中編
その日の夜、銀時は気持ちの切り替えができないまま、土方との約束の時刻を迎えた。
重い足取りで待ち合わせの居酒屋へ向かうと、既にカウンターに土方が座っていた。
いつもなら嬉しいはずの光景だが、今日はむしろ胸が痛い。
銀時はなるべく土方の顔を見ないようにして隣の席に着いた。
「ども…」
「よう。昨日は悪かったな。」
「え…なにが?」
「出張。十四日なのに帰れなくてよ…」
「ああ…仕事なんだから、いいよ…」
一度もこちらを見ようとしない銀時に土方は違和感を覚える。普段であれば「ヒトの話聞いてんのか」と
文句の一つでも言っているところだが、今日の銀時は店に入ってきた時からどことなく元気がなかった。
「やっぱり…昨日会えなかったこと、怒ってんのか?」
「怒ってねーよ。…ただ、ちょっと気になることがあって…」
「気になること?」
「あ、いや…こっちの話だから。」
「そうか…」
「………」
ハァ…と溜息を吐いた銀時に何と言葉を掛けてよいか分からず、土方は焼酎のイチゴ牛乳割を注文し、
銀時の前に差し出した。銀時はそれを一気に流し込む。
「ぷはっ…(土方に聞いてみるか?近藤が迷惑掛けてる詫びのつもりであげただけかもしんねェし…
でも、もし『知られたなら仕方ねェ…。そう、俺と新八は愛し合っているんだ。』とか言われたら…)」
またもや自分の想像に打ちのめされそうになり、銀時は唸りながら頭を抱えた。
結局その後、二人は会話らしい会話もできずに居酒屋を出た。
「万事屋お前…本当に大丈夫か?」
「あ、うん…(俺のこと、いつまで経っても名前で呼んでくれないのは、新八がいるからなのか?)」
銀時は今や、全てを土方と新八の関係に結び付けるようになっていた。
そんな事を考えているなど夢にも思わない土方は、体調が悪いのかもしれないと駕籠(タクシー)を止め、
銀時を乗せて自分も乗り込んだ。
駕籠は銀時の家に向かって走り出す。
「あ、あの、何で…」
「お前、今日は調子が出ないみたいだからな…。こういう時は早く帰った方がいい。」
「うん…(今日は泊まりの予定だったのに…もう、俺と一緒にいたくないのかな…)」
銀時はまた一つ溜息を吐き、窓の外で流れていくネオン街の明かりを見るとはなしに視界へ映す。
土方が心配そうにこちらを伺っているのも気付かずに…
万事屋の前に着くと土方が料金を支払い、二人は駕籠を下りた。
土方が下から見上げると、玄関にも室内にも明かりは灯っていないように思えた。
「ガキ共はいねェのか?」
「あ、うん…(そうか…土方は新八に会いたくて来たのか…)」
「そうか…」
土方は銀時より先に玄関へと続く階段を上がっていく。
銀時ものろのろとその後ろを付いていった。
階段を上がり、鍵の掛かっていない玄関扉を開けて明かりを付ける―
一連の動作を慣れた手つきで行う土方の姿を、銀時はただぼんやりと眺めていた。
銀時は明かりの付いた玄関に入り、一段高くなっている床に腰を下ろす。
すると土方が草履を脱ごうとしているのが目に入った。
「あの…もう、大丈夫だから…」
「遠慮すんな。…誰もいないんだろ?」
「本当に、大丈夫だから…。ちょっと…一人にしてくんない?」
「…分かった。じゃあ…」
土方は居酒屋にいた時からずっと持っていた紙袋を銀時の隣に置いた。
「出張先で買った土産と…チョコレートだ。」
「あっ…」
銀時は思わず顔を上げた。
本日初めてまともに土方の顔を見たその瞬間、銀時の目から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
土方は驚きのあまり、咥えていた煙草を落としそうになる。
「お、おい…」
「土方っ!」
銀時は座ったまま、立っている土方の腰に抱き付いた。
「…じかたっ……れたち、付き合って…よな?」
「お、おう…」
泣きながら言葉を紡ぐ銀時の髪を土方の手が撫でる。
「お、れたち……こいびと、だよな?」
「そうだ。」
それから、自分にしがみ付いて泣き続ける銀時を土方が宥め、二人は一つの布団に入って眠りに就いた。
眠る時も、銀時は土方をキツく抱き締めて離さなかった。
(例え相手が新八であろうとも、土方は絶対に渡さねェ!!)
* * * * *
「万事屋テメー!!」
「ひぃぃぃっ…ごめんなさいィィィィ!!」
翌朝、新八(と神楽)が来たところで意を決して事の真相を確かめた銀時は、土方に刀を向けられ
土下座をして謝った。
「俺が浮気をするような人間に見えるのか!?しかもメガネとだぁ!?」
「そうですよ!僕のこと、そんな風に見てたなんて心外です!!」
「だ、だって昨日、二人で…」
「昨日?…確かに買い物の途中で土方さんに会いましたけど…銀さん、見てたんですか?」
「こそこそ覗いてやがったのかテメー…」
土方と新八に蔑むような視線を向けられ、銀時はもう一度「ごめんなさい」と謝る。
「の、覗くつもりはなくてですね…でも…バレンタインありがとうとか、言ってたから…」
「…もしかしてそれで、僕が土方さんにチョコレートもらったとか思ったんですか?」
「ち、違うの?」
「ハァ〜…」
「何で俺がメガネにやらなきゃなんねーんだよ…」
「えっ…じゃあ、何で新八はありがとうなんて…」
「あれは、神楽ちゃんに仕事をくれたお礼ですよ。」
「…仕事?土方が…神楽に?」
「そうアル。」
酢こんぶ片手に成り行きを見守っていた神楽が話に加わる。
「バレンタインしたいけどお金ないって言ったら、トッシーが依頼してくれたネ。」
「…ど、どんな?」
「倉庫の片付けの手伝いアル。…それでお金もらって、銀ちゃんと新八にチョコ買えたアル。」
「だから僕は、土方さんにもお礼を言ったんです!」
「…で、でもさァ…お前、酸っぱいチョコかと思ったとか言ってたじゃん。あれはマヨネーズが…」
「そんなところまで聞いてたんですか?…酢こんぶのことですよ。」
「すこんぶ…?」
「…新八は酢こんぶチョコの方がよかったアルか?」
「いいいいや…僕は普通のチョコで充分だよ。」
「つまりテメーは、人の会話を立ち聞きした挙句、勝手に勘違いして落ち込んでいたと…」
いつのまにか刀を鞘に納めていた土方が、正座している銀時の前に腕組みをして立つ。
「あの…本当に、ごめんなさい!!」
「フンッ…」
土方は銀時の横を通り過ぎ、昨夜事務所のテーブルに置いておいた紙袋を新八に手渡した。
「やるよ。」
「ひっ、土方さんんんん!?」
「ちょっ…それ、俺が昨日もらったやつ!!」
「あ!?テメーが思った通りにしてやったんだ…文句はねェだろ?」
「思った通りって…誤解だったんでしょ!?土方くんは銀さんだけを愛してるんでしょ!?」
「盗み聞きが趣味の野郎を愛した覚えはねェ!」
「そんなぁ〜…」
打ちひしがれる銀時を置いて、神楽は新八の手元の紙袋を覗く。
「おぉっ!これ、知ってるアル!ごでぃばネ!バレンタイン限定ギフトってテレビでやってたアル!」
「えっ!そんな高級レアチョコを俺のために!?」
「あ?違ェよ…メガネのためだろ?なぁ?」
土方は新八の肩を抱き、銀時に向かって挑戦的な笑みを浮かべる。
新八はどうしてよいか分からず、ただ土方のされるがままになっていた。
「あぁっ…新八!土方から離れろ!!」
「るせェな…俺がくっ付きたいんだからいいじゃねーか…」
「新八だけ高級チョコなんてズルイアル!」
「コイツは優しいからお前にも分けてくれると思うぜ?…あっ、覗き魔にはやらなくていいからな。」
「だから違うって言ってんのにィ〜〜!!」
「それと…出張土産の饅頭も入ってるから『二人で』食ってくれよな。」
「ちょっ…」
「ありがとうアル!」
神楽は早速土産の箱を取り出し、包装紙をビリビリ破いて開けていく。
「そうだ…万事屋。」
「はいぃっ!」
「テメー、チャイナからチョコもらったんだろ?…来月、ちゃんと三倍返ししてやれよ。」
「そっそれじゃあ新八は、土方と神楽に三倍返しだろ!?」
「えぇっ!!こんな高級なものの三倍なんて僕、無理ですよ…」
「安心しろ…ガキはンなこと気にしなくていいんだ。…大人になってもらった時に頑張れよ。」
新八の肩をポンポンと叩きながら、土方は至極愉しそうに銀時を見る。
「つーわけで万事屋、テメーがいくつチョコもらったか知らねェけど…もらった分は返せよ?」
「お、俺…実はまだ、十七歳なんだ…」
「そうかそうか…。じゃあ、これから俺が行くとこに付いてくんなよ?」
「へっ…どっか行くの?」
「じゃあな。」
「まっ、待ってよ!…あっ、ヤベっ…足が痺れて…あー、待って!」
土方の後を追おうとした銀時であったが、長時間正座していたせいで立ち上がることができなかった。
それでも何とか手で這いながら廊下を進み、カンカンと土方が階段を下りる音に急かされながら
ブーツを履いて後を追った。
「待って!ごめん!謝るから…許して!!」
歩いていた土方に駆け寄り、腕を掴んで懇願する。
土方は歩みを止めず、前を向いたまま言い放った。
「…来月三倍返し。」
「うっ…それについては、ボク、まだ十七なんで〜…」
「…じゃあ付いてくんな。」
「あの…どこ行くの?」
「…そこ。」
「えっ…」
土方が顎で指し示したのは、二人が何度も訪れたことのあるラブホテル―銀時が妙な誤解をしなければ
昨夜泊まっていたはずの場所―であった。
銀時に向かってイタズラな笑みを浮かべる土方の瞳は情欲に染まっていて、銀時は思わず息を飲む。
「あ、あの…」
「十七のガキが来ていい場所じゃねェからな…早く帰れよ。」
「ご…ごめんなさい!本当はめっちゃ二十代です!身も心も完璧な大人です!!
明日から頑張って働いて来月三倍返しするんで、一緒に連れてって下さい!お願いします!!」
「仕方ねーな…」
深夜営業の店が閉まり、昼間に営業する店はまだ開店していない―そんな静かな朝のかぶき町を
二人はホテルに向かって歩いていった。
(11.02.13)
漸く誤解が解けて朝からいちゃラブエロ…といきたいところですが、すみません。後編もグダグダでなかなかエロに入りません^^;→★