※2013年バレンタインデー記念作品「それぞれの二月十四日」の続きです。
眠らない町・新宿歌舞伎町。新興外国人ホストクラブが隆盛を極めるこの町で、唯一それらと
対等に渡り合う老舗和製ホストクラブ店内。開店数時間前のそこに従業員はおらず、オーナー兼
ホストの志村新八がバックヤードで一人の男と話をしていた。
声を潜めて男は言う。
「……ということでいいかな、My brother Shimpachi?」
「ブラザーじゃないですけど了解です。当日はよろしくお願いします」
「当日と言わず今後とも末永く……」
「いえ、当日だけよろしくお願いします」
「遠慮することはない。ところで、お姉さんの今日のご予定は?」
「そろそろ開店準備がありますのでお引き取り下さい」
丁寧かつ迅速に男を送り出し、新八は開店準備に取り掛かった。
ネオン煌めく町並みが、イルミネーションも加わって更にきらびやかになる季節。店内も負けず
劣らず飾り付けられている。ホールの中央には、天井から下がるライトに届く程大きなツリー。
壁は元より、ソファーやテーブルもカラフルなモールで装飾されていた。
クリスマスまであと一ヶ月。
2013年クリスマス記念作品:金色の聖夜
「皆さん聞いて下さい」
開店三十分前のロッカールーム。新八はそこに店のホスト達を招集した。
「今年のクリスマスは他店とコラボすることにしました」
初めての試みに、話半分だったホスト達も俄かに耳を欹てる。これでイベントの第一段階は成功。
ホスト達の興味も引けないようでは、客にとっても魅力あるものではないと新八は考えていた。
「十二月二十四、二十五日は二店舗のホストをシャッフルします。つまり、僕らがあちらで
接客したり、あちらの方がこちらに来たり……」
「ぱっつぁんよー」
オーナーの言葉を遮ったのはナンバー1ホストの金時である。金時は皆が最も知りたいであろう
ことを尋ねる。すなわち、何処の店とコラボするのか。
僕としたことが一番大切なことを――失礼しましたと前置きして新八が口にしたのは歌舞伎町一の
ホストクラブであり、そこはまた、金時の恋人の勤め先でもあった。
コラボ企画の説明は続く。
「メインは互いのナンバー1が揃うこと。イブはこっちで、二十五日はあちらで接客してもらう
予定です。勿論、片方にお客様が偏らないよう、ナンバー2と3の人には逆の店に行って
もらいますからね」
「つまりコイツらは仕事中にいちゃつき放題ってことか?」
嫌みたらしく金時を顎で指したのはナンバー2の晋助だった。その台詞を切欠に、他のホスト達
からも「狡い」「贔屓だ」「リア充爆発しろ」等々不満が噴出する。だがこのくらいはオーナーに
とって想定の範囲内。オホンと咳払いして晋助に微笑みかける。
「確かに今のナンバー1は金さんとトシーニョさんですけど、イブまで順位が変わらないって
保証はないですよね、晋助さん?」
「チッ……」
暗に文句があるならナンバー1になってみろと焚き付けられ、晋助は舌打ちとともに煙草を
灰皿へ放った。
すると後方からサングラスを掛けた男が手を挙げる。この店の最年長ホスト、泰三である。
「コスプレは有りですか?」
「クリスマスの雰囲気を壊さなければOKです」
「ならあっちのナンバー1の服はサンタガールがいいと思います!」
「はい?」
困惑気味に眼鏡のズレを直す新八を尻目に、いいこと言ったと周囲のホスト達は泰三を讃えている。
「……泰三さん、何言ってるんですか」
「クリスマスに合っていればいいって言ったじゃないか」
そうだそうだと賛同するホスト達は、ナンバー1とは程遠い位置にいる者達ばかり。先の晋助は
静観していた。彼らは自分達が到底太刀打ちできないナンバー1の店のナンバー1ホストを
辱めてやりたいのが半分、単純にトシーニョの女装姿が見たいのが半分であった。
どうせなら美人と一緒に働きたい――だがそんな提案、金時が黙って聞き入れるはずがない。
「お前らがトシ子ちゃんに会いたいだけだろ。却下だ却下、なあ新八?」
「そうですよ。あくまでもホストなんですから」
以前、トシーニョは女性の姿で来店したことがあった。しかしそれはあくまでも客として。
今回は持て成す側としてクリスマスイベントに参加してもらうのだから。
「あっちのイベントではトシが毎回女装してるみたいだぜ?」
「それはそう、ですけど……」
晋助まで加勢して、新八は渋々「向こうのオーナーに聞いてみます」と約束させられてしまった。
「トシがサンタならテメーは赤鼻のトナカイでもやったらどうだ?」
ナンバー1の座は俺がいただくがと牽制しつつ、晋助は金時に向かい不敵な笑みを浮かべる。
しかし現在トップの余裕か、「別にいいけど」と金時。
「サンタさんに悪い虫が付かないよう護ってやるかな……」
「ケッ……トナカイならトナカイらしく四つん這いでサンタの椅子になりやがれ」
「あ、お前はプレゼント役がいいんじゃね?チビだから箱に入るの得意だろ」
「何だと!」
「ああもう、ケンカはダメですって!」
そろそろ開店だからとオーナーが宥め、この日の営業が始まった。
* * * * *
同じ頃、コラボ相手である外国人ホストクラブでも、オーナーのコンディによってクリスマス
イベントの説明が行われていた。
「……というわけで、未来の弟くんとコラボすることになった」
どうやら想い人の家族に近付こうとコンディからこの企画を持ち込んだようだ。そしてもう一つは
この店のナンバー1ホストにして親友のトシーニョに、恋人とクリスマスを過ごしてもらうため。
イベントの詳細を聞き、ナンバー2のソウが質問する。
「仮装は有りですか?」
「いいと思うぞ」
「ならトシーニョさん、ハニーさんとお揃いでサンタガールなんてどうです?」
「ハニーさん」とはトシーニョの恋人――つまりは金時のこと。
「ペアルックだと客も喜びますぜ」
「だがなぁ……」
目の付けどころは悪くないが、あちらのナンバー1に女装させてもいいものか……コンディは
トシーニョに意見を求める。
ダメに決まってるだろと、トシーニョは提案者に向かって煙草の煙を吐き出した。けれどソウは
諦めない。
「トシーニョさんと一緒ってことなら、あちらさんも着てくれるんじゃないですか?」
「ソウ、お前クリスマスまで俺をナンバー1でいさせてくれんのか?」
あちらのナンバー1と一緒に接客するということはそういうことだと挑まれて、ソウは返事に
窮する。認めたくはないけれど、クリスマスイブまでの期間でトシーニョを追い越すのは殆ど
不可能だと分かっていた。
* * * * *
「クリスマスの話、聞いた?」
「ああ」
その日、仕事を終えて恋人と共に暮らす家へ帰った金時とトシーニョ。話題は当然、初のコラボ
イベントのこと。
「トシ子ちゃんのサンタガールが見たいとか言い出すヤツがいてよー……とりあえずオーナーが
伺いを立ててみるってことになっちまった」
「ウチはお前と一緒にサンタガールやれと言うヤツがいたぞ。適当に流しておいたがな」
「マジでか!皆、似たようなこと考えてんだな〜」
お互い苦労するなとソファーに座り、金時はトシーニョの肩を抱く。トシーニョの腕も金時の
腰に回った。
「……で、俺はサンタガールになった方がいいのか?」
「え?」
冗談かと思えばそうではない。トシーニョの表情からそれは明らかだった。
「サンタガールになってもいいの?」
「ウチではイベントの女装、恒例だからな」
「そうなんだ」
言われてみれば以前、「お姫様」となったトシーニョを見たことがある。趣味と実益を兼ねて、
仕事で女装をするのも吝かではないらしい。
だがな――トシーニョは金時の顔を覗き込む。
「お前が嫌ならやらねェよ。……当然、お前に女装させる気もねェ」
「う〜ん……トシ子サンタは見てみたいような……でも他のヤツには見せたくないような……」
「……なら家だけで着てやろうか?」
金時の耳朶を唇が掠める距離で囁いて、トシーニョは太ももをすっと撫でた。
可愛いサンタガールを独り占め――とても魅惑的な申し出ではあるのだが、同じ場所で働ける
折角の機会、単なるホスト同士として客に接して終わるのも勿体ないと思われた。
「やっぱりサンタガールやってよ。俺、トナカイやるからさ」
「分かった。……当日はよろしくな」
「こちらこそ」
互いに互いを抱き寄せてキスをして、トシーニョの身体はソファーに沈む。
かくして二店舗合同のクリスマスイベントは、ホスト達の順位に大きな変動がないままその日を
迎える運びとなった。
(13.12.24)
クリスマスイベントの様子とその後のクリスマスエッチはもう暫くお待ち下さいませ。
追記:予定を変更して中編は二人のクリスマスデートの様子を→★