後編
「ちょっと晋助さん、一度くらい顔出して下さいよ」
「あ?」
今日の客は当然ながら金時目当てばかり。期待していたお嬢様の指名は取り付けられない。
面白くないと暇そうに煙草を吹かしていた晋助を新八が呼びに来た。
「ナンバーツーの貴方が来ると場が締まりますから」
「つっても指名じゃねーから俺の売上げにはならねェし……」
「そんなこと言わずにお願いしますよ」
「意外とヅラが上手くやってるって聞いたぜ?」
ヅラ、とはもちろん小太郎のこと。
「上手くというか……優しい方なので小太郎さんの話にも付き合ってくれてるというか……」
「じゃあ行かなくていいな」
「ダメですよ。お客様に気を遣わせてばかりでは……」
「どうせ今日だけなんだからいいじゃねーか」
「もしかしたら、また日本に来た時に来てくれるかもしれないじゃないですか!とにかく
来て下さい。晋助さん、今日は全然働いてないんですから!」
「はいはい……」
オーナーの指示だからと仕方なく晋助は重い腰を上げた。
「トシじゃねーか……」
「あっ……」
入るなり「彼女」の正体に気付いた晋助はニヤリと笑みを浮かべながらその隣に着いた。
「彼女」は晋助と逆方向へ視線を向けて気まずそう。
「晋助さん、お知り合いなんですか?」
「まあな。……いやー、驚いたぜ。まさかお前が『客』になるとはな……」
「今日だけだ……」
正体を知っても今すぐバラすつもりはないらしい。もちろんそれは「彼女」の心情を察して
というわけではなく、自分が楽しいからにほかならないが。
「偶々休みが今日だった、ってわけじゃねぇよな?金時呼んできてやるよ」
「い、いい……」
「何でだ?アイツの誕生日だから来たんだろ?わざわざ社長令嬢のふりまでして……」
「……『令嬢』ではないけど親が社長なのは本当だ」
「へぇ……じゃあ乗ってきたリムジンってのは実家の車か?」
「ああ」
「あの……」
お話し中すみませんと新八が控え目に割って入る。
「お客様は金時の誕生日を祝いにいらしたのですか?」
「いやっ……」
「そうらしいぜ。だが恥ずかしくて言い出せなかったようだな」
「そうだったんですねー」
「ここまで手の込んだことしたんだ、プレゼントも用意してんじゃねーのか?」
「あっ、もしかしてあの紙袋……お父様のブランドだったからご自分用だと思ってましたけど……」
「それだ」
「違っ……」
否定されるより早く新八は脇に置いていたプレゼントらしき紙袋を手にし、晋助は遠慮なく
中身を確認してしまう。
中には掌にすっぽり収まるサイズの綺麗に包装された小箱。
「婚約指輪か?」
「ええっ!」
「ピアス……自分用……」
晋助から奪い返し、自分の後ろに隠す。
「自分用にラッピングはしねぇだろ」
「それは……」
「晋助さん、もうその辺にしてあげませんか?彼女、恥ずかしいみたいですし。……それは後で
金時に渡しておけばいいですか?」
前半は晋助に、後半は「彼女」に向かって新八が場を取りなす。
そこまでされたら金時への誕生日プレゼントだと認めないわけにはいかない。
「……はい……すみません……」
「構いませんよ。それでお名前は……トシさんでしたっけ?晋助さんがそんな風に確か……」
「あ、名前は結構です。渡して下さればそれで……」
「そうおっしゃらずに」
「つーか、家で直接渡せばいいじゃねーか」
「晋助さんは黙ってて下さい!」
知り合いとはいえお客様の嫌がることは止めるべき。新八がオーナーとして晋助を窘めたところ、
「やっほ〜、社長令嬢のお嬢さん!ナンバーワンの金さんですよろしく〜」
なんと金時がVIPルームにやって来たのだ。今日限りの客だと聞かされていない金時は、
自分の顔も売っておこうと隙を窺っていたらしい。
「あ、金さん。実は彼女、金さんに……」
「えっ……」
これ幸いと新八が「彼女」を紹介しようと立ち上がった瞬間、金時は気付いた。
さっと「彼女」は金時から顔を背けたものの、それくらいで誤魔化せる間柄ではない。
「ひじ、かた……?え?何で……」
「…………」
一目で「彼女」が土方だと判り、金時も狼狽する。一方、晋助を除く他のホストは「ひじかた」が
誰なのかは分からないがとにかくただの客ではないようだと、黙って成り行きを見守っていた。
だが「ひじかた」の謎が解ける前、金時が何かを言う前に、ホールから女性の声が響く。
「金ちゃーん!何処行ったアル〜?いないんならプレゼント返すネー!」
金時がナンバーワンになる切欠を作った女性・神楽である。
「今行くって!……あの、終わりまで待ってて。約束だよ!」
それだけ告げて金時はVIPルームを後にした。
「えっと……ヒジカタさん、と仰るんですか?」
「……すみませんでした」
もう白を切りとおすのは無理だ。観念した土方はまずオーナーである新八へ深々と頭を下げた。
謝罪の声はこれまでとは別人のように太くはっきりとしていて、新八達はここで初めて目の前の
客が女性でないことを理解する。
その上で改めてその容貌を見て、晋助や金時の言葉を反芻し、新八は一つの可能性に思い至った。
「もしかして……トシーニョさん?」
「む?トシーニョといえば金時とにゃんにゃんしている男だな」
「ちょっと小太郎さん!そういう言い方は……ていうか、にゃんにゃんって!」
「本当にすみませんでした」
「いえ、あの、頭を上げて下さい。例え同業者でも、お客様はお客様ですし……むしろ、
トシーニョさんの方こそ大丈夫なんですか?」
「あ、はい。ウチのオーナーには言ってありますから」
二人の仲は店公認とはいえ、客として行くとなれば「いつでもどうぞ」というわけにはいかない。
そう思ったからこそ土方は事前に自分の店のオーナーに今日、恋人の店へ行くと伝えていた。
「そこまでしておきながら何故金時を指名しない?」
小太郎が疑問を呈する。
「金時の売上げに関わるのはどうかと思いまして……」
「敵に塩は送らんというわけだな」
「敵とは思っていませんが、その……」
「金さんは昔からトシーニョさんのことライバル視してましたもんね。そこは今の関係でも
変わりませんか」
「はい……」
とはいえ店の規模等も手伝ってトシーニョの売上げは常に金時の上をいっている。
だからなのか土方の歯切れは悪い。
「それで?そもそもどうして来ようと思ったんだ?」
晋助が話の筋を元に戻した。
「誕生日祝いはきちんとしてもらったと金時のヤツが惚気てたぞ」
「デートの日にプレゼントが間に合わなくて……それで、デート代を全てこっちで出すことが
プレゼントみたいになっちまって……実はプレゼントがあったなんて今更言い出せず……」
「そんで、客に紛れてこっそり渡そうと思ったわけか」
「ああ。この格好でも金時が見たらすぐバレるから、実家を経由して……本当、ご迷惑を
お掛けして申し訳ありません」
土方はもう一度オーナー達に頭を下げた。
「あの……本当に謝らなくて結構ですから。こちらとしては何の損もしていませんし……」
「むしろこれからも来いよ。金時を指名できねェってんなら俺でどうだ?」
「抜け駆けは禁止だぞ、晋助。それにきっと、指名するなら見事なフランス語を披露した
俺にしたいに違いない!」
「小太郎さんのはフランス語じゃありませんって!」
「フランス語ならちぃと喋れるぜよ〜」
「辰馬テメー、いきなり出てくんじゃねーよ」
「アハハハハ……台詞がなかっただけで最初からおったきに」
「とにかく、ここは一番付き合いの長い俺で決まりだろ。な、トシ?」
「おいこらテメーら、誰に断わって俺のハニー口説いてやがる」
「あ……」
再びVIPルームに顔を出した金時。気付けば店内は静かになっていて、閉店時刻を過ぎていた。
金時の誕生祭に来た客達も皆、帰ったようである。
けれど晋助は構わず土方の手を取って言った。
「プライベートはともかく、客としてトシを口説くのにテメーの許可は必要ねェだろ」
「もう来ないって言ってるだろ。……コンディさんにも今日だけって約束したしな」
するりと晋助をかわし、土方はプレゼントを手に金時の前へ進み出る。
「誕生日おめでとう」
「ありがとー、ひじか……あれ?」
抱き付こうとした金時の腕もまたかわされた。
「これでも一応『客』なんだよ」
「あー、そうでしたねー」
「それじゃあ」
「ご来店ありがとうございました」
会計を済ませて店を出ていく土方を、金時は他のホスト達と見送った。
おそらくまた、いつもの場所で土方はタクシーを拾い「銀時」を待っていることだろう。
そこからが恋人達の時間の始まり。今日もまた、抱き合って眠りに就こう。
幾度も生まれ変わりその度に思う――相手が生まれてくれて、自分と出会ってくれて良かったと。
(12.10.10)
土誕では生まれ変わり設定が全く活かせなかったため、今回は少し生まれ変わり設定をいれました。この二人はリバなのですが、前編の最後で銀さんが
「突っ込む」と言ったので、今回は土銀土ではなく銀土銀表記にしました。それにしても誕生日なのに二人の絡みが少ない^^; でも大丈夫です!ここで終わりじゃ
ありません!おまけでこの後の二人のいちゃラブエロを……。誕生日当日(10日)には間に合いませんが、リバエロOKな方はお待ちいただけると嬉しいです。
あ、でも、今回はリバ前提土銀の予定です。……表記、土銀土の方が良かったかな?
何はともあれ、ここまでお読み下さりありがとうございました!特殊なホスト設定ですが、楽しんでいただけましたら幸いです。
追記:おまけはこちら→★