後編
開店二時間前のホストクラブ。従業員専用口から入った金時は、オーナーがいるであろう事務室を
目指す。勿論トシーニョを伴って。
「よ、ぱっつぁん」
「金さん……早いですね」
「すみません、着替えに時間がかかるもので」
「あ……」
後ろから現れた金髪碧眼に新八は慌てて立ち上がった。その拍子に倒れたイスには構わず、
金時を押し退けてトシーニョへ頭を下げる。
「本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。……あっ、後でコンディが挨拶に伺う予定ですので」
「それは遠慮したんですけどね……」
「すみません……」
姉の件で新八にかなりの迷惑を掛けているのは分かっていて謝罪すれば、
「トシーニョさんに罪はありませんから」
また頭を下げられてしまった。
「まあとにかく今日はよろしくってことで。着替えはこっちね」
金時が間に入って場を和め、トシーニョをロッカールームへ案内する。
古く、物も多いが清掃の行き届いた部屋。聞けばオーナーが毎日掃除しており、ホスト達も
きれいに使うよう心掛けているとのこと。
「この店を愛しているんだな……」
「オーナーは親父さんの作った店を護りてぇんだろ」
「ホスト達も、だろ?」
「まあ、そうね……」
一所懸命に店を守り立てようとするオーナーの姿に心打たれ、協力的なのは確かなこと。
けれど改めて指摘されると照れ臭く、「早くサンタガールになーれ」とトシーニョの服を脱がせて
おどける金時であった。
* * * * *
十五分程して、ロッカールームの扉が遠慮がちにノックされた。ほんの僅かに開いた隙間から
眼鏡が覗く。
「あの、入っても大丈夫ですか?」
「どーぞ。つーか、ぱっつぁんからも言ってやって!」
「どうしました?」
「失礼しまーす」
「おはようございまーす」
新八を先頭に、この店のホスト達が続々と入室。中には晋助や辰馬といった、出向組もいた。
「お前ら今日はあっちの……まあいいや。ほら立って!」
「チッ……」
トナカイの角カチューシャを装着した金時に命じられ、パイプイスから渋々立ち上がるトシーニョ。
首から下はもうサンタガールが完成していた。
鮮やかな赤の長袖膝丈ワンピース、袖口と裾は白いフェイクファーで縁取られ、僅かに膨らむ
胸元に同素材のボタンが縦に二つ並び、腰には太めの黒いベルト。首にも、中央に十字架の付いた
太めの黒いチョーカーを結び、足元は黒のロングブーツ。
「なっ!ふざけてるだろ?」
「何言ってるんですか。こちらがサンタガールをお願いしたんですよ?」
「ちっげーよ!よく見ろ!このスカート!」
「はい?」
何が気に食わないのか全く分からない。予想通り……いや、それを超えてかなり凝った衣装を
準備してくれたように見える。恋人とはいえ他店のナンバー1ホストに対して失礼ではないか。
「もういいか?座るぞ」
「ああ座れ!座って見てもらえ!」
「はいはい……」
我儘に付き合う親のように、仕方ないヤツだと息を吐いて再び腰を下ろしたトシーニョ。
その表情は慈愛に満ちていて、見てはいけないものを見ているように新八は感じた。二人きりに
してあげた方がいいのだろうか……他人の幸せをぶっ壊すことが信条の晋助も、声の大きさには
定評のある辰馬も黙って成り行きを見守っていることだし。
だが金時は「ここだよここ」と膝を指し示す。
「だからどうしたんですか?」
「スカート長過ぎ!」
「……は?」
「スカートが長過ぎるだろ!サンタガールと言えばミニスカサンタ!なのにこれ!膝の一つも
見えやしない!しかもだ――」
「おいっ!」
金時がひらりとスカートをめくれば、黒いタイツを履いた腿が露わになった。
「こんなの着てたら短くしても何も見えねーよ!俺ァこんなサンタガール認めねぇ!
ぱっつぁんもそう思うよな!?」
「いや……別に、そういうお店じゃないんで……」
ほら見ろとトシーニョは得意顔。そもそもトシーニョのミニスカート姿を心から「アリ」だと
思えるのは金時くらいなもの。トシーニョ本人も含めて他の者はせいぜいウケ狙いとしか思わない
だろうし、それはナンバー1ホストのすることではない。けれど尚も金時は食い下がる。
「泰三さん!アンタなら分かるだろ?」
「そりゃ俺もミニスカートは好きだけども……」
「だろ?」
「でもなァ……あんまりセクシーだと、金さんのお客が嫉妬しちゃうんじゃない?」
「うっ……」
「テメーがトシのケツ追い回してりゃ、俺に乗り換える客も出てくるかもな」
「仕事中に破廉恥なマネは許さんぞ!」
泰三に痛いところを突かれ、晋助が追い打ちを掛け、やや勘違い気味の小太郎から窘められ、
遂に金時は諦めた。
「分かりましたー。……で、何の用?」
自身の正当性を説くのに気を取られ忘れかけていたが、ここへ訪ねて来たのは新八達の方。
出向組まで顔を揃えたのだから何かあるのだろう。
大したことではないと言いつつ、新八はトシーニョに向かい手を合わせた。
「メイクの様子を見させてもらってもいいですか?」
「ああ、構いませんよ」
ふわりと笑ってトシーニョはイスを中央の机へ移動する。
机とトシーニョを取り囲むようにホスト達がずらり。その光景を金時は別のイスに座って
眺めていた。
「お前ら、化粧に興味あんの?」
「どうやってあんな美人になるのか見たいじゃないですか」
「元がいいからだぞ。ケツアゴはメイクじゃ隠せねぇよ」
「僕がするんじゃありません!」
新八がツッコミを入れる間にも、トシーニョは長めの前髪をピンで留め、ファンデーションを
塗っている。その様子をじっと見詰める男達。
自分の恋人に皆の注目が集まるのは素直に誇らしい。前世の前世のそのまた前世――幾度生まれ
変わっても結ばれる自分達。今更他を求めるはずがないと確固たる自信があるから、独占欲より
むしろ見せびらかしたい欲求の方が強い。どうだ俺の恋人凄いだろ。こんなに凄いヤツが俺に
ベタ惚れなんだからな……
「晋ちゃんならいい線いくんじゃね?小せェし」
「ふざけんな。俺はあっちのナンバー2に見ものだと言われたから来てやったまでだ」
つーか晋ちゃんはやめろといつもの口喧嘩が行われる頃には、モスグリーンのアイシャドウが
登場していた。
ボリュームのある人工睫毛を付け、深紅のルージュを引けばメイクは完成。
筒型の箱に入ったウィッグ、ブロンドのウェーブがかったロングヘアー、を装着し、
三角帽を被れば完璧。まごうことなきサンタガールの誕生である。
「いかがでした?」
「はっはい、素晴らしかったです!」
この頬笑みがマズイのだと新八は危機感を覚える。トシーニョだと分かっていても胸の高鳴りを
抑えることができないからだ。脳での理解を視覚が凌駕する。背が高く声の低い金髪美女だと
認識してしまう。
「俺のダーリンだから惚れても無駄だぞ」
サンタガールに抱き付いた金時の姿で我に返った新八は、眼鏡のブリッジを上げる仕種で動揺を
隠そうとした。
「そんなんじゃありませんよ」
ダーリンという単語にも些か引っかかったものの、のんびりしている暇はない。イベントの準備に
とりかからねばと先ずは出向組を退席させる。
次に裏方担当と新人ホスト達で料理やドリンクの用意。そしてそのうちに、
「Merry Christmas!My brother!」
茶色の全身タイツを身に纏い、トナカイの角を頭に付けたコンディがホストを連れてやって来た。
「ブラザーはやめて下さい!」
「遠慮はいらない。今日は共に飲み明かそう!」
「コンディさんはあちらでしょう?」
確かコンディはナンバー3、つまり今日は自身の店で働く日であったはずだ。なのに何故「共に」と
言い出したのか……
「実は今月調子が悪くてね……現在ナンバー8なんだ。あっ、新八くんもナンバー8だっけ?
やっぱり俺達は気が合うんだな〜」
「コンディさんもしかして……」
「ん?」
愛する人の弟と飲むために態と順位を落としたのか……疑いの眼差しを向けるトシーニョとは
視線を合わせずに、
「ウチのホストを紹介しよう!」
強引にオーナーらしさを取り戻す。
「トシーニョ……は、紹介なんていらないか。こいつはナンバー10のハラーダ」
コンディは左隣に立つスキンヘッドの男の肩に手を置いた。ちょっとオーナー……男は苦虫を
噛み潰したような顔をした。
「俺、ウーノなんですけど」
「あれっ?ハハハ、すまんすまん。で、こいつはキョーシロー……」
一通りの挨拶を終えたらいよいよ開店。奇しくも、かどうかは分からないが、揃ってしまった
二人のオーナーが扉を開けて最初のお客様をお出迎え。これまでにないイベント形態に期待して、
既に行列ができていた。
「「いらっしゃいませ」」
「やっと会えたわね、コンディちゃん」
「ご無沙汰してすみません!」
「ウーノちゃんに乗り換えようかと思ってたのよ〜」
「いや〜、裏方が忙しくて……」
「相変わらずいいカラダ」
「どうもどうも」
先頭のニューハーフ三人組はコンディの常連客のよう。
「メリークリスマスですトシーニョ様!」
「Merry Christmas,Kuriko」
「とっても可愛いです!」
「ありがとう。でもクリコには敵わないよ」
「まあっ」
トシーニョの常連客、栗子は金時にも会釈して入店した。席に着き、トシーニョに耳打ちする。
「金時様とご一緒で嬉しいですか?」
「ん?」
金時の着いた席を見やれば、こちらを見ていた彼と視線が交差する。すっと目を細めて、
「クリコと会えたことの次くらいにはね」
と囁けば、彼女は頬を染めつつシャンパンタワーを注文した。
トシーニョ達の目の前にピラミット状に積まれたグラスが運ばれてくる。そこへシャンパンを
注いでいけば、さながらそれは金色のクリスマスツリー。グラスの底から次々と立ち昇る気泡の
オーナメントは、儚く消える雪のよう。
その幻想的な煌めきに魅入られた栗子の胸元、直径三センチ程のブローチにトシーニョは指先で
優しく触れた。
「きゃっ」
「ああ、ごめん。お揃いだなと思って」
「え?」
胸までかかる長いブロンドを左側だけ後ろへ流せば、彼女のものと同じマヨリースがお目見え。
「買ってくれたんだ。ありがとう」
「トシーニョ様のデザインはどれも可愛いですから」
「それとこれも」
「あ……」
トシーニョは栗子の耳に髪をかけた。するとそこにはマヨネーズボトルにリボンが巻かれた
デザインのピアス。もちろん、トシーニョが手掛けたものである。
「トシーニョ様にはマヨネーズの美味しさも美しさも教わりましたから」
「じゃあ乾杯しようか。イブを共に過ごせることと……」
「マヨネーズの奇跡に乾杯ですわ」
シャンパングラスをカチャリと合わせて一口、それからフルーツ盛り合わせがただの黄色いものに
なるまでマヨネーズを絞り出す。ヘルプに付いていた泰三は、彩り鮮やかな果物が蹂躙される様を
ただ黙って見ていることしかできなかった。
半分に切ったイチゴのマヨネーズ掛けをフォークに刺して、トシーニョは栗子の口元へ。
「クリコ」
「あーん、でございます」
うっとりとした表情でそれを咀嚼する彼女に無理をしている印象は受けない。心からマヨネーズと
フルーツのハーモニーを味わっているようだ。
「イチゴの酸味とマヨネーズの酸味が絶妙ですわ」
もうそれ、ただの酸っぱいやつだよね――泰三は心の中でツッコミを入れて、シャンパンツリーの
酒を呷った。
「ああいうのもユリって言っていいんだろうか……」
少し離れたテーブルで接客しつつ、金時の視線はサンタガールに釘付け。それでも赤縁眼鏡の
女性客は至極幸せそうに金時に抱き付いていた。
「金さんってばイジワルなんだからっ!さっちゃんだってサンタガールなんだぞ」
「ああそうね……ドンペリでも飲む?」
「飲むわ!ドンペリのドンペリ割りを飲むわよ!!」
「はいよ〜」
トシーニョが別の指名客の元へ移動する時も視線は外さない。このお客がそれを許してくれると
分かっているからだ。緩い態度が売りの金時ではあるけれど、決して不真面目な訳ではない。
彼女が冷たくされるのを好むから敢えて余所見をしている――尤も、女装姿で女性客を持て成す
恋人の様子が気になるのも事実だが。
けれどそれもここで一先ず終わり。
「金ちゃーん、来たアルよー」
「神楽」
一番のお得意様の来店に、遅まきながらこの店ナンバー1のプライドが擡げてきた。
このイベントでトシーニョを超える――密かに抱いていた野望に火が灯る。いつもは店の規模も
手伝ってトシーニョの方が上だ。しかし今日と明日は同じ店。同じ条件なら自分の方が……
「メリークリスマス神楽」
「メリークリスマス金ちゃん。ところで、トッシーってのは何処ネ?」
「はい?」
「金ちゃんの彼氏。いるんでしょ?」
「あ、ああ、トシーニョね。あそこのサンタガールの子だけど……」
まさかそんなことは……金時の不安は間もなく適中する。
「今日はトッシーを指名するネ」
「ええっ!」
折角のイベント、いつもと同じじゃつまらないと神楽はウェイターにトシーニョの指名を告げた。
本当にいいんですかと心配そうに向けられた視線に構わないと強がりを言って、金時は元の席に
戻ろうとする。店内にトシーニョの指名コールが響き渡った。
「金ちゃん、私を放って何処行くネ?」
「お前はトシーニョと飲むんだろ?ほら、もう来るぜ」
「金ちゃんと三人で飲みたいネ。そういうの、出来ないアルか?」
「出来るけどよ……俺達セットにするとかなり高いぜ?」
ヘルプに付かない上位ホストを二人同時に指名するとなれば、それぞれの指名料がプラスされる。
しかも今回はナンバー1が二人という通常営業では有り得ない組み合わせだけに、有り得ない
料金が請求される仕組みとなる。
それを聞いても神楽は澄ました表情を崩しもしない。
「心配ご無用ネ」
「そりゃ頼もしい」
「はじめましてトシーニョです」
笑顔で名刺を渡し、トシーニョは神楽の左隣に腰を下ろす。けれど「そっちじゃないネ」と
すぐさま席替えを要求され、金時の横に座らされてしまった。
「神楽アル。金ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそ、とてもお世話になっていると聞いています」
「近くで見ても女の子アルな……」
「何度も言ったじゃねーか。トシ子ちゃんは完璧なの!」
「金ちゃんの話は半分くらい嘘アルからなー」
「嘘じゃなくてジョーク。ジャパニーズジョーク、分かる?」
「……家でもこんな感じアルか?」
「そうですね」
和やかに会話を弾ませる三人は他の客達からも視線を集めていた。そういうのもいいんだ……
「おーい、こっちもトシーニョさんと金さん指名だってさ〜」
トシーニョのヘルプで栗子のマヨネーズ攻撃に曝されていた泰三が声を上げる。それを切欠に、
「次はこっちに金時とトシーニョ!」
「次はこっちで!」
続々と上がるダブル指名のコール。
「悪ィんだけど神楽……」
「まだ行っちゃダメ!ロマネコンティのボトル入れるから、写真撮らせてヨ」
「写真?えっと、誰かシャッター……」
押してくれとスタッフへの依頼は神楽がキャンセル。二人の写真が撮りたいのだと言って、
ハンドバッグからスマートフォンを取り出した。
「友達にゲイの好きな子がいるネ。その子に二人の話したら写真が見たいって」
「あっそう……」
「こんな感じでいいですか?」
トシーニョが金時の肩を抱けば、周りから黄色い歓声。金時も敢えて他から見えるように相手の
肩へ腕を回した。
「いい感じネ。はい、チーズ……」
カシャッとシャッター音が鳴る。今度は外側の手を互いの膝に置いてもう一枚。
「ちなみに明日は女装しない予定です」
「……商売上手アルな。明日も来るネ」
「ありがとうございます」
今の二人の写真では男女のカップルに見えてしまう。「ゲイ好き」ならば確実に男同士と分かる
格好で撮った方が喜ぶのではないか――それを匂わすことで、こちらから誘う言葉は一切使わず、
来店の約束を取り付けた。ナンバー1は伊達じゃないと感心する神楽であった。
その後も他のテーブルで二人の撮影会は続く。ある者は神楽と同様に二人きりの写真を、ある者は
自分も一緒に三人で……そうこうしている間に、久々にトシーニョ個人の指名コールが響いた。
そのテーブルは男女混合の六人グループ。昼間二人で訪れた、「土方」の経営するショップの
店長以下、従業員である。
「本当にオーナーですか!?すっごい美人じゃないですか!」
想像以上だと山崎店長。金時が耳打ちしていたのはこれだったのかと漸く謎が解けた。
坊主頭のアルバイト店員、佐々木鉄之助は膝を擦り合わせて前屈みになっている。
「ちっ違うっス。これはそういうのじゃなくて……」
「なんかムカつく……」
ポンデリングを頬張りながら悪態を吐く今井信女に対し、鉄之助の兄で副店長の異三郎は、
「アナタより美しいからですか」
と火に油を注ぐ発言。他の店員達も、噂で聞くだけだったオーナーの女装姿にすっかり見惚れて
写真撮影開始。我も我もとサンタガールとのツーショット写真を撮っていく。
こうして、客にとってもホストにとっても特別なクリスマスイベントは更けていった。
(13.12.30)
この後ちょっとだけ「おまけ」のクリスマスエロになります。
18歳以上の方はどうぞ(注意書きに飛びます)。→★