バレンタインデーに、アイツは俺からチョコレートをもらいたかったらしい。でも俺はやらなかった。
アイツ―土方十四郎と俺―坂田銀時は一応恋人同士ってことになってる。
…一応っつーか、ちゃんと正式に付き合ってるよ。周りのヤツらにも公認だしな。
バレンタインデーに何もしなかったわけじゃねェ。十四日の昼から次の日の朝までアイツと一緒に過ごした
。
昼メシ食って、映画観て、あとはホテルでゴロゴロ…というか、いちゃいちゃ?まあ、そんな感じだ。
ちなみに全部アイツの奢り。
アイツは十四日に会った瞬間からそわそわしてて、翌朝手ぶらで帰る時は背中に哀愁漂わせていた。
…なんかこう言うと俺が酷い恋人みたいに聞こえるかもしれねェけど、そもそも俺がアイツに
チョコをやらなきゃなんねェ理由が分からない。男同士なんだから、アイツが俺にくれたってよくね?
夜の役割が女役だからって、俺がアイツにやるなんて決まりはないはずだ。
むしろ俺がもらうべきだと思わねェ?甘いものって言えばアイツより俺だろ?
だいたいアイツは大量にもらってんだよ。俺とは単位が違うほどに。
普通、チョコは一個二個って数えるだろ?けどアイツは箱なんだよ「箱」。ダンボール何箱か。
信じられるか?デザートにもマヨネーズぶっかけるようなヤツの所に大量のチョコレートが届いて
事務所に「糖分」って掲げるほど甘いモン好きの俺は、片手で数えられる程しかもらえねェんだぞ。
こんな不公平なことってあるかよ!
だから俺は、アイツにチョコレートをやらなかった。
そりゃあ、バレンタインデーに好きなヤツからチョコレートをもらいたい気持ちは分かる。
でも俺だって同じ気持ちだ。アイツが恋人になって初めてのバレンタインデー…ちょっと期待してた。
なのにアイツ、もらう気満々で…それもあって、やらなかったのは正解だったと今でも思ってる。
そんで今日、二月十七日の昼過ぎ、バレンタインデー以降初めてアイツと会った。
2011年バレンタイン記念作品:あげる人ともらう人
「あっ…」
「よう。」
「…見廻り?」
「ああ。お前は…パチンコか?」
「まあな。」
「ほどほどにしとけよ。」
「あ、ああ…」
拍子抜けするほどアイツはいつも通りだ。もうチョコのことは気にしてねェのかな…。
「おい、どうした?ボーっとして…」
「何でもねェ。…じゃあ、お仕事頑張ってね。」
「お前もたまには頑張って働けよ。」
「気が向いたらな〜。」
いつも通りの会話をして、いつも通りに終わる。なんだ…アイツ、気にしてなかったのか。
過ぎたことをいつまでも引き摺らねェのもモテる秘訣なのかね?
何にせよ、アイツが元気でよかった。…俺が悪いわけじゃねェけど。
「あ、あのさっ…」
「ん?」
話はこれで終わったはずだったのに、どういうわけか俺は土方を呼び止めた。
仕事に戻りかけていた土方が俺の方に振り返る。
「こっ今夜、とか…空いてる?」
いきなりナニ誘ってんだとか、何で声が上ずってんだとか、これじゃあ俺が会いたがってるみてぇじゃ
ねーかとか…ツッコミ所は多々あるが、俺の心臓は何故だか急にドキドキして、何も考えられなくなった。
土方の口が開くのが、まるでスローモーションのようにゆっくり見えた。
「あー…今夜か…」
土方は何やら考え込む仕草を見せる。今度は急に心臓が痛くなった。
もしかして土方は、バレンタイン以来、俺を避けてたんじゃないか?
チョコの一つもくれないような薄情モンに用はないとか…
「ひじか…」
「十時過ぎ…いや、日付が変わっちまうかもしれねェが…それでもいいか?」
「あ…あ、うん!何時でも、大丈夫だからっ…」
「そうか…。なるべく早く行くようにするからな。」
「うん。」
「じゃあ、またな。」
「またね…」
今度こそ土方は仕事に戻っていった。
「ハァ〜ッ…」
俺は近くの路地に入り、座り込んだ。…疲れた。
何で土方と話すのにこんな緊張してんだ、俺?しかもなんか変なこと考えてなかったか?
…チョコをくれない薄情者?なんだよ、それ…
だから、俺があげる側だなんて決まってないっつーの!
ったくよー…何で当日過ぎてからバレンタインで悩まなきゃなんねぇんだよ。
こういう時はイチゴ牛乳でも飲むに限る!
自分でもよく分からない理屈で、俺はスーパーへ向かった。
「う゛…」
イチゴ牛乳を買いに来たはずのスーパーで俺の目に留まったのは、割引シールの貼られたチョコレート。
…バレンタインの売れ残りだ。
くそっ…ここでも俺に罪悪感を植え付ける気か?フッ…そうはいかねェよ。これはただのチョコだ。
これを見たって「安売りしてんのか」って思うだけで、他には何も……ん?安売り?
何で今まで気付かなかったんだ!チョコ食い放題じゃねーか!そうと決まれば…
俺は安売りチョコとイチゴ牛乳を買って店を出た。
いや〜、いい買い物をした。さっきまでの意味不明なモヤモヤもすっ飛んだぜ。
早く帰って食おうっと。あっ、ここは…
俺の目の前には高級チョコレート店。…さすがにここは、売れ残りセールとかやってねェよな…。
ていうかチョコの店だし。バレンタインとか関係なくチョコ売ってるトコだし…
と思ったけど入るだけならタダなので(あわよくば試食でもできねェかと)俺は店の中へ入った。
「いらっしゃいませー。」
若いお姉さんが笑顔で迎えてくれる。店内はケーキ屋にあるようなショーケースがあって、
その中にチョコが並んでいた。おいおい…これ一粒でイチゴ牛乳五本は買えるじゃねーか。
…おっ、こういう店もバーゲンってあるんだな。
「50%OFF」の文字に釣られてワゴンの中を覗いてみた。
そこにはテレビで見た覚えのあるバレンタイン限定ギフトが…だが、半額でこの値段!?
買えない額じゃねェけど…これと、さっきスーパーで買った全て合わせたのが一緒くらいって…うーん…
でもコレならギリギリ買えるしなァ…定価だったら絶対買わねェし………
「ありがとうございましたー。」
結局買っちまった…。まあ、糖分王としては味わっておかないとな。…後悔してねェよ。うん。
* * * * *
「たでーまー…」
「お帰り銀ちゃん。…あっ、その袋はごでぃばアルな?私、テレビで見たことあるヨ!」
「こ、これは…」
せっかくの高級チョコ、腹に入れば皆同じみたいなヤツには渡せん!
俺はチョコの袋を後ろに隠した。
けれど神楽はチョコを食おうとしなかった。その代わりに…
「トッシーにあげるアルな?」
「えっ?」
「新八ィー!銀ちゃん、やっとバレンタインチョコ買ってきたアルヨ!」
「お、おい…」
勝手なことを言って、神楽は新八のいる奥の部屋へ走っていった。何なんだよアイツ…
とりあえず俺はブーツを脱いで部屋に上がった。
「銀さん、チョコ買ったんですって?」
「いや、あの、これは…」
「あー…なるほど。値段が下がるのを待ってたんですね。」
「バレンタインの前に全然準備してないから心配したアル。こういうことだったアルか…」
「あ、あのなぁ…」
「大丈夫ですよ。土方さんなら銀さんの懐事情も察して、喜んでくれますって。」
「トッシーなら板チョコとマヨネーズでも喜ぶアル。」
「でも銀さんはここのチョコをあげたかったんだよ。本命チョコの代名詞だからね。」
「最初だからって気合い入れ過ぎアル。」
「お前ら勝手に…お、おい!」
いやー、良かった(アル)――二人は勝手に納得して散り散りになっていった。
ふざけんじゃねーぞ…コイツらまで俺がチョコやる方だと決め付けてやがったのか!
これは俺が苦労して(?)買ったチョコだ!俺一人で食うんだ!
…で、でも…まだ消費期限には早いし、とりあえずスーパーで買ったチョコから食うか…。
楽しみは最後まで取っておかねェとな!
俺は高級チョコを冷蔵庫に入れ、スーパーで買ってきたイチゴ牛乳と安売りチョコを今日のおやつにした。
(11.02.14)
土銀版バレンタイン話、何とか14日に間に合いました!…ただ、話の舞台はバレンタイン後の方がメインですけど^^; 後編は15禁です。→★