中編


二学期。二度目の席替えもクラスメイトの協力を得て難なく乗り切った恋人達。そんな彼らには
隣の席で学ぶこと以上に楽しみなことがあった。四年間、別々の教室で過ごしたことなど帳消しに
できるほどの一大イベント。

「それではしおりを配ります」

五年生全員、自然豊かな山中の宿泊所で三日間を過ごす移動教室である。
二人は同学年であるから、クラスが違っていてもこれまで色々な行事を二人で体験してきたし、
年に一度は互いの家族と合同で旅行しているのだが、自分達だけで泊まりがけは初めてのこと。
当然のことながら先生も他の同級生もいるけれど、例の如く同じ班になれたことだし、ハネムーンの
予行演習気分になるくらいには浮かれていた。
吉田先生が配布したしおりを捲り、銀時は余白に十四郎との相合傘を描いて隣に座る愛しい人に
見せる。

「落書きしてんじゃねーよ」

ぶっきらぼうに言いながらもやや頬を染め、はにかむ十四郎。斜め後方の席からその様子を眺めて
いた総悟がすっと手を挙げた。

「先生ェ、坂田くんと土方くんが移動教室を新婚旅行と勘違いしてまーす」
「デタラメ言ってんじゃねーよ総悟!」
「土方くん、その言葉遣いはいけませんね」
「……すみません。でも、総悟の言ったことは間違いです」

カッとなり立ち上がった十四郎は、先生に諭されて仕方なく着席。けれど反論はしておく。
――実際のところ、総悟の発言が正しいので強くは出られなかったが。
そして更に悪いことに、

「えー、オレは十四郎とラブラブ旅行のつもりだったのにィ」
「あーあ、可哀想なダンナ」

こんな時、銀時は悪乗りしてしまうのだ。しかも、

「銀ちゃんを泣かせたら許さないネ!」
「私ならいつでもラブラブ旅行するわよっ!」

銀時の友人・神楽が十四郎に、銀時に思いを寄せる猿飛あやめが銀時に詰め寄って来て、事態は
限りなく収拾不可能に近い状態となってしまった。

「皆さーん」

けれどもそこは流石の吉田先生。ぱんぱんと二回手を鳴らしただけで鎮めてしまった。しゃべって
いた児童らは気不味そうに前を向く。

「意見のある時は手を挙げてから、ですよ」

はーい、と複数の返事が聞こえたものの最早挙手する者など現れない。先生はにっこり頷くと話を
始めた。

「移動教室は五年生皆で作り上げるものです。とても仲の良い人もいればよく知らない人もいる
でしょう。ですが、皆で協力し合って楽しい移動教室にして下さいね」

再び「はーい」とパラパラ返事が聞こえる。先生はまたにっこり頷いて、しおりの説明に入った。


*  *  *  *  *
 

待ちに待った移動教室初日。大きなリュックサックを背負い、繋いだ手をぶんぶん振りながら登校
してきた銀時と十四郎。校門前に停まる大型バスも輝いて見える。
運転手に笑顔で挨拶をして、一旦教室に入っていった。


三十分後、銀時はぶすっと頬を膨らませてバスに揺られていた。その横、窓際の席には早くも
酔った様子の辰馬の姿。愛する人は幾つも後ろの席にいる。

――バスは出席番号順に座りましょう。

先生の一声で天国から地獄。
もしやと思っていたが先生はドSじゃないのか?可愛い教え子をイジメて楽しんでいるんだ。
サラサラヘアーを自慢げに見せ付けるあの髪型。嫌な予感はしていたんだ。あの優しい顔に油断
しちゃいけねェな。あんなヤツ先生でも何でもねェ。鬼だ鬼!

時折、強制的に二人を離してやることで、クラスの友人関係から孤立することなく、また、それ
ぞれの自主性も育つだろうと吉田先生なりに考えての配慮であるのだが、銀時少年にはまだ理解が
できなかった。
一番前の席に座る「鬼」の後頭部を睨み付け、イーッと口を左右に開く銀時。

「!!」

すると突然、先生がくるりと振り向いたではないか。慌ててシートに身を隠して事なきを得る銀時
であったが、敵のあまりの鋭さに冷や汗をかくほど。

その愛すべき愚行は後ろの席から全て見通せて、十四郎の口元はふっと綻ぶのだった。


それからも予定通りにバスは進む。
目的地で下ろされれば、手を繋いでハイキングをしたり、一枚のシートに二人で座って弁当を
食べたり、山彦を利用して愛を叫んだり……車内で離れているのを埋める勢いで銀時と十四郎は
仲睦まじかった。

辺りが暗くなった頃、バスは宿に到着。部屋に荷物を置いたらすぐに夕食となる。十分後に食堂へ
集合するよう先生から話があり解散。
部屋割は男女別のクラス別。つまり2組の男子は全員同じ部屋。つまり銀時と十四郎も同じ部屋。
学年揃って夕食をとる時も、クラス別に入浴をする時も、二人はウキウキ幸せそうで、友人らに
からかわれつつも一日目の夜は更けていった。


二十一時消灯。
広い和室に二列、各自で布団を敷いて就寝する。とはいえ多くの児童は非日常の興奮で眠る気に
などなれず、誰からともなくぽつりぽつりと会話が生まれていく。消灯時刻を五分も過ぎれば目も
慣れて、障子越しの月明かりでも互いの顔が確認できた。
そうなればもう遠慮などなくなる。俯せになり頭を上げて、普段の休み時間と同様……否、薄暗い
室内の効用で、普段は言えないようなことまで話題が及ぶ。

「お前、好きなヤツいねぇの?」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「わしはりょうちゃんが好きじゃが陸奥ちゃんも気があるようで、モテる男は辛いぜよ」
「はいはい」

日頃から好意を隠そうともしない辰馬の、自惚れを多分に含んだ自慢話など聞き流し、

「高杉は3組の来島と付き合ってんのか?」
「沖田と神楽もどうなんだ?」

このチャンスに賭けてみた。どことなく近寄り難い雰囲気を醸し、上級生の舎弟もいるとまで噂
される高杉晋助と、爽やかな見た目とは裏腹に本音の見えない総悟がターゲット。

「さあ、どうだかな」
「ノーコメントでィ」

けれども一筋縄ではいかない二人はしれっと躱す。

「いいじゃねーか。教えろよー」
「それより俺はあの二人の方が気になるねィ」

尚も食い下がるクラスメイトに、総悟は新たな標的まで用意して秘密主義を貫いた。

「物心ついた頃から付き合ってるお二人さん、一体どこまで進んでるんで?」
「は?」

ネタにされるのは嫌だけれど、ネタにするのは大好物。にんまりと笑った総悟に悪魔の角を見て、
眠ってしまえばよかったと十四郎は後悔する。隣の銀時へ視線を移せば、待ってましたとばかりの
表情。これはダメだと枕へ突っ伏した。

「聞きたい?」
「ええ、まあ」
「そっかァ……ねえ十四郎どうする?言っていい?」
「勝手にしろ」

止めても無駄なことくらい分かっている。余計な労力は使わないに限ると十四郎は諦めた。
恋人のお墨付きをいただいて、銀時は嬉々として語り出す。

「キスはしたよ」
「マジでか!」
「うわぁ……」

驚く者、顔を引き攣らせる者――交際は知っていてもイマイチ実感はなかった。学校で見る彼らは
登下校時に手を繋いでいるとはいえ、他は仲の良い友人同士と何ら変わらないようだったから。
改めて本人の口から「らしい」ことを聞けば、本当に付き合っていたのかと思わざるを得ない。
だが、二人を昔から知っている総悟にとって、そんなことはとうに既知のこと。

「アンタら、保育園の頃からブチュブチュやってたじゃねーか」
「そんなに!?」
「あの頃は若かったからなァ……」

保育士の目を盗み、物陰に隠れては口付けをしていた幼児時代。今は落ち着きそこまでではないと
銀時は成長をアピールした。

「な、何回くらいやったんだ?」
「数えてねぇよ。なあ、百回くらいかな?」

不自然でも構うものかと寝たフリを決め込んでいた十四郎を揺すり動かし、何度キスをしたのか
と問う銀時。自分が分からなくとも、相手なら分かるかもしれないと踏んで。
だが十四郎とて、半ば習慣と化した行為をいちいち数えてなどいなかった。けれど、銀時の言う
「百回」などでは到底収まらないことは確実。恥ずかしいが「分からない」では済ませてもらえ
ないことも確実で、

「……千は、いってる」

仕方なしに自らの予想を述べた。想像を遥かに凌駕する数に響めきが起こる。
ただ一人、銀時だけが真剣な顔付きで計算をしていた。

「一年が三百六十五日で、六年半だから……もしかしたら二千回超えてるかもな!」
「毎日やってんのか!?」
「いいや。でも一日に二回以上する時もあるしィ……多分、二千回超えてるよ」
「そんだけやってるくせに、その先には進んでねぇのかよ」

居た堪れず目を伏せる十四郎を尻目に、キスの経験を得意げに語る銀時。クラスメイトの驚愕と
羨望の眼差しを一手に受けるその場所へ、水を差したのは幼馴染みでもある晋助であった。
因みに総悟は、枕を抱く十四郎の耳元で「キス魔」だの「バカップル」だのと、銀時に気付かれ
ない程度に囁いている。

「何だ?羨ましいのか?」
「誰が。六年以上も付き合ってて、未だにキス止まりってことに呆れてんだよ」
「いっ一緒に風呂入ったこともあるぞ」
「ハッ……それならさっき、ここにいる全員で入ったじゃねーか」
「くっそー……」

自分達は深い愛情で結ばれた最高の恋人同士だと自負しているのに、それを突き崩す発言に異を
唱えることができない。
悔しさで黙る銀時に、晋助は更に攻勢を強めた。

「まさかとは思うが、ただ口と口を付けるだけのキスじゃねぇよな?」
「あん?」
「二千回もやってんだ、ディープキスの百回や二百回は経験済みだろ?」
「……ねぇよ」

所詮その程度かと大仰に息を吐いて見せる晋助。コイツには負けたくない――妙な対抗心が
生まれてしまった銀時は、そこそこ本気で貝になりたいと願い始めた恋人の名を勢いよく呼んで、

「次のデートで、ディープキスしようなっ!」

高らかに宣言。信じらんねぇ……暫くはこのネタでからかわれると頭を抱える十四郎であった。

(14.11.07)


移動教室や修学旅行の夜と言えば恋バナですよね*^^* そうそう、二人が5年2組なのは、この話が五周年記念作品の二作目だから……というのは今思い付きました。
長くなったので切ります。後編はこちら(注意書きに飛びます)