※「2013年土誕記念作品:白い薔薇の人」の続きです。









2013年銀誕記念作品:紅い薔薇の人


山の上では木々の葉が色付く秋の朝、土方は制服姿で万事屋を訪れた。
寝巻きのまま朝食中であった銀時が億劫そうに、しかし内心期待に胸膨らませて扉を開ける。
今日は自分の誕生日。夜から会う約束をしていたのに朝一で祝いに来てくれたのだから。

「おは……」
「銀時、生まれてきてありがとう」

慈しむような笑みを湛えて差し出されたのは抱える程の真紅の薔薇の花束。

「どっどうも……」

何かが変だと思いながらもそれを受け取った銀時は、土方の後ろにいる山崎の存在に気付いた。
銀時と目が合えば、山崎は弾かれたように土方の袖を引く。

「さっさあ副長、そろそろ会議の時間が……」
「チッ……悪ィな銀時。会議が終わったらまた来るから」
「あ、うん」

違和感の正体が判った。これまで一度として呼ばれたことのない名前で呼ばれたからだ。
これもプレゼントの一環なのだろうかと小さくなったパトカーを見送り、銀時は居間に戻った。

「土方さん、帰っちゃったんですか?」
「これから会議なんだとよ……」

貰った花束は一先ず事務机に置いて食卓に着く銀時。
今日は朝からちょっぴり豪華な祝い膳。新八も昨日は泊まり、神楽と遅くまで下拵えをしていて、
完成したのが今並んでいる料理である。栗ご飯は銀時の椀にだけ丸い栗がごろごろ入っている。
おそらく他は上手く皮が剥けず小さくなってしまったのだろう。
秋刀魚の塩焼きも、銀時に一番大きなものが割り当てられている。なめこ汁を啜りながら幸せを
噛み締めていたところ、呼び鈴が鳴ったのだった。

「プレゼント渡してすぐ帰るなんて失礼な男アルな」

卵かけ栗ご飯を掻き込みながら神楽が言えば、忙しいから仕方ないと新八がフォロー。
あのな、と銀時は秋刀魚をつつきながら言う。

「終わったら、また来るって」
「そうなんですか!」
「なら許してやるネ」

空になった椀を手に立ち上がる神楽はまるで自分のことのように嬉しそう。数歩進んで足を止め、
振り返って「おかわりあるヨ」と言えば、銀時は急いで椀を空にした。自分の椀と銀時の椀、二つ
持って台所へ向かう神楽の足取りは軽やかで、その様子に目を細める銀時がいた。

*  *  *  *  *

一方その頃土方は、近藤と共に警察幹部定例会議の場にいた。早く終わらないかと、始まる前から
足を小刻みに揺らし時計を何度も確認する土方。禁煙の会議室がその苛立ちに拍車をかけている。

「え〜、まずはじめにー……」

議長を務める松平の悠然とした話し方も腹立たしい。
今日は世界中の誰よりも愛しい人の誕生日。その大事な日に己は何をしているのだ。交際開始から
五ヶ月余り。そう遠くない距離に暮らしていながら、まともなデートが出来たのは数えるほど。
互いに仕事があると納得してはいるけれど、こういう時くらい一緒に居てやれなくてどうする……
すまない銀時。終わったらすぐ行くからな!

顎の下で指を組み、次第書を睨み付ける土方だった。



「続いて秋の交通安全週間の……」

しかし二時間が過ぎ、会議も終盤に差し掛かると土方は別の意味で焦り始める。
早く万事屋に行かなくては。手ぶらでは気まずい。だが高価なものでは逆効果だ。菓子折りの
一つでもあればごまかせるだろうか。誕生日らしくケーキ?それとも……現在地からかぶき町の
間にある菓子店を脳内に描き、土方は次第書を睨み付けていた。

そんな土方の態度に松平が動く。

「トシ、聞いてるか?」
「ああ」

余計な質問で会議を長引かせるなと土方は最低限の返事をした。即座に返ってきたため本当に
聞いていたのだと謝る松平。だが見廻組の局長がここぞとばかりに絡んできた。

「では二つ前の報告、ここ最近の犯罪件数の増加とその理由について教えてもらえますか?」
「あ?エリート様がまさか聞いてなかったのか?」
「ケータイでメモをとっていたら偶然メールが来てしまいまして……読んでいたら聞きそびれて
しまったんですよ。エリートも筆の誤りというものです」

トシ、教えてやれと松平に言われて土方は舌打つと早口で捲し立てる。

「今年の七から九月期の犯罪検挙数は前年同期比1.46倍。だが重大犯罪の割合は12ポイント減少。
軽犯罪が増えていることから失業率の悪化と猛暑の影響による――」

淀みなく報告内容の要旨を述べる土方。その横で近藤が必死にメモをとっていた。
さすが私の尊敬する真選組副長殿だと佐々木は形ばかりの礼を言い、漸く会議は先に進む。


午前十一時三十分会議終了。資料を近藤に託し土方は急いで会議室を後にした。

*  *  *  *  *

駕籠(タクシー)に乗り込み途中で和菓子屋に寄り、土方が万事屋に着いたのは正午過ぎ。
全力で階段を駆け上がり呼び鈴を押した。

「よう……」
「いらっしゃい」

出迎えた銀時はもう寝巻き姿ではなく、いつもの洋装と和装の重ね着だった。その後ろから
新八と神楽もやって来る。
二人は挨拶をしつつ靴を履き、土方の横を通り過ぎた。

「今日はもう帰りますから」
「え……」
「二人きりでパーティーするアル」
「あの……」

既に決定事項らしく銀時は穏やかな表情で二人を見送り、土方だけが取り残されている状況。
上がれよ――銀時に促され、土方はおずおずと中へ入っていった。


万事屋の中は玄関も居間も寝室も、台所にまで紅い薔薇が生けられていた。
家主に確認するまでもなくそれは今朝土方が持ってきたものであろう。

「けっ今朝のこと、なんだが……」
「ん?」

茶を淹れてくると言った銀時を向かいのソファーに座らせて、だが尚も土方は言い淀む。
紅薔薇に彩られたこの部屋――銀時が喜んでいるのだとしたら、これから自分が言うことは
余計なことではないのか。だがしかしこのままというわけには……

「その、いきなり来てしまって……」
「あー……まあ、ビックリしたけどな。気にしてねーよ」
「すまない」
「うち、デカイ花瓶なくてよー、小分けにしちまって勘弁な」
「いや……」

こういうことは時間が経てば経つほど言いにくくなる。さっさと言ってしまえ――自分自身を
鼓舞して土方は口を開いた。

「すまない万事屋!」
「……は?」

何の脈絡もなく頭を下げられて銀時の周りに疑問符が飛び交う。なのに土方は詫びの品だと
老舗和菓子店の包みまで差し出す始末。確かに約束も無しで朝食時に訪れるのは些か非常識では
あるが、恋人同士という間柄で、しかも祝いに来てくれたのだからそこまで陳謝しなくとも……
もしや他にも詫びられる何かがあるのだろうか。銀時は聞いてみることにした。

「何がすまないの?」
「今朝のことだ」

頭を上げずに土方は答える。だが銀時にとってそれは答えになっていない。今朝の訪問については
先刻謝ったばかりではないか。まさか謝罪が足りないとでも思っているのか?自分はそんなに
不服そうな顔をしているのだろうか。そういえば……

「呼び方戻ったな」
「は?」

銀時の言葉に土方は漸く顔を上げ、そして首を傾げた。謝る必要などないのだと分からせるため、
わざとらしいほどの笑顔を銀時は浮かべる。

「お前、朝は俺のこと名前で呼んだだろ?」
「そっその方がいいなら、そうするぞ」
「いやいや……」

笑顔が効き過ぎて名前呼びを希望していると取られてしまったようだ。そうではない。
呼びたいのなら構わないが無理に変えなくてもよい。呼び方一つとって愛の重さを計るなんて
下らないことをするつもりはない。屋号だろうが氏だろうが名だろうが、そこに心が籠っていれば
何でもいいではないか。
そんなこと、土方だって分かっていると思っていた。なのに何故か今日の土方には自信がない。

「呼びやすいように呼んでよ」
「いやっ……迷惑をかけたんだ。俺に出来ることなら何でもする!」
「ん〜っ?」

やはりおかしい。どうも話が噛み合っていない。詳しく聞いてみなくてはと銀時は思う。

「あのさ、今朝の何に謝ってんの?」
「約束もなしに、あんな時間に来てしまった」
「まあ、そうだけど……でも別に怒ってねーよ?サプライズ演出みたいで楽しかったし」
「……そういう方がいいのか?」
「正直言うと、土方くんはそういうのしないタイプだと思ってた。……あ、だからサプライズに
なるのか。偶にはいいんじゃね?」

銀時は納得したと言うのに土方はまだ「そっち」がいいのかと聞いてくる。その瞳にいつもの
ような強さはなく、銀時は申し訳ない気持ちになった。こうなれば腹を括るしかない。
すうと息を吸い込んで視線に力を込めて土方を見詰める。

「俺は、土方くんなら何でもいい」
「え……」
「何て呼んでも、サプライズしてもしなくても、俺は土方くんが好きだから」
「おっ俺もお前が好きだ!」
「うん」

立ち上がり拳を握る土方にくすりと笑って、銀時は隣に誘う。右側に土方が座ると、銀時は右手を
土方の腰へ回した。土方の左手も銀時の腰へ。体側をぴたりと付けて座る体勢になる。

「大好きな土方くんが、銀さんの恋人でいてくれるだけで幸せです」
「俺だって……」
「うん。だからもう謝るなよ」
「いやその、今朝のあれは……」
「うん?」

まだ引きずっているのか――何処までも真面目な土方に愛しさが募る。だが、

「一服盛られていたんだ」
「……はい?」

甘い雰囲気をぶち壊す一言に、さすがの銀時も盛大に顔を顰めてしまった。

「何言ってんの?」
「今朝、食事の後から急にお前のことで頭が一杯になったんだ。それまでは、約束通り仕事を
終えてから会いに行くつもりでいた」
「はあ……」

何処かで聞いたような話だと思いつつ銀時は先を促す。
自然と二人は相手から腕を外し、僅かながら隙間ができていた。

「とにかくお前に会いたくて、生まれてくれたことを祝いたくて……気付いた時には走ってた。
で、通りすがりの花屋で薔薇を買い占めて、そのうち山崎が追い付いてきたんだが振り払い
お前の家に……」
「今は普通に戻ったのか?」
「ああ。会議の最中にだんだんと……それで、自分の仕出かしたことを悔やんだ。だがもしも
お前がああいったことを望むなら叶えてやりたいと……」
「なるほどね」

何処かで、なんて遠い話ではなかった。それは五ヶ月と少し前、図らずも土方の誕生日に銀時が
飲んだ薬の話。詳しくは「2013年土誕記念作品:白い薔薇の人」参照……ってすみません。
本文に戻りまーす。

「それ、素敵な恋人ができる薬じゃない?」
「あ……」

その謳い文句に土方も気付いた。銀時の手が再び土方に回る。

「ではでは、素敵な恋人の銀さんが、目眩く時をあげましょう」
「アホか……今日はテメーがもらう日だろ」

土方の手も銀時に戻った。

「じゃあ、最高にあまーいプレゼントねだっちゃおうかなァ」

殆ど同時に腹が鳴る。どうにも自分達に甘い空気は合わないらしい。

「……昼メシの後でな」
「ぷっ……だな」

二人は手を携えて食事処へ向かうのだった。その温もりに感謝しながら。

(13.10.05)


土誕に引き続き、キスもない誕生日話でした^^; でも土誕よりもラブラブさせられたかな?土誕は馴れ初め、こちらはまだまだデキたてカップルですからね。
薬に頼らなくったっていちゃいちゃできますよ*^^* この後の二人の行方はご想像にお任せします。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




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