2013年土誕記念作品:白い薔薇の人


端午の節句、こどもの日、わかめの日――とどのつまり本日は五月五日。
そして五月五日といえば言わずと知れたモンキー・D・ル……いや、土方十四郎の誕生日である。

そんな、一年に一度のめでたい日に土方は暇を持て余し、当てもなくぶらぶらと町を歩いていた。
というのも、上司で親友の近藤から、誕生日プレゼントとして休暇をもらってしまったからだ。
本日だけではない。昨日から明日までの三連休。
昨日はゆっくり寝たいと言って人払いをし、やりかけだった書類を密かに作成していたら、
沖田に見付かり近藤に伝わり、結局「屯所にいると仕事が気になるから」という理由で強引に
外出させられてしまった。そこからは外食、映画、サウナといつものコース。

だが今日も明日も休みとなると本格的にすることがない。何でもいいから目の前で犯罪が起きれば
仕事をする大義名分が得られるものをと、警察官にあるまじきことを考えてしまうほど。


「十四郎ー!」

土方が川向こうから名前を呼ばれたのは、適当な宿でも取って明日まで篭っていようかと
思い始めた頃であった。
しかし声の主が坂田銀時であったから、聞き間違いではないかとも同時に思う。
先程、自分の下の名前が聞こえたような気がしたけれど、銀時からそのように呼ばれたことなど
一度もないし、もしも呼んだとしたら馴れ馴れしく呼ぶなと一喝しているところだ。

きっと気のせいだと思いつつも土方は、橋を渡りこちらへ向かって駆けてくる万事屋の三人から
目が離せなかった。あんな奴らでも暇潰しにはなると考えて。


「探してたんだ。会えて良かった」
「……は?」

土方は自分の耳を疑った。友好的に話し掛けてくること自体が稀な銀時が自分を探していた?
会えて良かった?
一緒にいる新八と神楽の落ち着きのなさから推察するに何か企んでいるのだろう。
上等だと土方は気を引き締めた。

「今日、誕生日なんだってね。おめでとう」
「……は?」

引き締めた直後、緩んでしまったのも仕方のないこと。銀時に一輪の白い薔薇を差し出され、
土方はただ反射的にそれを受け取った。
透明セロハンと薄青色のリボンに包まれた花を穴が開くほど見てみたが、もちろん銀時の行動の
真意は分からない。

「うん。やっぱり十四郎には赤より白の方が似合う」
「……は?」
「いや、十四郎は男前だから何でも似合うんだけどね〜」
「……は?」

ここで新八と神楽が、土方は忙しい人だから邪魔しちゃ悪いからなどと尤もらしいことを言い、
銀時の腕を引いてそそくさと去ってしまった。
結局、土方は何が何だか分からず、台詞も「は」のみ。土誕話としてこれでいいのかと疑問を
抱かないわけではないが、自然に言葉が出てくるのをお待ち願いたい。

生花を持って一泊するのも躊躇われ、土方は屯所へ戻ることにした。


*  *  *  *  *


「あれっ、もう帰って来ちゃったのか?」
「これ置いたらまた出る」

玄関ですぐ近藤に見付かった土方は、ひらりと左手の薔薇を持ち上げて示す。

「その花どうしたんだ?」
「……もらった」

銀時から、とは言いたくなかった。未だ誕生日を祝われた意図が読めず、下手なことを言って
仲が良いなどと思われても困る。
幸いにも近藤は、ファンの女の子からのプレゼントだと勝手に勘違いしてくれて事なきを得た。

鉄之助に花瓶を持って来るよう告げて土方は自室へ向かう。



「ふっ副長……お持ちしたっス!」
「…………」

少し経ってから副長室へ来た鉄之助。花瓶ひとつ持って来るのに何分かかっているのだという
疑問は発する前に解消した。抱えなくては持てない大きさの花瓶に水をなみなみ入れてきたから。
僅かに動くだけでちゃぷちゃぷと水が跳ねるため、鉄之助の通った場所はもれなく濡れている。

「それに花入れたら溢れるじゃねーか……」
「ああっ、確かに……すいませんっス副長!」

頭を下げると畳が濡れた。
そもそも花瓶が大きすぎるのだけれど、これを持ってまた水場に戻らせては被害を拡大するだけ。
余分な水は庭に撒かせて、土方はそこに包みを解いた薔薇をぞんざいに活けた。
たった一輪の薔薇は大きな花瓶の口に凭れ掛かっているが、くれた相手が相手だからこれで充分だ
とも思う。斜めになった白い花を眺めながら土方は煙草に火を点す。

ここに暫く留まればきっとまた出掛けさせられるに違いない――腰を上げかけたところ、
襖の向こうから山崎の声が聞こえた。

「失礼します副長」
「おう」
「万事屋の旦那が会いに来てるんですけど……」
「……は?」
「三人一緒なんですけどね、どうやら旦那が副長に用事らしくて……」

山崎は自分の口元を手で覆い、花束持ってますと土方にだけ聞こえるように囁いた。

「はぁ!?」
「しかもやたらと畏まった態度なんで、沖田隊長なんか、副長を嫁にもらいに来たんじゃ
ないかって……」
「誰が嫁だコラァ!!」

だん、と畳を揺らして立ち上がり山崎の胸倉に掴みかかる。

「俺が言ったんじゃありません!沖田隊長です!沖田隊長!」
「俺がどうしたんでィ」

事実無根の言い掛かりに山崎を絞めていると、その元凶が銀時達を伴って現れた。
来客を待たせては悪いからというのが建前、本音は今の銀時を土方に会わせれば面白いことが
起こりそうだから。
その後ろに近藤の姿もあり、きちんと弁明しておかねば面倒なことになると踏んで土方は全員
まとめて部屋へ通した。

「こっこんな立派な花瓶に……」
「あ……」

部屋に入るとすぐ、銀時は先程贈った花が活けられていることに気付き感激する。

「へぇ〜、旦那からのプレゼントだったんですか」

大袈裟に驚いて見せる沖田。何か事情を知っているようだと土方は睨みつけた。

「総悟テメー何をした」
「別に……ただ、聞かれたことに答えただけでさァ」
「あ?」
「あっあの、俺が沖田くんに電話したんだ」

悪いのは自分だと言いたげな銀時に土方の怒りは鎮静化。先ずはコイツを何とかしなければ――

「総悟に、何を聞いた?」
「十四郎の居場所」

下の名前で呼んだことによる周りのざわめきは無視して土方がその理由を問えば、

「伝えたいことがあって……そしたら今日、誕生日だって言うからプレゼントをね……」
「っ……」

ふわりと柔らかな笑みを湛え、大事そうに両手で花束を抱え、銀時は土方の目の前に進み出る。

「生まれてきてくれてありがとう」
「…………」

この状況で受け取れば弁明どころではなくなる。銀時とはいえ、悪意の欠片も見えない人間を
拒否するのに抵抗がないわけではないが、ここは鬼の副長らしく心を鬼にして――

「何でテメーから祝わわれなきゃなんねェんだよ」
「誕生日だって知ったらいてもたってもいられなくて……それより今日お休みなんでしょ?
これから映画に行かない?」
「だから何でテメーと……」
「銀さん、土方さんにも色々予定があるんですから」
「そうヨ。お花だけ置いて帰るアル」

土方の言葉を遮って話を終わらせようとする新八と神楽。そういえば外で会った時もこの二人が
銀時を連れていったのだった。この二人は銀時が変わった訳を知っているのかもしれない――
土方は花束を受け取った。

「ちょうど暇してたところだ。いいぜ」
「ありがとう!」
「鉄、これもその花瓶に入れといてくれ」
「かしこまりましたっス」

花束を鉄之助へ托すと土方は山崎に、新八と神楽へ茶を出すよう命ずる。

「あっあの土方さん、僕らは……」
「せっかく来たんだからゆっくりしていけよ。近藤さんに相談したいことがあるんだろ?」
「いえ……」
「あるよな?」
「……はい」

凄まれて新八は理解する。
映画デートにすっかり浮かれて土方しか見えなくなった銀時を溜息混じりに見送ってから、
新八は近藤らに事の次第を説明するのだった。


*  *  *  *  *


映画館へ向かう道すがら、銀時はとても嬉しそうに「ありがとう」を繰り返す。
急に「こう」なった訳を知るため、そして何より暇潰しのために銀時といる土方の胸は痛んだ。
何か妙なものを飲み食いしておかしくなったと推察できるが、今の銀時は土方と過ごすことを
純粋に楽しんでいるだけ。更に言えば、お世辞にも裕福とは言えない暮らしぶりの彼にとって、
あれほど大きな花束を用意するのがいかに大変なことか……
映画が終わるまで、「今」に付き合ってやろうと土方は腹を括った。

「映画、何観るんだ?」
「となりのペドロ完結編ピンポンダッシュよ永遠なれ……ダメ?」
「いや、いいんじゃねーの」

実のところ昨日観た映画なのだが映画の内容など何でもいい。
チケットは銀時が二枚持っていたのでポップコーンを買ってやれば跳び上がって喜ばれ、
土方は煙草のフィルターを気付かれないように噛み締めた。


 『さよならペドロ……もう二度とピンポンダッシュはしないわ』
 『本当だな?絶対だな?次やったらお前、あれだからな』

昨日と同じ映画館で昨日と同じ映画を観る。昨日と異なるのは二人で観ているということ。
しかし、一緒に観に来たはずの男はスクリーンよりもこちらの方を見ている。顔よりも下、
膝の上に視線を感じて土方は銀時の自分への思いを確信した。

自分は銀時から恋愛感情を抱かれている。

誕生日プレゼントとして花を贈られた時点でそうではないかと思いはしたものの、自分に都合の
よい解釈をしているような気もして可能性の域を出なかった。
だが今、銀時が狙っているのは明らかに自分の――

正面を向いたまま銀時側の肘掛けに手を乗せてみれば、小指同士が触れ合う位置に銀時の手が
置かれ、それは映画が終わるまで離れなかった。


*  *  *  *  *


「いや〜、なかなか感動的なラストだったな」
「そうだな」

上映が終わり、土方が出口に向かいつつ携帯電話を開くと、山崎からメールが届いていた。
新八から聞いた事の顛末である。
それによると今朝銀時は、見たことのないパッケージの栄養ドリンクを飲み、そこから土方の
ことしか考えなくなったらしい。土方の連絡先は知らないので沖田に連絡を取り――その後は
土方も知っていることだった。

「……呼び出し?」
「いや……単なる報告だ」

携帯電話を懐に仕舞うのを見て胸を撫で下ろす銀時。内心の葛藤を悟られまいと土方は足早に
映画館を出て煙草を銜えた。だがいつものように煙を吸っても一向に落ち着かない。
ちくりちくりと胸の痛みが増すばかり。

「なあ土方……この後、空いてる?」
「……ああ」
「ウチ、来ない?」
「ああ」

胸の痛みを無視して誘われるがまま土方は万事屋へ歩を進める。

山崎からのメールは、新八達がドリンク剤の空き瓶を取りに行ったという文で締め括られていた。
メールの受信時刻から考えて、その瓶はとうに屯所へ持ち込まれ、成分の調査が行われている
最中であろう。銀時の飲んだ「栄養ドリンク」の正体が判明すれば元に戻す方法も判明するはず。
たとえ未知の薬剤であったとしても、明日には効果が切れるというのが土方の予想だ。
ありもしない感情を強引に芽生えさせるような作用が長続きするわけないのだから。

調査報告など来なければいいと携帯電話の電源ボタンに指を掛けた土方はしかし、その行動の
虚しさに自嘲してそのまま懐に戻した。


*  *  *  *  *


「新八に捨てられちまったかな……」

家に着くと銀時は自分の机の上で探し物を始めた。

「現物見てもらえば早いと思ったんだけどな……」

ごみ箱まで漁って銀時は漸く諦めて土方の向かいに腰を下ろす。

「何のことだ?」
「んー……今朝、ちょっとした薬を飲みまして……」
「なに!?」

まさか銀時本人からその話が出るとは――

「あ……薬、つってもヤバイもんじゃねーよ?ついでに病気とかでもねーから」
「そっそうか……」
「色んな星で商売してるダチからもらった――」

一呼吸置いて土方と目を合わせ、銀時は言う。

「素敵な恋人ができる薬」
「……は?」
「まあ、眉唾物だと思うよな。けどよ、もし本物だったら儲けもんだと思って飲んだ」

それで自分を好きになったということか……もしも自分が薬のことに気付かず、これを銀時の
本心だと思えばきっと……

「で、その薬の効き目が切れたんだな?」
「ああ。映画館に入った辺りから徐々にな」
「そうか」

今日のことは忘れてくれと、薬でおかしくなっていただけだと言いたくて家に呼んだのか。
言われてみればいつの間にか苗字呼びに戻っていた。こんなことにも気付けないとは情けない。

「好きだ」
「……は?」

用件は済んだとばかりに立ち上がろうとした土方へ放たれた一言。

「土方くんが好き」
「なに、言って……」
「本気だよ」
「だが、薬は、切れて……」
「切れてるよ。だからすっげぇ恥ずかしい」
「……は?」

頬を染めて視線を逸らした銀時。対して、土方の周りには疑問符が飛び交う。

「薬のせいで、好きになったんじゃねーのか?」
「違ぇよ」

唇を尖らせた銀時は拗ねた子どものよう。

「多分……恥も外聞もなくなる薬だよ」
「……は?」
「だからァ……ずっと前から好きだったんだよ、お前のこと」

目を逸らしたまま頭を掻きながらボソボソと独り言のように呟く。

「けど、俺らの間にゃ、色々あるじゃねーか……だから、アプローチとか無理だし……
まあとにかく、夢は見ないようにしようとだな……」
「…………」
「けど、薬飲んだらどーでもよくなったんだよ。新八と神楽から何言われようと、沖田くんに
どう思われようと、お前に会いたかった」
「…………」
「悪かったな、折角の誕生日なのに付き合わせて」

完全に下を向いてしまった銀時の声は、消え入りそうで最後まで聞き取れなかった。
けれどそれは、今日聞いたどの台詞よりも土方の胸に深く突き刺さる。もう迷いなどなかった。

「万事屋、お前の誕生日はいつだ?」
「……十月十日だけど」
「ならその日は俺に付き合え」
「……は?」

今日、幾度となく土方が発した台詞を、今度は銀時が発する。

「テメーにゃ赤い花が似合いそうだな」
「ひじ……」
「効くじゃねーか、その薬。俺にも分けてくれや」
「ハ、ハハッ……もっと送れって、言っとく」
「よろしくな」
「うん」

生まれてきて本当によかったと、この日土方は――いや、銀時も心から思った。

(13.05.04)

photo by NEO HIMEISM


キスどころか手も握らない誕生日話って初めてかもしれません。映画館でほんのちょこっとだけくっ付きましたけど^^
この時まだ銀さんの薬が切れていなかったら、ガッといけたと思います。ここまでお読み下さりありがとうございました。




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