチョコレートの箱をそっと元通りにしました。

何度も反復して「とうしろう」を記憶した後、銀時くんはこの玩具の別の使い方を思いつきます。

「ちょっとかして」
「いいよ」

十四郎くんから画面が見えないようにして、銀時くんはお父さんに内緒話で質問します。

「何だ?す?」
「いっちゃだめ!」
「あーはいはい。これだよ」
「つぎは……」

今度こそ言っちゃダメだと念を押して、銀時くんはお父さんに文字の在りかを聞きました。
そして、

「とうしろう、みてて!」

銀時くんは教わったばかりの文字を押していきます。一つ目は「す」、二つ目は「き」。

「まあ!」
「こういう知恵だけは働くんだから……」

喜ぶお母さんと呆れるお父さんなんて気にすることもなく、十四郎くんに向けて「す」と「き」を
繰り返します。
こうしてまた一つ、小さな恋人達の大切な思い出ができました。

(14.02.15)


幼児二人のバレンタイン話といいつつ、お父さんとお母さんが出張ってますね^^; 一応、「たとえ遊びでも〜」の翌月という設定なのですが、3年以上前に書いているので
色々と齟齬があったらすみません。そもそもお母さんがX子さんなのは後付けですしね。
銀時くんの方が感情表現豊かなので思いが強いようにも見えますが、十四郎くんだって銀時くんが大好きなんです。普段言えない分も手作りチョコに気持ちを込めたと思います。
来月はこの二人のホワイトデー話を書こうかなァ……
ここまでお読み下さりありがとうございました。

追記:ホワイトデー話はこちら


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