※「そうこ」で連載している純情シリーズの二人です。
※お互いのことが大好きで、非常に照れ屋で、キスするのがやっと、ということが分かっていればシリーズを読んでいなくても大丈夫だと思います。
2010年年末記念作品:純情な二人と年賀状
師走も半ばを過ぎた頃の真選組副長室。ここに、筆を手にして悩める男が一人―部屋の主、土方十四郎。
文机に向かう彼の前には年賀ハガキ。左下に来年の干支である卯の絵が元から入っているものの
彼自身は一文字も書けていない。
(やはり「あけましておめでとう」からか?いや、謹賀新年?…ちょっと硬いか?迎春、とか?
…シンプルすぎるか?でも年賀状なんだし、短く纏めた方がいいよな…)
年賀状一つで土方がこんなにも悩む理由、それはこの年賀状が恋人に宛てたものだからである。
土方はハガキを表に返した。
(文面は後で考えよう。まずは悩む必要がない宛名から…)
土方はハガキに筆を向け、少し考えて何も書かずに筆を置いた。
(失敗したら大変だから練習しておこう。予備のハガキは買ってあるけど一応…)
銀時一人に出すため、土方が購入した年賀ハガキは十枚。それでも念には念を入れてと、土方は机の中から
メモ用紙を取り出して宛名書きの練習をすることにした。
(えっと……かぶき町○の△の×、万事屋……)
そこまで書いて土方の手がぴたりと止まった。
(万事屋って…万事屋ぎ……が、正式名称だよな…。看板にもそう書いてあるし…)
土方は二、三度深呼吸して再びメモ用紙に向かう。
(ぎ……ぎ…ん…)
震える手で何とか金偏のみ書いて一呼吸おく。
(よ、よしっ…続きを…)
長い時間をかけて先程の金偏の隣に旁の「艮」を書いたものの、線は震え、左右のバランスも悪い。
(こんなんじゃダメだ!もっとちゃんと書かねェと…)
自分に気合を入れ直し、メモ用紙に「銀」を何度も書いていく。
「ダメだーっ!」
一時間後、土方はペンを机の上に転がして後ろへ倒れた。
(どうしてもあの字が書けねェ!アイツの名前だと思うと手が震えて…くそっ!あれはただの社名だ!
余計なことを考えず、ただの字として書けばいいんだ!)
「何してるんですかィ?」
「うわっ!」
目の前に沖田が現れ、土方は驚いて飛び起きる。
「そ、総悟…てめー、何しやがる…」
「いや…こっちが聞いてるんですけど。…何してるんで?」
「べ、別に何でもいいだろ…」
「ああ…年賀状書いてたんですか。」
「………」
土方が答えずとも、机の上の状況を見れば明らかだった。
「友達のいないアンタに、年賀状出す相手なんていたんですかィ?」
「う、うるせェな!」
「…ああ、旦那宛てですか。」
「っ!!」
メモ用紙に書かれた「銀」の字から沖田がそう言うと、土方の顔が真っ赤になる。
「それにしても土方さん…アンタ、もっと字が上手いと思ってやしたが…何ですか、この左手で書いた
みてェな字は…」
「こ、この字はバランスが難しいんだよ!」
「もしかして土方さん…旦那の名前だから緊張してるんで?」
「ちちっ違ェよ!」
「へぇー…じゃあここに、俺の名前を書いてみてくだせェ。」
「なんでンなことしなきゃなんねーんだよ…」
土方はぶつぶつ言いながらもメモ用紙の隅に「沖田総悟」と書いた。沖田はその字と「銀」を見比べる。
「…とても同じ人間が書いたとは思えませんねィ。」
「おっお前の名前は、書類とかで書き慣れてるから…」
「本当にそれだけですかねェ…。」
「そ、それだけだっ。」
「そうですか…。でもこんなヘロヘロの字で旦那に出すわけにいかないでしょう?」
「だから、練習して…」
「俺が書きましょうか?」
沖田からの思わぬ申し出に土方はつい「頼む」と言いそうになったが、それを飲み込む。
「な、何言ってんだ…。俺が出すんだから俺が書かねェと…」
「実はさっきから土方さんの様子を見てましてね…」
「お前、仕事はどうしたんだよ…」
「まあまあ…非番のはずの土方さんが机に向かってるんで気になって見てたんでさァ。…それで、随分と
長い時間書いてやしたが、その結果がこれでしょう?このままじゃ無理だと思いませんか?」
「………」
悔しいが沖田の言うことは尤もである。
「ていうか年賀状の宛名くらい書いてやるんで、この前の反省文、なしにしてくだせェ。」
「てめー…本当の目的はそれか?」
「持ちつ持たれつでいきましょーや。」
「その手には乗らねェ…」
「じゃあ旦那の名前、ちゃんと書けるんで?」
「……一文字だけ、書け。」
「はい?」
「その字、だけでいい。…後は自分で書く。」
「へぃへぃ…。で、見返りは?」
「…反省文の字数、半分にしてやる。」
「了解でさァ。…じゃあ、さっさと『銀』以外のところを書いてくだせェ。」
「おう…」
土方は年賀ハガキを一枚とって表面に住所を書いていく。そして「万事屋 ちゃん」と「銀」の部分を
空けた状態で沖田に席を譲る。
そのハガキを見た沖田は一瞬目を丸くして、次の瞬間ニヤっとドSな笑みを浮かべた。
「この、空いてる所に『銀』って書けばいいんで?」
「そうだ。…ちゃんと書けよ。」
「へぃへぃ…」
沖田は普段より丁寧に「銀」の字を書いた。
「これでいいですかィ?」
「まあまあだな…」
「何でィ、偉そうに…。…一文字だけって約束なんで、これ以外は書かなくていいんですよねィ?」
「ああ…」
「もしまた手伝いが必要だったら呼んでくだせェ。」
「呼ばねーよ。…仕事に戻れ。」
「…今度は反省文の残り半分と、今夜の見回り交代で手を打ちますぜ。」
「だからもう必要ねェって言ってんだろ!早く仕事に戻れ!」
「そうですかィ…」
その場でアイマスクを装着して寝る体勢になった沖田を、土方は無理矢理起こして部屋から追い出した。
(ったく総悟の野郎、隙あらばサボろうとしやがって…。でもまあ、これで宛名は書けた…ん?宛名?)
改めて年賀ハガキを見た土方は沖田の発言の意図に漸く気付いた。
年賀ハガキの右側に町名や番地、その隣の行に社名である万事屋銀ちゃん。そして、真っ白な中央部分。
(ここに…アイツの名前を書かなきゃいけないんだった…。しかも住所よりデカい字で…。
「坂田様」じゃ、おかしいよな…。おかしいっつーか、名字だけなんて失礼だろ…。どうしよう…)
土方は試しにメモ用紙に筆を走らせてみたが、やはり「坂田」の次が書けない。
(総悟に頼むしかねェのか?だが、そんなことしたらアイツを調子に乗らせるだけだ…)
「失礼します、副長…」
自分の力で何とかできないと唸っているところに、山崎が報告書を持ってやって来た。
「お休みの日にすみません。早く見せた方がいいと思いまして…」
「いや、いいところに来た…。山崎、お前に一つ頼みがある。」
「何ですか?」
土方の表情は真剣そのもので、山崎は極秘任務でもあるのかと距離を詰める。
「俺がこの報告書を読んでる間に、その…これの、続きを書いてくれねェか?」
「続き?…ああ、年賀状書いてたんですか。宛名書き、大変ならパソコンでやったらどうです?」
「い、いや…これ、一枚だけだから…」
「一枚だけ?何でそれを俺に…」
山崎は机の上のハガキを見た。
「これ、旦那宛てですよね?」
「お、おう…」
「これの続きってどういうことですか?」
「だ、だから…坂田、の続きを…」
「…『銀時』ってことですか?」
「あ、ああ…」
顔を真っ赤にして目を泳がせている土方を前にして、山崎は土方の思いを理解した。
「旦那の名前だって気合い入れ過ぎるから書けないんですよ。ただの字だと思って書いてみて下さい。」
「…それができねェから、オメーに頼んでるんじゃねーか…」
「書類の中にその字が出てきても平気でしょ?例えば……銀行とか!ほら、銀行強盗を捕まえた時の
報告書を書くつもりで書いてみて下さいよ。」
「銀行強盗…」
「今から副長が書くのは銀行の銀です。…はいっ!」
「………」
銀行銀行銀行…土方は心の中で何度も繰り返しながら「銀」の字を書いた。
「できた…」
「良かったですね。じゃあ次は…時間の時です。」
「お、おう…」
先程と同様、時間時間時間と心の中で唱えながら「時」の字を書く。
その次の「様」は名前と直接関係がないため、土方一人の力ですらすらと書けた。
「で、できた…」
「やりましたね、副長。…旦那も喜ぶと思いますよ。」
「そ、そうか?」
土方は嬉しそうにはにかむと、ハッと我に返り山崎の報告書に目を通し始めた。
* * * * *
一方万事屋では、銀時が事務机に座り頭を抱えていた。
「あ゛〜〜〜……」
「銀ちゃん、なに唸ってるネ?」
「あーあ…悩みのねェガキはいいよなー…」
「銀ちゃんに悩み事?どうせ、パフェとケーキどっちを食べるかとかそんなんだろ。」
「違いますー。銀さんはとぉっても重要なことで悩んでるんですー。」
「なにアルか?」
「ガキには分かんねェよ。俺の深い深〜い悩みなんか…」
「神楽ちゃん、銀さんは年賀状に何を書くかで悩んでるんだよ。」
「新八てめっ…余計なこと言うんじゃねーよ!」
一通りの掃除や洗濯を終えた新八も話に加わる。
「年賀状?銀ちゃんがこんな前から準備するなんて珍しいアルな。」
「土方さん宛てだから、ちゃんと一月一日に届くようにしたいみたいだよ。」
「ああ…」
「だから余計なこと言うんじゃねーって言ってんだろ!」
「それで?何て書いたネ?」
神楽は立ち上がって銀時の手元を覗き込む。
「何も書いてないアル。」
「えっ、そうなんですか?ハガキ買ってきたの、二時間くらい前ですよね?」
新八も立ち上がり、銀時の机の前に立つ。
「本当に真っ白ですね。」
「…だから悩んでるんじゃねーか。」
「まずは『あけましておめでとう』アル。」
「…普通過ぎねェか?」
「書き出しは普通でいいでしょ。」
「そうか…」
銀時は筆を取り、文字を書こうとして手を止めた。
「どうしたんですか?」
「俺って、字が下手だろ?」
「そんなことはないと思いますけど…」
「土方は字が上手いんだよ…。笑われたらどうしよう…」
「アイツが笑うわけないネ。銀ちゃんから年賀状が来たってだけでドキドキのもじもじアルよ。」
「何わけ分かんねーこと言ってんだよ…」
「いいから書くネ!」
「そうですよ。銀さんが一所懸命書けば、土方さん喜びますよ。」
「お、おう…」
銀時は慎重に慎重に「あけましておめでとうございます」と書いた。
「次は…何書けばいい?」
「まあ、オーソドックスなところで言えば『今年もよろしくお願いします』とかですか?」
「こっ今年もよろしく…」
そう言って銀時は頬をポッと染めた。
「えっ、何ですか?『今年もよろしく』のどこにそんな赤くなる要素があるんですか?」
「だ、だってよー…今年もよろしく、なんて書いたら一年間ずっと、土方と…な、仲良しでいたいって
言ってるのと同じだろ。そりゃあ、そうなったら嬉しいけど…でも、そんな大胆なこと書くのは…」
「どこが大胆アルか!だいたい、いい年した大人が『仲良し』って何ネ。」
「今年もよろしくなんて決まり文句ですから、そんな大それた意味には取られませんって。」
「そうかなぁ…」
「そうですよ。ほら、他の人からもらう年賀状にも大抵書いてあるじゃないですか。」
「でもソイツらは前の年もテキトーな付き合いしかしてねぇもん。そんなヤツらから『今年も…』とか
言われたら、今年もテキトーに付き合えばいいんだって思うじゃん。で、でも、土方とは、その…
と、トクベツな、おおお付き合いを…」
銀時は真っ赤になった顔を両手で覆った。その様子に新八と神楽は呆れて溜息を吐いた。
「じゃあ、今年『は』よろしくならいいアルか?」
「そ、そんな風に書いたら去年は仲良くなかったみたいだろ!」
「もっと仲良くなりたいって気持ちを込めてるネ。」
「そそそそんな…もう充分仲良しだから…」
よく分からないことで照れるのに反対意見だけは一人前の銀時に、神楽はイライラが募ってくる。
「いっそのこと『姫初めはウチでやろうぜ』くらい書けばいいアル。」
「神楽ちゃん、さすがに年賀状でそれは…」
「本物のバカップルならこれくらいやるアル!なのにコイツらいつまで経っても進展しないネ。」
「まあまあ、自分から年賀状出したいって行動起こしたんだから、そこは認めてあげようよ。」
「年賀状出すくらいじゃ甘いネ!」
「とにかく、年賀状は普通でいいと思うよ。ね、銀さん。今神楽ちゃんが言ったようなことを書くよりは
『今年もよろしく』の方がいいですよね?」
「あ、ああ…」
「じゃあさっさと書くアル。でないと私が『今年の目標は一発キメることです』って書くアルヨ。」
「いいいっぱつって、そんなこと…」
「ほらほら、早く書きましょう。」
神楽に脅され、新八に急かされ、銀時は渋々「今年もよろしくお願いします」と書いた。
「後は正月らしい絵でも描けば完成ですね。」
「おう。…絵は何にするか決まってるぜ。」
「そうなんですか?」
銀時はハガキの左側に絵を描いていく。筆で輪郭を描き、赤と黄色で色を付けた。
「何でだァァァ!ちょっ…これ、マヨネーズですよね!?」
「そうだよー。アイツ、マヨネーズ好きだからな。」
「それは知ってますけど…年賀状に描くものじゃないでしょ。」
「俺だって、ケーキの絵入りの年賀状もらったことあるもん。」
「それは、依頼で手伝ったケーキ工場からの年賀状ですよね?」
「何だっていいだろ。好きなもん描いた方が喜んでもらえるし…」
「そうかもしれませんけど…」
「こうやれば年賀状に相応しい絵になるネ!」
「あっ、こら!」
神楽は筆を取ると、銀時の描いたマヨネーズに勝手にうさぎの耳を描き足した。
「これで完璧アル!」
「何すんだよ…」
「ま、まあ…少しは年賀状らしくなったと言えなくもないですよ。」
「うーん……それもそうだな。よしっ、出してくる。」
「いってらっしゃいヨ〜。」
「いってらっしゃい。」
こうして純情な二人は、周囲の手を借りて何とか互いの年賀状を書き終えたのだった。
(10.12.18)
純情な二人は一年以上付き合ってる設定なのですが、年賀状を出すのは初めてってことにして下さい(笑)
言うまでもないかもしれませんが、土方さんが裏(文章)面を書く時は銀さんと同様の葛藤が、銀さんが宛名を書く時は土方さん同様の葛藤がありました。
この話には続きがあります。年賀状を受け取った時の反応を…。それは年が明けてからアップしますので、よろしければそちらもお願いします。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ブラウザを閉じてお戻りください