(1)〜(4)
(5)
万事屋と呼ばないで
「俺はお前に惚れてんだ」
「ならお付き合いしようよ」
アイツの……土方の告白から始まった関係。もともとこちらにも思いはあって、アイツが一人
寂しく飲み食いしているところを見付けては相席して仲良くなろうとしていた。幾度目かの帰途、
泥酔のフリをして抱き着いてみれば、「離れろ」の後に冒頭の台詞。それから宿へ駆け込んで
甘美な初夜を過ごし、順調な交際スタートとなったのだけれど、
「どうした万事屋。もう酔ったか?」
「別に……」
時間が合えば飲みに出て、きっと今夜も朝まで一緒。なのに「万事屋」はねぇだろ。俺はお前の
恋人だぞ。依頼人ですかコノヤロー。
「おい、万事……」
「あーはいはい、聞いてる聞いてる」
ぐびっとグラスを空にすれば、土方はビール瓶を傾けてくる。気の利くヤツだから、俺の機嫌が
悪いことくらいお見通しに違いない。二杯目も一気にいきたい気分ではあったが、潰れて朝まで
ダウンなんて勿体ない事態を回避するため、半分くらいで止めておいた。
「なあ銀……わねぇのか?」
「!!」
いいいい今、何つった?銀時って呼んだ?呼んだよな?若干聞き取りにくかったのはアレだ、
緊張して噛んじまったんだろ?ぷぷっ……可愛いところもあるじゃねーか。
「おい、聞いてんのか?」
「聞いてるよー……で、何?」
「チッ……」
聞いてないじゃないかと尖らせた唇をグラスに付けてビールを一口。ああもう、その唇に吸い
付いていいかな?いいよな?だって俺達お付き合いしてるんだし、居酒屋とはいえ個室だし。
「それ、食わねぇのかって聞いたんだ」
「ん?」
土方が――いや、ここは俺も下の名前で呼ぶべきだよな。うん。……ちょっと照れるな。
とっ十四郎が指差したのは茶碗蒸しの受け皿。
(6)
受け皿?あれ?まさかコイツが言ったのって……
「……ぎんなん?」
「ああ。その銀杏、食わねぇなら寄越せ」
「…………」
左手にマヨネーズを装備して食う気満々の十四r――土方。俺はマヨネーズと銀杏の間に両腕で
堤防を建設した。本当は銀杏なんて特に好きでもなけりゃ嫌いでもない。他の具材を押し退けて
ごろごろ入っていやがったから、ちょっと飽きてきて外に出しただけ。
でも銀さんの恋心を玩ぶ野郎なんぞに食わせてたまるか!
「取りゃしねーよ」
くくくと喉を震わせながらマヨネーズを引っ込めて、何事もなかったかのように酒を呷る。
グラスが空になったが注いでなんかやらねぇ。糠喜びさせた罰だ。
「…………」
寂しく手酌でいくかと思えば、土方は煙草を吹かしだす。そんなことして待ってても俺は
注がねぇぞ。テメーのことはテメーでやれ。
「…………」
「おっ、悪ィな」
ほぼ無意識に俺の手はビール瓶に伸び、土方のグラスに向かっていた。
こっこれは、そのー……さっき注いでくれたお返しだよ!銀さん大人だから、ムカつく野郎にも
礼儀は忘れないんだ。煙草を吸ってる姿が格好良くて思わずサービス、なんてことではない。
断じてない。
「顔赤ぇぞ万事屋。やっぱり酔ってんだろ?」
「酔ってねーよ……」
無理するなと俺からグラスを遠ざけて、甘い物で締めるかとメニューのデザート頁を開いた。
気の利く優しいヤツなんだよな……「万事屋」だけど。
逆に言えば、「万事屋」以外に取り立てて欠点はない。だったら「万事屋」くらい目を瞑って
やってもいいかな。
「土方くん、今日は何処のホテルにする?」
「…………」
締めの甘味も今夜はいらない。いつものように腕を組み、俺達は店を出た。
(7)
土方くんと呼ばないで
万事屋と交際を始めて三ヶ月あまり。互いの都合が合えば共にメシを食い、酒を飲み、身体を
重ねるこの関係はハッキリ言って悪くない。掴み所がないようでいて、ガキのようにくるくると
表情の変わるアイツは見ているだけで飽きない。その変化が、俺の他愛もない言動ゆえに起こる
ことも愛おしい。
ただ一つ、難を言えば、
「土方くん、今日は何処のホテルにする?」
この呼び方が気に食わねぇ。土方「くん」とは何だ。テメーは俺の上司か。先輩か。上から目線で
偉そうに。
――お付き合いしようよ。
――ああ。
ヤツからの申し入れで俺達は恋仲となった。なのに何故こちらが格下扱いを受けなければならない
のだ。付き合う前ならいざ知らず、こうなったからには二人の間に上下関係はない。いや、元から
俺はヤツの下でないはずだ。
俺の知る限り、万事屋の野郎が他にそう呼ぶのは総悟と鉄くらい。まさか俺がアイツらと同じ
ガキだとでも言いたいのか?
「おーい土方くん、何処のホテルにするんですかー」
「……昨日の所でいいだろ」
テメーはガキを宿に誘うのか!馬鹿にしやがって。
「へへっ、スタンプカード持って来て良かった」
「…………」
もう少しで室料千円引きになるぞと屈託なく笑う万事屋。かなり可愛……いや、コイツの方が
明らかに子どもっぽいじゃねーか。こんなヤツの呼び方一つに拘るのもバカバカしいな。
どうとでも呼びやがれ。こっちも好きにさせてもらう。
「行くぞ銀時」
「!?お、おう……」
まだまだガキのコイツには、この呼び名で充分だ。
急に大人しくなった銀時の絡んだ腕を強く引き、行きつけの宿へ入っていった。
(8)
×××と呼ばないで
一晩の逢瀬を終えて銀時は万事屋へ朝帰り。未だ寝室という名の押し入れにいた神楽を起こし、
卵かけご飯と味噌汁を作ってやった。自分は土方と朝食を済ませてきたから、いちご牛乳を飲み
つつ、欠伸交じりに「雑談」をする。
「昨日の店はハズレだったな。デザートがバニラアイスしかねぇんだ。いや、バニラアイスに
罪はねぇよ?ただ、選ぶ楽しみはないと」
「そーアルか」
神楽はいい加減に返事をして食事を続けている。
「でも十四郎はすぐそれに気付いて二軒目行ったんだ」
「へー……」
昨日まで「土方」と呼んでいた銀時であったが……ツッコミたいのをぐっと堪え、卵かけご飯を
おかわりする神楽。ここで余計な口を挟めば話が長くなる。それは絶対に避けたかった。
「まあ結局デザートの前に店を出ちまったんだけどな。……おっと、お子様にはここまで」
「はいはい」
「おはようございまーす」
惚気話の終焉にホッとしたのも束の間。新八が来てしまった。
「おはよう、ぱっつぁん。あのな、昨日十四郎が……」
「とっ十四郎?」
新八のバカ――浮足立つ銀時に気付かれぬよう、神楽は新八を睨み付ける。
「アイツが俺のこと『銀時』って呼ぶんだよー……そしたら俺も十四郎って呼ばなきゃ不公平
だろ?だから仕方なくな」
「そ、そうでしたか……」
聞くんじゃなかったと後悔してももう遅い。言葉とは裏腹に嬉しくて堪らないといった様子の
銀時は、昨日から今朝にかけての「十四郎」について語り始める。
「いい加減にするネ!」
我慢できなくなった神楽はどんと器を置いた。
「いい歳して毎日毎日デートして……」
「は?俺は偶々空いた時間に会ってるだけだぞ」
「わざわざ空き時間作って会いに行ってるネ。昼に予定が合わなければ夜、トッシーの仕事終わる
まで銀ちゃんご飯食べないアル」
「そっそれはー……」
「いつも腕組んで歩いてるって、町中の人に聞きましたよ」
新八も加勢する。この際、思っていることを全部吐き出してしまおう。二人がどう付き合おうと
二人の勝手ではあるのだけれど、人目も憚らず連日連夜いちゃつくのは如何なものか。
「付き合ってんだから、腕くらい組んでもいいだろ」
「いいですけれど、限度ってものがあると思います」
「何時でも何処でもイチャイチャして、皆からバカップルって呼ばれてるの知らないアルか?」
「誰がバカップルだ!!」
「銀ちゃんアル!」
「銀さんです」
(9)
同じ頃、真選組の屯所。同じく朝帰りした土方は近藤、沖田、山崎、鉄之助らにデートの様子を
語って聞かせていた。
「銀時のヤツ、二軒目で大分酔ってたってのに無理しやがって……」
「あれっ?トシ、『銀時』なんて呼んでたっけ?」
「ふっ……まあな」
「前は『万事屋』でした。更に仲睦まじくなったっスね?」
「ラブラブじゃないか。羨ましいぞこのっ」
尤も、土方の話をまともに聞いているのは、お妙との来るべき時に備えて参考にしたい近藤と、
その方面が「気になるお年頃」の鉄之助だけ。沖田と山崎は日毎繰り返される惚気に辟易していた。
「そんなんじゃねぇよ。俺達ァ普通に付き合ってるだけだ」
「寝る間も惜しんで会いに行くのが普通ですかィ?」
沖田が皮肉たっぷりに言うも、
「安心しろ。アイツも俺も徹夜でヤるような歳じゃねぇからよ」
「ちょっとトシ、朝からそういう話は控えてくれよー」
「自分、勃ってないっス」
「ハハハ、すまねぇ」
幸せいっぱいの土方には全く通じず、閨のことまで聞かされる羽目になってしまう。
この辺りで副長の目を覚まさせねば被害が拡大しかねないと、山崎が口を開いた。
「町の人達が副長と旦那のこと、何て呼んでるか知ってます?」
「あ?まあ、男同士だから色々言うヤツらもいるだろうな……だが他人にどう思われようが
俺達は俺達だ。関係ねーよ」
「カッコイイっス副長。坂田さんが聞いたらきっと惚れ直します」
「よせや鉄」
「あの、そういうことじゃなくて……お二人はバカップルだって陰口叩かれてるんですよ」
「誰がバカップルだ!!」
「土方さんです」
「副長です」
バカップルと呼ばないで〜終わり〜
(10)
最後までお読みいただきありがとうございました。
(15.01.01)
2014年8月〜12月の拍手でした。